第19話 興味の向く先

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「どうだった? ゴブリン世界探訪は?」

「り、理解が追い付かない。ダンジョンで戦っているのは、本当にあのルフさんとは違うゴブリンなの?」


 ルフさんに手土産(主に食料。ストアの物だから大丈夫だろの精神)を渡してお暇し、またダンジョンに戻ってきたんだけど……レオは戦闘があったわけでもないのにフラフラになってる。まぁ気持ちは分かる。


「……一応、ダンジョンでゴブリンと戦う前にイノ君が声をかけるようになった。でも、五階層のボスであるホブゴブリンとか、少し毛色が違うゴブリンでも、まともな返事が返ってきたことはない」

「そうそう。ダンジョンで出会う魔物たちは、ダンジョンが生み出したコピーみたいなモノじゃないか? っていうのが僕の見解。勝手にモドキって呼んでる。クエストの敵として、かつてダンジョンで命を落としたプレイヤーのモドキだって出てきたしね」


 ダンジョンで襲ってくるゴブリンにも意思疎通を試みているけど、今のところ成果はない。罵倒や叫び声を繰り返すのみ。

 六階層から出現するホブゴブリンと強化ゴブリンたちからは知性を感じるけど、それは僕らを殺すために全振りされてるみたいで対話には繋がらない。やはりルフさんとは違う。


「この前にチラッと言ってた、プレイヤーの残照ってヤツ? 悪趣味な話だと思ったけど……ルフさんからすると私らの方こそ……」

「……新鞍さん。襲い掛かってくる相手にまで感情移入すると危ない。私も人のことは言えないし、難しいけれど……」


 サイコパスなプレイヤーモードを標準装備している僕と違って、メイちゃんやレオには精神的な負担があるようだ。こればかりは仕方がないと思う。僕の方が異常。

 それに異常者にアレコレ言われてもイラっとするだけだろうから、この件については僕からの発言は控えている。


「謎が多いダンジョン。まだ確定ではないけど、異世界にまで通じてる。僕は俄然やる気が出たよ。世界の秘密を追う感じ? もう中等部三年だけど、中二病まっしぐらだ」

「……ええと……結局、イノ……君のそのやる気が私のレベル上げにどう関係してくるの?」


 そう。ここからが本題でもある。


「要は学園のパワーゲームだとか、野里教官の目論見とか……僕には興味がないってことだよ。ルフさんの件を西園寺理事に伝えるかはレオ……ちゃんに任せるけど、学園側に邪魔はして欲しくないんだ。この後、具体的なレベルアップ方法の説明と実践をしていくけど……そういう事も含めて、“プレイヤー”なしで先に進むのが厳しいというのが分かると思う。その時、レオにも……レオちゃんにも心を強く持っていて欲しい」


 少し真剣な話。原作云々の話よりも僕の本命はコッチ。

 僕は自分の好奇心や熱意をダンジョンダイブに向けることが出来る。少なくとも今は。

 でも、もし原作の流れだとか、学園のパワーバランスなんかを滅茶苦茶にしてやろうと思えば出来ない訳じゃない。


 野里教官の背後にいる九條派に『呪物』を大量に卸したり、“外”でもある程度のスキルが使えることを活かせば、それなりの暴力に訴えることも出来る。いや、そんな物騒なことをしなくても、奇跡の治療者として表舞台に出れるだろうさ。“ダンジョン症候群”の治療と引き換えにナニかを要求するのが手っ取り早いかもね。

 ……その代わり、密かに捕まえられて人体実験コースというのが現実味を帯びてくる。今ですらチラチラとソッチ系の危険が見え隠れしてるけどさ。


「イノ……君は、まだレベル【一五】程度でしょ? それでもなの?」

「そうだよ。何となくだけど、ダンジョンのシステムはプレイヤーを育成する為にあるんじゃないかと思う。適切にシステムに従えば、先に進むことができる……みたいな。そりゃもちろん様々な困難さはあるだろうけどね。

