第2話 プレイヤーモード
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テンションだだ下がりの中、改めてレオの腕輪に二回目の強化を施す。予備である「上等な霊木杖」もついでだ。あと、護身用の短剣も今の内に整える。
ちなみに、僕のレベルが一五を超えてストア製武器の二回目強化が開放されたけど、使う側のレベル制限とかはない。メイちゃんの指摘は至極尤もな話だ。
強化の為の消費DPは恐らく品質による差であり、一回目の強化の際は「ただの鉈」がDP10、「普通の打刀」でDP15、「上等な霊木杖」ならDP20という具合だろう。二回目はそれぞれ倍。
防御系アイテムは一律DP20だけど、こっちはまだ初期装備のまま。新しい物はまだストアに出てきていない。
「イノ……大丈夫? 顔が悪いよ?」
それを言うなら顔色だろ。『井ノ崎君ってドレッシングのかかってないサラダみたいな顔だよねー』って、誰が生野菜顔だ。せめてモブ顔とか言え。ほっとけよ。そこまで悪くないだろ。
まったく、瞬間的に“井ノ崎真”の記憶が蘇ったじゃん。トラウマっぽいヤツ。
「……はぁ。言葉に出してツッコミ入れる気力もない……あ、護身用の短剣も強化済みで、切れ味は鋭いから気を付けてよ」
「……イノ君、ゴメンね。……でも、ちゃんと話がしたいと思ったから……」
メイちゃんは良いんだよ。たぶん、今までも我慢してくれてたんだよね。そこは話をしてくれて嬉しいんだ。
普段の僕とダンジョンの僕。
いまさらだけど、はっきりと自覚させられると凹む。いや、以前は凹む事さえ無かったから、少しは心境に変化もあるのか? 自分の仕様が分からん。
「メイちゃん。今後も何か気になることがあれば話をしてよ。お願い。あとレオも」
「……分かった。イノ君、話を聞いてくれてありがとう」
「私もプレイヤーだし、もし普段と違う感じなら教えてよ? ちょっと怖くなってきたし……」
同じくプレイヤーであるレオに関しても、普段とは違う様子があれば、その都度話し合うことにする。
さて、気を取り直して「裏設定その二」だ。まずは五階層のボスたちを片付けないとね。
「五階層のボスなんだけど……ホブゴブリンはストア製アイテム有りなら普通にレオでも倒せるだろうけど、ゴブリン達に囲まれると危ない。今回はレオ込みで平均レベルが下がるから、僕らだけの時ほどじゃないとは思うけど……レオがヤバいと感じるなら撤退しよう」
「えっと……その判断は私が?」
「……私達は別に急がないし、レオのペースでやれば良いよ。無理なら無理と言って」
僕とメイちゃんに急ぐ理由はない。それに「裏設定その二」は僕たちも普通に使っているから、五階層には何度も来るしね。
「傲慢な言い方だけど、五階層くらいじゃ、別にレオが居ても居なくても同じだよ。時間に追われてる訳でもないし。だからこの件で僕らに気を遣わなくても良いさ」
「……言い方はどうかと思うけど、イノ君の言う通り。気を遣う必要はない」
「メ、メイ様……ありがとう」
なんで感謝はメイちゃんだけなんだよ。まぁ良いけど。
ほらほら。感激してないでボス部屋へのゲートを潜るぞ。
……
…………
「《ヘイスト》《ディフェンス》……撤退はなしでホントに大丈夫?」
「う、うん。か、囲まれてパニックにならない限りは……大丈夫だと思う……」
ボスであるホブゴブリンの周りには、ゴブリン達がズラッと三十体くらい。レオはやる気。
じゃあ、まずは恒例行事だ。
「異界の門の守り手たるゴ氏族の賢者、ゴ=ルフ殿の知己たる者、または氏族に友誼のある者は居るかッ!?」
『知るかボケッ!!』
『殺すッ!』
『いくぞーッ!!』
「うるせぇッ! 誰かルフさんを知らないのかよッ!?」
『ブッ殺せッ!!』
『やるぞッ!!』
はい。今日もハズレです。お疲れ様でした。
やはりダンジョンの魔物達との対話は無理か。殺し合い、暴力という共通の意思により、この上なく熱烈に意思疎通できてるとも言えるけど。
「……はぁぁ。レオ。良いよ。後はぶちかまして」
