第11話 プレイヤーに縁のある者
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坂城さんからのもう一つの伝言。
プレイヤーである琴海淳也さんへの謝罪の方は後回しになりそう。
というのも、既に琴海さんは学園を卒業して探索者として活動している。しかも、この第二ダンジョンではなく、別のダンジョンを主として活動しているらしい。
別にルールではないけど、大抵の探索者は卒業後も通い慣れたダンジョンでそのまま活動する事が多い。でも、琴海さんはそうじゃなかった。学園での班も一旦解散し、班員だった二人を引き抜き、三人で新天地となる広島のダンジョンで探索者登録をしたようだ。まぁ普通に考えて、その二人をパーティ登録してたんだろうね。
坂城さんの彼への謝罪を伝えるのは、僕が学園を卒業した後かな。もし会えたら、他のダンジョンにも皇さんの痕跡があったのか聞いてみたい。
坂城さんの件があってから、メイちゃんとは会っていない。連絡は取ってるけど。
今回の不意の対人戦……まぁ厳密にはヒトではなかったし、むしろこれまでに散々ぶっ殺してきたゴブリンと同じと言えば同じ存在だ。
それでも、外見は人そのものだし、言葉により明瞭な意思疎通が出来る相手。そんな相手と殺し合うのは、流石にメイちゃんにはショックだっただろう。いや、誰でもそうだとは思うけどさ。僕だってそうだ。まぁ僕の場合は、アッサリ坂城さんを殺せた自分に衝撃を受けたって感じだけど。
メイちゃんもショックを自覚しているようで、改めて家の道場……ダンジョン学園都市支部で剣を振る日々を過ごしているようだ。自問自答。よく悩んで欲しい。
パーティ登録をしたからと言って、無理矢理ダンジョン探索に付き合わせる気はない。
それこそ、君の選択を尊重するよ。メイちゃんが改めて教えてくれたことだからね。
僕の方もドロップアイテムをDPに変換したり、ヘルプ欄を読み返したり……まぁダンジョン絡みではあるけど、久しぶりのダイブ以外の日々。
ただ、頭の片隅では『レベル差も余り当てにならない』と、冷静にあの一戦を振り返ったりもしている。本当に度し難い仕様だ。悪趣味と言ってもいい。
ちなみにあの一戦の後、一気にレベル【一二】になった。スキルセットの枠も六つになったけど……レベル【一〇】を超えるごとに増えるのか? 普通、レベル【一〇】に到達した時とかじゃないの? よく分からない。
《生活魔法》《白魔法ⅱ》《纏い影ⅱ》
《影踏み縛り》《瞬影》《気配感知(大)》
とりあえずこういうスキル構成にしておいたけど、実はわざわざスキルをセットしなくても、何となくで使えるスキルもある。《気配隠蔽》や《威圧》とか……この辺も割と曖昧で謎。
クエスト報酬品の「良質な魔石」についても使い道が不明。DP変換をすると200にもなるけど、これは換金アイテム? 何らかの素材アイテムとか? 取っておく方が良いのか? こちらも悩む。
あと、気がすすまないけど、坂城さん達の死亡事故についても調べた。いや、調べるというほどでもなく、当時のニュース映像や記事、個人の考察まで、普通に検索で見つかった。
日本に限らず、この世界の探索者の個人情報はかなり強力に守られており、積極的にメディアに露出している者以外は一般的な検索では引っ掛からない。……にも関わらず、坂城さん達のダイブ事故は一般メディアでも大きく扱われたようだ。
参加したのは二つのチーム。「野里班」と呼ばれたチームの五名、「サイクル」というチームの六名で計十一名。
全体指揮はサイクルのリーダーである佐川というベテランが務めた。この佐川さんは既に十五階層をクリアしていたようだけど、その時は三十名以上で挑んでクリアしたそうだ。当時のダイブで、十五階層クリアの最少人数記録の更新を狙っていたみたいだね。
結果は失敗。リーダーの佐川さんも亡くなった。
死亡者の内訳は「サイクル」が四名、「野里班」が二名という偏りがあり、生存者の証言では、死亡したメンバーはボスと刺し違える形になったという。
当時から、無茶なダイブ計画、記録に固執し過ぎた、リーダーの名誉欲が事故を招いた、初挑戦のメンバーが多過ぎた、引き際を誤った……等々。かなりの批判があったようだけど……
