第10話 救出か……それとも……

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 十一階層。廃墟エリアを抜けた先。

 ここからは未開の平原、荒野、森などが続く。ときおり、かつての栄えたと思われる文明の跡……崩れた城壁や町並みが点在しているエリアとなる。

 廃墟エリアの現代都市ではなく、風情ある栄枯盛衰が伺える遺跡たち。


 その一角。崩れかけの砦跡に野里と浪速が身を潜めている。そしてそれを見張る影二つ。


「川神。そろそろ戻れ。俺が見張っておく」

「……あは。別に大丈夫だし」


 彼女は……《バーサーカー》は一定範囲に近付いたり、敵意を察知すると即座に活動を開始する。


 最初は誰もが気の所為かと思っていたが、獅子堂とヨウは何故か野里たちに近付けた。そうは言っても、防衛ラインを割れば襲い掛かってくることは変わらない。その防衛ラインが他の者よりも近かった。とは言いながら、現状では《オブリビオン》の効果範囲が拡がり、そもそも誰も近づけなくなってしまっているが。


 もしかすると、浪速を護っている理屈と同じで朧気にチームメンバーを認識していたのかも知れない。

 野里の真意、《バーサーカー》の仕組みは誰にも分からないまま。


「予定通りなら、明日には井ノ崎たちが戻ってくる。本当に《オブリビオン》を無効化できるなら……そこからが本番だ」

「……本当にそんなことが?」


 俄には信じられない。


 実際に一度、《オブリビオン》の効果範囲に触れてしまったが、頭の中にナニかがぐるぐると渦を巻き、思考がまとまらなくなる。

 見えているはずなのに視えない。聞こえているはずなのに聴こえない。五感からの情報が即座に忘却されていき、平衡感覚すら失いかけた。

 ほぼ勘だけではあるものの、辛うじて意識を保っている間に効果範囲を自力で脱したが、あとほんの数秒で身動きが取れなくなるどころか、何も考えられなくなるという確信があった。あの状態に陥れば、教官はおろか、ゴブリン相手でも危うい。


 アレを無効化する? 本当に出来るのか?

 まだ《バーサーカー》である野里教官と打ち合う方がやりようがある。……いや、既に呪物を取り上げられた自分たちでは打ち合うことも出来ないけれど……。


 じゃあどうすれば良い?


 答えは出ない。

 でも、私や獅子堂がココを離れれば……学園側は強硬手段を早めるかも知れない……そんな懸念が払拭できない。既にそれらしい配備がされているし、自分たちが監視下にあることくらいは分かっている。


 行動の自由が許されているのも、『呪物を使った成れの果て』を見せつけるためじゃないのか?

 学園は表向きは私たちを“被害者”として扱ってくれているが、ソレだけで済むはずがない。……これも私たちへの罰なのか。


「獅子堂。もし、イノたちでもどうにもならないとすれば?」

「……学園側は、補給物資に睡眠薬を混ぜて投げ渡すと言っているが……今だって、浪速は寝ているのか起きているのかも判らない状態だが《オブビリオン》は途切れていない。発症以来ずっと発動している。……俺たちへの気休めの案だろうな」


 学園側は『既に手は尽くした。もう仕方がない』という段階に入っている。教官と浪速を見殺しにする準備は万端という訳だ。


 非力な自分が情けない。不甲斐ない。


 馬鹿をやった自覚は当然あるし、呪物についても、聞いている以上のリスクがあるだろう事も承知の上で連中の手を取った。

 野里教官とて覚悟がなかったわけじゃないはずだ。いや、誰よりもリスクは理解していたはず。それでも呪物を求めた。先へ進むために。


 だけど、彼女は派閥争いの負けを……呪物を捨てる選択を受け入れた。いや、受け入れざるを得ない、勝ち目のない状況だと理解するだけの理性が残っていたというべきか。“戦い”については、冷静に状況を分析できていた。

 その上で、生徒サンプルたちを護ろうと動いた。もしかすると、自分の立場をこれ以上悪くしない為の保身だったのかも知れないけど……動けなくなった浪速を、魔物たちから護ったのは事実。


 正直なところ、教官のことは気に食わない。戦う者としての尊敬はあるけど、別に一人のヒトとして好きなわけじゃない。


 最後まで、自分本位で狂ったままでいてくれたなら割り切れたかも知れないのに。

 呪物をばら撒いていた連中と一緒に、自暴自棄に大暴れでもしてくれていたら……


『やめろッ! ダンジョンで人質だと!? 非力なサンプルもいるんだぞ! 追手より魔物たちに襲われたらどうする!! 命をすり潰すくらいなら投降しろッ!! よせ! 跳ぶな!』

