第21話 十階層1
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十階層。それは廃墟エリアの終わりであり、フロアボスがいる場所。
はじめのショートカットである五階層から十階層へ至るまで、各階層を最短ルートで踏破してもかなりの時間を要する。
野里澄を筆頭にした「新・野里班」は魔物たちを倒しながら……レベル上げを優先しながらの侵攻。当然更に時間は掛かる。
しかし、彼女たちが征くのは正規の探索者ゲート。他の探索者との交流もあり、孤独や孤立はない。ヨウや獅子堂ら生徒たちは、現役の探索者たちからダンジョンの教えを受ける場面もあり、学園のカリキュラムとは違う充実感もあった。
二ヶ月半を超えるそんなダンジョンでの日々が、十階層のフロアボスを斃すことで一旦終わる。終わらせる。
「十階層のボスは強化オークだ。周りは通常オークに強化ホブゴブリンたち。二十は出てくる。既に我々の敵ではないが、油断はするなよ」
「オークは初めてだが、どんな感じなんだ?」
「まず体がデカい。通常オークでも二メートルはあり、横幅もある。単純に耐久性が高い。見た目は脂肪のあるデブな印象だが、動きも俊敏で力も当然強い。ホブゴブリンを基準に考えると痛い目を見る。十一階層以降はこのオークが主な相手になっていく。ここでよく相手を見ておくことだ」
猪や豚を擬人化したような頭部を持つ二足歩行の魔物。個体差もあるが、総じて大柄で力士のような体形。
ゲームや漫画などでは、繁殖するために他種族を性的に襲う存在として描かれることもあるが、この世界のダンジョンではゴブリンと同じく暴力的に襲い掛かってくるのみ。ついでに言えば、雌雄があるらしいことも確認されている。
ゲーム等では序盤の敵として描かれたりもするが、この世界ではまず一般人が勝てる相手ではない。
携行型の銃火器、自動小銃等であればダメージの蓄積で倒すことも可能だが、頭部を守られるとなかなか倒れない。マナによる強化の隙をついても、肉厚のある脂肪と筋肉により、小銃弾や中間弾薬の一発だけでは有効とならないことも多い。あくまでも全自動射撃による弾幕を張る前提となる。
人類がダンジョンと邂逅して間もない時期、人類側に携行型の銃火器を諦めさせた魔物たち……リザードマン、ヒュージスライム、ゴーストなどと並び、オークもその一種と言われている。
当時はオークも戦車砲や車両搭載を前提とした重火器に対物ライフルの使用、爆弾や地雷による駆除が有効だった魔物。
そんな魔物たちを、ダンジョンシステムに身を委ね、マナを操り、己の肉体とスキル、マナを通しやすい原始的な武器で撃破する。探索者が人外と呼ばれるのも無理はない。
「オーク……ボス以外で初見の相手がいるのは少し不安があるな。教官の助力のありなしを問わず、まずは遠距離から
「回復のためにマナを残しておく必要はありますが、私も多少なら射程の長い攻性魔法が使えますけど?」
「いや、距離を詰められたときのために
「そうそう。撃ち尽くした後の俺はポンコツだから。その分のフォローもヨロシク頼みたいね」
いつの間にか生徒の中でチームを率いるのは獅子堂の役割となっていた。もっとも、九條派の育成サンプルの三人は能力が偏り過ぎており、ヨウは単独での特攻や遊撃で活きる特性。役割分担としては必然ではあったが。
「教官。いまの私ではオークを一撃では仕留めきれませんか?」
「川神なら……必殺の一撃を事前に準備できる状況……不意打ちや決闘スタイルなら可能だろう。だが、乱戦の中での強打程度ではまだ厳しい。どうしても相手を崩してからの連撃が必要になるだろう。まだ試してはいないが、オーク共は呪物を用いた私の一撃すら耐える場合もあるだろう。それほどの耐久力だ」