当然のことながら、一般メディアに出てない情報もある。
秘された情報で大きいモノは、十五階層のボス部屋がいつもと違う状態で、フロアボスも違ったということだ。
挑戦者たちの違和感。まず帰還石が使えなくなった。そして、通常はオーガの筈のボスが、探索者を模したヒトのような魔物に変わっていたという。
そのヒトモドキは凄まじい強さで、邂逅の瞬間にまず一人が殺られ、抑えに回ったリーダーの佐川さんも次の一合で戦闘を継続できない程の深傷を負わされ、指揮もままならない状態。
他のメンバーは、すぐに勝つことから生き残る方向へ転換したものの、逃げ場がなく、坂城さんをはじめとした死亡メンバーでボスの相手を務めたらしい。
最終的には、瀕死の重傷を負っていた佐川さんが、その命を賭してボスの動きを止め、そこを叩いたらしい。ただし、実際にトドメを刺した坂城さんも、ヒトモドキの最期の反撃をその身に受けて落命する。まさに刺し違えた形だ。
ボスを倒したことで仲間の生死を確認するよりも、帰還石の使用が可能となった瞬間、生存者グループは脱出を優先した。
まぁソレは仕方ないことだろう。帰還石が使えないという状況が初めてのことだったらしいし、ボスの生死と関連付けて考える余裕は無かったのも分かる。もしかすると、帰還した後、冷静になって気付いた人も居たかも知れないけど……それはそれで苦しいね。
「これが六年前のダイブ事故の詳細ですか……」
「ええそうです。一般には公開していない部分の情報を含めて、それらが協会と学園の見解になります」
ゲートの誤作動。
長々と記載はあるものの、結局はその一言だ。
十五階層のボス部屋へのゲートが誤作動を起こし、違う階層あるいはボス部屋へ転送された。コレが公式な見解。
それ以外の見解について、僕には心あたりがある。クエストだ。それも“プレイヤーの残照”。ダイブのタイミングで坂城さんのクエストが発生してしまったんじゃないのかな? ……今さら言っても仕方のないことだけどさ。
「市川先生、ありがとうございます。部外秘の情報でしょうに……」
「構いません。機密度が高いわけでもなく、既に公然の秘密のような扱いの情報です。関係者である野里教官も聞かれたら答えているようですしね」
野里教官に直接聞くとはチャレンジャーだな。そんな奴いるのかよ……?
それは置いといて、本題だ。僕は資料を市川先生に返却する。
「塩原教官と会えるんですか?」
「ええ。過分に個人的なことであるため、直接出向いて、まずは私が塩原教官と話をしました」
おぅ。市川先生直々に……なんだかすみません。
「感情を交えずに事務的に『坂城仁の遺品』の話を伝えています。彼女は詳細を知りたいと希望し、可能なら遺品を引き取りたいとも言われていました。あくまで参考ですが……特に強い情動反応はありませんでしたので、話をしても大丈夫かと思います。しかし、決して踏み込み過ぎないようにして下さい」
「……ダンジョン内ほどではないにしろ、今の僕は“外”でもマナを感知でき、そのマナを通じて感情の起伏もある程度は分かります。もし話の途中で彼女の感情が大きく乱れるなら……当然切り上げますよ」
既に六年が経過しているから……そういう考えは絶対に許されない。
愛しい人を喪った悲しみを時が癒してくれることもあるだろうさ。でも、それはあくまでも「その人自身の時」だ。他人と共有する年数なんて記号に過ぎない。その人にはその人の時の流れがある。
もし、塩原教官が未だに悲しみの中にいるなら、無理に話を聞こうとは思わない。その程度の分別はあるさ。
たぶん、市川先生の心配はそういうことだろう。
「井ノ崎君。不思議です。君は喪う悲しみを知っていますね? それも多くの。君の経歴は調べましたが、そのような記録はありませんでした。さて……? ……いえ、これは聞かないことにしましょう」
「…………」
ありがとう市川先生。僕に違和感があるだろうに。気を遣わせたね。まぁ知らないフリをするのも大人の対応ってヤツでしょ。
僕には前世の記憶がある。今となっては前世の人生が本当のことだったのかも分からないし、やたらと鮮明な記憶というか、知識に偏りがあるのも分かっている。
