第22話 十階層2

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 廃墟エリアのフロアボスだけあってか、ボス部屋もエリアの延長となっており、五階層よりも広さがある。しかも、挑むチームによってエリア構成はランダムに設定されるという。

 今回の野里たちの構成は雑居ビルが建ち並ぶ繁華街の廃墟であり、荒れ果てたスラム街のような雰囲気。世俗に反するあぶれ者役をオークやゴブリンが演じているという具合か。

 

 崩れたメイン通り。

 瓦礫の先にはフロアボスたる強化オーク。周りより頭一つ大きいため分かり易い。側近なのか、ボスの周りを通常オークが固めている。

 そして、廃墟となったビルの中にはチラホラとホブゴブリンや通常ゴブリンの姿も見える。


「……チッ。全部が一箇所にまとまった配置じゃないか……狙いやすい正面のオーク集団を削るぜッ!」


 浪速の判断により、マナが練られていく。


「《マナアップ》《ディフェンス》《ヘイスト》」


 その合間を縫って佐渡妹の強化バフ

 同時に獅子堂とヨウは浪速の射線に入らないよう、ビルの中に居るゴブリンを減らす為に動く。


「グラァァァッッ!!」


 ボスが吠えると共にオークが動き出す。オーク達がバラける前に浪速の一手が完成する。


「……《ファイア・ブリットⅱ》《流星》!!」


 魔法スキルのブーストスキルである《流星》により、速さと数が嵩増しされ、炎の弾丸が連続的に射出される。炎の弾幕。オークたちを瓦礫ごと巻き込んで削る。


「クソッ! 地味な選択だ! もっと派手なのをブチかましたかったぜ!」

「……廃墟エリアなのは当然分かってたでしょ? こうして見晴らしの良いメイン通りがあるだけマシ」

「五階層みたいなのを想像してたんだよ!」

「いや、浪速の言い分も分かるぞ。十階層のボス部屋は一部を除いてランダムだが、ここまで廃墟エリアそのままなのは珍しい。ビルの中にもオークが居るようだし、数も多い。我々の平均レベルが高いことによる“調整”だろう」


 野里はチラリと周囲のビルを確認する。ビル内のオークは愚直に向かってくることはなく、恐らくは待ち伏せの真似事をしていると見られる。

 ダンジョンのボス部屋は、挑むチームによって様相が変わることが確認されているが、魔物の強さが極端に変わることはない。エリアの広さや障害物の有無、魔物の出現数の増減が一般的と言われている。


「浪速のマナが尽きるまでに、少しずつ距離を取りましょう。連中、徐々に詰めてきてます」


 佐渡姉はオークの動向から目を離していない。

 浪速はボヤいているが、彼女の中ではこの廃墟エリアはありがたかった。路地を背にすれば、背水の陣となるものの、単純に妹や浪速を守りやすくなる。獅子堂やヨウが来るまで凌げば勝ちという単純さも良い。そして、確実にその方法で勝ち切ることが出来ると確信している。それくらいには前衛の二人への信頼と、自分の力量に自信がある。


「それもそうだな。コイツら確かに頑丈だわ。前の奴が盾に徹してるし、このままだと削れても半分くらいか?」


 浪速の持つ手札の中にはもっと高威力のモノもあるし、今の状況に適したモノもある。足止めと削ることを優先した一手だったが、オークの耐久性を舐めていた為、大して足止めも出来ない、削れないという有様となり、選択を間違えた自覚もある。


