第6話 遊雷

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 レオの防御問題。一先ずはメイちゃんか僕が付きっきりで護衛するという、至極真っ当な対応に落ち着いた。

 まずはレベル上げとクラスチェンジが先。

 戦い方の組み立てはその後。

 明日の自分に頑張ってもらうの精神。

 問題の先送り。

 そもそも“左の狩場”であれば想定外は起こりにくいしね。HAHAHA!


 はぁ……

 

 このままだと余りにも頭が悪いので、流石に先人の知恵を拝借したさ。


「なに? 実戦で使える魔道士クラスの防御スキルだと?」


 助けて長谷川教官。

 学園の最大派閥のトップ。そのトップの親戚のお嬢様を任されているほどの人。さぞかし有能なはず。

 それに担当僕たちがダイブしてる時間も長いし、割と暇でしょ?


「ふむ。教科書的な《ガード》系スキル以外の話か……なら“遊雷ゆうらい”しかないな。少なくとも私はそうだ」

「ユウライ? ……それはスキルですか?」

「違う。戦法の一種とでも言うか……まぁ一度実践してやろう。しかし、新鞍がそんなことを気にする程になっているとはな。驚いた」


 きゃー長谷川教官、素敵!

 

 ……という訳で、長谷川教官を伴ってダンジョンへ来ている。


「まず私の属性は『火』だ。実体がないという意味では新鞍の『風』と同じだから、参考にはしやすいだろう」


 勝手な言い分だけど、長谷川教官は『水』とか『氷』なイメージだった。僕の主観だから本当にどうでも良いけど。


「“遊雷”というのは、発動待機状態の魔法スキルを自身の周囲に浮遊させておく戦法だ。新鞍だって、魔法スキルの発動待機くらいはやったことはあるだろう?」

「ええと……もちろん魔法スキルを発動待機はやったことありますけど……というか、魔法アタッカーが一番初めに教わる基礎的な技術ですよね?」


 あれ? 特殊スキルだとか、裏技的なモノじゃないのか?

 おっと。長谷川教官の周囲にマナの集束。プレイヤーモードなレオと同程度にはスムーズだ。かなりの使い手だね。この人が探索者の中でどの程度なのかは分からないけど、少なくとも距離を置いた状態で戦いたくないな。

 

 なにより、僕のプレイヤーモードがレオの時よりも強い警告を発している。


 レオと教官を比べるとレベル的には当然のことなんだけど……違和感がある。なんだろう、単純なマナ量とかスキルじゃないナニかだ。

 以前、メイちゃんは『長谷川教官には負ける気がしない』と言っていたけど……そんなに甘くは無さそう。この人、たぶんメチャクチャ戦い慣れている。見えている隙もブラフじゃないのか?


「井ノ崎。私を分析するのは止めろ。流石に分かるぞ。まったく、油断も隙も無いな」


 こ、怖えぇよ。なんでこの学園の紳士っぽい人たちは暗部的な怖さがあるんだよ。野里教官みたいにガオーと吠えてくれる方がわかり易くて可愛げがあるぞ。


「まずは三つ。新鞍もやってみろ」

「は、はい。とりあえず《エア・ブリット》で三つ、やってみます」


 そう言うと同時に長谷川教官の周囲に三つの魔法スキル。火属性の初期スキルのようだ。少しの間をおいてレオが追随する。三つの《エア・ブリット》。


「基本はコレだけだ。遊雷とは、まさに『攻撃は最大の防御』を少し拗らせて実現しているモノだ」

「はい」

「…………」

「…………」


 え? 終わり? どうした長谷川教官。もしかして天才過ぎて凡人が理解出来ない系なのか?


「……は、はい? 長谷川教官……ちょっと説明が高度過ぎて意味が分からないんですけど……?」


 長谷川教官が溜息と共に残念な奴を見る目をしている。

 いや、レオを庇うわけじゃないけど、今ので理解しろというのは酷だよ。


「……つまり、絶えず展開……? 減らさない?」


おぅ。メイちゃんは解るの? でもその発言の意味が分からない。


「そうだ。鷹尾は理解が早いな」


 正解なのかよ! 頼むから凡人にも分かるように説明してくれよ!


