第13話 派閥争いの末

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 坂城さんからの伝言は一先ずは果たせた。

 真っ赤な嘘だ。

 軽めのお願いだった、かつて傷付けたプレイヤーへの謝罪は、当人である琴海さんが遠方にいる為に保留。

 本命である塩原教官にドロップアイテムを渡すというのも当人に断られて叶わなかった。いや、それどころか『要らん。別の女に渡せ』と言われる始末だ。


 うーん。客観的に考えると散々な結果だよな。


 坂城さんの伝言を果たします(キリッ)とか言ったの誰だよ? 悪かったな、僕だよ。


「……という、締まらない結果となりまして……」

「……ふふ。坂城さんも浮かばれないね」


 とりあえず、軽い冗談も交えつつ、メイちゃんに報告。

 坂城さんが浮かばれないのはもう仕方ないとして、塩原教官からの諸々の情報は詳細に共有しておく。


 メイちゃんは道場での訓練を通じて、改めてダンジョンでの命のやり取りを考えたそうだ。もはや精神修養。

 人類への脅威である魔物を殺すことと、ヒトを殺すことの間には、絶対に超えてはならない線がある。

 しかし、どうしてもその線を超えなければならない時が訪れたら……という自問自答の日々だったそうだ。


「……答えは出ないけど、あの時の坂城さんは魔物で間違いなかった。私自身が直前までの姿に惑わされていただけ。それは私の未熟であり、イノ君の異常性を驚く資格もなかった。ごめんなさい」

「い、いや、そんなに改まって謝られる事でもないかと……明らかに人間味のある相手だったし、クエストが無ければ悩む必要のない問題だろうし……コッチこそ巻き込んでごめんなさい」


 先々には悪辣な同士討ちトラップとかが出てくるかも知れないから、ダンジョンでの敵は問答無用で殺せ! ……みたいな極端な思考も怖い。何が正解かは分からない。時々で答えは違う。それで良い気もする。


「まぁお互いに出来る範囲で補い合うということで……ダイブを再開していきましょうか?」

「……そうだね。私も困った時は素直に甘えるよ。その分、別の所で挽回するから」


 そうそう。僕も考え過ぎた。なにもメイちゃんに人殺しの覚悟なんて持って欲しいわけじゃない。プレイヤーの残照がこの先に何度も出てくるとしても、僕が上手く立ち回れば良いだけの話だし、その為のレベル上げやストアの活用だろう。

 なので、鉈丸を更にもう一段階強化しようとしたら『レベルが足りません』とのこと。DPは20消費(倍の設定か?)で済むようだけど、レベル制限があった。はいはい分かりましたよ、レベルを上げれば良いんでしょ。



 ……

 …………

 ………………



 僕らはダイブを再開した。


 フロアボスが居る訳でもない六階層は、既に踏破できる状態だけど、学園の生徒である間に七階層へ立ち入る事については波賀村理事から止められている。野里教官率いる新たな『特殊実験室』が、理事会に対して何らかのアクションを起こすと踏んでいるようだ。


 レベル上げのついでに討伐型と探索型のクエストにチャレンジする日々。

 ついでみたいなノリで、とんでもない発見があったり、効率的なレベル上げの手法がダンジョンに用意されていたりと……色々と心騒ぐ日々だ。


 今年、僕は冬休みの帰省もしなかった。何故かサワくんも帰省せず、都市部の道場へ通っていたようだけど……変わらずに真っ直ぐなマナだったから、余り気にはしなかった。

 ただ、風見くんに聞くと『あいつマジでやってんの?』とちょっと引いてた。ナニかあったんだろうね。


 ヨウちゃんとは堂上君の一件以来会っていない。

 現状、彼女たちは学園側じゃなく、探索者側のゲートからダイブをしているようだ。野里教官は現役のBランク探索者だし、『課外研修』という名目でゴリ押ししたらしい。


 彼女たちの派閥は、学園だけじゃなく探索者協会の方にも手を回していると、波賀村理事が若干ぐぬぬしてた。僕らの前じゃ平静を装っていたけど。


 派閥の規模や直近の小競り合いでは、波賀村理事派が競り負けているのが実情のようだけど、所詮は同じ組織。粛清とかで命までとられる訳じゃないだろ。ないよね? 頑張ってくれ。せめて僕らが卒業するまでは。


 そして新年度。


 僕は中等部三年、メイちゃんが高等部一年。

 野里教官率いる『特殊実験室A』が発足。メンバーは全員中等部三年生で、ヨウちゃんと獅子堂を含めて五名。学園の五名一班の規定をクリアする形に持ってきたようだ。


 これで学園の規定をクリア出来ていない僕ら無印の『特殊実験室』が格落ちみたいな扱いになりそう。呼び名もBになったりするのかな?


