第14話 世界の原作
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「君は“原作”をどこまで知っている?」
来たね。
新鞍さんは、このセリフを言えるプレイヤーなのか。
動悸が激しくなる。ダンジョンで魔物と相対した時みたいに平静ではいられない。
「……ぼ、僕は全く知らない。新鞍さんは……し、知ってるの?」
僕の回答に対して、若干失望したような陰が差す。
「………そっか……知らないんだ……私も少しだけしか知らないんだけど……」
でも彼女は知っている。やはりこの世界には“原作”があるんだ。
「……僕は前世を経て、ある日いきなり“井ノ崎真”になっててさ。何となくゲーム的だと、漠然とした思いはずっとあった。……どんな原作なの、この世界は?」
「あくまで触り程度だよ? この世界が現実なのは変わりないしね」
新鞍さん曰く。
彼女は僕と違い、産まれた時から“彼女”だったらしい。
ダンジョンのない世界の、前世の記憶がある。ただし、僕と同じく細かいエピソードは覚えているのに、固有名詞などは虫食い状態という曖昧さ。記憶の偏りもだ。
そんな状態で周りを見渡せば、明らかにゲーム的な設定のある世界観。
物心がつく頃には「わたし転生してるじゃん!」となっていたようだ。
ズバリこの世界の“原作”はゲーム。タイトルや発売時期などは他の記憶と同じくぼやけていて不明。
ストーリーモードの主人公は複数からの選択制。同じ主人公でも、プレイヤーの選択や行動によってストーリーやエンディングが変化するというタイプだったようで、サワくんやヨウちゃんも選択可能な主人公の一人らしい。やっぱりね。
ただ、作り込んで完成度が高いとは言え、オフラインのストーリーモードはあくまでおまけ。メインとなるのは、自分で作成したキャラクターで、他のプレイヤーと共にクエストをこなし、ダンジョンの最深部を目指すというオンラインモード。
クリアしたストーリーモードの主人公、発生したイベントによって、主人公やイベントキャラのグラフィックやスキルなどをオンラインモードで使うことが出来たり、各種の特典があったりするらしい。
このゲーム情報に関しては、記憶の虫食いとかではなく、新鞍さんの中ではふんわりと覚えている程度。何故なら、彼女自身はゲームは未プレイ。ゲームのストーリーモードをアレンジした、アニメ版の方を知っているとのこと。彼女の記憶の偏りはアニメ関連だそうだ。
で、そのアニメ版の主人公は獅子堂武。……お前かよ。
舞台は学園の高等部。学園の非道な実験により闇堕ちした年上の幼馴染である
獅子堂は俺様キャラでありながら、素直になれない不器用さや熱さをもっており、闇堕ちしたヒロインを想う一途さも相まって、元々のゲーム版でもかなりの人気キャラだったそうだ。
アニメ化にあたって、ゲーム版でも人気のあるエピソードが選ばれており、その世界観やキャラの背景は共通していたはず。なのに、既に中等部の時点でアニメ版とは違う流れになっているし、むしろアニメ版では主人公側だった、獅子堂や川神の方が闇堕ち組じゃね? ……となって、新鞍さんは色々と調べていたようだ。
ちなみにゲームのストーリーモードでは、学園の派閥も「西園寺派」「波賀村派」「九條派」から所属を選択することが出来るようだ。
西園寺派が各ストーリーの主流、波賀村派は細かいサイドストーリー、九條派は闇堕ちした敵側視点……という傾向があるそうだ。波賀村派では主流になれなかったのね。
「……だから、アニメから入って、ゲーム版の設定やエピソードを後追いで見たことはあるけど、実際にプレイしたわけじゃないの。アニメ版もあくまで学園のやりとりやバトルがメインで、ダンジョンは物語を盛り上げるための舞台装置みたいなものだったから……平然とダンジョンダイブを繰り返している井ノ崎君は、てっきりゲーム版ユーザーかと思ってたんだけど……」
あと、僕がプレイヤーの特性だと考えていた、ダンジョン戦闘での効率的な動きや異常性などは新鞍さんにはない。未だに魔物と戦うのは怖いし、親和率で軽減するはずの心理的なショックなども前世と同じ感覚。ダイブについては、この世界の同年代よりも苦手とのこと。
うーん。サンプルが少なすぎて判断がつかない。少なくとも坂城さんは僕と似たような感じだったはず。
