第5話 対ゴブリンジェネラル
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失敗した。
この部屋に踏み込むと決めた、少し前の判断を悔やむ。
「なぁ。あんた、本当に知らないのか? 王国や異界の門、ゴ氏族とかさ?」
『…………殺す』
見た目は普通のゴブリン。
嘘だ。どこが普通だよ。
体格的には普通のゴブリンより少し大きい。でもホブゴブリンほどじゃない。
違うのはその肉体。他のゴブリンとは一線を画すほど、しなやかで強靭な筋肉に覆われている。
そして、最大の違い。
圧倒的なマナ量と“技”の練度。マジで半端ないね。
既に他の魔物はいない。
ダンジョンの階層と同じような広さ。
西洋風の朽ちた砦の跡が残る草原エリアには、もう僕とコイツだけ。
あ、メイちゃんも居たか。血反吐を吐いてダウンしている。意識はあったし、ボスが居なくなって部屋に戻ったら即座に帰還石を使ってくれと念押ししたけど……大丈夫かな? 心配ではあるけど、流石に今はそれどころじゃないしな。まぁコイツは刺し違えても始末する。メイちゃんは必ず家に帰すさ。
対峙する僕らは、既にお互いに片腕がない。
僕は左腕を肘付近から持っていかれたけど、まぁ利き腕じゃないだけマシだ。アイツは右腕……というか肩付近からバッサリやったのに。左手一本でも巧いんだよな。剣の扱いがさ。
筋肉を絞めているのか、マナの不思議パワーなのか、出血も落ち着いてきている。肩だぞ? デカい血管もあるし、心臓に近い部位だ。人体であれば致命傷なのに。普通に死んどけよ。
チラチラと“二回目の死”が見え隠れしている。
これも嘘か。ガッツリ目の前にあるよ、死が。ゴブリンの姿を借りてさ。
『……シッ!!』
ああ、くそ。相変わらず踏み込みが早いな。今の僕は失血も多いし、あんまり目が見えてないってのにさ。
もはや“プレイヤーモード”に身を委ねるばかりだ。
ゴブリンにしては大きめの片刃の西洋剣。広義ではこれも刀と分類されるんだっけか?
左腕一本で居合切りのような軌道の横薙ぎ。
躱す。血飛沫。痛い。
脇腹を裂かれた。ちゃんと刀身自体は躱したのにさ。コイツ、マナの扱いも巧い。ナチュラルに斬撃一つ一つが武技スキルっぽい。
でもさ。ここは生き死にの際だ。この程度は想定内。
ほんの僅か、斬撃後の一瞬だけの隙間を目掛けて、踏み込むと同時に貫き手の目潰し。
はじめから相打ち狙いだったんだ~悪いねぇ。
『ガアァァッ!?』
人差し指と中指がゴブリンの右眼に食い込む。気持ち悪い感触だし、裂かれた脇腹も痛い。でも悪くない。右眼は貰う。その上で思いっきりマナを放出したらどうだ?
『グウァッッ!!?』
たまらずゴブリンも下がる。
コイツに《影踏み縛り》は通用しない。だけど嫌がらせはさせてもらう。思いっきりマナを籠めて影を踏んでやるさ!
『……ジッ!!』
案の定、バチリとマナが弾けて瞬間的にキャンセルされた。はは。でもどうだ。ちょっとイラっとしただろ?
あと、スキル効果をキャンセルするために飛び退いたのもさ。悪手だよ。流石のアンタも集中力が途切れたか? ほら、僕の鉈丸はよく斬れるぞ?
着地した瞬間を狙うように鉈丸を掴んだ《纏い影》を伸ばし、見えない筈の右側面からの斬撃。
ゴブリンの右のこめかみ付近に直撃。ガゴンという打撃音。
……嘘だろ? 音がおかしくないか? マナを集中して斬撃を防いだのか? 一体どれだけ硬いんだよ。防御のタイミング的に完全に読まれてたみたいだし……判断を誤ったのは僕の方か。
少しグラつかせただけで終わり。決めにいった一撃だったんだけどな。
『……殺す……!』
相変わらず仕切り直しが早い。
チっ。鉈丸を戻すのは間に合わないか? もう一度素手で凌げるか? さっきの目潰しで指も折れちゃってるし。硬すぎるんだよ、コイツ。
ゴブリンの口角が上がるのが分かる。ニタリという音さえ聞こえそうな嫌らしいやつだ。くそ。目は見えにくくなってるくせに、こういうのだけはハッキリ見えるのが嫌だね。ポンコツな視力め。
まったく。嫌らしく嗤うなよ。アンタ武人だろ? そんなに僕を殺せるのが嬉しいのか? そういう嗤い方は武人としての品位を下げるぞ? まぁ僕は武人の品位なんて知らないけど。
『……終わりだッ!!!』
間合いの外から、瞬間移動かと見紛う踏み込み。本気のメイちゃんより更に速い。斬撃の鋭さや強さも。
でも、実は僕。メイちゃんより強いんだ。知らなかったでしょ?
