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第1話 イノの警戒

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 今日も今日とてダンジョンだ。

 荒ぶるメイちゃん事件後、改めて顔を合わせる事が出来たのが四日後。

 僕とレオは中等部で暇だけど、メイちゃんはちゃんと高等部で授業を受ける必要があり、ダンジョンばかりにかまけて学業を疎かには出来ない。ダンジョンダイブは部活みたいなモノだ。もちろん正式には違うけど。


 それに中等部とは違い、高等部は共通授業は皆横並びで同じ扱い。A・B組だけ特別だとか、内部進級がどうとかは表向きにはない事になっている。

 今はメイちゃんもクラスに馴染んでいるようだし、普通の青春も味わえているんじゃないかな。

 だからこそ……いや、もう勝手に考えるまい。将来メイちゃんが過去を後悔したとしても、それも彼女の選択の結果。人生の一部だ。


「それで……今回は“あの時”に有耶無耶になってた、プレイヤー特有のレベル上げのことでしょ?」


 レオ。いきなり強いパス出しやがって。


「そうそう。“あの時”に有耶無耶になってたヤツだよ」


 こっちだって投げちゃうぞ?

 お互いにニヤニヤし合う。でもダメだ。


「…………そういうノリの二人、私は嫌いだな」


 メイちゃんに能面顔で怒られてしまった。


「ゴ、ゴメンナサイ……メイ様……」

「……調子に乗りました……すみません」


 普通に謝る。まぁ謝るくらいならするなよと言われても仕方ない。すまぬ。相手が嫌ならしない。基本だ。


「え、えーと。レベル上げの秘訣ね。と、とりあえず、目的地は五階層のボス部屋だから、まずそこに向かうよ。今後のためにもボスに挑むけど、レオはショートカット登録の為になるべく頑張って」


 ダンジョンシステムは割とシビアらしく、露骨な寄生プレイやパワーレベリングでは、機能を開放してくれないそうだ。

 ストア製武器を持たせたら、レベル六の魔法スキルでも、五階層のボスくらいならブツ切りに出来るかもね。物は試しだ。ダメなら再チャレンジするだけだし。


「そうだ。質のいいロッドなり杖なりは持ってきた?」

「一応ね。大叔母さんに聞くと二つ貸してくれた……というかくれた。一つは『呪物』らしいけど、一度試してみてくれってさ」


 なるほどね。『呪物』……ストアで強化を施した、プレイヤー&パーティメンバー以外、お触り厳禁の禁制アイテムの数々。コイツらをリサイクル出来ないかのお試し依頼か。駄目で元々だし、試す価値は十分にあるね。


 レオが自分のインベントリから呪物である「上等な霊木杖」を取り出すけど、よくある「魔法使いの杖」じゃない。

 均一な太さで真っ直ぐな形。つえではなく「じょう」と呼ばれる代物。長さが約百二十センチ位で、確か四尺杖よんしゃくじょうってヤツじゃないかな。

 完全に近接戦闘で使う前提の得物だろ。ぱっと見で一部に金属補強までされてるし。


「……えーと。試すのは構わないけど、レオの得物としてはコレで良いの?」

「どうしようかなって……もう一つがコレ。どっちも品質が良いのは解るんだけどねぇ……」


 そう言いながら出してきたのは「腕輪」。ブレスレットではなく、前腕部の半分以上を覆う形で「篭手」のような形状。

 そもそも、魔法スキルを主とする後衛はマナの増幅、集束や発散が大事。なら「武器」の形に拘らなくて良いんじゃね? 魔石の配列と回路が大事なんでしょ? ……という発想で作製されたそうだ。そりゃ確かにそうだ。


 ゲーム的な印象で「武器」を持つことに僕も違和感なかったけど、別に魔法スキルを使う者からしたら、手が塞がると邪魔だよね。持ち歩かないといけないし。装飾品などに落ち着くのも解る。合理的だ。


 それにふと思えば、別に武器は一人一つだけで一種類のみ! なんて縛りもなければ、武器補正はあっても【クラス】で装備不可な物もない。メイちゃんだって「打刀」と「脇差」、メインとサブを同時装備してる。


「呪物の霊木杖の“リサイクル”を試すのは決定として……レオは魔道士だし腕輪で良いんじゃないの? 護身のためには、予備で持ってる短剣が何本かあるから、そこから手に馴染むヤツを選んだら?」


 霊木杖、腕輪を僕のインベントリに仕舞う。認識はどうかと思えば、どちらも「マナの器」という仕分けになった。魔道士用の装備アイテムのカテゴリーなのかな? ま、強化は出来るようなので良しとする。


 DP15で「普通の腕輪」を強化。

 現物を確認すると、明らかにマナの制御がスムーズになっている。鉈丸のように見た目のヤバさはないけれど、腕輪自体にマナが宿っているのは他のストア製と同じだ。


 呪具である「上等な霊木杖」にはDP20が必要だったけど、こちらは別のプレイヤーが強化済みの物なので、性能がアップする強化ではなく、所有権の変更だけらしい。

 

