第12話 かつてパーティメンバーだった者
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
塩原教官が望んでいるため、まず坂城さんとの邂逅を淡々と語る。主観や脚色はなし。彼女には残酷な話。ダンジョンの事を悪趣味だとか言ってられないね。僕だって大概だ。
「……で、そのモドキを倒した後のドロップ品がこの剣?」
「そうなります。坂城さ……モドキは『俺のことを気にもしていない様子なら渡すな』とも言っていましたね」
「……はぁ……そのバカさ加減は間違いなく仁そのものね……なに言ってんだか」
坂城さん。貴方のカッコつけ、呆れられてますよ? まぁ僕もちょっとどうかと思ったけど。
気にしていない訳がない。それに自分だって気にしてて欲しいって顔してたしさ。ホント馬鹿だよ。
「僕はダンジョンから戻り、市川先生に相談して、坂城さんのダイブ事故や塩原教官の現状を知りました。そして、今に至るというわけです」
「……なるほどね。市川先生の『特殊実験室』は知っている。今は別派閥らしいけど、スゥが……野里澄が担当だと聞いていたから。もちろん、彼女と私たちのことも知っているのよね?」
学園在籍時から同じ班。旧知の仲。
「ええ。坂城さんや塩原教官に接点を持つ前に袂を分かつことになりましたが……タイミングが良いのか悪いのか。かつてのダイブ事故が、野里教官のダンジョン狂いの一端なのかと妙に納得はしましたね」
塩原教官が徐に剣を手に取る。彼女の手には少し重そうだ。流石に怪我をすることはないと思うけど。
「これ、確かに強化前の仁の剣そのものね。細部まで覚えているわけじゃないけど、この柄のヘタレ具合は少し覚えてる……一体どんな仕組みなの? ダンジョン絡みで仕事している身だけど、こういうのを見ると本当に空恐ろしくなる。ただ、モドキとはいえ、また仁の想いに触れられたのは嬉しいけどね」
塩原教官のマナは優しく凪いでいる。坂城さんのことは、既に彼女の中で整理がついているのだろうか。
「僕からもよろしいですか? ……塩原教官は坂城さんがプレイヤーであることを知っていましたよね? パーティ登録も?」
「ええ。仁から口止めされていたけどね。ステータスウインドウだっけ? あの不思議なシステムも共有してた。……仁は自分は特別だとよく言ってた。だからダンジョンの深層へ行くって。その時は、私には家で俺の帰りを待っていて欲しい……なんてことも言ってたっけ。まさか自分が十五階層程度で死ぬとは思っていなかったはずよ」
坂城さんのことを話す彼女の表情は寂し気だけど柔らかい。そこには確かな情がある。同時に、彼女はちゃんと現実と向き合って歩いている。
「……ダイブ事故のことを聞いても?」
「ええ。構わない。もう私にはスゥほどの執着はないから……」
市川先生には後で怒られるかも知れないけど、塩原教官が良いと言うなら、聞けることは聞いておきたい。
あと、「パーティ登録」についても波賀村理事に説明しておかないとな。ま、内緒にしてた情報が一つ二つあったところで、今さら協力関係が崩れることもないだろ。
……
…………
当時、塩原教官はパーティ登録済みで、ストア製アイテムも装備していた。当然、坂城さんもそうだ。
あの日、十五階層のボス部屋へ行く前にクエストが発生した。クエスト名は案の定“プレイヤーの残照”。手抜きかよ。タイトル使いまわしじゃねえか。
ともかく、坂城さんと塩原教官は既に別のクエストを何個かクリアしていた為、特に疑問に感じず、そのままボス部屋へのゲートを潜った。まさかボス部屋にクエスト目標が居るとは思っていなかったし、僕の時とは違い、相手——恐らくこれまでにダンジョンで死亡したプレイヤーの模造品——も問答無用で襲撃してきたそうだ。
一目で異常を察知するも、そのヒトガタは強くて速かった。不意の先手をとられ、チームの連携が崩されてしまい……この辺りは部外秘資料の通り。
クエストモンスターを倒した後、即帰還したのも、当時の塩原教官では手に負えない重傷者がいた為で、遺体を放置したのは覚悟の上。この決断も塩原教官によるものだったそうだ。