僕の口上の前から準備に入っていた。
既にレオを中心としてマナがザワザワしている。
僕はあまり気にせず魔法スキルを使っていたけど、《黒魔法》と《白魔法》という仕分けは厳密ではなく、本当は「ヒトの魔法」と「精霊の魔法」に大別されるらしい。
僕が適当に使用していた《白魔法》や《生活魔法》の大半は「ヒトの魔法」で、《黒魔法》の多くは「精霊の魔法」だそうだ。
何でも、自分自身と周囲のマナで物理世界に……特に人体に干渉するのがヒトの魔法。
対して、ヒトや周囲のマナのみでは実現不可能となる、超常現象的な世界への干渉を精霊に願うのが、精霊の魔法。
精霊なんて言っているけど“マナ”には変わりない。原始的な意思のようなものを持つ、一定のマナの集合体を精霊と呼称しているそうだ。知らんけど。
一応はそういう区別になっているようだけど、僕からすれば《生活魔法》《白魔法》であっても十分に、実現不可能な奇跡であり、御業(みわざ)の範疇だけどね。
まぁ《白魔法》のカテゴリーでも、欠損部位の再生すら可能な《リバースヒール》や《リザレクション》とかは、精霊の魔法の範疇だとか。……うーん。僕は必要な時にスキルとして使えればそれで良いや。
で、レオが通常使う魔法スキルは、精霊の助力を得る魔法であり、自身のマナはその供物。研究者によれば、自身のマナを呼び水として精霊のマナを顕現させるとかなんとか。
「行くよ! メイ様もイノもッ! 射線から離れて! ……《エア・カッター》!! 《オーバー》!」
魔道士のブーストスキルである《オーバー》。
これは通常よりもマナ消費が多くなるものの、魔法に何らかの増幅効果を生み出す。
今回のレオの場合は「数」かな?
精霊たる風のマナは薄い緑色。その淡い緑がゴブリン達への死神の鎌となり、レオの呼び声に応じて射出される。通常よりも増し増しで。少なくとも前に見た時よりもかなり多い。
先頭集団の強化ゴブリンたちがまず死の風に触れる。連中にとっては残念だけど、ゴブリンたちの練度によるマナの防御程度ではレオの魔法を防げず、手足や胴体ごとバラバラに。スプラッタ。
ただ、
先頭集団というか前衛の十五体ほどはほぼ全滅。
僕は魔法スキルに詳しくはないけど、レベル六の【黒魔道士】で引き起こせる結果ではないだろうね。ストア製アイテムの恩恵か。
ただ、辛うじて命を繋いでいるのも数体残っているし、後衛組はピンピンしてる。
そして、今回のボスは慎重派なのか、後衛たちと共に後ろに引きこもっているね。
「メイちゃん、僕はボス周囲の後衛を始末するよ。レオには僕に構わず撃ってもらって良いから。……むしろ、そんなのを気にするほどの余裕もないだろうけど……」
「……分かった。レオの守りは任せて。指一本触れさせない」
メイちゃんと打ち合わせをして僕も出る。レオはかなり入れ込んでるね。次の魔法も準備してるけど、大丈夫かな? さっきのもゴブリン相手には過剰な魔法スキルだった。ストア製アイテムで増幅された結果だとしてもね。
「あぁッ!? イノが射線に! メイ様! イノを止めて!」
「……レオ。大丈夫だから……まずは深呼吸して?」
「で、でもッ! もうすぐ次が撃てるのに!」
かなり視野狭窄に陥っているな。ま、メイちゃんに任せるよ。
プレイヤーモードの僕が何を基準にどう判断したのかはよく解らないけど、いまの僕ならレオの魔法スキルによる
リスクを排除。あるいは蓋然性を可能な限り低く。
プレイヤーモードの僕は確実にそういう考えみたいだけど、今回のレオの装備強化みたいに、一旦認識したコトに関してはスルー出来る。別に特別な強制力があるわけでもない。イマイチ中途半端だ。
まぁそんなことを考えながら、ゴブリンを片手間で相手できる程度にはなった。あとは後衛だけを狙って始末する。ボスや他の残りはレオに任せるさ。
……
…………
「(ちょっと!? 折角次の準備してたのにどうして射線に入るのよ!?)」
混乱。今のままだとイノまで巻き込んでしまう。その思いに引っ張られる。
あぁ、早くしないと! ゴブリンたちが近づいてくる!