『登録者を変更しました。井ノ崎の所有となります』


 という、ズバリそのままなアナウンスもあったしね。

 元の持ち主というか、誰がストアで強化したものなのかは興味があったけど、その辺りは判らないようになっていた。

 呪物に関しては、所有者が変わってペナルティが無くなる訳じゃない。僕のパーティメンバーや同盟パーティ以外が使用すると普通にペナルティが発生する。

 西園寺理事に報告はするけど、品物自体は僕達の予備アイテムにしちゃう(返さない)。いざという時には、別に僕やメイちゃんが使っても良い訳だし。


 あと、防具というか防御系アクセサリーはDP20で『風の護符』というアイテムが出てきた。レオ用だね。

 僕やメイちゃんが持つ物と同じパターンで「マナの増幅と防御系スキル効果増」というテキスト説明も同じ。


 実は装備者のレベルアップと共に、アクセサリー効果によるマナの増幅量も増えていくのを確認している。

 説明のテキストにもある増幅や効果増というのは、固定の数値でプラスされる訳ではなく、のステータスに対して何割か上乗せという方式なんだと思う。能力ステータスが具体的に数値化されてないので、詳細を確認できないけど。


「これがストア製アイテム……イノが言っていた“ダンジョンの初期装備”。……確かに全然違う。本当にコレでペナルティとかないんだ?」

「プレイヤーやパーティメンバー、“同盟”を組んだレオにはペナルティは無いみたい」


 試しとばかりに、レオがマナを循環させる。見てる僕らで以前との違いが分かるんだから、本人は尚更だろう。腕輪と護符の相乗効果もあるようだし、マナの強化具合だけなら僕らよりも効果は上だね。

 ただ、僕やメイちゃんが「腕輪」を装備して、その上で鉈丸や刀を使おうとすると……マナの制御が上手くいかない。鉈丸にマナを纏わせようとしても、腕輪が反応したりして微妙。装備品を増やしてやろう作戦は上手くいかなかった。残念。


 とりあえずはお試し。一回目の強化でも五階層のボス相手なら十分だし、マナの扱いや戦い方に慣れた時点で二回目の強化をするとしよう。


「……私もはじめはズルをしてる感覚だったけど、今ではストア製アイテムなしでダイブしてたのが信じられない。……もし、イノ君にいまの装備を取り上げられたら、私はもうダイブ自体が出来ないと思う」


 静かにメイちゃんが僕を見据える。

 い、いや、もうそんなことを考えてないから。少なくとも勝手にはしないよ。さっきイジったこと怒ってる?


「え、えーと。も、勿論、そんなことしないよ?」

「……ふぅ。ならいいんだけど?」


 あ、あれ? 何だかメイちゃんが怖いぞ?


「ほ、ほら! 五階層に行くんでしょ? ボスは私も頑張るから、チャッチャと出発しない?」


 レオは空気の読める子。良いぞ。


 ……

 …………


 五階層のボス部屋前ゲート。

 ここまでの道すがら、ゴブリンとの戦闘はレオの新装備の習熟程度のみ。念の為に“ゴブリンの誇り”による翻訳機能で声掛けはするけど、まだ“当たり”は出ない。有無を言わさず襲ってくるだけだ。


「ちなみに、僕とメイちゃんが一緒だとボス部屋の敵が普段より増える。一体ごとの強さとかは変わらないんだけど……たぶん、レベルによるバランス調整だと思う」

「具体的にどれくらいなの?」

「……前に二人で来たときは五十を越える数だったと思う。私とイノ君だけでも切り抜けられたけど、時間は掛かった」


 アレは圧巻だったね。数の暴力は凄い迫力。まぁ防御面がしっかりしてたから、危なげなく対応できた。

 ただ、いまのレオだと、強化コブリンの一撃であってもマナを集中しないと痛手を受けるんじゃないかな。油断はできない。

 ちなみに、ソロで挑むとレベルが高くても敵の数が増えることはない。謎だ。

 

「ち、ちゃんと守ってね? 私も頑張るけど……」

「……大丈夫。レオは私が守るよ。…………イノ君はどうか知らないけど」


 おーい。さっきからメイちゃんからの軽いディスが痛いんだけど? え? ホントにまだ怒ってるの?


「メイ様。嬉しいんだけど、イノへの当て擦りはダメだよ?」

「……良いんだ。イノ君は……今までだって、私がどれほど傷付いていたか分かってないんだ」


 メイちゃんがじーと見つめてくる。や、止めて。僕のライフはゼロだよ? メイちゃんに真顔で嫌われるとか……た、耐えられない。


「メイちゃん! さっきのことはホントにごめんなさい! そこまで嫌がるとは思わなくて……」

「……チッ……はぁ……」


 能面顔からのナチュラルな舌打ち&ため息ィ……コイツ分かってねぇなぁ〜感がすごい。え? メイちゃん、めっちゃキレてる?