ゴブリンの斬撃。もはや僕には視えていない。勘だよ、勘。
躱すのは無理。ありったけのマナを籠めて《纏い影》を右腕に集中して発動。
いやはや。今まで頑張ってくれてたんだけどな。これで右腕ともお別れか。
ゴブリンの剣を半ばから折るのと引き換えに右前腕部が潰れた。
剣をブチ折ってやったから、切断されたというほどの切れ味じゃない。結局千切れたけど。そうだよ。負け惜しみだよ。
でも、右腕+《纏い影》という障害物のおかげで、バッサリと身体を分断されるのは防げた。
ゴブリンの驚いた顔がこんなに間近で見られるとはね。今の一撃を武器破壊で凌がれるとは思わなかっただろ? 決めきれなかったのはショックだったか? これで僕の勝ちだ。
『ッ!? ガブゥッ!!?』
ゴブリンの胸を貫く刀。
メイちゃんの刀。
《纏い影》による「鷹尾芽郁の太刀」の一突き。
はは。驚いた? 何も無い空中からいきなり刀が生えてくるなんて、コレは流石に想像してなかっただろ?
コレ、インベントリっていうんだよ。別に手を使わなくても良くてさ。割と便利だし、僕の接近戦での不意の一手なんだ。知らなかっただろ? 当たり前か。
『…………ガ、ガァァッ!!』
「遅い。油断したアンタの負け」
差し込んだ太刀。ソレをそのまま《纏い影》で思い切り振り上げ、頭部を左右に斬り裂いて中身をぶちまける。
終わりだ。
インベントリからの不意打ち。
当然決めるつもりだったけど、コイツなら決して対処できない一手じゃなかった。瞬間的にマナを集中して防御するとかね。あと、一撃を受けてからの反応も遅過ぎた。少し前だったなら、相討ち狙いでカウンター気味に反撃をしてきたはず。
最後の最期で、僕を殺せる喜びに浸って油断した。
本当に馬鹿なヤツ。僕はメイちゃんみたいな武人気質はないけど、なんとなくガッカリだよ。所詮はケダモノ同士の殺し合いか。
胸元から頭に向かって斬り分けられたゴブリン。
半分になった顔。
そこには『馬鹿な』という叫びが刻まれている。
さて、相手の油断のおかげで助かった。いや助かってはいない。ボロボロだ。両腕失くすとか……。コレ「
『ゴブリンジェネラルを倒しました』
うるさいな。何だよ。……ってか、やっぱりコイツ、ただのゴブリンじゃなかったのか。
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僕とレオ。どちらもメイちゃんと目が合わせられない。
「……私が思ってた通り?」
メイちゃんには怒り……いや憤りがある。僕らというか、たぶん自分自身に対してじゃないかな? ゴブリンジェネラルの時のことがシコリになっているようだし。
確かにメイちゃんの指摘の通りではある。僕は命の選択をしないといけないなら、自分よりもメイちゃんやレオを選ぶ。そして、メイちゃんとレオの二人ならメイちゃんを選ぶ。
これは仕方ない。命の選別には賛否はあるけど、可能性のある方を……若い命を選ぶことは、“僕”が前世から引き継いでる価値観だ。すまんね、レオ。前世込みだとメイちゃんのが若いから。
今回は、そんな自分より優先度の高いレオの守りを疎かにする結果となり焦ったのも事実。変な汗も出たし、胸も痛い。もしこれでレオが負傷してたら……負傷だけならまだ良い。死んでたりすると……悔やんでも悔やみきれない。
指摘のとおり、僕は今となっては前世より自分の命に重きを置いていないのは確かだ。じゃないとダンジョンでゴブリンとかぶっ殺したりしてない。そういう意味ではこの世界に順応してるとも言えるんじゃないかな。
「……メ、メイ様。ごめん。確かに……言うとおりかも。魔物への怖さはあるけど……自分の死については感情が薄い。自分が死んで何とかなるなら、それでも良いかな? みたいなところは私にもある……」
レオもか。根本的な理由は僕と違う気もするけど、一度“死”を経験したことが関係してるのかな……さてどうなんだろうね。
「……私はレオを護るよ。だから、レオも自分を守って。自分の命を軽んじるようなことはしないで。探索者としては勝手なことを言ってる自覚はあるけど……」
「う、うん。私は私を守るよ。そして、メイ様も護る。……約束する」
麗しいね。まさしく同じ道を征く“同志”か。
でも、悪いけど僕は否定させて貰う。メイちゃんは気付いてると思うけどさ。
「……イノ君はやっぱり違う?」
「……まぁそうだね。僕は今後も自分の命よりメイちゃんやレオを優先するよ。ただ、コレはプレイヤーだとか探索者というよりは、僕個人の価値観だから……悪いけど譲れないかな? もちろん簡単に死ぬ気はないし、最後の最期まで足掻くけどさ」
あのゴブリンジェネラル相手の時だって、そりゃ覚悟はしてたけど、最期まで諦める気は無かったよ。
「逆に僕は、簡単に死を選ぶ奴だと……メイちゃんにそんな風に思われているのが心外だよ。ゴブリンジェネラルの時だって……」