「……井ノ崎真や新鞍玲央というキャラクターは居なかったの?」
「それも分からない。主人公として選べる澤成樹や川神陽子の幼馴染なら、二人のゲーム版のシナリオでは出てきたのかも知れないけど、アニメ版に出てこなかったのは確か。私もゲーム版主人公の関係者……というか主人公の一人の妹なんだけど、アニメ版では兄もカットされてるから……」
新鞍さんは西園寺理事の親族で、兄がゲーム版ストーリーモードの主人公の一人らしい。ただしアニメ版では兄の存在ごとカットされており、当然自分も出てこないし、ゲーム版に新鞍玲央が存在していたかも不明。
更に言えば、この世界の新鞍兄はダンジョンの親和率が低く、学園に入学してもいないという状況。
新鞍さんはこの世界が、設定はある程度共通しているけれど、アニメともゲームとも違う別モノだと、漠然とは気付いていたらしい。
新鞍兄の学園未入学、初等部での獅子堂の振る舞い、中等部での野里教官達の動きが重なり、今では完全に別モノであることを確信している。
「ちなみにアニメ版の最終回は? ゲーム版のストーリーモードの終わりでも良いけど……」
「アニメ版の後半は、獅子堂が闇堕ちしたメイ様を一騎打ちで倒して、正気に戻った彼女を含めた仲間と共に、かつてダイブ事故を引き起こした十五階層の謎のヒトガタを倒すという流れ。アニメ版ではヒトガタの詳しい説明もないし、獅子堂周辺以外のエピローグもあんまりない感じ。
主人公や選択したシナリオによって違うみたいだけど、ゲーム版のストーリーモードも大体が十五階層のヒトガタを倒して終わりみたい」
なるほど。いつの間にか僕もストーリー進行に触れていたわけか。十五階層のヒトガタ。坂城さんの仇討ちには丁度いいけどね。それは良いとしてメイ様? いや……まぁ深くは聞くまい。
「もしかして、野里教官もゲーム版の主人公として選択可能とか?」
「……ううん。彼女はゲーム版のどの主人公でも、ラスボス前の前哨戦で敵として出てくるみたい。アニメ版では、獅子堂と復調したメイ様が協力して打ち倒す展開になる。人気はあったし、ゲーム版の追加コンテンツで救済シナリオが出たらしいけど、私は詳しい内容までは知らない。気になるのは、まだアニメ版が始まってもいない時期なのに、アニメの終盤……敵として出てくる時みたいにヤバい感じになっちゃってるってことかな」
この世界は、アニメ版やゲーム版とも違うらしいからなんとも言えないけど……野里教官はそもそも敵キャラだったわけね。だからといって倒していいわけでもないし、出来るならこっちに関わって来ないで欲しい。今の流れだと、無理そうだけど。
「正直なところ、アニメ版のストーリーはもうあてにならない。それにアニメやゲームのエピソードが終わっても、この世界で私たちの人生は続くだろうし、元の世界に戻れるとも思えない。私はね、井ノ崎君に『特殊実験室A』でレベル上げを手伝って欲しいんだ。学園卒業後に探索者として普通にやっていける程度にさ」
彼女は僕と違い、明確に前世での自分の死を認識している。まだ二十代で交通事故だったらしい。
前世の記憶があるとは言え、コッチの世界で普通に暮らし、家族や友人も居る。もし元の世界に戻れたとしても、彼女は戻る気はないそうだ。
常識とか普通の感覚も既に前世よりこの世界に馴染んでいる。西園寺理事の親族としても、ダンジョンダイブや魔物との戦いも苦手だと言ってられない。親和率が高い以上、探索者以外であっても、ダンジョンに関わる仕事をすることになるのも承知の上。
アニメの登場人物が実在しているのはテンションが上がるけど、だからといって積極的に関わりたい訳でもない。この世界がどうしようもなく現実であり、自分に都合の良い世界ではないのは弁えているとのこと。
「結局、この世界の“プレイヤー”ってどういう立ち位置になるの?」
「……当たり前だけど、アニメやゲームでは殊更に“プレイヤー”なんて強調されてなかったと思う。この世界では、前世の記憶があったり、ステータス画面を呼び出せる人がプレイヤーなんだと思うけど……原作の設定では、皇恭一郎も“伝説の探索者”というだけで、アニメには名前すら出てこなかったはず。ゲーム版ではエピソードがあったのかも知れないけど……」
この辺りは謎のまま。
新鞍さんは物心がつく頃から前世の記憶もハッキリしていたようだけど、ステータスウインドウを呼び出せたのは初等部五年生の半ば。
