第15話 この世界のダンジョン常識

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 新鞍さんの実力を確認するために、長谷川教官と共に違法ダイブ継続中。

 市川先生は見張りとして戻ってくれている。ダイブから戻ったときに誰かと鉢合わせするとマズいからね。違法ダイブをする以上、その程度の警戒は当然必要だ。メイちゃんとボーイ・ミーツ・ガールした僕が言えたことじゃないけどさ。反省はしてない。


「新鞍さん。それにしてもさ、レベル【六】は低くない?」

「いやいや。学園の中等部三年としては普通だから。井ノ崎君や鷹尾先輩の方が特殊なんだよ」


 は? こいつナニ言ってんの? ……的なジト目をされた。そりゃそうだよね。


 新鞍さんは現在レベル【六】の【黒魔道士】であり、これまでに特別な訓練などはなく、学園のカリキュラムに則ったモノだけ。流石に班の自主練とかには参加していたらしいけど。彼女が言う通り、学園の生徒としては普通みたいだ。


 本人としては、魔物と戦うのは好きじゃないし、グロいのや血とかも苦手。なのでヒーラーもキツい。でも、西園寺理事の親族として、学園に入学した以上は探索者を目指さないといけないのも解っている。

 なんでも、彼女の一族はダンジョン絡みで財や地位を築いた比較的新興のお家らしく、学園入学=親類からの熱い期待という図式があったようだ。まぁ学園の理事になるような人を輩出してる訳だし仕方ないのかな?


「……ふぅ……本当は分かってるんだ。ちゃんとダイブしてレベル上げしないといけないのは。でも……同じ班の子たちとダイブすると、どうしても後衛の役割だけじゃ済まない。魔物と近距離で打ち合うことも多くて……それで色々と……ね。井ノ崎君や鷹尾先輩に恥ずかしいこと頼んでる自覚はあるけど……要は“引っ張って欲しい”の。井ノ崎君は分かるでしょ、パワーレベリングって言うヤツ」


 この世界のダンジョン界隈の常識では、高レベル者に“引っ張ってもらう”レベル上げは恥とされている。お互いにレベルアップが遅くなる上、高レベル者の方には旨みが無さ過ぎるからだと言われているけど……僕には理解出来ない。

 死ねば終わりの現実において、安全にレベル上げが出来るならそれに越した事はないはずだ。少なくともレベルが上がれば、マナの制御やスキルなどの自衛手段も身に付く。そうなれば寄生プレイからも卒業できるだろうに。


 こっちは命懸けで上げたんだぞ!? それをヌルい寄生でレベルを上げるなど言語道断だ! ってな心理なのか?


 国家の威信をかける程なんだから、裏でも表でもパワーレベリングくらいは絶対やってると思うんだけどな。

 とは言え、ダンジョン探索に関しては殊更に効率や安全を重んじていたあの野里教官ですら、僕等を引っ張ってのレベル上げを良しとはしなかった。やはりこの世界の一般社会の中ではそれが“常識”なんだろうか。非効率だと思うんだけどな。まぁ大っぴらに推奨されてはいないのは確かだね。


「……新鞍さん。貴女はそういう人なの? ……ダンジョンは命を掛ける場所。私達が命を削る思いで上げたレベル……それは貴女が楽をする為だとでも……?」


 おっと。メイちゃんはこの世界の常識人。やはり不快なのか。能面顔を通り越して、普通に怒りが顔に出ているし、圧も強い。いや、ナチュラルに《威圧》になってるよ、これ。


「……ッ! ……そ、そんなことは思って……ない、けど……わ、私は、それでも……レ、レベル上げに不利な後衛が……ある程度ダン……ジョンで、自立できるまで……“引っ張る”のも悪い事だとは思わ……ない……」


 おお。メイちゃんの圧に負けないとは。 

 新鞍さんは産まれた時から“彼女”だったらしいから、この世界の常識も当然その身に染み込んでいるはず。その上での頼みとなれば、それなりの覚悟もあるんだろう。たぶん。

 それをメイちゃんが納得して受け入れるかは別問題だけど。


「……悪い事だと思わない? それは引っ張る側の言葉。引っ張られる側が…………言って良い台詞じゃないッ!!」

「ち、ちょっとちょっと! メイちゃん! それ以上は駄目! レベル差があるんだから!」


 ここまで怒りを表に出すメイちゃんは初めてだ。おかげでマナが昂ぶり過ぎて《威圧》がコントロール出来てない。

 ほら! 長谷川教官にまで影響及ぼしてるしさ。息苦しそうになってるじゃん。当の新鞍さんなんか、まともに呼吸いきできてないし! やり過ぎー!



