第7話 派閥争い、あっさり終わる。

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 レベル差のあるメンバーによるパワーレベリング、寄生プレイ、引き上げ……色々と呼び方はあるけど、レオのレベル上げは、思っていたほど僕とメイちゃんの出番は多くなかった。

 主に護衛としての立ち回り。魔物の数を間引いたりはするけど、ダメージを与えて弱らせるとかまではしなかった。する必要がなかったと言うべきか。


 プレイヤーモードにスイッチが入ったレオは、距離のある一対一ならレベル七の時点で、オークに対処できていたからね。

 オークはレベル七の前衛クラスだと、ストア製アイテム有りでも手こずる相手だし、コレはプレイヤー云々じゃなくて、魔法スキルを使う【クラス】の強みなんだろうけど。


 防御面での不安は残るものの、長谷川教官から教わった遊雷を活用して攻防一体を曲がりなりにも実現出来ている。

 ……何度か僕に遊雷を当てた事は忘れない……『今度は油断し過ぎ。イノ君は極端だ』とメイちゃんからお叱りを受けたけど。


 僕とレオのプレイヤーモードの違いも比べてはみた。まだ触り程度の検証だけど、レオのプレイヤーモードは「知らないこと」はできない。

 有効な一手が“視える”らしいけど、それは現在のレオの経験や知識、クラスやスキルという手札にあるモノから導き出されているみたい。


 遊雷は特殊なスキルでもなく、それこそ有効な一手だと思う。でも、実際には長谷川教官から教わるまで、プレイヤーモードのレオには使えなかった。知らなかったから。


 一方で僕の方は、初見の魔物の急所や動きなんて詳しくは知るはずもないのに、的確にソコを狙うことが出来るし、そもそも、はじめから戦う為の専門知識や技術も僕にはない。……にも関わらずに身体が動く。思考が走る。

 坂城さんも感じていたという『自分を操作する感覚』というのがある。ボタン一つで決められたモーションを実行すると考えればゲーム的だね。

 ただ、当たり前だけど相手に上をいかれると通じない。ゴブリンジェネラルとかさ。


 コレはプレイヤーの個人ごとの違いかな。現に僕が【黒魔道士】クラスとなっても、レオのようなマナの制御は出来ない上に何も“視えない”。逆も然り。レオが【武道家】にクラスチェンジしても、僕のような半自動的な動きは出来ない。


 僕らプレイヤーも適性クラスは決められていたのかもね。他のクラスを選択できるけど、結局は適性クラスが一番性能が良いとか?

 僕は前衛タイプで、レオが後衛タイプなのは間違いないだろう。じゃあレオのプレイヤーモードは何故今まで起動しなかったのか? この辺りも謎なまま。本人は『メイ様の愛で目覚めた』とか言ってるけど。アホか。


 まぁそんな風にアレコレと検証したりしながら、レオのレベル上げのために“狩場”へ通う日々。


 そんな時、にわかに学園の一部が騒がしくなった。


 とうとうダンジョンから戻ってきたらしい。野里教官率いる『特殊実験室A』の面々がね。……僕らも一応は『特殊実験室A』だけど。

 さてさて……これから『特殊実験室A』を舞台に派閥を背負った代理闘争がッ!?


 ……

 …………


 ……と、思っていたら、アッサリと派閥争いには決着がついたらしい。流石に生徒子供が関与する余地はなかったということだね。


「なんだかんだと全然顔を見ませんでしたけど、野里教官たちは三ヶ月以上ダンジョンに籠ってたんですか?」

「今回の記録では九十八日だ。実は一度出てきた形跡はあるが、同日中に再度ダイブしている。恐らく十階層のショートカット登録が出来なかったメンバーがいたんだろう。つまり彼女達は十階層を二回クリアしている。どこまで野里教官の助力があったのかは不明だが、運や偶然ではないのは確かだ。一般向けに公開されることはないが、学生五名と教官一名での十階層クリアという快挙を引っ提げての凱旋となり、学園や協会は良くも悪くもこの情報を利用するだろうな」


 未成年を三ヶ月以上も連れ回すなんて! ……と言った所で相手にはされないか。

 そもそも今回に限らず、野里教官達は度々ダンジョンに泊り込みで潜っていたみたいだし、十階層クリアという成果の前には誰も文句をつけられない。


『え? 十階層でしょ? 泊り込みは当たり前じゃん』


 なんて言われるだけか。


 長谷川教官曰く『コレを期に学園の指導課程を見直すのはどうか?』というのを推していくのが改革派の狙いの一つだったとか。そして、それはある程度の成果を果たしたらしい。