ただ、その瀕死の重傷者の一人が野里教官であり、彼女は坂城さんをはじめ、命を賭した仲間たちを打ち棄てて逃げたことを、自分の所為だと悔やんでいたそうだ。もしかすると、その後悔は未だに野里教官の中にあるのかも知れない。
「こんな事は今さらだけど……出会い頭から、仁と私がちゃんとしていればやりようはあったと思う。“アレ”は確かに強かったけど、決して圧倒的な差があった訳じゃない。“アレ”が脅威だったのは初見の不意打ち、弱い相手を狙う、怪我をした他のメンバーを盾にする……そういう立ち回りを徹底していたから。あくまで、冷静に振り返ればの話だけどね。当時はそんな風には思えなかった。とてつもない強敵、悪魔だと……絶望した」
強い人だ。心の整理がつこうとも、辛い思いはあるだろうに。
「僕が出会ったモドキも言っていました『このダンジョンはバランスを調整されている』と。でも、だからと言って、ヒトは常に百パーセントが出せる訳じゃない。このダンジョンやシステムには、確実にヒトへの悪意があると思っています」
「……仁も言っていた。自分たちプレイヤーにとっても厳しいバランス調整がされているって。だから私たちには荷が重いとも。ふふ。何様なのッ!? ってブチ切れたのを覚えている。でも、彼の言い分は正しかった。プレイヤーの協力なしで深層へ進めるとは私も思えない。……ねぇ。井ノ崎君はプレイヤーなんでしょう? スゥを、野里澄をパーティ登録はできないの?」
ここに来て塩原教官のマナがざわめいている。あのダイブ事故の彼女の心残りはここか?
「こんなことを生徒である君に向かって言うのも照れるんだけどさ。私は坂城仁を愛してた。彼を喪ったのは悲しくて辛いけど、探索者である以上は心構えもあったんだ。流石に探索者は続けられなくなったけどね。私には仁への愛や思い出がある、彼から貰った分も含めて。……けれど、死んだ彼を思って泣き暮らすこともできない。私はもう仁のいない人生を歩いているし、この人生もそう悪いモノじゃないとも思いはじめている。
でも……野里澄、スゥは違う。あの子はダンジョンに囚われた。あの子の心は当時の惨劇の中だし、未だに“アレ”と戦うことを考えている。最近は更に酷くなってる気もするし。……もし、あの子がストア製のアイテムを使えるなら……!」
坂城さん。貴方の想い人は強い
「実は僕も野里教官のパーティ登録は考えましたけど……逆です。僕の方がフラれた側ですよ。あの人の心情は解りませんけど、僕に対しては敵意に近いモノがあったようですね」
「……そう……無理なんだ。……井ノ崎君は雰囲気がどことなく仁に似てる気がするし、心が逆立っちゃったのかもね。スゥは仁に対して複雑な想いを抱いていたから。性格は全然合わないしケンカばっかりしてたけど、たぶん異性としても意識してただろうし、仁の無慈悲な強さへの憧れもあったんだと思う。“アレ”との戦いの中で、自分を庇って仁が重傷を負ったこと、仁が“アレ”と刺し違える結果になったこと、遺体を持ち出せなかったこと……きっと、色んなことがごちゃ混ぜになってる」
おぅ。坂城さんも罪作りな人だ。野里教官の熱烈な執着まで世に残すとは。でも、残念ながらその辺りは僕では力になれそうにない。
そりゃ野里教官をパーティ登録できれば、ダンジョン探索の力にもなってくれたとは思うけど……当人が望まないことを強要はできない。何故か計ったようなタイミングですれ違ってるし。まぁ彼女は彼女で、目指すべき姿っていうのがあるんだろう。きっと。
「たぶん、野里教官たちとは何処かで衝突します。あの人の想いに付き合うとすれば、敵としてですね。ちなみに、先ほど無慈悲な強さと言われましたけど……坂城さんも魔物に対して、こう、実戦的というか、効率的な戦いを?」
「ええ。人が変わったようにね。本人は“自分を操作している感覚”なんて言ってた。普段は割とのほほんとした、どこかヌケた人だったからギャップは大きかったかな。……もし、スゥと敵対したとき、君も“そう”なるの?」
疑問形だけど塩原教官は確信している。僕が躊躇わずに野里教官を殺せる奴だと。坂城さんも同じだったのか。やはり“コレ”はプレイヤーの特性なのかな?
