第9話 十階層 ボス戦

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 廃墟エリアを黙々と進む。

 魔物との戦いは最小限。

 野営の際にどうしても荷物が多過ぎてバレるため、長谷川教官にはインベントリを打ち明けた。クールな感じの教官が心底羨ましそうな目になっていたよ。

 テントも個々で用意できるし、食べ物や飲み物なども作り立ての物を出すだけ。後、ストアで足りない物を購入できたりするしさ。まぁストアは伏せてるけど。

 ここぞとばかりにレオと二人でドヤ顔をしてたら、『精神性は二人とも子供だね』とボソッとメイちゃんに言われた。……おっしゃる通りです。反省します。


 あと、何となくの感覚だけど『あそこは何らかの秘密通路や隠し部屋があるかも?』という箇所があった。具体的には七階層と九階層。後日のチェックだ。


 既に討伐型と探索型は何個かこなしているけど、実は『条件型クエスト』は坂城さんモドキ以降は出てきていない。今回の強行軍で出てきたらどうしようかと、内心では戦々恐々としていたけど、十階層までは出てきていない。


「今日で四日目。割と早いペースだったみたいですね」

「そうだな。上々のペースだ。新鞍が心配だったが……思いのほかレベルも上がって、基礎的な身体強化も様になっているのは驚いた」

「へへ。まぁ実態はメイ様におんぶに抱っこですけど」


 フロアボス部屋へのゲート前。

 ここはあくまで通過点。本命というか、目的は野里教官たちの救助だけど……


「メールの返事はまだきてないんですよね? 向こうはこっちの動向をある程度は把握できているでしょうけど、野里教官たちの様子が分からないのは不安ですね」

「昨日の時点では、変わりないという連絡が来ていたが……ダンジョンの内外では、連絡が通じない時もあるからな。不安はあるが、我々は事前に決められた予定で動くのみだ。ボスを倒した後、戻った時に状況を確認するしかない」


 ダンジョンの内外で交信することは難しい。ダンジョンテクノロジー込みの学生証のメール機能でも使えない場合があり、信頼性や確実性はそう高くない。連絡が取れればラッキー! くらいの感じ。

 リアルタイムの双方向通信が可能な機器もあるらしいけど、精密なモノだしデカい。金持ちの配信者がたまに使うくらいの需要だそうだ。一度、市川先生がダンジョンで背負ってたヤツは、あれでも簡易版らしい。


 長谷川教官が言うように、ここでモヤモヤしながら連絡を待つよりは、とっととボスを倒して戻る方が早いし、気持ち的にも楽だ。


 ただ、今やレオもレベル一〇。もしかするとボス部屋は“調整”がされて数が多いかも知れない。少し時間はかかるかな。


「長谷川教官。申し訳ないんですけど、あわよくばメイちゃんやレオのショートカット登録もしたいんですけど……」

「分かっている。ただし、あくまでもメインは井ノ崎の登録だ。悪いが、新鞍は野里の前には出せない。井ノ崎とは近接戦闘能力が違い過ぎる」


 そりゃそうだ。レオ一人には任せられない。

 もし僕とレオが共に《オブリビオン》を無効化できるなら、野里教官を僕が抑え、その隙に浪速くんをレオが助けるというプランも良さそうだけど……不安はある。

 たぶん、獅子堂やヨウちゃんだって参加したがるだろうし……はぁ。


「レオ。とりあえず、オークを中心に数を減らして欲しい。ボスは強化オークらしいから、上手く行けば貢献度ありで登録できるかも」

「分かったよ」

「……私はレオを護りながら近付く魔物を倒す」

「私は可能な限り手は出さないが、新鞍の護りは任せろ。何なら鷹尾も前に出てもいいぞ」


 さぁボスだ。


 ……

 …………

 ………………


 廃墟エリアではあるものの、割と整然として見通しは良い。

 都市の駅前通りとか? 瓦礫はあるもののメインストリートがかなり広い。

 僕らの正面にはオークとホブゴブリン集団。

 固まっての配置。《気配感知》の範囲で屋内に魔物の反応はない。虱潰しに探す必要がないのはかなり助かるけど、正面に展開している数自体は多い。それにホブゴブリンよりもオークの割合の方が多いくらいだ。