『馬鹿がッ!! アレほど呪物の扱いには気を配れと言っただろうがッ!!』

『……浪速ッ! これがダンジョン症候群のスキルかッ!? くっ! から……だが、いし……きを持って……いかれる……ッ!』

『くそったれ! こんな時に!! 私もなのかッ!?』

『ガァァァッッッ!! ナ、ナニワニ……フレルナッ!!』

『シシドウ、カワカミ……ワタシニ……チカヅクナァァッッ!!』


 どうしてヒトの側に踏み留まるんだよ。

 ……見捨てられなくなるじゃないか。


 ……

 ………


「……獅子堂。いざとなれば……」

「やめろ。……そういう考え方はするな。学園側も決して見殺しを前提にしているわけじゃない。……野里教官に対してはアレだが……少なくとも、浪速を助ける可能性があるなら、試すくらいはする。井ノ崎が無理なら、きっと他の手を……」


 私はどうしようもないな。同じ立場の彼に気を遣わせている。獅子堂だって辛いはずなのに。


「……なら、イノがもし《オブリビオン》を無効化して、浪速を救助できたとして……教官はどう出ると思う?」

「……分からん。だが、いきなり大人しくなるハズはないだろう」


 当然だ。《バーサーカー狂戦士》なんだから。

 向かって来るなら、教官を止める。学園の思惑なんて知らない。呪物なしの私に出来るかは分からないけど……やってやる。

 格好を付けたまま死なせない。無様に生き延びてもらう。……絶対にだ。


 不思議だ。


 ずっと胸の内にあった、イノに対しての昏い衝動やドロドロが鎮まってきている。決して消えて無くなったわけじゃないけど。


 “光”が強く訴えてくる。


『彼女たちを助けろ』

『囚われた魂を開放しろ』

『目を覚ませ』

『導き手を頼れ』


 自分でもよく分からない。でも、この“光”には従うべきだ。



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 イノたちが戻ってきたらしく、波賀村理事の執務室へ私たちも呼び出される。

 聞いていたより一日早い。

 ただ、元々波賀村理事たちは十階層をクリアすること自体は疑っていなかった。つまり、イノたちもそれだけのレベルに達しているということ。


 ……はは。呪物なしで本気の勝負がしたい……か。


 あらためて考える。


 やはり私はイノには勝てない。……今回の“光”の導きは正しい気がする。


「(……でも今はそんなのは良い。どうせ私たちは今回の件で終わりだ。この学園での先なんてない。なら、せめて野里教官と浪速の救助だけは……ッ!)」


 イノへ執着していたとき以上の熱量がヨウの瞳に宿る。


「(ヨウちゃん。憔悴しているな。でも、マナが荒んでいるわけじゃない。……野里教官たちを助けたいという思いはあるのか? あの淀んだマナが幾分かはマシになっている?)」


 イノは気付く。ヨウのマナの変質に。

 重さすら感じられる粘着質なあの昏いマナと、それ以前の、まさに“陽”と表するようなマナが、マーブル模様で渦巻いている。


「状況はどうなっていますか?」

「大きな変わりはありません。彼女たちは収納袋や生活魔法を駆使し、飲食、排泄、睡眠……全て賄えているようです。ただ、若干浪速君が衰弱してきている様子が伺えます」


 野里……狂戦士の守護者は健在。弱体化はしていない。その上で優先度が高い、要救助者の浪速の衰弱が確認されている。


「まず、様子見として本当に《オブリビオン》を無効化できるのかを今から確認してきます。無効化が確認できたら、それを踏まえて二人の救出作戦を練って下さい」


 言及はしない。『無効化できなかった場合』については。大人たちは当然として、獅子堂やヨウだってその可能性には気付いているが、イノは敢えて言葉にする愚は繰り返さない。