「ま、後は何とかするだろ」


 反省はしない。その上で楽観的。

 ただし、浪速の場合は佐渡姉と違い、前衛への信頼などではない。

 ただ何も考えていないだけ。いや、“考えられなくなった”と言うべきか。

 哀しいかな、実験の弊害により壊れたサンプルの一つ。それが浪速瑛一郎のパッケージ。



 ……

 …………



「獅子堂! 数が多い! 二手に別れる!」

「承知した! オークは後回しだ! まず数を減らすぞ!」


 廃墟と化したビルの中には強化ホブゴブリンが溢れている。見敵必殺。その中を紫の雷光を身に纏ったヨウが、比較的広さのある場所を選んで駆ける。


 喉を潰す。首を折る。胸に手刀を刺す。背骨を肘打ちで砕く。雷光を放出しながらの体当たりで弾く。


 瞬間的に足を緩めることはあるも、円の動きは止まらない。流れる演舞。


「邪魔だよッ!」


 雷光が疾走はしる。その度にゴブリンたちの死体が増える。


【舞闘華・改】のスキル《紫電しでん》。

 レア属性である「雷」のマナを身に纏う、主に速さや反射神経の強化バフだが、付加効果として雷光によるダメージ、麻痺スタンや火傷効果もある。

《紫電》を全開にしたヨウは、奥の手を使った野里ですら捉えられない程のスピードを誇る。当然、全開で動ける時間は限られているが。


 ボスオークの為に余力を残しても、今のヨウには強化ホブゴブリン程度は“的”でしかない。


 紫の雷光は止まらない。


 一方の獅子堂はヨウと反対、比較的狭い通路などを選んで進む。

 人間用の雑居ビルの通路は、得物を振り回すには狭い。それはほぼ人間と同サイズ……成人男性より少し小さい程度のホブゴブリンとて同じ。


「的当てゲームだな。なんならゴブリンは後で良いか? 浪速のマナが尽きれば戻るか?」


 通路に溢れるホブゴブリン達が相手。同時に向かってくるのはせいぜい横並びで二体程度。


 まるで訓練の如く、短槍を構えて突く。引く。突く。引く。突く。薙ぐ。引く。


 的確にゴブリンたちをほぼ一突きで仕留めていく。ヨウのような派手さは無いが、堅実な戦い。狭い通路などで確実に数を減らしていく。


 獅子堂の今の武器……呪物は短槍。シンプルな造りの槍であり、柄も金属補強がされている。一.三メートル程の長さで比較的取り回し易い得物。

 メイに敗れた後、野里の指導や川神の助言により短槍での攻撃寄りの攻防一体を目指す形となった。幼い頃より武芸全般の修練は受けており、獅子堂は当然槍も扱うことが出来た。今では槍が手に馴染んだと言えるまでになっている。


『川神ぃッッ!! 浪速のマナが尽きたら一旦戻るぞッ!!』


 マナを込めた大音量の指示。本来、距離がさほど離れていないなら《念話》というスキルでやり取りは出来るが、今のヨウは速すぎて捉えられないため、原始的なコミュニケーションが求められた結果のこと。


『分かったぁッ!!』


 返事はあるも、既に獅子堂が想定していたよりも遠くからの声。相変わらずの機動戦闘。


 そうこうしながら的当て作業は続き、さほどの間を置かず、見える範囲に動くホブゴブリンはいなくなる。

 獅子堂がひと息つくかと思った矢先、通路の奥にいるオークの姿が視界に入る。


「ふっ。ゴブリンに飽きてたところだ。来やがれ猪頭オーク


 オークは片手剣……と言っても、オークサイズの為、ヒト換算では両手剣に等しい大きさの得物を持っている。


 狭い通路だ。この場所ではまともに剣を振るうことも叶わない。突っ込んで来るなら問題なく始末できるが……そこまで甘くはないか?


「ガラァァァッッッ!!」


 馬鹿が。まともに突っ込んできた。

 微動だにせず、冷静に、短槍を左中段に構えてマナを練る。

 オークは通路の壁に剣をぶつけながら向かってくるが、獅子堂にはコイツも動く的にしか見えない。


 まだ間合いの外。オークも全く警戒していない距離。


 基本中の基本。

 静かで、大きな、踏み込み。

 相手が向かって来ることもあり、互いの距離が瞬時に詰まる。

 必殺の間合いへようこそ。獅子堂の短槍が構えた位置から斜め上へ突き出される。

 それだけ。

 それだけで、オークの頭の一部が吹き飛ぶ。

 瞬時に槍を引き戻す。それと同時に踏み込んだ間合い分だけ後ろに跳ぶ。元の位置へ。

 残心。

 確認するまでも無く即死。突きの鋭さ故か、頭部を失った体が、後ろ向きに倒れるまでに数瞬を要する。

 瞬間的に場が停まる。終わり。


「……ふん。マナを練る時間があれば一撃で済むな。だが少し硬い。防御姿勢で片腕でも間に入れられると、頭への一撃必殺は難しいか? 乱戦では崩しが必要になるな……やはりゴブリンとは違う」


