第20話 老婆心

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 レオの犠牲……もとい献身により、メイちゃんもようやく少し落ち着いてきた。

 ただし、未だにレオに縋り付いてる状態であり、対応を間違えるとレオが再度死ぬという構図だ。彼女の強い視線を感じる……『絶対に間違えるな!』と。さ、さっきのは本当に悪かったよ。


「そ、それで……メイちゃんは僕に不満が……?」

「……ぐす……イ、イノ君。ど、どうして……一人で決めるの……?」


 くッ! な、難易度が高いな!

 ええと。一人で決める。何をだ? 今のところ、メイちゃんと相談は欠かしてないはず。

 あぁ! メイちゃんがまた泣きそうになってる。な、なにか話をしないと……いや、いまは刺激を与えない方が良いのか? わ、解らない! 正解はどこだ!? 何だかレオの視線も更に強くなってるし。ど、どうする!?


「メ、メイ様は……イノに……何だか置いて行かれる感じがして、寂しかった?」

「……………う、うん」


 お、レオ。メイちゃんの言い分を理解してコミュニケーションがとれるのか?

 それにしても……置いて行かれる?


「イノ君。ひ、一人で……ダンジョン……」

「イノが一人でダイブしようとしてるのを……感じてたんだね?」

「……うん。わ、私に……相談も……なく……」


 ……あぁそう。なんだ。そういうことか。メイちゃんは僕の考えを察していたのか。

 しかし凄いなレオ。メイちゃんの意図をちゃんと汲み取っている。いまも優しくメイちゃんを撫でて、ちょっとしたお姉ちゃんだ。顔は少し引きつってるけど。


 よし。分かったよ。レオも含めて、僕のこと、今後のことを話し合うさ。ゴメンよ。


「……メイちゃん。レオもさ。改めてちゃんと話をするよ。ほら、こっちにテーブルとお茶を用意するから来てよ」


 インベントリから休憩用のいつものセットを出して、お茶の準備をする。まぁほぼ並べるだけなんだけどさ。あと、カスタードシューとチーズケーキも出しておこう。

 お菓子を見て一瞬レオの眼光が鋭くなったけど、メイちゃんは素直に椅子に腰掛けた。よ、良かった。このタイミングは間違いじゃなかったみたいだ。


 メイちゃんにはいつも出してるミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ。レオは……コーヒーで良いか。自分で調整してくれ。

 僕はブラックのコーヒー。これまで気にもしてなかったけど、味覚の好みが前世と同じで良かったと、ふと思う。“井ノ崎真”にアレルギーとかあったかも知れないし。まぁ今はどうでも良いことか。



 ……

 …………



「……さて、どこから話そうか……? まず、レオは“昔”のことをメイちゃんに話しても良いと思う?」

「ま、良いんじゃない? メイ様が聞きたいのは誤魔化しとかじゃないんでしょ?」

「……え? ……う、うん」


 気まずいのか気恥かしいのか、いまやレオに対しても俯きながらの受け答えになってる。

 かと思えば、割とガッツリとチーズケーキも食べてるな。あ、二個目用意します。はい。


「……もぐ……あ、おいし……そ、それで……む、“昔”のこと?」

「そう。他のプレイヤーがどうなのかは定かじゃないけど、僕とレオには前世の記憶があるんだ。この世界じゃない世界で暮らしていた一人の人生の記憶。パラレルワールドみたいな感じなのかな?」


 ケーキにフォークを刺したまま、キョトンとしてる。思考が一時停止。そりゃそうだ。いきなりこんな話されてもね。


「……え……? ぜ、前世? に、新鞍さんも?」

「そうだよ。固有名詞とか年代とかはおぼろげだけど……前世の人生のことは割と細かく覚えてる。こんな話、普通ならバカバカしいのも分かってるけど」


 ふと見るとそのままコーヒーを飲んでる。レオもブラック派か。彼女の味覚も前世からの引き継ぎかな?


「話を聞く限り、僕とレオの前世はたぶん同じ世界で、生きた年代もある程度は重なっていると思う。あくまで感覚的なモノだけど。ちなみに、レオは二十代で前世を終えたと聞いたけど……僕は言ってなかったね」

「そう言えば聞いてなかった。イノは何歳くらいで亡くなったの? ……ふぅ。自覚すると本当に馬鹿な質問だね」


 確かに。普通にする質問じゃないね。


 お宅は何歳で死んだの? え? 三十二歳? 若くない? 私なんて六十七歳よ。え? 私も若い? やだもう! お上手ねぇ!