 期待半分、諦め半分。


 波賀村理事以下、誰も口には出さないが、学園側は既に野里たちをダンジョンに残し、ゲートごと封鎖する段取りまで済ませている。あとはゴーサインを待つだけの状況。


「少し休んだら行きますので、今の野里教官たちの場所に案内をお願いします」


 重い空気を敢えて読まず、イノは淡々とやるべきことを示す。その姿が、の感情を逆なですることも当然知っている。


「……私が案内するよ。どうせ私たちは監視されているし、特に危険はないでしょ?」


 自嘲気味にヨウが申し出る。

 疲れてるんだ。“結果”が分かるなら早く知りたい。彼女の心の声が周囲にも聞こえてくるかの如く。


「……川神が行くなら俺も行く。監視も二人一緒の方が手間も省けるだろう」


 周りは殊更に獅子堂とヨウを止めることはない。

 これは二人への罰であると共に、“心の準備”を整えるための猶予期間とみなしているのか。

 ただ、異をとなえる者もいる。


「学園側の方針なんでしょうけど……波賀村理事、ちょっと当たりが強すぎませんか? 学園の生徒ですよ? 間違った判断に罰は必要でしょうけど、それは本当に“いま”必要なことですか?」

「………………」


 イノは真っ直ぐに波賀村理事を見据える。だが、受け止める側も微動だにしない。


「(……ああそうか。イノの瞳に私が映らないのは、そういうことか……イノは……“大人たち”と同じ側に立っているのか……)」


 沈黙。誰も言葉を発しない。逆にそれが答え。


「…………はぁ。それじゃ、獅子堂くんとヨウちゃんに案内をお願いしますよ。流れ的に長谷川教官も同道してくれますよね?」

「ああ。私も行くさ。流れ的にな」


 ……

 …………

 ………………


 十階層のショートカット部屋。元ボス部屋。

 ダンジョンに降り立って解かる。

 イノだけじゃない。鷹尾先輩も。……強い。レオと呼ばれた子も、マナの制御が異常なほど精密。


 気にはなるけど今はそれどころじゃない。


 野里教官、浪速、佐渡姉妹、そして獅子堂……歪な関係だったのは承知の上だけど、それでもダンジョンで苦楽を共にした仲間。チームメンバー。


 手痛い反撃を喰らう羽目になった十階層のボスオーク戦。

 結局、ボス戦をやり直しすることになり、佐渡姉妹には怒られたっけ。倒すのが早すぎだと。あの二人だけ登録できなかったし。ダンジョンの判定がボスを倒すまでなんて知らなかったんだけどな。

 浪速は相変わらず何も考えてなかったけど……いま思えば、アレがダンジョン症候群の前兆だったのかも。

 野里教官も『無駄に時間が掛かる』だなんだと、ブツブツ言いながらも五階層からのやり直しに付き合ってくれたっけ。


 こんなことは考えたくない。嫌だ。これじゃまるで走馬灯じゃないか。野里教官も浪速も助ける。せめてその手伝いくらいはする。……私の中のドロドロのナニかが『諦めろ』と囁く。うるさい。今は“光”の方を信じる。


「『呪物』に頼って成果はあったんだろうけどさ……ダンジョン症候群となった今の二人を見た上で振り返っても、正しい選択だったと思う?」


 突然の投げかけ。

 イノ。あんたはさっき波賀村理事に意見してたけど……その質問を今の私たちにするのなら、さほど変わりはないよ。残酷だ。


「……井ノ崎。俺たちは思い知った。馬鹿な選択をした自覚もある。後悔も。……今は教官たちを助けられるなら、他はもういい」


 獅子堂。

 彼は恐らく早い段階で知っていたはず。呪物の危険性やその未来のことを。私は敢えて見ないフリをしていたけど。


「僕はさ。野里教官のことは仕方ないと思ってる。ヨウちゃんたちを引き込んだ以上、当然の罰だ。自業自得だと。浪速くんを護ってるとか、投降を促したとか……そんな些細な善行でチャラにはならないと思ってる。……でも、二人はそんな教官の事も助けたいんでしょ?」

「……あ、当たり前だよ。野里教官が自業自得なら、私も同じだし……教官の行動がイノたちの目にどう映るかは分かってるけど、それでも同じチームの仲間なんだ……助けられるなら助けたい……何とかしたい……」


 何だか怖い。イノの瞳はこんなに怖かった? い、嫌だ。私の中のナニかがイノを拒絶している。ドロドロが溢れてくる。

 でも……『イノの手を取れ』という声もする。どうしちゃったんだ? 私は……


「……イノ君? 一体どうしたの?」


 鷹尾先輩も違和感を憶えている?

 今のイノはやはり普通じゃない?


「メイちゃん。レオも……コレは『クエスト』だ」



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