「……違う。私はイノ君がそう簡単に死ぬとは思ってない。安易に死を選ばないことも。ゴキブリみたいにしぶといのも知ってる」
いやメイちゃん? ワードの
「……所詮は私の我儘なのは分かってる。私が弱いのが悪いのも。探索者として覚悟が足りないのだって自覚はしている。でも、イノ君が生き死にの際までいったのを目の当たりにして……怖かったんだ。護られるだけしかできないのも悔しかった。あのゴブリンジェネラルとの初遭遇のとき……イノ君は、私を逃がす為に死ぬことすら覚悟してたんだろうけど……同時に、両腕を失いながらも相手を殺すことを、自分が生き延びることも諦めなかった。ホントに凄いよ。イノ君は。……でも、私はもう血濡れのイノ君を見たくないんだ……」
そりゃそうだ。逆の立場なら、僕だってそんなメイちゃんの姿は見たくない。もちろんレオのも。
あ、ちょっとレオが引いてる。両腕無くしたとか、ついでみたいに話すような内容じゃなかったね。
「……イノ君に前世があって、悔いの無い人生を終えたと聞いてすごく腑に落ちた。いつも超然としてるから。でも、だからと言って『じゃあ良いか』ともならないよ。私はイノ君もレオも護りたい。護られるだけじゃなくて。その為に、事前に出来ることはしておきたいんだ。おんぶに抱っこな私だけど……イノ君が気付かないところに気付いたなら、もう前みたいに遠慮はしない。ちゃんと話をしたいんだ」
「メイ様……」
……メイちゃんは真剣に考えてたのか。ダンジョンの深層へ行くだけじゃない。如何に無事に帰還するかってことまで。やっぱりこういうことも話をしないとダメだね。
「確かにね。知ってるはず……っていう思い込みは潰しておかないとダメだろうね。……レオ、本当にゴメン。僕は勝手に勘違いして、君を死地に連れて行くところだった」
「い、いや。私はイノが知らないだろうって薄々気付いてたし……ちょっと軽く考えてた。私の方こそごめんなさい」
仲直りの握手。
メイちゃんとレオは熱烈なハグだけど。う、羨ましくなんてないんだからね!
……
…………
まずレオの《エア・ガード》の性能調査。
残念ながら、メイちゃんの普通の斬撃を何とか耐えられる程度の強度だった。連撃だと無理。少しマナを籠めたら一発でスッパリ斬れた。
「うーん。オークの攻撃を多少耐えられる程度?」
「……タイミングさえ合えば、ゴブリンやホブゴブリンの攻撃はちゃんと防げると思う。でも、オークは少し難しいかな。当然だけど、ゴブリンジェネラルの前では無いに等しい」
「ゴブリンとかはちゃんと“視える”ようになったから、何とか大丈夫そう。オークはまだ怖いかな……同時展開とか多重展開は出来るけど、メイ様みたいな攻撃を連続で受けると、何枚重ねても間に合いそうにない」
不安だ。今のレオの防御力では、僕かメイちゃんが張り付いてないと怖い。
風属性はエア→ウインド→ゲイル→……という順に位階が上がり、レオは【黒魔道士Ⅱ】となれば、次の位階、《エアⅱ》系と《ウインド》系を会得できるそうだ。
「いっそのこと、一旦前衛にクラスチェンジして、マナ量依存の防御スキルを会得する?」
「実はそれはもう試したことがある。【武道家】の《鋼体》は会得済みなんだけど、【魔道士】系のクラスになると、スキル効果が弱体化するみたい。逆も然りで《黒魔法》は別のクラスだとショボかった」
おぅ。そんな仕様なのか。自由にクラスチェンジ出来る、スキルを選別出来るという、プレイヤーの強みが潰されてる。いや、バランスを考えると当然なのか?
「あれ? 僕は《白魔法ⅰ》《白魔法ⅱ》を【シャドウストーカーⅡ】で使ってるけど?」
「……イノ君。たぶん【白魔道士】のクラスなら今よりもっと効果的に魔法スキルを使えると思う。イノ君の場合はマナ量でゴリ押し。それに一度会得した《リバース・ヒール》も【白魔道士Ⅱ】のクラスじゃないと使えないって言ってたでしょ?」
そうでした。確かに【白魔道士Ⅱ】の方が回復魔法スキルは違和感もなく自然に使えるし、今のクラスだと何か“引っ掛かった”感じがしてる。それに《白魔法》は「ヒトの魔法」だったっけ? 割とマナ量で誤魔化す事ができるタイプ。
「悪いけど、仮に防御スキルが充実してても前衛クラスは無理……プレイヤーモードでも今がギリギリ。……そんな私が足手まといだと言うなら、深層への旅路は置いていって……素直にレベル一〇で我慢するよ……」
レオは俯く。少し陰の下りた表情。嘘だな。コイツ、割と余裕じゃないか。僕はスルーしてもメイちゃんには通じないからな。
「……分かってる上でそんな事を言うレオ……私は嫌いだな」
「うッ! ご、ごめん! ちょっとしたジョークだよ! メイ様がそんな事しないの知ってて言いましたー!」
はは。メイちゃんに跳ね返されるがいいさ!
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