「メイ様。この配置だと遊雷を多量に設置出来そう。少し離れてても大丈夫」

「……わかった。確かに後ろには敵はいないみたい。少し前に出る」


 即座にレオが魔法スキルを待機状態で周囲に展開。しかもいくつかはマナを隠蔽し、不可視の状態。

 それに追随するように、レオの死角をカバーする形で長谷川教官も遊雷を展開する。


 今回は長谷川教官が一緒の為、恒例のゴブリンへの声掛けは無しだ。最近はもう期待もしてないけど……


「《ヘイスト》《ディフェンス》……じゃあ、僕は先に当ります。ヨロシク」


 鉈丸にマナを通す。

 二回目の強化を経て放つオーラが更に禍々しく、妖刀感が増した。鉈だけど。

 “狩場”の魔物たちは逃げたり怯えたりはしないけれど、ダンジョンの階層の魔物たちは、マナを纏った鉈丸を察知して逃げようとするヤツもいる。

 もしかすると、階層で出てくる魔物たちの方が“自然体に近い”のかも知れない。


『ゴラァァァッッッ!!』


 僕と鉈丸のマナを察知したのか、いきなりフロアボス……強化オークが前に出て来ようとしている。

 階層でオークと相まみえるのは初めてだけど……“狩場”のオーク達は武を尊ぶ。強い相手と戦うことを美徳としている節があるようで、集団で出てきても一対一の決闘スタイルを望んだりする。たぶん、ここのボスオークも同じ感じなのかも。


 まぁ僕は一切気にしない。

 オークに構わず、まずは右前方に位置しているホブゴブリンの小集団に斬り込む。


『グァラッ!?』

『くそったれ!!』

『ギッ!?』

『痛えッ!!』


 もはやココの連中では鉈丸の軌道は止められない。防げない。鉈丸が右へ左へ行き来するだけで、ホブゴブリンの体の一部が斬り飛ばされていく。


 斬り込みと同時くらいのタイミングで、レオの魔法スキルが反対側のオーク集団に音も無く着弾し、数体の腕や頭が弾け飛ぶ。


『グラァァァッ!?』

『ボグゥッ!?』


 遊雷を大量に準備したおかげか、攻撃にも厚みがあるね。

 ただ、本能的なモノなのか、防御が間に合った奴らもいた。レオの不可視の《ウインド・ブリット》を初見で凌ぐとは。油断はできない。


 何故かゴブリンよりオークの方が個体差が大きい気がする。種族的な特色だろうか。


 ただ、ゴブリンジェネラルは別格。勿論、アイツはゴブリンだったけど、恐らくオーク数体を軽々となます切りに出来る。


 アイツが個体として特別じゃないとすれば、ゴブリンジェネラルが雑魚として出てくるような階層もあるんだろうか? 今のレベルだと考えるのも恐ろしい。


『殺せッ! 止めろ!』

『囲め!』


 おっと。ぼんやりしてると囲まれそう。というか、囲んでくれ。メイちゃんが前に出て来ないうちに。


 レオが後衛。メイちゃんが盾役兼の前衛。僕が斬り込みや遊撃。

 この役割が多くなり、僕の戦い方も変わった。メイちゃんがレオを守っている間は、同士討ちを、周りを気にする必要がない。


 クラス、スキル、僕自身……それぞれにレベルも上がったことで、《纏い影》のマナによる自由度が更に高くなり、強化済みの短剣十本ほどを《纏い影》で個別に掴んで振るうことも出来る。

 コレだけの数を精密に操るためには当然集中しないとダメだけど、デタラメに振り回すだけならそれほどでもない。そして、乱戦の中で振り回せば集団への攪乱には十分。


 ほら、僕に気をとられると《纏い影》の短剣が来るぞ?


『なんだッ! 剣!?』

『ぐぁッ!?』

『ガラァァッ!』


 短剣のデタラメな乱舞。

 ホブゴブリンはコレでも十分に致命傷。

 オークはやはり個体差が大きい。致命傷を受ける奴もいれば、躱す奴、防御する奴、構わず術者である僕に突っ込んでくる奴……と、様々だ。

 何本かをボス付近で振り回したけど弾かれた。あっさりと拳で。やはりボスには通じないか。


 でも、ボスは僕に気を取られ過ぎだね。

 後ろから死の影が迫ってるよ?