 嫌な会話だ。

 葬式とかで親戚が似たような話をすることはあるかも知れないけど、亡くなった当事者同士がすることは絶対にない会話だよな。


「僕はハッキリと前世での死を認識していない。年齢も不明瞭だけど、たぶん八十〜九十代だと思う。ひ孫がいたくらいだし」

「うぇぇッ!? そんな歳まで生きてたの? てっきり転生とかするからもっと若いのかと思ってた……」


 失敬な奴だな。長生きして悪いか。というか、もしかして僕の記憶がバラバラなのは、高齢期は認知症だったとか? まぁ普通にあり得るけど、検証のしようもないか。それに、それじゃゲーム関連の記憶の偏りについては説明つかないし。


「……イノ君はお爺さんだった……?」

「うーん……自分でもおかしい感じだけど……前世の記憶にある自分よりは感情の起伏は大きい気がする。ダンジョンへの好奇心も含めて、本当に子供の頃に戻ったみたい。いまは肉体に精神も引っ張られてるのかな? あと、僕が目覚めたのは小学六年生の半ばで、この世界でまだ三年くらいの新米だよ」


 僕は話す。自分の思いを。

 合間にレオも話す。彼女の境遇を。



 ……

 …………



 レオの前世は病弱で、幼い頃から入退院を繰り返す子供だったそうだけど、十代後半には、激しい運動はできないものの人並みの生活は送れるようになったらしい。

 ただ、インドアな趣味はそのままで、アニメや漫画、ネットが友達で割と満足していたようだ。その趣味の中で“原作のアニメ版”に出会ったとのこと。


 大学卒業後、就職して働いていたけど、そこからは記憶があやふや。気付いたら車に撥ねられた場面で、感覚的には二十三〜五歳位じゃないかと本人談。いまの彼女も僕と同じく、記憶の時系列が割とバラバラで鮮明な記憶に偏りもあるようだ。認知症説は微妙か。


 かたや僕。

 細かいエピソードを話せばきりがないので割愛。

 普通に生きて、愛する家族ともそれなりの付き合い。そして死んだ。以上。

 前世の認識に過ぎないけど、当時の日本では既に僕のような“普通の人生”の方こそが稀有な例であり、普通どころか幸福な幕切れだったんじゃないかと思う。

 まぁ当事者としては幕切れにどうこう言えるわけもないけど、記憶で振り返る限りは、幸せな人生だったはず。


「とにかく僕は人生を一周したわけ。やり切ったと言っても良い。悔いもないよ。こういうメンタルが今の僕、“井ノ崎真”を作っているとも言える」


 僕やレオが話をする間、メイちゃんはただ聞いている。まだ目は腫れぼったいけど、徐々に心は落ち着いてきているみたいで、荒れていたマナも凪いできている。


「……だから? だからイノ君は……もういいの? 一人で行くの?」

「そうだね。僕はもういいんだ。でも、メイちゃんはまだ若いし可能性に満ちている。レオもね。無理にダンジョンに関わらずとも、好きに生きれば良いと思う。そういう気持ちがあるから、一人でダンジョンの最奥を目指すことを考えてたのは確かだ。特にルフさんと出会ってからは、ダンジョンの謎を追いかけたい気持ちが強くなってる。もしかしたら、この気持ちもプレイヤーとして操作されているのかも知れないけどね」


 僕の紛れもない本心。システムにイジられてても良いさ。


「はぁ……好きに生きろと言われてもね。私はもう既に“新鞍怜央”としてのしがらみもあるし、別にダンジョンダイブを継続しながらでも普通の人生は送れると思ってる。確かに前世の人生は、イノのようにハッキリと悔いがないとは言い切れない。でも、別に前世の悔いを晴らすために生きてるわけじゃないから。いまの私は完全に新鞍怜央だし。パパやママ、お兄ちゃんに大叔母さん、友達は……少ないけど、私の繋がりは正真正銘“私”のモノだよ。はっきり言えば、もし未踏破エリアへ到達したとなれば、この世界では正真正銘の勝ち組だしさ。それが可能ならプレイヤーの力を利用するよ」


 それがレオの本心なら僕が止めることはないさ。好きに生きろっていうのは、別にレオをコントロールしたいわけじゃない。その意思を尊重するってことだから。


「……目的も目標もなく、ただ努力して強くなるだけで中身の無い伽藍堂がらんどう……それが私。ダイブしているのも『ダンジョンの最深部を目指す』というイノ君の言葉に乗っかかっただけ。はじめはそれだけだったんだ。誰かに目的や意味を与えて欲しかった。自分の努力に。空っぽな自分に。

 でも、いまは違う。イノ君と一緒にダイブするのは楽しい。誰かと目標を共有することが嬉しい。ダンジョンの謎を追い求めたいっていうのは、もう私の願いでもある。

 イノ君が心配するように、このままダイブを続けることで、得られる筈だったモノたちを取りこぼすこともあると思う。

 でも、それが何?