 ただ、別の情報として、改革派の後ろにいた九條派の狙いは『ダンジョン症候群の研究』であり、ひいては『特異領域ダンジョン外でのスキル行使』で間違いなかったとのこと。

 その為にはサンプルを増やしたかったようだね。“ダンジョン症候群”の。呪物をばら撒こうとしたのはその為。


 胸糞悪い。


 なんで学園の生徒……子供を使うんだよ。派閥から大人の志願者を募れよ。あるいは情報を開示した上で探索者に対価を提示して協力を仰ぐとかさ。

 それに秘密結社的な活動をするにしては目立ち過ぎでしょ。もっと秘密裏にやってよ。勝手な話だけど、見えない・聞こえない所でやってくれるなら、気にならないのに。

 少なくとも社会的に責任能力や判断能力のある者に限定するとか徹底してくれ。


「……井ノ崎。すまないが少し抑えてくれないか?」


 おぅ。長谷川教官の顔色が悪い。ごめんなさい。少しマナが漏れて《威圧》っぽくなってしまった。


「すみません。未熟でした。ちょっとイラッとしちゃいまして、つい……」

「いや、その気持ちは分かるさ。……それにしても、情報としては聞いていたが……本当に井ノ崎は“外”でもマナを扱えるんだな」

「ええ。流石にダンジョン内と同じとまではいきませんけどね」


 イラッとするのは、九條派の目的を既に僕が体現しているという事も含めてだ。この情報を知れば、連中は次に“プレイヤー狩り”でも始めていただろ。売られなくて良かった。

 ちなみにレオは外でマナを扱うことは出来ない。ステータス画面の操作やインベントリは使えたけど。この差異も謎。同じプレイヤーでも仕様の違いが目立つ。


「どうします? 九條派に『お前らの研究、完成品があるぞ』って言ってみます?」

「実例が井ノ崎だけではな。それに、本来の九條理事個人になら話を持っていっても良かったが……連中は九條理事の思想だけで動いていたわけじゃないからな」


 僕は勝手にマッドサイエンティスト的なイメージだったけど、九條理事はこんなやり方を好む人ではないらしい。


 元々は『ダンジョン外でスキルを使えるヒーラーが、救急車に一人乗り込むだけでどれ程の人が助かるか』というような感じで、主に救急医療でのスキル活用を訴えていたらしい。かつて、理事の家族が交通事故に遭い、事故現場からの搬送の遅れが遠因となって……という話もあるそうだ。


 ダンジョン学園に医療機関を併設し、学園都市外部からの患者も受け入れるシステムの構築に奔走。また、特異領域を利用した魔法スキルによる治療・研究への支援に力を入れてきたという。

 それらと併行して『外でスキルを使えるようにするんじゃなくて、ゲート自体を持ち運び出来ないか?』みたいな研究も行っていたらしい。


 残念ながら、日本だけでなく、世界各国で似たような研究は続けられているにも関わらず、目ぼしい成果は報告されていない。


 そして、行き着いたのが『呪物』。

 デメリットではあるものの、紛れもなく特異領域ダンジョンの外で《スキル》を行使している。そりゃ研究はするだろうね。そのメカニズムが解明されれば、世のため人のためになる。……《スキル》が平和目的以外に利用される未来も薄っすら見えるけど。


 この『呪物』に関しても、同じように世界各国で研究はされているはず。この日本よりも環境や人員の質が良かったり、倫理的なタガが外れた国や地域だってあるにも関わらず、その“成果”はまだ知られていない。単に難しいのか、巧妙に秘匿されているのか。


 九條理事は既に八十代。派閥の長ではあるも、あくまで看板としてであり、実務を取り仕切っていたのは妙に羽振りが良くて怪しい方々だったとさ。ダンジョン絡みは利権だらけか。


「で、結局のところ、僕がこうして一人で呼び出されたのは何故でしょう?」

「実は波賀村理事から連絡があってな。井ノ崎に会わせたい人物がいる。……頼み事もな」


 会わせたい人? 波賀村理事絡みか?


「……実は九條派云々の揉め事は大人たちの間でほぼ決着は付いたが、一つ残っている問題がある。後日、その波賀村理事の所で詳しく説明するが……あまり愉快ではない話だとだけ、今は言っておく。悪いが鷹尾にはまだ伏せておいてくれ」


 割とハッキリとものを言う長谷川教官なのに、歯切れが悪い。それに、ずっと違和感があった。何だか疲れている? 嫌な予感しかしないんだけど?