本来はまだ慌てるような距離でもないが、レオには満身創痍でヨロヨロとこちらへ近付いてくるゴブリンが、凶悪な形相で全力疾走で襲い掛かって来るように映っている。
「……レオ。イノ君は大丈夫。もし心配なら……さっきの《エア・カッター》より、もっと小さな的を狙い撃ち出来るスキルに変更するのはどう? 今のレオのマナ量なら、多少外しても連射することでカバーできる」
「えッ!? でも! 広範囲をまとめて制圧する魔法じゃないとッ! 連中に近づかれるからッ!」
もう! メイ様もイノも! どうしてそんなことも判らないの!?
レオは気付かない。
自分自身の恐怖を根底とする焦りに。
メイとやり取りをしていても、ゴブリンたちがまるで自分たちに到達しない事実に。
気付かせる。
「……レオ。ちゃんと敵を見て。現実の敵を。たぶん、レオの目に映る敵はアイツ等よりも大きくて早いんだと思うけど……実際はそれほどでもない。私たちがちょっと話をしている間に……ほら、イノ君は後衛のアーチャーやメイジタイプを始末し終わった」
メイはレオの顔を両手で掴み、わざと大袈裟にイノの方へ向ける。彼女の言葉は事実。既にボスであるホブゴブリンの周囲に後衛タイプは居ない。
それどころか、目の前に来られ対峙せざるを得なくなったボスの攻撃を、イノが悠々と素手で凌いでいる有様。
「え? ……ゴ、ゴブリンたち……あんなに……距離……が?
そ、それに……イノも……大丈夫?」
「……戦いに恐怖は大切。でも、大き過ぎる恐怖は目が曇る。正しく怖がらないと……」
カチリ。何かが噛み合う音を聞く。
「……レオ。よく狙って撃つんだ。イノ君みたいになるとちょっとアレだけど……もう少し効率的に。レオの一手は実際の敵に対して、範囲や威力が過剰なんだ」
カチリ。視界が広がる。その上でピントが合う。正しく敵に。
「あ、あれ? ゴブリンって、あんなに小さかった?」
ボスの応援に行くべきか、それとも目の前のメス二匹を襲うか……判断に困り右往左往するゴブリンたちの姿。レオはその姿を正しく認識する。
『ク、クソッタレーッ!!』
捨て鉢になったのか、一体のゴブリンがレオに向けて駆けてくる。
「ヒッ!?」
「……大丈夫。レオには触れさせない。……見てて」
メイはインベントリから鉄球を取り出す。あえてゆっくりと。レオの目に焼き付けるように。
「……これくらい。この程度の大きさでも十分」
こくこくと無言で頷く。レオの目にも現実の敵の姿が見えはじめている。
鉄球を投擲。イノの得意とする遠距離攻撃。メイも出来ないわけじゃない。
『ゴブゥッッ!?』
ゴブリンの胸に直撃。
鉄球が肉を裂き、ヒトで言うところの胸骨を砕いてめり込む。
突進の勢いは止まり、ヨロヨロと数歩後退した後、耐えきれずに仰向けに倒れる。息はあるが、明らかに永くは持たない。
「……今の私が、全力でマナを籠めて投げれば、ゴブリンの上半身が千切れる程の威力が出る。でもしない。鉄球も駄目になるし、貫通した先に味方がいる可能性もある。もし、レオが間違ってイノ君を撃ったとしても、今のイノ君は意に介さない。でも、私の一撃だと別。もしかすると“プレイヤーモード”のスイッチが私に対してオンになるかも知れない。流石に怖い。それに、何よりも私が嫌。私の所為でイノ君が傷付くのは……」
いやいや、イノはメイ様の言動で割と普通に傷付いてると思うけど……
レオは空気の読める子。もちろん言わない。
「ふぅ。相手に合わせて……選ぶ。ゴブリンは小さい。巻き添えは避ける。籠めるマナを調節する」
「……そう。ときには過剰な威力が功を奏することもあるけど、今のレオは自分で選んで良いんだ。怖い敵は私やイノ君が近付けさせない。……絶対に」
メイの真っ直ぐな瞳がレオを貫く。
カチリ。三度目の何かが噛み合う音が聞こえる。
同時にナニかが開く。レオの中で。
いま、解った。
「……あ……メイ様。私、解ったよ」
「……無理に解った気になってない? 少しずつで良いよ?」
「違う。……違うんだ……イノのとは違うけど……たぶん、コレが私の“プレイヤーモード”」
レオの瞳に映る。
自分の為すべき行動のルート。最適解。
「私、どうすれば良いかが……“視える”」
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