「確実にそうなります。僕は今回、友好的に会話を交わしたモドキを冷静に仕留めました。一緒にいたパーティメンバーはまともに戦えなかったのに……僕に躊躇はなかったです」
「……そう……なら、この剣は君が直接スゥに渡してくれない? 私には仁と過ごした思い出があるし、形見の品も他にある。過去への妄執を捨てられない、未だにダンジョンに囚われたままのスゥには、このモドキのコピーで十分。もし、この剣を見て何も想わないなら……スゥは本当にダメなのかも知れない。……お願いできる?」
若干面倒くさいと思ってしまった。ダメだ。塩原教官には真摯に応じると決めていただろ? あと、野里教官に対しても一応の恩義のようなモノも感じているのも事実だ。
「現状、普通に接触するのも難しいので……それこそ敵対して衝突する際になるかも知れませんけど、それでも良ければ……?」
「なおのことお願い。君にとってもその方が良いでしょ? もしスゥと敵対して、どうにもならないとしても……私との約束をちゃんと守って。必ずこの剣を彼女に渡して頂戴。……ね?」
そうか。僕はバカだ。塩原教官は野里教官のことだけじゃない。この僕のことも心配してくれている。野里澄と決定的に打ち合う前に、剣を渡す名目で話をしろと。
一瞬前の自分が恥ずかしい。僕は自分のことばっかりだな。塩原教官は本当に大人だ。僕みたいな、前世持ちのなんちゃって大人とは違う。
「分かりました。衝突の前に彼女にこの剣を渡します。……塩原教官は本当に良いんですか?」
「ありがとう。私は大丈夫。仁って整理整頓ができない人だったし、実は形見は山ほどあるの。それに私が愛したのは、ただの坂城仁であってプレイヤーじゃない。ダンジョンを象徴するようなこの双剣は……私にとっては仁の形見じゃないよ」
塩原真由美が愛したのはプレイヤーじゃない。坂城仁その人。
はは。全くもって野暮な話だった。
まぁドロップ品として剣が出てしまったから仕方ないんだけど、ゴメンね坂城さん。塩原真由美さんに縁の品を手渡すことはできなかったよ。でも、この結果なら許してくれるでしょ?
……
…………
その後、市川先生との機密事項に触れないという約束(守らない)のもとで、塩原教官と共に坂城さんの墓参り。本当のお墓は元々の故郷だけど、探索者用のダンジョンゲート付近には、ダンジョンで亡くなった方々の慰霊碑が祭られており「坂城仁」の名前も刻まれている。
「仁はいつも『なんだか違う気がする』ってボヤいていててね。高等部の卒業間際にプレイヤーに目覚めたというか、気付いたというか……『やっと分かった!』ってさ。いつもどこかにあった違和感が解消したみたいで、そこからはすごく活き活きしてた。私は私で、そんな仁に対して何だかよく分からないヤキモチを妬いてさ。いま考えるとホントにバカバカしいけど……そんな日々が楽しかった」
刻まれている名前にそっと触れ、塩原教官は優しい笑顔を浮かべている。
在りし日の愛しい想い出たちか。もし僕が逝く立場だったなら、残された人たちにはこうあって欲しい。もちろん、僕は塩原教官が今の心境に至るまでに辿った道を知らないから、本当に自分勝手な言い分だけどね。
「……プレイヤーである坂城さん。その彼と関わったことに後悔はありませんか?」
「ふふ。自分のことが心配になってる? 私に後悔はないよ。そりゃ仁がプレイヤーじゃなかったら……と考えたことはあるけど、それは意味がない仮定。私はただの坂城仁が好きだったけど、プレイヤーじゃなかったら、仁は仁じゃなかったとも思う。どこかを切り取ったり、貼り付けたり……そんなのあり得ないから」
ふう。見透かされたか。流石の大人の女性。ごめんなさいね、自分のことばっかりで。
「井ノ崎君。やっぱり君はどこか仁と似てるよ。ま、彼はもっとイイ男だったけどね。十年後に期待ってところかな。
大人として、経験者として忠告させてもらうと……君がプレイヤーだろうが、そうじゃなかろうが、周りの人からしたら関係ないから。もちろん、市川先生や波賀村理事なんかの黒い大人たちからすれば大違いかも知れないけどさ。
そう言えば仁も『ここに居て良いのか?』『俺なんかに関わっても碌なことにならない』とか……血迷ったことヌカしてた時期もあったよ。振り返ると流石に恥ずかしかったらしいけどね。チクチク思い出させていじめてやったもんよ。もしかすると、君もいまはそんな時期なんじゃないの?」
……はは。まさかの中二病扱い。いや、正しく中二病か。
周りの人には関係ない……か。経験者は語るってことなら、きっとそうなんだろうね。うん。
ありがとう塩原教官。先人の教えは参考にさせて頂きますよ。
:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます