第11話 システムに望まれた者

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 何となくだけど、この世界には確かに原作があるんだろう。

 その原作をベースとして、ナニかが別の世界を構築しているのか、それとも世界の意志みたいなモノが働いているのか……そこまでは分からないけど。


 野里教官に浪速くん。

 彼女たちを助けることはあくまでもピースの一つ。もしかすると、今の状況に至った経緯も含めてか?


 とにかく、この世界のシステムが“いま”望んでいることがあるようだ。


 ※共有不可。条件型クエスト

 クエスト :覚醒――陰陽のマナ使い――

 発生条件 :川神陽子との対立

 内容   :囚われた魂を解き放て

 クリア条件:???

 クリア報酬:井ノ崎真の存在保証


 ……ヤバくないか、コレ?


 野里教官や浪速くんの救助じゃない。

 今の僕がダンジョンの先へ行くことも違う。

 呪物がばら撒かれたのもただのピースの一つ。

 レオがプレイヤーモードに目覚めたのも別問題か。

 獅子堂たちが過ちを認めるというのも関係ない。

 

 ヨウちゃんが闇堕ちしたのが、クエストの前提条件?

 そもそも“囚われた魂の解放”って何だよ。何がどう囚われたんだよ? どう解放すれば正解なんだ?


 原作に沿って進めるとか? ……いや、コレはたぶん違うはず。だったらもっと前に破綻している。それにゲーム版が原作というなら、エディットキャラでのダンジョンダイブの方が本筋じゃないのか?


 あと、クリア報酬の“井ノ崎真の存在保証”って……これをクリア出来なかったら、僕の存在は保証されないのか?

 うーん。ちょっと試してみるか……って気にはならないのは確かだ。怖すぎる。


 この“陰陽のマナ使い”っていうのは、恐らくヨウちゃんのことだろうし……クリア条件が???になってるけど、ほぼ確実にヨウちゃんを覚醒させろってことでしょ? タイトルからすると。


「どうした井ノ崎。気配が不穏だぞ。何があった? クエストとは何だ?」

「……教官。コレは僕とレオに関わるコトです。野里教官達の救助……だけじゃ駄目みたいですね」


 長谷川教官がハッとして、獅子堂とヨウちゃんを見た。これ以上の発言をどうするかって一瞬迷ったみたいだね。お構いなしで進めるけど。


「ねぇ、ヨウちゃん。ちょっと聞きたいんだけど……」

「……な、なに?」


 おっと。緊張しているのか、僕も変に力が入っている。荒ぶるマナを抑えないと。獅子堂が反応して、咄嗟にヨウちゃんを守るポジションをとった。ゴメン。そんな気はないんだよ。


「僕にはヨウちゃんの中に二つのマナを感じる。そのことに自覚はある?」

「……? な、何のこと? ……いつからか、ドロドロと纏わりつくようなマナを感じるけど……二つ? 私には一つだけしか分からないけど……?」


 昏いマナの方を主に認識しているのか?

 陰陽と言うだけあるんだから、ソッチが陰のマナだろ。たぶん。

 なら陽のマナはどこに? 僕への異様な執着の前は、陽のマナだったのか? 今でも混ざり合っているように思うけど……本人は認識できていないのか?


「レオ。“昔”の記憶にある、ヨウちゃんと“似た子”は物語ではどんな風だったの? 特殊な活躍をしたとか?」

「は? ……え、えっと……片思いを胸に秘めた快活なボクっ娘かな? あくまで私の知ってる話だと、主要キャラの中では見せ場も少なかったから……特殊な活躍も無かったはず」


 え? ヨウちゃんってボクっ娘設定なの? 個人的にはそっちのが好きかも。あ、今はそんなのどうでもいいか。

 少なくともアニメ版では、陰陽のマナ使いなんていう中二病な存在じゃないみたいだね。


「……イノ。私のマナが何なの?」


 めっちゃ不審がられてる。当たり前か。

 でもちょっと待ってくれヨウちゃん。

 これがクエストならこのままゲートを潜れば、クエストをクリアするまで戻れなくなるかも知れない。前回の“プレイヤーの残照”でも、坂城さんモドキとの戦闘では帰還石は使えなかったし。

 今回はクエストモンスターじゃないけど、野里教官たちを認識した後に帰還石が使える気がしない。つまり、浪速くんだけを連れて逃げることもできないかも。


「……今日は様子見のつもりだったけど、ゲートを潜れば簡単には戻れないかも知れません。具体的には帰還石が使えなくなる可能性があります」

「……それは井ノ崎と新鞍の特殊性が関わっていると?」

「そうです。なので、今日はこのまま一旦引き返しましょう。僕も情報を整理したいですし……」


 言いながら、ふとセーブポイントと言える石板に目をやると……マジかよ。もう逃がさない気か?


「……イノ、ダメだ。帰還石は既に使えなくなってる。それに石板のマナ反応が消えた。……引き返す提案と同時にって……出来過ぎでしょ?」


 マナに過敏なレオが言うなら、そういうことなんだろう。くそ。このまま進めってことか。


「お、おい。一体どういうことなんだ。何故石板が使えなくなる? 井ノ崎はさっきから何の話をしてるんだ!?」

「獅子堂くん……詳しくは僕も説明できない。ただ、今から行く十一階層は、これまでとは別物かも知れない。気を抜けば死人が出る。……長谷川教官とメイちゃんは他のメンバーを護って下さい」


「……分かった。レオたちは護る」

「……今はそれが必要なんだな? ……なら任せておけ」


 七年前。坂城さん達のダイブ事故。アレの二の舞を演じるのは御免だ。

 呪物なしの今のヨウちゃんや獅子堂に加えて、レオもマズい。長谷川教官は……まぁ大丈夫だろうけど。


 ヨウちゃんの覚醒がどういうものかは知らないけど、バトル漫画的なヤツだとしたら、野里教官と打ち合う必要があるのか? とりあえず、野里教官の呪物を破壊するのは必須か。


 あと、メイちゃんにもレオにもこのクエストを共有することが出来ない。つまり、コレは“僕”だけのクエスト。

 クリアしないという選択肢もなさそうだけど、もし失敗しても、二人に特別なペナルティが無ければありがたいんだけど……分からないな。


 クエストクリアがヨウちゃんに左右されるなら、せめて彼女にだけはストア製アイテムを渡すか? ……なんていう馬鹿げた考えまで頭をよぎる。有り得ない。呪物絡みは懲り懲りだ。


「イノ……一体何が起こっているの?」


 ヨウちゃんの不安げな顔。

 果たして巻き込まれたのはどっちなんだろうね。

 この世界で目覚めたばかりの、当時の僕の直感は正しかったのか……? ヨウちゃんは重要キャラってヤツ。


「本当に僕も分からないんだ。でも、野里教官たちの救助がひと筋縄でいかないことだけは確かだよ。ヨウちゃんも獅子堂くんも……くれぐれも油断しないで。臨戦態勢でゲートを潜って欲しい」


 ……

 …………


 十一階層へ。

 僕は念の為に少し先行する。当然フル装備でバフもスキルも準備済み。

 鉈丸を見たヨウちゃんと獅子堂が若干青い顔になってたけど今は無視だ。まぁ『呪物』そのものだからね。


 条件型クエストがプレイヤー以外を巻き込むことは、坂城さん達が実証済みだけど、僕としては今回が初めて。

 長谷川教官やヨウちゃんに獅子堂だけじゃない。この階層には野里教官たちを見張っている人員も居たはず。まずはその人たちと合流する。……つもりだったんだけどさ。


「……既にやられてるのか」


 野里教官と浪速くんはすぐに見つかった。異様なマナを放つ存在が二つ。

 その傍らに四人程が倒れている。学園関係者か、あるいは雇われの探索者か。息はあるようだけど、動かない。昏倒している? あれが《オブリビオン》の効果なのかな。


 何があったのかは分からないけど、倒れてる人たちは、いざとなれば彼女たちを殺せるだけの実力者だったはず。そんな人たちの助けはないということか。はぁ。


 向こうも様子を窺う僕には気付いている。

 野里教官の虚ろな瞳が僕を捉えて離さない。

 傍らの壁に立て掛けてある大剣が例の『呪物』か。記録にもあったように、野里教官は得物を変更してたのか。


 思ってた以上に“異常”だな。プレイヤーモードが警戒している。

 それに《バーサーカー》と言う割には、かなり冷静に戦うみたいだし。戦闘スタイルは素の野里教官と変わりはないと考えるべきか。


「(メイちゃんたちが来る前に、一度効果範囲に踏み込むか?)」


 まずは《オブリビオン》の確認。

 臨戦態勢ではあるものの、まだ野里教官にも動きはない。距離にして百メートルほど。


 聞いた話では《オブリビオン》の効果範囲は徐々に拡がり、いまは半径五十メートルにも及ぶらしいけど……もしかすると、今は垂れ流しじゃなくて制御しているのか?


『《オブリビオン》を無効化しました』


 野里教官と同じく、虚ろな瞳で佇む少年……浪速くんがコッチを見た。彼も僕を認識したのか、《オブリビオン》の効果範囲を細長くして、槍のようにコッチに向けて伸ばしてきた。明確に僕を排除しようとする意思がある。


「(この距離なら、野里教官はまだ動かないのか。“僕自身”は《オブリビオン》を無効化できるようだけど、《纏い影》はキャンセルされたか……)」


 厄介だ。《オブリビオン》については長谷川教官も言っていた。『魔法スキルの制御までキャンセルされる』と。


 効果範囲内でもマナによる強化くらいは出来る。《白魔法》のバフも有効。でも、具現化するタイプの武技スキルは駄目そうだ。この分だとメイちゃんの《甲冑》も駄目かな?

 ……厳しい。防御系スキルなしで野里教官と打ち合うのか。面倒くさいことになりそう。


 現在地でだいたい百メートル。浪速くんが《オブリビオン》を制御して、敵を排除する意思があるなら、最低でもいま以上の距離を引き離さないと厳しい。僕が野里教官を足止めして、レオでいけるかな?


「はぁ。一旦戻るか……」


 ……

 …………


「全員やられていたのか?」


 当然の疑問。


「とりあえず四人確認しました。他にも居たんですか?」

「正確な人数までは分からん。だが、四人だけということはない筈だ……だが……」


 他の人たちを探す? でも、明らかな異常事態なのに、目立つゲート付近に陣取るこっちに接触してこないということは、既に動けなくなっていると考えた方が良いかも。長谷川教官も同じ結論みたいだし。


「とりあえず、僕自身は無事に《オブリビオン》を無効化できることを確認しました。後はメイちゃんとレオも試して、その後に作戦を考えましょうか?」

「ち、ちょっと待って! 本当にアレを無効化できたの!? そ、それに……イノたちが持っているのは呪物なの……?」


 そりゃ気になるよね。少し余裕が出てきたし、一応説明はするか。


「ざっくり言えば、僕たちが使用してるのは『呪物』と根本は同じモノだよ。ヨウちゃんたちが使用してたヤツより、もう一段階強化されてるけどね。その上で僕らにペナルティはない。勿論、そのままヨウちゃんたちが使えば『呪物』と正しく同じでペナルティを受ける」


 そっと鉈丸を前に出してマナを少し籠める。

 妖しげな気品のある刀身。鉈丸がマナに呼応している様が見て取れるはずだ。

 ここまで見せればヨウちゃんたちにも判るだろう。呪物と同じ系統の物だと。


「……う、嘘だ……ど、どうして……イノたちにはペナルティがない……の?」

「……はッ……芽郁の持つ得物も同じ……か。……はは、今更ながら、馬鹿馬鹿しくなる……」


 まぁその辺りのショックについては自分たちで飲み込んでもらうしかない。


「……たける。ダメだよ。今は野里教官たちを助けるのが先決。……少し前の“嫌な武”にならないで……」


 メイちゃんがサッと獅子堂に歩み寄りその手を掴む。

 前までの能面顔じゃない。獅子堂の事を本当に心配している。幼馴染みのお姉ちゃんの顔だ。


「……! め、芽郁……。す、すまない。そうだ。今は教官と浪速を助けないと……俺たちの後悔は後だ……!」


 獅子堂のマナは清廉だ。俺様キャラだけど、根は真っ直ぐなんだと思う。


 一方でこっちは少し自棄になりそうな雰囲気。僕はヨウちゃんをじっと見据える。


「あのさ……同じ条件であれば、もはやヨウちゃんの方が個人として強いと思うよ。コレはお世辞抜きでね。ダンジョン内だからよく解る。いまやレベルも同じくらいみたいだし」

「……はは。イノ、下手な慰めだよ。別にいいから。どうせ私には先がないし……後は教官たちを助けられればそれで良いよ……ちょっとショックだっただけ……」


 半分は嘘だ。

 ヨウちゃんの“陰のマナ”はそう言っていない。『オマエイノを壊したい』と荒ぶっている。

 でも、もう半分は本当。

 “陽のマナ”はヨウちゃんの言葉にリンクして煌めいている。野里教官たちを助けることに強く反応しているようだ。


 ドロドロと淀んでる昏いマナがヨウちゃんの本質だと思っていたけど……もしかして……?


「ねぇヨウちゃん。もう一度聞くけど……そのドロドロした纏わりつくマナは、いつから感じるの?」

「……え? ……たぶん、イノに完敗した後からだよ。……イノだって気付いてたんじゃないの? 『淀んだマナで僕に触れるな』と言わなかった? ……あのときにさ」


 川神陽子との対立……か。


 アレがトリガーだったのか?

 なら、僕がダンジョンに興味を抱いたのも?

 野里教官の手を取ったのも?

 特殊実験室の存在も?

 いや、そもそもヨウちゃんや獅子堂が、あれほど短絡的に襲撃してきたのもか?


 全てがこのクエストに繋がっているなら……どれだけシステムに望まれてるんだよ、この“陰陽のマナ使い”ってヤツは。


 でも……やはり今のヨウちゃんと野里教官を戦わせる訳にはいかない。確実に殺し合いになる。

 はぁ。《纏い影》なしで教官の呪物をぶっ壊すのか……



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