 ……

 …………

 ………………


「……まともに話をするのは初めてだな? 獅子堂武だ」

「改めまして、僕は井ノ崎真」


 アニメ版主人公。お前かよ。何でここにいるの?


 既に懐かしく感じる、波賀村理事の執務室。

 まず、部屋の主である波賀村理事。背後には市川先生が控え、間を取り持ってくれた長谷川教官もいる。で、僕に用があるというアニメ版主人公の獅子堂。

 見事に野郎ばかりが集まっているね。むさ苦しい。

 ゴメン、嘘だ。僕以外はダンディな老紳士、執事風のできるおじ様、クールな眼鏡イケメン、俺様系のワイルドなイケメン(将来有望)ときた。華がある。くそ。


 しかし、とても派閥争いに勝った! みたいな雰囲気ではない。獅子堂が憔悴しているのは何となく分かるけど、他のメンツもどこか暗く沈んだ雰囲気で、目に見えて疲れている。


「ええと……僕はまったく状況が解らないんですけど……九條派とも決着が付いたとは聞きましたけど……?」

「井ノ崎君。まず私から順を追って説明させてもらいましょう」


 タブレット端末を片手にした市川先生のお言葉。

 最近ではメール機能しか使っていなかった学生証にデータが送られてきた。

 これは……『呪物』についての資料や学園のカリキュラム? それにダンジョンのマップ……六階層から十階層までの最短ルート?


「まず、この獅子堂君には井ノ崎君のことはまだ大したことはお伝えしていません。彼……というよりご実家の獅子堂家が“ダンジョン症候群”のことを調べており、その過程で獅子堂家の方々から波賀村理事へコンタクトがあったという次第です。波賀村理事の寛解については、手順を踏んで調べれば、それが分かる者には知れるように“配慮”していましたから……」


 言ってたね。波賀村理事がダンジョン症候群を寛解した情報も使わせてもらうと。ソレに獅子堂家が引っ掛かったわけか。


「力関係や実務能力は知らないですけど、獅子堂家が気付いたと言うことは、他の所……九條派とかにも知られていたってことですよね?」

「はい。実は最初にコンタクトがあったのは九條派……いえ、九條理事個人の関係者からでした」


 九條理事自身は元々ヒーラーであり、現役引退時は“ダンジョン症候群”は発症していなかった。にもかかわらず、今は発症しているとのこと。……自分自身をサンプルとする気概はあったようだね。

 聞けば、そんな九條理事の姿に感化され、自発的に呪物を扱い、ダンジョン症候群を発症する研究者や派閥員も多かったそうだ。

 それらが目に余るということもあり、研究のための、故意のダンジョン症候群発症は禁止となったようだけど……最近になって九條派のそういう過去をほじくり、一連の流れを再開した連中がいたと。


「実は、過去のダンジョンマニュアルに従うだけの教育や育成プログラムはやめよう。少しずつ変えていこう。……という、改革派の要求はある程度は理事会で承認されました。あくまでまだこの学園の中だけですが……西園寺派の後押しもあり、現在は“上”と交渉している段階です。はじめから、西園寺理事は改革派と九條派を分断するために動いていたということです」


 つまり呪物をばら撒いている連中を叩きたいだけで、学園の改革自体は進めたいと。まぁ長谷川教官は何となく改革派っぽかったしな。今の学園のやり方に賛同はしてなかった。それを言えば野里教官もだけど。


「……となれば、ますますここに僕が呼ばれた理由と獅子堂……くんがいる理由が分からないんですけど? 西園寺理事の目論見通りで、大人たちの抗争はもう勝負ありなんじゃ……?」


 黒い大人たちの戦いはもう終わりでは? 腹が黒々している大人ほど逃げ道も用意してるだろうし、全員をキッチリ処罰なんて出来ない。勢力を削って、あとは何食わぬ顔でお互いにやり取りを続けるだけじゃないの? 清濁併せ呑むって感じでさ。


 呪物をばら撒いてた連中が外部からの介入だったなら、場所や形を変えて何らかの活動を続けるだろうけど、しばらくはこの学園でナニかをしでかすこともないでしょ。そこまでバカな訳がない。


「井ノ崎君。君はどこか達観している所があるが、馬鹿な大人というのは思いのほか多いんだよ」


 波賀村理事?

 どうしてそんなに疲れた顔してるんですか?

 ……猛烈に嫌な気がする。聞きたくない。


「呪物をばら撒いていた一派が暴挙に出た。その煽りを受けて、野里澄は“ダンジョン症候群”を発症した」



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