レベル【一七】【獣戦士・弐】となり、呪物というダンジョン用の特殊な武器を使用している。
そんな野里にとっては、既にホブゴブリンなど相手にはならない。オークと言えども一合のもとに屠ることができるという確信がある。
しかし、乱戦においてはその限りではないことも理解しており、そこには慢心もない。
一方でヨウも理解していた。
野里は狂気をその身に宿しているが、戦う者としては極めて高い次元にいる。単純な個人の戦闘能力、チームの戦力分析や指揮、彼我を比較しての戦術の組み立て、撤退の判断……などを含めた総合力が高い。
その彼女が言う以上、今の自分ではオークを乱戦の中で速やかに斃すことは難しいのだろう。恐らく獅子堂が言うように多対一の状況に持ち込むのが最適解。
分かってはいるが歯痒い。
レベル【十五】となり、クラスも【舞闘華・改】という特殊クラスの派生。呪物の扱いも馴染んでいる。総合力はともかくとして、単純な一対一の戦闘なら野里に手が届くまでに至った。
だが、自分の中から声がする。『まだ届かない』と。
野里が言うように、既にイノや鷹尾先輩など相手にならないはず。それ程までに呪物の恩恵は大きい。これほどまでに早いペースでレベルを上げられたこともだが、戦力の増強、マナの底上げの効果も強く、敗ける要素はない。少なくとも、敗北を喫したあの時のイノ程度なら軽くあしらえる。
探索者としては一人前の証明とも言われる『十階層を十人以下のチームでクリアする』という条件にも手が届いている。
現状、ボス部屋の前で待機しているが、他の探索者チームとの決めごとによる順番待ちなだけだ。必ず近日中に達成するだろう。
なのにヨウは『まだイノには勝てない』という思いがどうしても払拭できない。今はあまり頼りにはしていないが、自分の中の“光”もその考えを否定していない。
何故かは分からない。
ただ、漠然と『ナニかを間違えている』気がして仕方がない。
じわりと背中に汗をかく。意味不明な焦り。
「川神。まだ井ノ崎に拘っているのか?」
不安を掴むかのような問い。獅子堂だ。
普段のトーンで答えないと。ヨウはマナの乱れを無理矢理に抑える。
「どうしたの急に? あは。既にイノなんか相手にならないよ。鷹尾先輩もね。獅子堂の方こそどうなの?」
焦燥。
実は獅子堂も、ヨウと同じようなナニかを感じていた。
「……どうだろうな。俺は未だに芽郁に勝てない気がする。恐らくその先を征くだろう井ノ崎にもな。普通に考えるとおかしな話だ。本来は川神や教官の言う通り、もはや連中が俺たちに勝てるわけがない。
……だが、俺には芽郁を倒せる“炎”が視えない。いまさら役立たずなこのオカルトに頼る気もないが、どうしても気になる。……川神は違うのか?」
柔和な笑顔を保つ。表情は変えない。マナもだ。ヨウは獅子堂には気取られたくない。
ヨウは改めて想う。
やはり獅子堂は特別だと。
自分と同じモノが視えるだけのことはある。
既に胸の高鳴りはない。彼に恋い焦がれたあの頃の気持ちは、胸の奥で燻ぶってはいるものの、今は再び燃え上がることはない。代わりに、別の昏い何かに火が灯っている。
それ程までに衝撃だった。あの時の完膚なきまで敗北。後日のやり取り。
結果、自分自身がなんと醜いモノなのかと自覚させられた。
イノ、ぶっ壊したいんだ。
イノ、私を認めろ。
イノ、お前の全てを奪ってやりたい。
イノ、私を見てよ。
嫌だ。気持ち悪い。何なんだこの感情は。
自己嫌悪。でも、それと同時に心地良い。ドロドロと溢れ出して止まらない。昏い焔が燃える。
「それはあの時の敗北が鮮烈だったからだよ。私はもう別にそこまで気にしてない。だって、今はどうやったって弱い者いじめになる。そりゃ正々堂々と呪物なしで、一度はリベンジしたいと思うけどね」