「……レオ。イノ君も。つまりはこういう事だよ」


 メイちゃんが《甲冑》を展開し、流れるように教官に殴りかかる。

 教官はよたよたと白々しく後ろに下がり、先程の遊雷をメイちゃんの攻撃の延長線上に置く。

 触れた瞬間に炸裂。

 バチリという音と共に拳が逸れる。


 メイちゃんにダメージはない。構わず体勢を整え、踏み込んで連撃。


 拳、炸裂。

 蹴り、炸裂。

 裏拳、炸裂。

 貫き手の突き、炸裂。

 廻し蹴り、炸裂。

 不意のタックル、炸裂。

 

 長谷川教官の遊雷に使われているのは《フレイム・ボール》。黒魔法の火属性初期スキルらしい。

 もちろん《甲冑》を纏ったメイちゃんにまともにダメージは通らない。

 だけど、決定打も無い。術者に、長谷川教官に触れられない。メイちゃんの攻撃を受け流す、逸らす為に魔法スキルをぶつけている。いや、丁寧に置きに行っている印象。

 その上、はじめに展開していたのは魔法スキル三つ。今も三つ。常に追加で展開している。


 長谷川教官の如何にも不慣れな様子の近接戦闘の立ち回り。いやいや。もうわざとらしいから。絶対、分かってやってるヤツじゃん。演舞的なやり取りだけど、メイちゃんの動きや力の流れを完全に見切ってるよね? 一定以上の距離を詰めさせないし。


「……という感じ」

「見事だ。本気の鷹尾は相手にしたくないな」


 遊雷。攻撃は最大の防御。

 シンプルな仕組みだ。基本は自分の周囲に魔法スキルを設置しておくだけ。今の長谷川教官の振る舞いじゃなくて、要は『攻撃を攻撃でやり返せ』ということか。


「流石に今のを真似しろとは言わんが、仕組みは解っただろう?」

「ええと……別に三つじゃなくても良いんですよね?」

「当たり前だ。実戦では三つでは全然足りない。私はダイブの際は少なくとも常時十五から二十は展開しておく。それにこんな初期スキルでもないし、《ガード》系も併用する」


 さらっと言ってるけど、教官は二十以上の魔法スキルを並列的に制御できるのか?

 実戦ということは攻撃だってするわけだろうし……


「ああ。言っておくが、井ノ崎や鷹尾が考えるほどの技術ではないからな? 前衛クラスはよく勘違いをするが、《黒魔法》スキルはセミオートのようなモノだ。一旦発動さえしてしまえば、待機状態……周囲に浮かべておくだけなら、維持や制御にほとんどマナや意識を取られることはない。だからこそ、初めから展開し、攻撃と防御に使えばいいという発想だ」

「……よく考えたら当たり前のことですよね……三から四程度の魔法をゴテゴテブーストして発動させてたけど……別にブーストは後でも良い……もっと沢山、先に待機させておけば……」


 長谷川教官が細々とメイちゃんの攻撃を捌いて見せたのは、当然意識して操作や制御をしていただろうけど、本来は近付いてくる敵や遠距離攻撃にただぶつけるだけ。シンプルだ。


「遊雷の魔法スキルを貫いてくるような攻撃にはどんな対処が?」

「素直に《ガード》系のスキルを重ねて使う。もしくは諦めるかだ。こちらの認識を超えた速度、威力なのだとしたら、もうどうしようもない。だが、それは前衛クラスでも同じだろう?」


 おぅ。急にロックで侍みたいな回答……でも、探索者としては当たり前の心構えか。


「あと、個人的には馬鹿の極みだが……この遊雷を否定する連中も多い。私には理解できん理屈だが、『盾役を信用していない』『遊雷に頼るのは初心者』だの、『魔道士の秘儀を暴くな』『前衛クラスに対策される』などと言う意見もある。学園でもそんな連中が幅を利かせており、遊雷は高等部でほぼ進路が決まった連中にだけ教示するようになっている。……本当に馬鹿馬鹿しい話だ。そもそも遊雷など、勘の良い者なら自分でも気づく程度のモノ。自発的な発想にまで蓋をしようとしているのが学園の現実だ」


 心底嫌そうな顔。長谷川教官はそんな連中のやり方を軽蔑してるんだろうね。当たり前か。

 触り程度の“技”だったけど、長谷川教官の遊雷は見事の一言。努力を積み重ねて磨いてきた“技”だ。

 殺し合いならともかく、ただの勝負なら、本気でやってもメイちゃんはまともに近付けなかったんじゃないのかな。捨て身の特攻くらい? それじゃ殺し合いになるか。


 そもそも接近戦は前提じゃない。魔道士クラスの真骨頂は遠距離。間合いの長さにある。


 ……自惚れは駄目だね。学園の教官や探索者でも、ダンジョンの中ならそれなりに渡り合えると思っていたけど、何でも有りな実戦だと、何もさせてもらえないまま圧倒されて終わりそう。

 少なくとも長谷川教官の遊雷は、ストア製アイテムの助けを借りたゴリ押しだけでは厳しい。それに魔道士クラスに距離を置かれると無理だ。僕なんかじゃ勝てやしない。


「教官。じゃあ、遊雷を否定している人たちは普段はどうしてるんですか?」

「《ガード》系の魔法スキルを遊雷と同じように展開している。つまりやる事は同じ。攻撃スキルか防御スキルかの違いだ。だが、私は遊雷を優先的に使う。何故か分かるか?」


 おっと。さっきの反省からか、ちゃんと教官っぽい感じになった。


「攻撃する際にワンテンポ遅れるから?」

「ほう。ついこの間まで、全力で魔法スキルを放つしか考えていなかった新鞍が、ちゃんと考えるようになったのか。驚きだな。偉いぞ」


 ナチュラルにワンコみたいにレオの頭を撫で撫でしてる。教官、それは煽ってるようにしか見えませんよ? イケメンがしてもセクハラ扱いになるし。まぁこの人にそんな意図はなく、本当に素のリアクションなんだろうけど。