「……違うから。私が怒ってるのはさっきの悪ふざけじゃない。イノ君がレオの事を危険視してるから。……どうして二回目の強化をしないの?」


 え? やっぱりさっきイジったことじゃない? レオを危険視? 二回目の強化……腕輪のこと?


「え、えぇと。ソレはマナの扱いに慣れてからと思って……レベル上げの中で大丈夫そうなら、二回目の強化はすぐにするけど……?」


 メイちゃんが能面から一転。真剣な顔で一歩踏み込んでくる。あ、あれぇ? すごい圧だよ? ち、近いし。


「……違う。レオの身の安全やレベル上げの効率を考えたら、“普段のイノ君”なら二回目の強化が出来るならすぐにしてる。ソレをしないのは“ダンジョンのイノ君”。……レオのことをまだ信用してないから。ダンジョンで自らの背を預けるに値しないと。何より、レオに後ろから撃たれることを警戒している」


 い、いや。確かにほんの僅かだけ、ソレも頭をよぎったよ? レオを信用するかしないかだと、確かに怪しい。

 でも、僕は別にレオに撃たれる心配があるからって装備を強化しない訳じゃない……はずだ。

 レオが増幅されたマナを制御できないと危ないと思ったから…………いや、ちょっと待て。本当にそうか?


 あれ? マナの制御なんて普段から当たり前にしてるだろ? レオは曲がりなりにも魔道士クラスだし当然のことだ。じゃあ、僕は何故マナの制御が出来ないなんて思った?

 慣れない装備だから? いやいや、鉈や刀じゃあるまいし。腕輪はあくまでマナの増幅とかの効果だけで、物理的な刃物の取り扱いとかの危険はない。あれ?


「……イノ君。私がちゃんと話をしたいのは、そういうところだよ。知ってか知らずか……イノ君は自分の事も誤魔化してる」

「……あ、あれ? 僕、そんな感じなの? じ、じゃあ、本当に、戦闘面でレオへの危険を感じてた?」


 マジか。自分じゃ分からない。ダンジョンでの異常性って、こんなところにも出てるのか?


「……本当のところは知らない。でも、ダンジョンの中では、イノ君はレオに背を向ける際には凄く気を付けてるっていうのは気付いていたよ。私のときだってそう。魔物と戦っている時はおろか、平時でもイノ君は“私の間合い”には準備がないと踏込まないし、不用意に背を向けたりもしない。……今は以前ほどじゃないから、少しは私のことを信用してくれたのかなって、勝手に思ってる」


 僕は戦闘中のスイッチの切り替えを“プレイヤーモード”なんて勝手に呼んでるけど、普段もか……“僕”はそんなところまで意識して行動してるとはね。逆に驚いたよ。


 自分の戦闘中の行動やダンジョンでの振る舞いを振り返ってみると、確かに思い当たる場面はある。メイちゃんが認識しているよりは少ないだろうけど。


 はぁ。メイちゃんは僕のことをよく見てるね。見てくれていると言うべきか。

 いつからかは怖くて聞けないし、若干気まずいけど……プレイヤーモードの僕も、彼女のことを信用しているっていうのは一つの救いだね。ホッとする。


「は……はは。なんだか乾いた笑いしか出ないや……。僕、思ってる以上に、ダンジョンシステムに操作されてるのかな……?」

「イノ……一応聞くけど、前世からそんな特殊な癖があるとか、そういう仕事してたとかは……流石に無いよね?」


 んなわけあるかいな。どんな修羅の国出身だよ。そりゃ戦争や紛争はある世界だったけど、仕事は普通に福祉の相談員だったわ。俺の背後に立つな的な人が出てくるような仕事でも人生でもないよ。


「……私には本当のイノ君なんて分からないし、ついこの間『自分の考えを押し付けないで』って言ったばかりだけど……でも、私は“普段のイノ君”じゃないのは嫌なんだ。……個人的にはあんまり好きじゃないけど……ヘラヘラして優しいイノ君の方が良いんだ」


 メイちゃん……前にもあったけど、いまは別に普段の僕があんまり好きじゃないって一言は要らないよね? 泣くよ?


「……レ、レオ。なんかゴメン。言われたら当たり前だ。別に装備アイテムにレベル制限とかないし、強化出来るならしておくべきだった。ここは現実で、ゲームと違ってコンティニューはないのに……」

「い、いやぁ、別に今のままでも五階層なら十分だし、私は気にはしてないけど……イノが言ってたプレイヤーモードって、思ってた以上にシビアだね……」


 また一つ自分の異常性に気付いてしまった。いや、コレは再確認と言うべきか? はぁ。



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