第18話 異世界

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 ダンジョン。それは異空間であり異世界。

 ルールや法則性があるけれど、まだまだ解明はされていないことも多い。むしろ、いま判明していること、解ったつもりのことも、実は間違っている可能性だってある。


 ただ、一つハッキリしているのは、ダンジョンシステムはあくまでも“プレイヤー”ありきということ。

 ゲーム的なルールを利用しないと、すぐに詰むレベルの難易度だし、ダンジョンの謎は解けない。いや、たとえプレイヤーだとしても、謎が解けるとも限らないか。


 挑戦は人の性だろうし、この世界の探索者の努力や研鑽、試行錯誤を否定はしないさ。でも、無理なモノは無理だ。

 人は生身で深海や宇宙空間には立ち入れない。踏み込めても長くは持たない。

 それと同じことがダンジョンにも言える気がする。


「な、なんなの? ここはッ!? ……コ、コレもダンジョン……なの?」


 メイちゃんと共に、レオを連れて本格的なダイブを開始するにあたって、まずは彼女に見せる。ダンジョンの裏設定とも言えるモノを。


 ここまで驚いているっていうことは、アニメ版や原作であるゲーム版にはない設定なのか。いや、何年も続くオンラインゲームの追加コンテンツ絡みなら、アニメ熱が冷めた彼女が知らないこともあり得るけど……さてどうなのやら。


 アニメ版やゲーム版についても、彼女が本当のことを話しているのかは分からないし、確認のしようもない。


「恐らくここへはプレイヤーパーティじゃないと来れない。僕らが気付いたのは偶然だけど、ちゃんと“王国へ続く道”という探索系クエストになっていた。つまり元々システムが用意していたものらしい」


 六階層までしか探索出来ないという縛りがあった僕とメイちゃんは、マンネリ化するレベル上げの気分転換にある日、探索系クエスト……秘密の通路や隠し部屋を探すことになり、その時にいきなり見つけた。


 一階層。それもダンジョンのスタート地点であるゲート付近の安全地帯の壁の向こう、マップにはない不自然な空間を感知した。僕がその壁に手を触れた瞬間“王国へ続く道”というクエストが発生したというわけ。


 クエスト :王国へ続く道 ※探索系クエスト

 発生条件 :「ゴブリンの誇り」所持

 内容   :君は彼の地で何を見るのか?

 クリア条件:なし

 クリア報酬:なし


 相変わらず意味不明だったね。


 秘密の通路は魔物の出ない広い一本道。体感で二〜三キロはあったと思う。

 通路の出口にはゲートがあり、恐る恐る潜ると……なんと、そこは異世界だったのです。いやマジで。


 ゲートの出口は小高い丘の上。空があり陽の光が燦燦さんさんと降り注ぐ。視界に入るのは風がそよぐ平原。大きな川も流れている。日本で見るような急流ではなく、ゆったりとした大河。遠くに見える山々の連なりは雄大であり、霊峰と呼ぶに相応しいかも知れない。


 視線を移す。焦点を合わせる。

 大河から少し距離を置いた所にはテント集落があり、遊牧なのか申し訳程度の囲いに馬や牛のような動物がいる。生活……何らかの文化・文明を感じる風景。


 問題なく呼吸は出来るけど、少し息苦しい。ダンジョンの中よりも大気中のマナが薄い……そう気付くのに暫くかかった。普段のダンジョンでは気にもしてなかったけど、伝染病とか大気の組成とかが頭をよぎった……けど、まぁ今さらだとすぐに諦めたね。


「こ、ここは何階層なの?」

「たぶん階層とかはない。笑っちゃうけど、ここは“本当の異世界”っぽい。ダンジョンの階層と違い、普通に昆虫や動物とかいるし、天候の変化もある。なにより、ここのゴブリンは社会を築いてる」


 そう。マジもんの異世界(暫定)だった。


 ホブゴブリンを百体撃破することで貰える討伐クエスト報酬の「ゴブリンの誇り」。

 名称からは意味不明な謎アイテム。でも、入手してみると解った。コレはゴブリンと会話できる翻訳アイテム。『翻訳こん○ゃく~』と濁声で叫ぶ青いネコ型ロボットが思い浮かぶが、意味が分からない。声は旧版の方ね。って、だからなんだよこの記憶は。


 このアイテムを所持してる状態であっても、ダンジョン内のゴブリンは「ギャー」とか「殺すッ!」「死ねッ!」とかの単語が殆ど。でも、ここのゴブリンはちゃんと会話でき、その内容をお互いに理解することができる。その上でかなり理性的。会話したのはまだ一人? だけで、他は盗み聞きなんだけど。


 ダンジョンの他の階層と決定的に違うと気付いたのは、気配を隠して、明らかな人工物であるテント集落に近付いたとき。

 まず、集落の構成員がゴブリンであることに不意をつかれたけど……それ以上に、普段襲ってくる奴らとは違い、彼らは「生活」をしていたんだ。表情も多彩で、総じてダンジョンで出会うゴブリンより穏やか。