 流石に今回は出来過ぎ。オークが間抜けだっただけ。獅子堂が慢心することもない。


 間抜けな一体を皮切りに、通路の奥から続々とオークが出てくるのが見える。

 狭い通路であるここは、強制的に一対一の状況を作れるため、恐らく楽に勝てる場所。とは言え、一人で連続で相手取れるほど、獅子堂はまだオークを知らない。


「(浪速のマナの反応が薄くなってきている。そろそろ戻るか……さて、どこまで通じるかな?)」


 先陣を切った間抜けオークの二の舞を警戒しているのか、後続はジリジリとゆっくりと距離を詰めてくる。


 コイツらも馬鹿だな。ここは相手に考える間を与えず、一気に数で押す場面だろうに。

 内心でオークたちへの戦術指南を考えながら、獅子堂は徐ろに槍を思いきり前方の床に突き刺す。ガツリという音と同時に、凝集していたマナを開放してスキル《地裂槍》を発動。


 タイムラグによる静寂。

 次の瞬間、通路の床を怒涛の勢いで破壊しながら、マナで具現化された槍が無数に生えてくる。当然オークの足下からも。


「グモォォォッッッ!!?」

「ガガァァァッッッ!」


 床材を巻き上げ上げながら、直下から生えてくる槍の直撃をまともに受け、主に下肢の皮膚を裂く、突き刺さる、血が吹き出すというダメージが見て取れる。

 しかし、どう贔屓目に見ても致命傷には至っていない。更に刺さりはしても、オークの分厚い脂肪と筋肉に阻まれ、貫通するほどでも無い。


「チッ。あと一体くらいはと思ったが、そこまで甘くないな」

 

 足止めが出来ただけマシ。そう考え、獅子堂はマナの槍が消える前に踵を返して来た道を戻る。もう振り返らない。次の標的を目指す。恐らく川神も似たようなタイミングで戻ってくるはず。