「……そうか。確かにそうだな」
ごく自然な笑顔。
獅子堂は知らないフリをする。彼女の瞳に宿る昏い執着を。
「(川神。俺はな、例え呪物を用いても芽郁に勝てる気がしないんだ。お前は誤魔化しているかも知れないが、やはり井ノ崎相手に“光”が視えるとは言わないんだな)」
その後一言二言会話を交わし、さり気なく離れていく彼女の後ろ姿を見送る。
「(川神。本当はお前にも聴こえてるんじゃないのか?)」
獅子堂には“炎”の囁きが聴こえている。
そして、その囁きを否定できない。
俺は芽郁には勝てない。
川神も井ノ崎に及ばない。
具体的には知らないが、野里教官がその望みを叶えることもない。
その上で九條派のサンプルたち……佐渡姉妹や浪速には既に“ダンジョン症候群”の前兆がある。しかも本人たちには知らされていない。
呪物に関してどうしても違和感が拭えず、獅子堂は秘密裏に実家の力を借りて調べた。
その結果と教官たちから聞かされた内容とでは、明らかな齟齬がある。それも意図的に隠蔽されたモノだ。
「『特殊実験室』か。悪い意味で正しく“実験”だな……」
自嘲気味に溢れる彼の独り言は、誰かに拾われることはなく、ただ虚空に消える。
……
…………
…………………
「さて、ようやく私たちの番だな」
フロアボスの撃破は、クリアボーナスであるショートカットの登録、ドロップアイテム狙い、ステータスの確認や転魂石の使用、レベル上げの為、配信の為の動画撮影まで……実に様々な理由で多くの探索者が狙うため、“渋滞”することも多い。
基本は早い者勝ちとなるが、活動するダンジョンや階層が被る探索者同士は顔を合わせることも多く、付き合いや交流も増える。
要は見知った相手となっていく為、渋滞した場合は、その場に集まったチームやメンバー同士で平和的な解決策を見出していくことが多い。
今回の渋滞したチームたちは、単純明快にくじ引きで順番を決めた。
野里たちは四番目。フロアボスの復活には一日掛かるため、
「佐渡妹はゲートを潜った瞬間に
「ふん。私が一人で張り切り過ぎるとお前らのショートカット登録が出来ん。戯れ程度にボスを抑えておいてやるから、その間に他の奴らを殲滅しろ。悪いが
もはやお前達もレベルが上がり過ぎて、十階層以降であっても時間効率が悪く、まともなレベル上げは難しい。……私のようにな」
ヨウと獅子堂、浪速がレベル【一五】。
佐渡姉妹がレベル【一四】。
学園に通う学生が、このレベル帯に到達すること自体が驚異的であり、その上、それを十階層未満で果たすなど普通では考えられない。本格的に『呪物』が封印されてからは特にだ。
呪物を活用することで、短期間での大幅なレベルアップは可能ではあるが、やはりその副作用は看過できない……となったが故に、過去に呪物は封印されたはず。
しかし、愚かな歴史はこうして繰り返されている。
「(十五階層を越えた先か……果たしてこの班では何人が“まとも”でいられるのやら……いや、今はボスの撃破に集中するべきか……だが……)」
獅子堂は考える。“引き際”を。
しかし同時に『まだ大丈夫じゃないか?』『あと一レベルくらいは……』等という思いも込み上げてくる。
「(ふっ。ギャンブル依存症というのは、もしかするとこういう心境なのかもな。それに、自分一人だけで抜けて良いのか? 浪速や佐渡たちを助けなくていいのか?)」
「獅子堂、行こう。“私たちは大丈夫”だよ」
黙考する獅子堂の肩をヨウが軽く叩く。
一気に現実へ思考が引き戻される。
何が大丈夫なんだ?
川神、お前だって気付いているんだろう?
ぐっと言葉を飲み込む。
「……ああ。“俺たちなら大丈夫”だ」
自分すらも誤魔化す。
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