 オーク数体を斬り裂き、血飛沫の中、メイちゃんが一気に踏み込む。


「……はッ!」


 ボスの認識の外からの一閃。


 ……だったのに、ボスコイツ躱しやがった。


 しかも、躱す直前に一気にマナ流動の密度を上げて、メイちゃんの一撃にカウンターを合わせてきた。ちょっと驚く。


「……くっ!?」


 メイちゃんもギョッとしつつ、ボスの大剣を《甲冑》の肩……たぶん大袖と呼ばれる箇所で滑らせるように逸らす。こっちはこっちで凄いな。オークの大剣を咄嗟に受け流すのか。てっきり《甲冑》の強度を増しながら、無理矢理耐える系の防御をするのかと思った。


 やるね。ボスコイツは隠してた。僕の中のプレイヤーモードの警告アラートが軽く聞こえる。メイちゃんが接近戦で焦るのは、ゴブリンジェネラル以来かも。


「……イノ君。コイツ……私がやるッ……!」


 あ、ヤバい。メイちゃんの武人スイッチが入った。いやいや、駄目だから。僕のショートカット登録が主目的だから。


 咄嗟に足を止めて集中。《纏い影》を精密操作して、メイちゃんとボスの間……特にボスに向けて短剣を割り込ませる。


『ゴラァッ!!』


 チッ。大剣の捌きが早いな。何本か刺さったけど致命傷には遠い。

 直接マナを籠めた鉈丸の一撃じゃないとボスの命に届かないか。


「……ごめんなさい。熱くなった……!」


 意図に気付いたメイちゃんは飛び退いて下がる。

 着地と同時に周囲のオークが斬り裂かれて崩れ落ちる。スキル《斬陣》……近距離の全方位攻撃。乱戦の友。


「ボスの相手はこっちでするから、レオと一緒に残りの連中をお願い」

「……分かった」


 さて、ボスとの一騎打ちか。オークの中で暗黙の了解でもあるのか、もう僕とボスに近付いてくる奴はいない。ホブゴブリンも全滅したみたいだし。


『ゴラァァァッッッ!!』


 あらためてのボスの雄叫び。一騎打ちみたいになる場合、オークからこういう雄叫びをよく聞く。オーク流の決闘の前口上か? 『やあやあ我こそは……』みたいな?


 知るか。僕には関係ない。踏み込む。

 ボスの反応も早い。大剣の横薙ぎ。

 僕は受け流しはしない。受け止めて捕らえる、大剣ソレごとオマエを。


『ゴアァッ!?』


 斬撃のモーションを途中で強制的に停める。

 ミチミチと音を立てて、大剣を持つ腕ごと締め上げる影。


 いまやゴブリンジェネラルですら、一度捕らえると数秒は抜け出せない。《纏い影》による全力での捕縛。オマエは強化オークの中でも強者だろうけど、逃げられない。逃さない。


「レオ! ボスを狙え!」

「……! わ、分かった!」


 レオへの指示と同時に鉈丸で一閃。二閃。


『ガッ!?』


 ボスがぐらりと傾き、そのまま倒れる。両足を脛の辺りからぶった斬った。


「悪いね。僕等の勝ちだ」


 ボスは何も出来ないまま、ほんの少しの間のあと、レオの魔法スキル《ウインド・バースト》が多重展開で着弾。

 断末魔の叫びを上げる間もなく、周囲の瓦礫ごと吹き飛ぶ。


 ……レオ。僕が近距離にいるのに効果範囲が広いヤツを使ったな……くそ。ホコリまみれだ。


 ……

 …………


 ボス撃破後、残敵の掃討も滞りなく。

 結局、全員が石板のショートカット登録ができた。


「どうやらレオもメイちゃんも貢献度ありと認められたようですね。……これで僕が登録できなかったらどうしようかと思いましたけど……」


 ボスへのトドメは僕がやるべきだったかな〜? と、一瞬後悔した。まぁもし登録が無理だったなら、このまま十一階層へ進んでいたけど。


「一度戻るぞ。野里教官や浪速がどうなっているのかを確認したい。帰還石を使う」


 そう言うやいなや、長谷川教官が帰還石を発動する。


 さてさて、どうなっていることやら?



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