まぁ生涯に渡って誰も、何も喪わない人生なんてありはしない。そりゃ別れの一つや二つはあった。
理不尽な自然災害、戦争、時代の流れなんてヤツに翻弄され、慟哭の中で死んでいく人たちも記憶の中で知っている。
少なくとも、ダンジョンがあるのと同じくらいには、前世の世界にも理不尽さが蔓延していたよ。
「面会場所はこちらで用意しておきました。先ほどは機密度が高くないとは言いましたが……それでも機密情報に違いはありませんから……」
申し訳なさそうな市川先生。こんなガキにそこまで気を遣わなくても良いのに。そこまで段取りをしてくれて、逆にこっちが申し訳ない。
……
…………
数日後。
塩原教官との面会場所はダンジョン学園の本棟だった。ただ、本棟とは言いながら、来賓用ではなく実務用オフィスの方だけど。普通に事務所の面談室って感じだ。
一応は一対一の形だけど監視の目はある。面会の様子も記録されるらしい。機密情報みたいだからね。まぁいいさ。どうせ何を言ったところで、波賀村理事が握り潰すだろうし。
「はじめまして。井ノ崎真です。『特殊実験室』という怪しい所属です」
「塩原真由美。救護部門の教官待遇だけど、要はただのヒーラーよ」
軽く挨拶をしてデスク越しに握手。
柔らかい手。武器を持たない手だ。治療行為のために
塩原教官。ゆるふわなショートヘアの童顔。見た目はおっとりとした雰囲気なのに、何処か鋭い印象を受ける。
「……坂城仁の遺品が出てきたと聞いたんだけど? コレがそうなの?」
冷たい声。単刀直入だ。そりゃとっととハッキリさせたいのも当然か。監視付きだしね。
彼女の視線はデスクに置かれた革の包みから外れない。それに……恐らく信じてないな。この人は遺品など無いことを確信している。くそ。もう少し事前の伝え方を工夫すべきだったか? 市川先生が悪いわけじゃないけど。
「ええ。こちらがそうですよ。まず確認して下さい」
僕はゆっくりと包みを解いて、二振りの剣を露出させる。鞘がない為、その刀身も剥き出し。坂城さんは愛用品のコピーと言っていたし、すぐに判別はつくだろう。
「…………はッ……! 随分と悪趣味な舞台装置だこと。今さらこんなモノを用意して、学園は一体何がしたいの? 今さら私に何をさせたいの?」
彼女の瞳が細く鋭く変化する。内心のマナも少し荒ぶっている。いや、マナを感知するまでもなく怒っている。とっとと説明しよう。
「すみません。正確には遺品ではなく、“遺品のようなモノ”です。僕もプレイヤーだと言えば、少しは話を聞いてくれますか?」
ピクリと反応。やはりプレイヤーの事は認識していたようだね。ごめんなさい。悪戯に貴女の心をザワつかせたいわけじゃなかったんだ。
「僕はプレイヤーであり、先日、ダンジョンで坂城さんを模した存在に出会いました。彼は自分はプレイヤーだったと名乗り、可能なら塩原真由美さんに自分縁の品を渡して欲しいと言っていました。それがこの剣です。あくまでコピー品であり、実際の坂城さんの遺品ではありません」
残酷なことを伝えている。ああ、もう少しなんとかならなかったのか? 誤魔化したい訳じゃないけどさ。
「…………」
「…………」
沈黙。
塩原教官が指でそっと刀身をなぞる。
坂城さんの姿を思い浮かべているのか……その瞳に浮かぶのは悲しみだけじゃない。
「……仁を模した存在……もしかして“アレ”と同じ?」
「……記録でしか知りませんが、僕には当時のヒトガタが……そういう存在なのだと感じました。先日出会った坂城さんと同じ」
彼女はいま、ただ坂城さんの死を悼んでいるわけじゃない。過去の詳細を知りたいのか?
「……はぁ…………仁がまともじゃないのは知ってたけど……まさか死んだ後にまで出てくるとはね。いいわ。話を聞きましょう。何があったのか教えてくれる?」
少し疲れたような微笑。でも、先程まであったマナの揺らぎが消え、確固たる意思のようなモノを感じる。適当な誤魔化しは許さないとでも言いたげだ。もちろん真摯に対応するよ。
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