 ……

 …………



 ブレイク。クールダウン。仕切り直し。


「……ごめんなさい。少し気が昂り過ぎました」

「……い、いえ。こ、こちらこそすみません。失礼な頼みだと承知の上だったのに、軽率な発言でした」


 ぺこりぺこりと謝罪し合う。

 流石に不快感から相手を暴力的に黙らせるのは不味い。特にダンジョンではレベル差により洒落にならない事もある。

 ときに、ダンジョンを利用して“事故”を装うとかもあるらしいし。もしかすると、レベル差が大きい者同士を組ませないようになったのは、そういうのを防ぐ意味もあるのかも知れない。


「メイちゃんには悪いけど、僕は編入組だし、そもそも初めからまともにダイブしてる訳でもないから、新鞍さんを“引っ張る”ことに特に思うことはないんだ。……ちなみに、長谷川教官もこういうのはやっぱり不愉快なモノなんですかね?」


 とばっちりを喰らう羽目になった長谷川教官に話を振って見る。いや、だって僕らが引っ張るより、派閥の中で教官たちが鍛えれば良いじゃん。という気持ちもあるしさ。


「正直なところ……心から賛同はできない。やはり不快感はある。しかし、私も後衛であり新鞍の言い分も理解できる。前衛に比べると、後衛はどうしてもある程度までレベルが上がらないと戦い辛い」


 プレイヤーである僕は選ぶことができたけど、この世界での【クラス】は生まれついての資質、性格などに左右されるらしい。前衛クラスに比べて、後衛クラスは魔物と打ち合うことを苦手としている傾向が強いとは聞いた。

 新鞍さんもプレイヤーであり、クラスを選べたらしいけど、前衛は性格的に無理だったとのこと。


「井ノ崎君。鷹尾先輩や長谷川教官が普通だよ。私だって、プレイヤーとしての特殊性を引いたら、普通に不快な行為なのは解っているから。でも……それでもレベルを上げないと……西園寺の大叔母さんのこともあるけど、私にもダンジョンの呼ぶ声が聴こえるから……」

「ダンジョンの呼ぶ声?」


 ん? なんだ?

 あの呼ばれてる気がするやつ?

 え? 僕には具体的な声までは聞こえないけど?


「ええ。井ノ崎君も聴こえてるんでしょ? 『ここへ来い。奥へ来てくれ』ってさ。今だって集中すると微かに聴こえる。これもプレイヤーの特殊性だと、大叔母さんから教えてもらった。他のプレイヤーたちにも聴こえてたって」

「……いや、僕にはそんなにハッキリ“声”としては聞こえない。ただ、漠然とは呼ばれている気はするけど」


 なるほど。プレイヤーによってもかなり仕様が違うようだね。そんな気はしてたけどさ。

 他の事についても色々と比べた方が良さそうだ。新鞍さんはまだストアもパーティ登録も開放されてないから、いま比較できるのは感性や素の能力くらいか。でもこれはそれぞれのプレイヤーの差異というより、ただの個人差になるのか?


「どうやらプレイヤーと言っても、それぞれに特性は違ってるようだね。既に亡くなっているけど、僕が知っているプレイヤーは前衛クラスで、割と僕と似た感じだったらしい」

「……大叔母さんからは、そこまで具体的な話は聞いてない。ただ、プレイヤー同士が直接コンタクトをとった事例はかなり少ないらしいから……」

「プレイヤーである僕たちの交流、その違いを調べるのも一つの実験のようなモノなのかもね」


 そんな話をしながら、既に僕は『後衛の魔法アタッカーを加えた戦い方』を組み立てている。度し難いね。これもプレイヤーの特性と言えばそうなのかも。さり気なく新鞍さんの横に立ち、ぼんやりとそんなことを考えてしまう。


「メイちゃん。新鞍さんのレベリング……引っ張るのがどうしても嫌なら、しばらくは僕一人で彼女がそれなりに戦えるまで付き合うけど……どうします?」

「……それはズルい言い方。もうイノ君の中では、新鞍さんを引っ張り上げるのは決まってるんだ」


 珍しくメイちゃんが拗ねてる。

 ゴメンよ。でも、新鞍さんと組まないという手はない。派閥争いの観点からもね。

 それにステータス画面の中に「同盟」という項目が増えている。長谷川教官の手前、大っぴらに確認出来ないけど、これはプレイヤー同士が組む時の設定じゃないのかな。

 これがパーティ登録と似たような効果なら、ストア製アイテムが新鞍さんも使える。そうなれば比較的スムーズに短期間でレベルを引き上げられると思う。


「ご、ごめんなさい、鷹尾先輩。でも、こればかりは、私もどうしても引けないんです……」

「……いい。我慢する。新鞍さんにも事情があるのも分かる。それに、後衛アタッカーのメリットも理解している。私も新鞍さんの引き上げに付き合うよ。それに、よくよく考えれば、私だってイノ君のプレイヤーとしての権能に頼っている。結局は引っ張ってもらっているのと変わりはない」


 ま、確かにストア製の武具やステータス画面は、プレイヤーのパーティメンバーとしての恩恵と言えばその通りか。

 すまんね。ダンジョン内での休憩用のお菓子、メイちゃんにはちょっと良い物用意しとくよ。甘い物に目がないのも知ってるし。


「……これからは、ダンジョン絡みの手続きは私が執り行うが、実際のダイブは井ノ崎達に任せる。西園寺理事からも、プレイヤー同士の話の邪魔をするなと言われているからな。私に話せる内容であれば、それは私が纏めて報告しておく。直接理事に報告が必要であれば、私を通す必要はない」


 破格の対応。プレイヤーには秘密があることも把握してるんだろう。秘密の内容も粗方は判明してるんじゃないのかな?

 表向きとは言え、好きに泳がせてくれるなら、その期待どおりに振る舞うさ。それくらいはちゃんと弁えてる。


「とりあえず、今日は解散にします? それとも、当初の予定通りに新鞍さんの実力を確認します?」

「……私は一度新鞍さんの実力ちからを見ておきたい」

「わ、私も、このまま解散はちょっと……」


 チラリと長谷川教官を見る。溜息混じりだけど頷いてくれている。


「私はこの安全地帯で待っている。三人で行ってくればいい。ただし五階層までだ。その先に新鞍を連れては行くな。……井ノ崎や鷹尾は私よりレベルが高いようだし、身の危険の心配はしていないがね。あと、流石に今の時点で西園寺理事にケンカを売るようなバカではないとも信じている。

 ……これは答えたくなければ構わないが……実際のところ、二人のレベルは幾つなんだ? 私の【十四】は超えているんだろ?」


 長谷川教官はまだ二十代半ばくらい。若さもそうだけど、そもそも学園の教官職でレベル【一四】は十二分に凄いことだ。

 野里教官と同じく、現役探索者が教官を務めている形なんだろう。

 そもそも高等部卒業でレベル【一〇】〜【一二】程度らしい。そこから先は、安全に倒せる魔物相手ではレベルが上がりにくくなるゾーンらしく、ストア製アイテムを使うか、大人数でのゴリ押し、あるいは違法ダイブになりがちという、皇さん(模擬)情報もある。

 だからこそ、この世界の探索者は『呪物』という御禁制アイテムに頼る羽目になったんだろう。


「僕はレベル【一五】で、メイちゃんは【一四】。更にプレイヤーの隠しダネとして、同じレベル帯よりマナを底上げしています。メイちゃんの《威圧》が効果を発揮したのはその為でしょう」


 僕は正直に答える。これはメイちゃんも反対してないようだ。良かった。

 長谷川教官は回答を期待してなかっただけに、さらりと僕が答えたことにぎょっとしてる。新鞍さんも驚いたようだ。


「……は、はは。まさか同レベルでココまで差が出るとはな……コレがプレイヤーの力。鷹尾にも好影響がでるのか……いや、少し踏み込み過ぎたな。今のは聞かなかったことにしておく。……新鞍のことを頼んだぞ」


 長谷川教官はピシッと意識を戻し、踵を返してゲート付近へ去っていく。安全地帯ここで待っててくれるようだ。プレイヤーに対して好奇心もあるだろうに……与えられた役割に徹して、その辺りはちゃんと自制できる人みたい。僕は嫌いじゃないよ、そういうの。


「……ふ、二人共、そんな高レベルなの? 一体どうやって……? 勝手に【一〇】くらいかと思ってた……」


 新鞍さんは僕らを学園卒業程度と考えていたみたいだね。残念。期待を裏切る男なのさ、僕は。


「レベル上げが加速したのはストア製アイテムを使い始めてからだね。新鞍さんはまだ開放されてないでしょ?」

「ス、ストア? あぁ、五階層の皇さんが言ってたヤツ?」


 五階層のボス部屋には、あくまで見学者として行った事があるらしい。その時に皇さん(模擬)に会ったようだ。

 聞けば、僕が訪れた後だったみたいで、ソコで僕の存在をハッキリと認識したらしい。それまでは、獅子堂周辺がおかしいと感じながら、自分以外のプレイヤーが同学年にいるとは思ってなかったらしい。

 皇さん(模擬)は伝言板か。そういえば、僕もクエストモンスターである坂城さんモドキに伝言頼んでた。


「ストアやパーティ登録など、ステータス画面の機能を開放することでダンジョンへ適応していく感じみたい。つまり、プレイヤーの機能なしではかなり難易度が高いって話。この辺りは皇さんに聞いた?」

「う、うん。聞いた。ただ、レベル【六】だと言ったら鼻で笑われたけど……」


 感じ悪いな皇さん(模擬)。僕は確かレベル【一〇】の時だった。ストア製のアイテムが無ければ大して変わらない気もするけどな。


 ああ、これ以上新鞍さんとだけ話をしていると、メイちゃんがキレそう。もう能面顔になってるし。


「そ、それじゃあ、長谷川教官も気を遣ってくれてることだし、メイちゃんを含めての情報共有をしておこうか?」



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