それまではダイブの度に『ナニか違う』という違和感があったらしい。周りの子が、ゴブリンぶっ殺してもヘッチャラなことも含めて。……かなり無理をして周りに合わせてバレないように頑張っていたようだ。
よく分からないシステムの起動、周りとの違い、前世のこと、原作のこと、学園のイベントのこと……不安が高じて、親戚のおばさんという距離感だった西園寺理事に相談し、諸々があった後に“
まだ秘匿しているモノはあるだろうけど、一通りの情報を開示した上で、彼女が望むのは、コッチの世界でやっていく為のレベル上げの手伝いときた。
派閥のパワーバランス的に僕が彼女の要望を断れる筈もない。それに現役のプレイヤーとは色々と検証もしたいし、新鞍さんと一緒にダイブするのはむしろありがたい。メイちゃんにも話を通さないと駄目だけど。
そろそろ黒い大人たちの談合も一段落したようだし、向こうの話も聞こうか。
……
…………
「井ノ崎君、鷹尾さんも……よろしいですか? こちらの話は終わりました」
市川先生の声掛け。隣の長谷川教官の笑みを鑑みると、どうにもならなかったようだね。ま、既に解っていたことさ。
「やはりこちら側の『特殊実験室』は解散で確定です。野里教官と長谷川教官が率いる『特殊実験室A』に合流してもらいます。……ですが、井ノ崎君と鷹尾さんは、長谷川教官の直轄として新鞍さんと組んでもらい、野里教官たちと直接関わる機会が少なくなるように配慮してくれます。……このような結果となり……我々の力不足で申し訳ない」
市川先生が僕達に頭を下げる。例えパフォーマンスだとしても、大人としては中々できないことだ。
もうちょっと頑張って欲しかったのは事実だけど、割と好き勝手にさせてもらった実感もあるし、波賀村理事も市川先生も嫌いじゃない。僕に返せるモノがあれば返したいと思える程にはね。たぶん、卒業までには色々と頼むこともあるだろうし。
「井ノ崎に鷹尾。君たちのことは私が責任を持って保護する。野里教官たちの……九條理事派の怪しげな実験には付き合わせないと約束しよう」
長谷川教官……西園寺理事派も、一応は僕らに気を遣ってくれるようだ。いや、理事の親族である新鞍さんを巻き込んでいる以上、色々と本気なんだろうけど。
「それで? 新鞍の話も終わったのか?」
「一応は。伝えることは伝えました。ここから先については、監視してくれても良いですよ」
流石に前世や転生、ゲームだとか原作云々の話は、西園寺理事にしか打ち明けていないらしく、派閥内でも知る者は少ないそうだ。
西園寺理事個人としても、親戚の子を積極的に“サンプル”扱いすることを是とする人でもないらしい。
いやいや、立場もあるから仕方かも知れないけどさ。親戚の子だったら苦渋の決断で、他人の子ならサンプル扱いオッケーなのか? ……と、ちょっと文句の一つも言いたくなる。
現場責任者である長谷川教官も、新鞍玲央の詳しい事情を知らない。もしかすると聞いているかもしれないけど、知らないフリを徹底してくれているとのこと。気遣いの人か。それとも理事の親族への忖度なのか。
「……イノ君。どんな話だったか……また教えてね……」
「も、もちろん。メイちゃんとはきちんと共有しますよ」
久しぶりに僕に対してメイちゃんの圧が……能面顔になってるし。
ヤキモチ妬かないでよ〜☆ とか、軽く言える雰囲気でもない。なんか怖い。マジで。
「メイさ……た、鷹尾先輩が、プレイヤーの事をどこまで知っているか解らなかったので、井ノ崎君に確認しました。これからは共にダイブすることになるので、その時にでも話をさせて下さい。教官たちにも、おいそれと聞かせられないこともあるので……」
新鞍さんもメイちゃんの圧を感じたらしい。フォローありがと。一瞬メイ様呼びになりそうだったけど。
「……そう。これからよろしく。新鞍さん」
「こちらこそ、よ、よろしくお願いします。鷹尾先輩」
そう言えば、僕に対してもはじめは無表情&塩対応だったな。“同志”云々で打ち解けていったっけ。新鞍さんの方はメイちゃんと親しくしたいオーラがチラチラと出ているけど……まぁしばらくは見ないフリとしよう。うん。
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