「ま、まぁ。私もちょっとは成長してますから……」


 嫌そうな顔はしてるけど、レオは耐えた。前から付き合いがあるようだし、教官のキャラは承知の上なんだろう。


 魔法スキルの制御や維持がセミオートなら、そもそも攻撃と防御のどちらも展開しておいたら良いんじゃないのか? 別にどちらか一つというルールもない。……というのが教官の考えなんだろう。

 ただ、得意な技に頼る気持ちも分かるけどね。あと、命のやり取りの場面ではナンセンスかも知れないけど、ロマンとか?


「私は遊雷を優先的に使うが、コレだけに頼るのも間違いだ。先ほどの逆で、どんな局面でも頑なに遊雷で乗り切ろうとする魔道士クラスの探索者もいる。こいつ等も馬鹿だ。相手にはするな。せっかく前衛クラスよりも多彩な手段を持っているんだ。活用しない手はない。まぁ得意不得意である程度は偏るだろうがな」

「分かりました。教官、ありがとうございます」


 長谷川教官はロマン否定派か。

 いや、だからどうしたって話だけどさ。実は教官みたいな人がロマンに殉じるとかありそうだと思ってしまった。


 その後、レオがある程度のコツをレクチャーして貰うのを待ってたけど……その間、メイちゃんが神妙な面持ちでじっと長谷川教官を見ていた。

 え? 惚れたの? 撫で撫でして欲しかったの?


 ……

 …………


「教官。今日はありがとうございました。私……習ったことが本当に身に付いてないと、改めて実感しました。情けないけど……」

「確かにな。新鞍は他の生徒よりダンジョンでは視野が狭かった。だが、それを自覚して動けるようになっただけマシだ。……マナの制御が、この短期間で現役探索者の上位ランク並になっていることについては眼を見張るがな。それに、視野が狭く実戦的でないのも新鞍個人の問題でもない。学園や協会、ひいてはこの国の方針だから仕方ない。別に視野の狭い新鞍のままでも進級や卒業はできただろう」


 そう話す長谷川教官には、何処か諦念が見える。

 ダンジョンの踏破が国家戦略なのは間違いないらしいけど、ここ二十年は日本だけじゃなく、世界中で未踏破への挑戦が停滞している。勿論、多少の更新はあるけど、“安定路線”になって久しいという。

 ダンジョンという未知の存在。だけど、既にある程度は資源として活用出来ている。その手法が確立してしまった。無理に危険を冒して未踏破エリアを目指さなくても良くない? という多数の声。


 現に利益を得てる側は、ソレを守ろうとするのも当然。既得権益ってやつね。

 遊雷が有用なのに、頑なにそれを拡めようとしないのは、盾役をはじめとする前衛クラスからの圧力があるとかないとか……

 まぁ普通に考えて攻撃の“火力”は魔法スキルに軍配が上がる。射程だって長い。低レベル層ならともかく、ある程度レベルが上がってくると、同レベル帯であれば前衛クラスより魔法スキル持ちの方が有用な場面は多いはず。そんな魔法スキル持ちに“活躍して欲しくない”というヒト達も多いみたいだね……怖い怖い。


 長谷川教官にお礼を言い、今日はこれで終わりにしようかと思ってたら……メイちゃんがスッと前に出る。真剣な表情。こ、告白か?


「……長谷川教官。最後に一つだけ宜しいですか?」

「何だ? かしこまって」

「……私はダンジョンで初めて教官と顔を合わせた時、『負ける気がしない』と感じました。でもそれは間違いでした。今は無傷で間合いに踏み込むことをイメージできないし、遮蔽物のあるエリアで距離を置かれると手も足も出ない。……内心で教官の実力を侮っていたことを謝罪します。……すみませんでした」


 ピシッと頭を下げるメイちゃん。真面目かよ。

 でも、それは駄目なんだよメイちゃん……長谷川教官は敢えて“フリ”をしてるんだからさ。むしろその謝罪が教官の心を抉るよ?


「そうか……わかった。謝罪は受け取ろう。だがな、鷹尾……」

「……?」

「い、いや……何でもない」


 ほら、教官も困ってるじゃん。


「あのー、長谷川教官? メイちゃんに悪気はないですからね?」

「くっ! ……黙れ井ノ崎。お前に言われると無性に腹が立つ……!」


 何でだよ。たぶん、いまこの瞬間は僕が一番の理解者だよ?



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