 逆に言えば、システムを活用せずに先に進むのは厳しいんじゃないかな。野里教官、九條派が『呪物』としてストア製アイテムを使っているらしいけど、ダンジョンやプレイヤーからすればあくまで初期装備。波賀村理事にお願いして、学園が保管する『呪物』の一部をいくつか見せてもらったけど、二回目三回目の強化をされたモノは無かったよ」


 そう。皇さん一人で準備したとは思えないほどの量の『呪物』が、学園には封印されている。皇さんと同じような意図があったのか、体制側に無理矢理に用意させられていたのかは分からないけど、幾人ものプレイヤーの痕跡があった。ただし、そのどれもが「一段階目」の強化。


「僕はレベル【十五】になって、二回目のストア武器の強化が解放された。野里教官たちが嬉し気に振り回しているだろう初期装備である一段階目の『呪物』と、二段階目の鉈丸で打ち合えば……たぶん壊せる」


 僕は今でも野里教官のことは嫌いになれない。自分の想い、欲望に真っ直ぐな姿。どこか前世の親類の子に似ていて、勝手に親近感を覚えている。だからこそ、ダンジョンに縋る彼女の心を折りたくはない。


 塩原教官には怒られるかも知れないけど、彼女自身が望むなら、いっそ行き着く所まで征くのも悪くないと思ってしまう。もういい年した大人だしさ。彼女が自分で選んだ道だよ。ま、生徒子供を巻き込んだのは、ちょっとどうかと思うし、その点については、いずれケジメを付けさせたい気もするけどさ。


「プレイヤーの能力はそこまで? た、鷹尾先輩もそう思うんですか?」

「……うん。単純な強さとかじゃないけど、プレイヤーの恩恵は大きい。長谷川教官と私は同じレベルだったけど、ストア製アイテムの底上げがあるから負ける気がしなかった。そして、短期間でここまでのレベルアップが可能だったのはイノ君……プレイヤーの恩恵の一つ。改めて思うと、私もイノ君に“引っ張られた”側」


 メイちゃんが淡々と語る。彼女もまた、自分を他の学園生徒や既存の探索者と比べる時期は終わったと感じているはず。


「わ、私は……そこまでプレイヤーの能力が過剰だとは考えてなかった……。ただ、ダンジョンから呼ばれるから、大叔母さんたちの期待に応えたいからって……それだけで……」

「ごめん。別に今すぐどうこうじゃないんだ。僕だって深い考えなんてなかったけど、思ってた以上にプレイヤーの能力が便利だったから……もしレオちゃんに迷いがあるなら、レベル【一〇】位で一旦レベル上げを止めて、そこで考えたら良いかと思ってさ」


 中等部三年生でレベル【一〇】なら、十分に及第点超えのはず。学園としては優等生だし、西園寺理事としても面目は保てるんじゃないのかな。


 僕は既に一生を終えた身。前世の記憶はバラバラだし偏ってるけど、それでも一人の人生を生き切ったという実感だけはある。思い残しや悔いがあるような気もするけど、それはあくまで前世の人生においてだし、どうしようもないこと。やり直すことが無理なことだ。

 そういう前世でのやり切った感がある為、僕は特段に“井ノ崎真”としてやりたいことはない。そりゃ“井ノ崎真”やその家族には悪いとは思うけどさ。


 もうダンジョンの中に籠もりっきりでも良いかな?


  最近はそんな風に思い始めている。


 ルフさんと出会ってから……


 “王国へ続く道”って言うことは、いずれ王国へ行くんだろうか?

 あの世界のヒト族はどんな感じなんだ?

 エルフは? ドワーフは?

 向こうの世界の社会構造はどんなモノなんだろう?

 ダンジョンのことを知ってたりするんだろうか?

 もしかすると全く別の他の異世界にも繋がっているのか?

 元々僕が居た世界にも繋がってたり?