 顔の違いはあんまり分からないけど、衣服の違いで何となく識別できる。そう、粗末な腰巻きだけじゃなくて、ちゃんとした衣服だ。


 ダンジョンでは見かけない、子供や老人のゴブリン。雌雄の違いもあり、少し小柄で体の線に丸みがあるのが女ゴブリンだろうか。子供を背負っていたり、炊事を担当していたりすることが多いみたい。

 雄というか男ゴブリンは狩猟担当なのか、槍や弓を装備しているけれど、みんなニコニコしてどこか牧歌的。僕らが普段、ダンジョンでぶっ殺しているゴブリンとは同じに見えない。


 ゴブリン達の会話も、


『酔っ払って母ちゃんに怒られた』

『獲物が少なくて困る』

『子供が家の手伝いをしない』

『腰が痛い』

『そりゃ年だ』

『年寄り扱いするな』

『夫が浮気した』

『あんたの旦那なんて誰も相手しやしないよ』……等々。


 ごく普通な内容。

 

 ヤバ過ぎる。これは不味い。思考のキャパを軽くオーバーしちゃってる。

 そんな感じて急いでゲート付近に戻った際、僕とメイちゃんは一人? のゴブリンに出会う。


「それが彼だよ」


 レオは眼前の光景に気を取られ、ゲートから少し離れた場所にある小屋には気付かなかった。小屋の前に佇むゴブリンにも。僕らの時と同じだ。


「え? ゴ、ゴブリン!?」


 後衛とはいえレオも探索者の卵。弾かれたように戦闘態勢へ移行する。まぁちょっと待て。杖を構えるな。


「はいはいストップストップ」

「むがッ!?」


 レオを手で制する。勢い余って口の辺りを掴む羽目になった。ごめん。悪気はなかった。


『ほほ。驚かせてすまないね』

「むぅ……しゃ、喋った!?」

「いや、だから翻訳アイテム持ってるって言ったでしょ? 『同盟』を組んだレオ……ちゃんにも効果が及んだ結果だよ」


 彼はゴブリンのゴ=ルフ。ゴ氏族のルフという意味だそうだ。僕らはルフさんと呼ばせて貰っている。


 見た目はそのまんまゴブリン。当たり前だけど。

 ただ、ダンジョンのゴブリンとは違い、瞳には理性と知性があり、表情も穏やかだ。顔のパーツ一つ一つに魔物感はあるけど、全体の雰囲気というか印象は、僕らが殺し合ってるダンジョンの奴らとは全く違う。

 高齢な為か体毛には白いものが混じっているけど、立ち姿はピンとしており、身にまとうのも、ダンジョンゴブリンの粗末なモノじゃなく、東南アジアの民族衣装のようなダボッとしたシルエットの衣服だ。


 聞けば、ルフさん達のゴ氏族は追放された棄民とのこと。今の代ではなく、遥か昔に王国の掟を破り、その罰として異界の門……つまりゲートの監視と共に、不定期で氾濫する大河周辺での生活を命じられたらしい。


 王国からの助けはほぼないが、特に飢えることもなく、定期報告以外の労役や税がある訳でもないため、ゴ氏族としては今の遊牧&狩猟生活に特段の不満はないそうだ。


 そもそもゴブリンに王国だの税だの……そういう社会システムを構築する能力があったことにビックリしたよ。偏見はダメだね。

 まぁゴブリンであるルフさんと普通にコミュニケーションをとる僕のことを、当初メイちゃんは偏見の目で見てたけどさ。ダメだぞ?


「……新鞍さん。彼はゴ=ルフさん。私達とは違うけど、ちゃんと意思疎通ができる。失礼な態度を取らないように」

「(あ、メイちゃんが言うんだ)」

「……イノ君。なにか?」

「ア、ナンデモナイデス」


 と、とにかくだ。ここはダンジョンではあるけど、ダンジョンではない。

 ルフさんのような理性と知性のある、ゴブリン達が実在する世界。



 ……

 …………



「異界の門って……一体なに?」


 レオを交えてルフさんと話をする。彼にとっては二度目だけど、快くレオの質問に答えてくれている。マジ人格者。

 何でもゴ氏族の長老の次に偉い人で、普段から氏族の集落を離れ、一人で異界の門……ゲートの監視の任に就いている。ゲートの監視は王国からの命であり、名誉ある大任。そのため、食糧をはじめとした必要物品は集落の若い衆が差し入れに来てくれるようだ。


『さてな。それは儂らにも分からん。ゴ氏族は何代も前に王国から異界の門の監視を命じられたが、その意味までは知らされていない。門を潜るとことも固く禁じられておるしな。そもそもこの異界の門の周辺はかつて栄えた帝国の始祖である『ゴブリン・ロード』が降臨なされた地であり、帝国が廃れ、王国となった今でもロードへの畏敬から禁足地とされている。