 更にメイちゃんが高等部に上がったことにより、普通の勉強については高等部での授業へ参加するため、『特殊実験室』は課外活動、部活的な扱いになりそう。はは。部活でダンジョンダイブ。ハードな世界観だ。


 おかげで久しぶりに僕のソロダイブの許可も下りた。流石に野良ゲートからの完全ソロではないけど。


 さあ、新年度も頑張るぞ!



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「部活的な扱いに格落ちした『特殊実験室』は解散し、『特殊実験室A』へ吸収される?」


 本棟のボスの執務室。

 今日は僕一人が呼び出された。悪い報告のときはコレが定番のスタイルになっている。

 渋い顔をした波賀村理事との御対面。残念ながらダンディな渋さではなく、苦虫を嚙み潰した方の渋さ。

 市川先生も何処か疲れた顔してる。派閥争いの負けが込んでない? しっかりしてくれよ。どうした波賀村派。


「学園の班の規定は五名以上となっており、別に六人だろうが七人だろうが構わない。つまり、井ノ崎君と鷹尾さんを『特殊実験室A』が引き取ると言ってきている」

「これは野里教官にも伏せられているようですが、向こうには井ノ崎君と同じような“プレイヤー”も所属していると、密かな打診がありました」


 イベントが加速してるな。

 所属する派閥の瓦解、新たなプレイヤーの介入。お次は魔王の復活か? 勘弁して欲しい。


「僕はどうなります? このまま向こうの所属に?」

「……君は動じないな。こちらが劣勢に立たされているというのに……」

「はぁ? 泣き喚いて状況が良くなるなら、幾らでも駄々をこねますけど?」


 おいおい、しっかりしろよ。黒い大人たち。

 どうしようもない状況なら、せめてより良い選択肢を選べるように段取りくらいはしてくれないと……無理矢理ダンジョンへ連れて行って《テラー》再発させるぞ? 今なら外でも、正攻法なら市川先生を倒せるからな。やんのか? 嘘です。ごめんなさい。


「いや、済まない。泣き言を君に聞かせる筋合いではなかったな。実情を正確に伝える。学園の改革関連だと思われるが、他の派閥が結託してこちらが少数派に追い込まれている。我々の『特殊実験室』が事実上解体となることは止められない。しかし、君がプレイヤーであることについては、向こうも秘匿したがっている。野里教官たちの思惑と違うモノが動いているのも確かだ。私側の派閥には、君たちをバックアップし、野里教官をはじめとした“性急な改革派”を牽制するように打診された。いま判明している流れはこういうことだ」


 騒がしいね。マジでゲーム上の主流のストーリーが進行しているのか? 最近はもう『こういう世界なんだろう』としか思ってないけど……もし向こう側に、本当に他の現役プレイヤーがいるなら話がしたい。


「僕たちはあちらへ吸収合併されるわけですね。それで、向こうのプレイヤーも『特殊実験室A』に居るんですか?」

「確定ではありませんが、恐らくは。向こうの派閥……西園寺さいおんじ理事派からは『近日中にプレイヤー同士で接触させる』という連絡はありました。どのような接触かは明言していませんでしたが……」


 勿体ぶるね。まぁ向こうから来てくれるというなら待つさ。


 塩原教官の話や僕への友好度の低さなどから、野里教官自身は“プレイヤー”には否定的な気がする。再び担当教官になったら普通にイジメられそう。あと、ヨウちゃんや獅子堂とも気まずいじゃん。どんな人選だよ。学園辞めるぞ?