 転生なのか憑依なのか知らないけど、僕がここにいる意味や理由は?


 ……そんなことばかり考えてしまう。


 かつての皇さんほどハッキリと『外への興味が失せた』とまでは言わないけれど、学園の派閥争いだとかは関わりたくない。怖いし。そりゃ知ってる人たちが困らなければ良いなぁ~ってくらいの気持ちはあるけどさ。


 アニメ版じゃない、ゲーム版の本当の原作には興味があるけど、コレはもうどうしようもないことだ。知識のあるプレイヤーが見つかっても、その知識が本当に正しいのかを確認する術もない。


 疑いたくはないけど、レオの話だって嘘が混じっている可能性だってある。プレイヤーの事を調べているという学園理事の親族、いわば体制側。

 ただ、RPG系の創作物、それに類するアニメやゲームなどが妙に発展していないこっちの世界だから、レオの話がすべて嘘っぱちでもないとは思う。


 それに保険もある。レオと同盟を組む前、彼女は“王国へ続く道”を認識できなかった。長谷川教官たちも。一階層のゲート前でガッツリお喋りしてたのに。


 同盟を組んだあとも『クエストの共有をしますか?』というシステムからの問いに僕が応えた後、ようやくレオも認識できていた。そして、この同盟の解除に相手の同意は要らない。どちらからでも一方的に解除することが出来るのも確認済み。


 レオや西園寺理事の出方によっては……もし、誰かを人質に取るなどして、僕を脅すような真似をするなら……あまり考えたくないけど、色々と反撃の手もある。

 まぁ、波賀村理事や市川先生にもある程度は根回し済みだし、余裕がある間は守ってくれるだろう。権力VS権力ってことで頑張って欲しい。

 

 それに、本格的にダンジョンの深層を目指すとしたら、恐らく一般社会と隔絶される。そうなれば学園がどうとか、原作はどうしたとかより、ダンジョンシステムと対峙することになるだろうさ。

 治外法権なダンジョン内で掴まっちゃうと、それはそれで悲惨な目に遭わされるだろうけど……


 あくまで勝手な想いだけど、ダンジョンの深層への道連れとしては、メイちゃんにはあまりに輝かしい未来がある。

 レオだってそうだ。話が本当なら彼女が前世を終えたのは二十代。せっかくの二回目の人生なんだから、やりたいことをすれば良い気もする。親族の期待は仕方ないけど、ダンジョンの呼ぶ声なんて無視すれば良い。


 ついでに言えばサワくんやヨウちゃんも。なんならヨウちゃんが望むならリベンジマッチを受けてもいいさ。勝っても負けても禍根は残りそうだけど。


 ダンジョンの深層はプレイヤーの協力なしでは無理かもしれないけど……それ以上に、各々の人生を謳歌して欲しい。ホント。


「…………イノ君………」


 そんなことをツラツラと考えていると、メイちゃんに思考を中断させられた、


「ん? メイちゃん。どうしました?」


 あれ? どうしたのメイちゃん? 顔真っ赤だよ? プルプルしてるし……


「……わ、私はッ!! イノ君の“同志”じゃないの……ッ!!?」

「ふぁいぃ!?」


 ぶ、ぶちギレじゃん。ど、どした?



 ……

 …………



「またッ……! イノ君はッ! 遠い目をしてるッ! なんで勝手に決めちゃうの!? ……うぅぅぅ!……わぁぁぁぁぁぁんッ!!」

「た、鷹尾先輩! ど、どうしちゃったの!?」

「えぇと……メ、メイちゃん? ちょっと落ち着いて……?」


 メイちゃんがキレた。


 いつも物静かで清楚な和風美人が、頭掻き毟りながら、地団駄踏んで子供みたいに号泣してる。キャラ崩壊。

 ふ、普段とのギャップが……いや、一体どうしちゃったの!?


 くそ! こういう時はッ!