 選ばなかった道の可能性なんて……言い出すとキリがないよ。別にダンジョンダイブ以外でも同じこと。

 前世を含めたイノ君からすると、私はまだまだ子供なのかも知れないけど……だからと言って、勝手に私の未来を決めないで。今は一緒にダンジョンの深層を目指す、同じ道を征く“同志”でしょ?」


 メイちゃん。言葉は静かだけど、その身の内では凪いでいたマナが再び荒れている。確かな意志の火が燃えている。


 ゴメン。メイちゃんの未来の心配はしても、今の気持ちをちゃんと考えてなかった。悪い意味で子供扱いしちゃってた。老婆心ってやつ。僕の心配は、ただの自己満足……押し付けだったわけだね。

 分かってたつもりだったんだけどな。確か前世でも、孫の進路を巡って息子や妻に色々と怒られた記憶ことがあったような気がする。僕は経験を活かした成長ができてないみたいだ。


「そうだね。メイちゃんは“同志”だ。老婆心から忘れがちになっちゃう……本当に、ゴメンナサイ」


 僕は席を立ちメイちゃんにきっちりと頭を下げる。


「……いくら前世があったとしても、今は“同志”なんだから……もっとちゃんと私のことを見て。私と話をしてよ。一人で遠くを見るのは良いけど……思ってることを教えてよ。……私も、こんな風になる前に、ちゃんとイノ君に話をするから」

「……うん。分かった。これからは、ちゃんとメイちゃんに話をする。約束するよ」


 メイちゃんが少し照れくさそうに手を差し出してくる。仲直りの握手か。僕もその手を握り返す。

 笑顔。

 髪もボサボサで目の周りも酷いけど素敵な笑顔だ。空っぽだなんて言ってるけど、君の中には確かに熱い心があるよ……急に泣き出したときはビビったけど。


「はぁぁぁ……。とりあえず、仲直りはこれでオッケー? 言っちゃなんだけど、何度骨が折れるかと……」

「……あぅ……ご、ごめんなさい。に、新鞍さんにはとんだ迷惑を……は、恥ずかしい……」


 メイちゃんが小さくなってる。

 流石に自覚はあったのか? いや、単に泣きついてしまったことが気恥ずかしいだけなのかもね。


「あはは! 別に大丈夫だから。あと私のことは『レオ』でいいから。もう私も『メイ様』って呼ぶし」

「……メ、メイ様? なぜに様付け……? さっきからちょっと気になってはいたけど……」

「あ~それはね……………」



 ……

 …………



「……わ、私がヒロイン? 武が主人公? ゲームが原作?」


 もうこの際だからと、レオが“原作のアニメ版”のことも打ち明ける流れに。

 この間は聞けなかった詳細についても語ってくれた。


 主人公は獅子堂で、そのメインパーティにはゲーム版の主人公達である、ヨウちゃんとサワくんも居たらしい。

 ちなみに坂城さんや塩原教官も野里教官絡みのエピソードで出てくるけど、塩原教官はアニメオリジナルキャラだそうだ。ゲーム版では、野里教官の亡き婚約者が坂城さんという設定。

 単純にゲーム版の設定だけが反映されている世界じゃないってことみたいだ。ごちゃまぜ。


 レオは前世で鷹尾芽郁ヒロインのファン。ヒロインであり、闇堕ちした敵でもある鷹尾芽郁は人気のキャラで、ファンの間での呼び名が『メイ様』ということらしい。


 そのメイ様が正気に戻るのは、獅子堂との一騎打ちで『呪物』が破壊される、最終回の数話手前。

 最終回までは闇堕ちキャラとほぼ同じ感じだったのに、最終回のエピローグで獅子堂からの不器用な告白にデレる。

 だけどファンからは『あんなのメイ様じゃない!』と不評だったとさ。まぁ偏執的なファンの問題だな。聞く限りでは、ストーリー展開、エンディングとしては普通だろ。


「すっごく凛々しい感じなの! そして、闇堕ちしたにも関わらず、所々でさり気なく優しさを見せる……ソコがイイ……」


 今度はレオがトリップしてるし。


「おいおい、あくまでこの世界は現実だと言っていたのは誰だよ?」

「ソコは分かってるし。私が語ってるのはあくまでフィクションの話。メイ様があの『メイ様』と別人なのは百も承知。実物の方が断然カワイイしさ」

「……カ、カワイイ……? 私が?」


 流石のメイちゃんも話の展開について来れてない。割と混乱したまま。さっきから情報量多いし、当然と言えば当然だけど。


「メイ様はカワイイよ! 健気というか……イノに置いてかれないように一所懸命なのは、付き合いの浅い私にだって分かるよ。そういう所は凄く素敵!」


 レオは感情を言葉にして、ちゃんと相手に伝えるタイプ。欧米かよ。

 別に嫌いじゃないけど、聞いているとちょっと気恥ずかしいな。当人であるメイちゃんも戸惑ってるよ。


「……あ、あ、ありがとう? 何だか真正面からそう言われると……照れる……んだけど……あと、やっぱり『メイ様』はちょっと……」

「ああぁぁ! さっき締め付けられた所為で身体あちこちが痛いなーいやーほんとに痛いー」

「……うっ……『メイ様』で良いです……」


 はは。嫌な交渉だな。レオがやたらといい笑顔だ。


「ま、そういうことだから諦めてよメイ様! 改めてよろしくね!」

「……う、うん。こちらこそよろしく……レ、レオ」


 ふぅ。とりあえず落ち着いたか。ホントはレオに「裏設定その二」を説明したかったんだけど……まぁいっか。



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