 イノ達が来るまで、異界の門からの来訪者など聞いたこともなかった。時折、王国の勇者たちが異界の門を潜るの見送ってきたくらいだ。……誰も帰っては来なかったがな……』


 王国にとっては神聖が故の禁足地。

 なのに、棄民のゴ氏族を罰として住まわせる。少し違和感があるね。本来は逆じゃないか? まぁ余所者が口を挟むところじゃないけどさ。


 ルフさんたちが何度か異界の門へ見送ったという、その勇者たちが、僕らで言うところの探索者かな? 現状ではダンジョンの成果を持ち帰ることは出来ていないようだけど。

 勇者ゴブリンたちがゲートを潜った先は、たぶん、普段僕らがダイブしている一階層とはまた別の場所だろう。

 ルフさんから聞く限り、異界の門を潜った勇者ゴブリン一行とは、ホブゴブリン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンマスター、ゴブリンキング……等々。僕らでは聞いたことがないような上位種も居たようだし、一回で五十以上の数。そんなのが一階層に出てきたとなれば、僕らの方で大問題になっている。


 もしかすると、僕らがダンジョンで戦っているのは、その勇者たちの残照……モドキなのかも。流石にルフさんから聞く勇者の数と、ダンジョンでほぼ無限に現れるゴブリンでは数や装備が違い過ぎる。


 ……ルフさんを知ってしまった以上、ゴブリンを倒しにくい。ダンジョンで遭遇するのはモドキだと思わないと、戦えなくなる。


 ゴメン、半分は嘘だ。ルフさんに出会った後でも、僕はダンジョンでゴブリンを普通にぶっ殺してる。でも、ルフさんがいるこの世界でそんな真似はしたくないし、ダンジョンのゴブリンにも親近感と罪悪感を感じているのは本当だ。


 勝手な妄想だけど、ゴブリンの勇者たちがダンジョンで戦っているのは、僕ら探索者、ヒト族のモドキだったりするのかも。


「とりあえず、ここはダンジョンの普通の階層とも、僕らの世界とも違うみたい。まだまだ解らないことだらけ。でも、もしかするとダンジョンの先にはこの謎を解くヒントがあるかも。……少なくとも、僕はそれを期待してちょっとワクワクしてる。ダンジョンに呼ばれてるからだけじゃない。僕は自分の好奇心を満たすという意味でも、最深部を目指すよ」


 一応、レオには伝えておく。プレイヤーがシステムに操作されてるとしても、これは僕の意思だと思いたい。


「プレイヤーには……ダンジョンの謎を解くことが出来る……?」

「少なくとも僕はそう信じてる。というか、こんなゲーム的なシステムなのに、先に進んで答えがないなんてクソゲーにも程があるでしょ?」


 正直なところ、僕が知る由もない。でも『謎の答えが先にある』と信じている方が気分的に楽だ。

『どうせダンジョンの先にも答えはない』と、酸っぱい葡萄的に諦めるのは、どう足掻いてもこれ以上は進めない……となってからで良い。

 このクエストを知る前に、レオから“原作”の話を聞いていたら……また違っていたのかも。学園で起こる騒動にも熱が入ったのかも知れないね。


 今の感触なら、ダンジョンに泊まり込めば十階層はすぐにクリア出来る。要は時間の問題。

 僕やレオはともかくとして、メイちゃんは普通に未成年だし、生徒だけで勝手に進む訳にはいかないだろうけど。

 振り返ると、六階層までしか駄目という現状の縛りプレイがこの“王国へ続く道”を発見したとも言える。万事塞翁が馬。


『ほほ。もし何か分かれば儂にも教えて欲しいものだ』

「ええ。また来ますよ。もしそちらの理解が得られるなら、王国とやらにも行ってみたいですし」

『それはなかなかに難しいだろうがな。ただ、異界の門を解明する情報を持った来客となれば……王国のお偉方も考えるかも知れんのぅ』


 本当はこの世界を探索してみたいけれど、それはルフさんに止められている。

 どのような経緯であれ、王国の禁足地に他種族が入り込んでいるという事実は変えられない。詳しい事情を説明しても、揉めごとにしかならないと。至極ごもっともな意見だ。


 ちなみにこの世界にもヒト族はいるらしいけど、ルフさんたちが住むこの王国は島国であり、直接は関わっていない。ルフさん達はそもそも棄民で移動の自由もないことから、ヒト族の姿も伝聞でしか知らないとのことだけど、聞く限りでは僕らと大差なさそう。


 ただ、やはりこの世界……大陸ではヒト族とゴブリンは敵対しているようだ。また、他にもオークやオーガ、エルフやドワーフなども存在するらしい。会ってみたいようなそうでもないような感じだ。ゴブリンに与しているとなれば、この世界のヒト族からは敵対視されそうだしさ。


 ルフさんと色々と談笑していると、二人から視線を感じる。


「(ど、どうして普通にゴブリンとやり取りできるの? ダンジョンでは容赦なくぶっ殺してるのに?)」

「(……私はルフさんを知ってからゴブリンと戦いにくい……なのにイノ君はお構いなし……)」


 引くなよ。人のことをそんな目で見ちゃダメだぞ?


 とりあえず、レオへの「裏設定その一」の実地見学はこれで終わりだ。



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