 

「メ、メイちゃーん! ほ、ほら! 大好きな『kaede-tei』のカスタードシューだよ〜?」

「……!………………い……い、いらないよッ!! そ、そんなの!! びぇぇぇぇぇぇぇぇんッ!!」


 一瞬泣き止んだのに。ダメか……!


「ち、ちょっと! メイ様はどうしちゃったのよ!?」

「し、知らないよ! こんな風になるのは初めてだしッ!」


 あ、ダメだ。アタフタしかできない! ど、どうしようッ!?


「……よ、よし……! ここは私が!」


 何やら決心してレオが覚悟を決めた。

 頼む! 頑張ってくれ! レオ! ……と、思っていたら、いきなりのメイちゃんに抱きついた。タックル位の勢いで。一瞬メイちゃんがオエッってなったぞ。


「た、鷹尾先輩! 何があったか知りませんが! 泣きたいなら泣けば良いんです!! ここはダンジョンだし、思いっきり泣いていいから!!」

「……!? うぅぅ……! ああァァァァッッ!!!」

「!! ぐぅぉわァァっ!? し、締まるぅぅッッ!?」


 おお! メイちゃんがレオに縋って泣いてる! まぁ締め付けられてレオは苦しそうだけど……そのままメイちゃんが落ち着くまで頑張れ!


 僕はそっと《ヒール》を飛ばしておく。いや、レベル差もあるし念のためだよ? レオが青白い顔して泡吹いてるのは気の所為さ。きっと。



 ……

 …………

 ………………



「……うぅ! ……だって! 私はイノ君のこと……ヒッ……ど、同志……ヒック……だと……思ってるのにィィッ……!!」

「よ、よしよし〜。メ、メイ様は頑張ってるから! 分からないイノが悪いんだッ!」

「……うぅぅぅ! イ、イノ君の悪口は言わないでよーッッ!!」

「ぐわぁぁぬッッ!!? し、締まってるからッ!! メ、メイ様!? ギ、ギブギブギブッ!?」


 乙女が発してはいけない叫びに応じて、もう何度目かの《ヒール》を飛ばす。


 メイちゃんが泣きながら愚痴→レオが慰める→メイちゃんが泣きながら締める→レオが死にかける→僕が回復する→初めに戻る


 先程から続くルーティーンだ。もうかれこれ十回以上続いている。


 レオ。君の犠牲は尊いよ。


 なんだろうな。泣いてる女子とそれを慰める女子……美しい構図だし、両者はそれぞれがタイプの違う美少女な逸材。

 なのに、どうしてこんなに暑苦しく感じるんだろう? 謎だ。いや解ってる。二人とも顔が悲壮、必死な上で体液(涎、涙、鼻水)まみれだからだよ。はぁ。この状況の二人を見て興奮する奴は性癖のレベルが高すぎだろう。


 結局のところ、支離滅裂だけど……しゃくり上げて泣く今までのメイちゃんの言葉を繋ぎ合わせると、その主訴は……


『イノ君が分かってくれない』


 ……だそうだ。


 シンプル! 故に内容が分からないッ!


「メ……メイ様……ひとまず……は、お、落ち着きました……?」

「うぅ……ぐすッ……う、うん……ご、ごめ……んな……しゃい……」


 よ、よし! ようやく落ち着いてきた! メイちゃんも少し泣き疲れたみたいだ! ここで決める!


「メ、メイちゃ〜ん。『パティスリーなの葉』のチーズケーキはどうかな〜?」


 ピタリと二人の動きが止まる。いけるか?

 あれ? メイちゃんが……プルプルして……る……?


「……う……うぅぅッ!! ……そ、そ……そんなの!! い、いらないよッッ!! うわぁぁぁーんッ!!」

「ぬぐぅぁぁぁッ!? イノォォォッ! よ、よけいなことをぉぉッ!! し、締まるぅぅぅッッ!」


 ご、ごめんね? 悪気はなかったんだ。ホントだよ?


 そっと《ヒール》を飛ばす。



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