 結局、波賀村理事派は追い込まれ、西園寺理事派とやらの言い分を聞かざるを得なくなったとさ。


 あーあ。新年度が始まって一ヶ月。まだ五月だぞ。どうせなら前年度中に派閥同士で決着しといてくれよ。



 ……

 …………

 ………………



 お通夜状態となっていた波賀村理事との面談から数日。

 今度は僕とメイちゃんのセットで、改めて呼び出された。場所はボスの執務室じゃない。指定されたのはとある野良ゲート前。


 ダンジョン症候群のあるお偉方は特異領域ダンジョンには近づけないため、今回は市川先生が随伴。向こうの付き添いは恐らく後衛型の教官。保有するマナ量が多い割には立ち姿が甘い。近接戦闘タイプでないのは確かだろう。


 そして、メインは彼女。プレイヤー。僕以外の。


「はじめまして。新鞍にいくら玲央れおです」

「引率の長谷川はせがわです。魔道スキルの教官として『特殊実験室A』に所属することになります」


 新鞍さん。彼女も後衛型だね。マナの印象から、レベルは少し低い気がする。もしかすると《偽装》などのスキルで隠蔽してるのかも知れないけど。


 明るい色のくせ毛風なミディアムヘアに、フレームの細い丸メガネ。小柄だしどこか小動物的雰囲気がある。美人というよりは可愛らしい系。笑顔も素敵。だけど、マナの挙動がおかしい。昂ぶってる?


「市川です。本日は波賀村理事の代理として来ています」

「井ノ崎真です。よろしくお願いします」

「……鷹尾芽郁。よろしく」


 まずは初対面のご挨拶。

 新鞍さんの関心はメイちゃんかな。気付かれないようにと抑えているようだけど、チラチラとかなり不自然に視線が行き来している。


「市川先生。詳しい話はダンジョンの中で……」


 レッツ違法ダイブ。久しぶりだね。



 ……

 …………



「まず、西園寺理事は“改革派”の言い分を全て認めている訳ではありません。プレイヤーに頼らずに深層へ……と言いながら、プレイヤーが遺した呪物を使うという矛盾。改革派の中核である九條くじょう理事の本当の狙いは別にあるとみています」


 長谷川教官は、野里教官たちが暴走しないよう監視するため『特殊実験室A』にまわされたそうだ。

 そして“プレイヤー”に関しては、西園寺理事はかなり以前からその存在を把握し、調査も行ってきたらしい。偶然プレイヤーと関わっただけの波賀村理事では、情報を活かす土台が違った訳だ。残念。しっかりしろとか、どうしたんだとか言ってごめんなさい。


「こちらの新鞍はプレイヤーですが、当然その存在は秘匿されています。派閥の中でも、私を含めて片手で数える程度しか知りません。……そちらの井ノ崎のように、派手な動きはさせていませんね」


 おいおい、波賀村理事派をあんまりディスらないで。承知の上だと思うけどさ、ギスギスしないで欲しい。


「長谷川教官。そのような些細な試し行為は無用です。波賀村理事は適切に負けを受け入れられる方ですよ。今さら西園寺理事を出し抜く気はありません。それよりも、井ノ崎君と鷹尾さんの先行きを心配されています。その辺りの話をしませんか?」


 市川先生は大人だ。でも、目が笑ってない。それに波賀村理事がめっちゃ悔しがってたのも知ってるから微妙だ。あの人、潔く負けを受け入れたりしてなかったよね? 割と駄々こねてたよね?


「ねぇ。教官たちは置いといて……少し良い?」

「もちろん。むしろこっちが本題だし」

「……申し訳ないんだけど、まずは井ノ崎君に確認したいことがあるんだけど……」


 新鞍さんがチラリとメイちゃんを見る。さっきまでの挙動不審な視線じゃない。僕もメイちゃんにアイコンタクト。若干能面顔なのは、今は気にしたら負けだ。すまぬ。

 

 黒い大人たちから離れて、少しお話をしようか。プレイヤー同士でさ。……ということで、他の面子とはちょっと離れる。逢引き(古い)だね。


「ごめんね。鷹尾さんはある程度の事情を知っているとは聞いてたけど、プレイヤーである君に、まず確認したいことがあるんだ」

「コッチも聞きたいことはあるけど、まずはソッチの話を聞くよ。それで、一体なにを確認したいの?」


 そうは言いながら、未だにチラチラとメイちゃんに視線で謝意を伝えている。この新鞍さんはやたらとメイちゃんを気にしている素振りが伺える。

 やがて気が済んだのか、深呼吸をしてようやく僕を真っ直ぐ見据える。そして言葉を放つ。


「君は“原作”をどこまで知ってる?」



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