 ……

 …………



「はぁぁぁ……ココで終わりだな。あとは任せたぜ。俺の仕事は終わりだ」


 炎の弾幕が尽きる。

 徐々に後退しながらのため、目の前の廃墟のメイン通りは瓦礫が元の三割増し以上となっている有様。

 弾幕に耐えきれずに既に光の粒となったオークもいるが、それは十体中の六体で、残りの四体は多少焼け焦げながらも健在。


「なんか、肉が喰いてぇなぁ……」


 どうしようもなく怖気が走るが、焼けたオークから微妙に美味うまそうな匂いがすることを否定できない。浪速以外は、ソレを連想することを口には出さないが。


 完全に弾幕が切れたことを敵にも察知される。ビルの中で様子を見ていた連中も出てくる気配。

 獅子堂も直接浪速たちの元へ戻るのではなく、別のビルの前でオークやゴブリンの数を減らす為に動く。


「……教官。ちょっとは働きませんか? 明らかに数も多いですし、ボスオークは初期位置から動いてませんよ?」


 周りに強化バフの魔法スキルを掛け直しながら佐渡妹が促す。既に佐渡姉はいい匂いがする四体を足止めに向かっている。

 いつもの戦法。最初に距離を稼ぐために先頭の敵を《シールドバッシュ》で弾き飛ばし、後は後衛の前で亀の守り。


「確かにな。ここまで数が多いのは想定外だ。張り切ってお前達のレベルを上げ過ぎたかぁ?」


 ニヤニヤと笑いながら、野里が劣化インベントリである収納袋から大剣を取り出す。


 浪速のマナが尽きたことを察知し、削り切れなかったオークを始末しに戻る途中だったヨウは、廃墟の合間からそんな野里の姿を捉える。


「……あは。教官がその気なら、私がボスを貰うよ……!」


 初期位置のまま、腕を組んで仁王立ちのフロアボスたる強化オーク。見る限りは横に突き立てた大剣が得物。


『アイツは練習台にはうってつけだ』


 そんな風に告げる“光”の声がヨウには聞こえた気がした。《紫電》を纏いボスの元へ。


「川神ッ!? ……ボスを殺る気か!」


 フォローにまわるべきか? いや、まずは周りの数を減らす。

 教官も後衛に近付く奴らを膾切りにしている。ボスは川神に任せた。獅子堂はそう判断し、乱戦の中に残りオークとの打ち合いに意識を戻す。



 ……

 …………



「グラアァァァァッッッ!!」

「あは! 名乗りでもあげてるの? 私は川神陽子だよッ!!」


 ボスは近付いてくるヨウに気付いて反応、既に大剣を構えて待ち受けている。その姿は明らかに“技”を持つ者。

 様子見はなし。初手で決めにかかる。野里が推すシンプルな一撃必殺。

 ヨウの目に映る“光”はその選択を推奨していない。だが、知らない。


「(イノならどう判断する? 野里教官なら? 踏み込んで打つ、ただそれだけ。シンプルな一手。ボスオークおまえならどう捌く?)」


 間合いのはるか手前から、瞬間的に《紫電》を全開にして一気に踏み込む。放たれた矢と同じ。もう止まらない。


「グオォォッ!!」


 対するボスオークの大剣も、ヨウの動きを視認する前に斬撃の軌道を描いている。実戦で研がれた本能的な技。自身を圧倒する速さですら迎え撃つ技。


「ふッ!!」


 ヨウは放出した雷光で微かに大剣を逸らし、その軌道を掻い潜りながらマナを凝集した拳を打つ。


 直撃。

 マナが爆ぜ、オークの腹に大穴が開く。あきらかに命に届いた一撃。

 

「ガラァァァッ!!」


 斬撃を躱され、自身が致命の一撃を受けて身体が後ろに持っていかれる瞬間、オークは大剣を手放し、返す刀の形で動きの止まったヨウに裏拳を放つ。


「なッ!?」


 刹那の差で《紫電》と《鋼体》の防御的な展開は間に合うも、ボスオークの命を賭した反撃をまともに受け、ヨウはバウンドしながら地を転がる。


「があぁッッ!?(失敗した! 攻撃に集中し過ぎて反撃を想定して無かった! )」


 勢いが止まらない。

 バウンドの合間にヨウは無理矢理に地を蹴り、体勢を整えて着地。

 痛みと混乱の中でボスオークを確認する。


 腹から血と臓物を垂れ流しながらも、しかとヨウを見据えていた相手ボスオークと目が合う。

 まだ息はあるが、その瞳から生命の灯りは消えかけている。死相。


「あ、あは……や、やられたよ……見事だった。ムチャクチャ痛いし……でも、私の勝ちだよ……ッ!」

「グォラァッ!」


 ボスオークの口角が上がり、ニヤリと笑う。何故かそこに嘲りなどは感じない。ヨウは『お前も見事だった』と、そう言われた気がした。

 勝者と敗者。

 しばらくの間、二人の戦士は沈黙を共にする。


 命が尽きた後もなお、ボスオークは仁王立ちのまま倒れることはなく、その姿のまま光の粒へと返還されていく。ヨウは静かにその様を見届ける。


「……格好良いじゃないか……くそ。何だか悔しいな……」


 この時、ヨウの胸に去来したのは昏い焔ではない。戦士としての相手への賛辞。



 ……

 …………

 ………………



 結局、その日「新・野里班」は十階層をクリアしたが、ダンジョンに佐渡姉妹の貢献度が低いと判断されたのか、二人だけショートカット登録が出来ず、五階層から再度フロアボス戦をやり直す羽目になったという。



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