第10話 タラレバ

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 坂城さんのマナが昂っている。そろそろか。もうどうしようもないみたいだ。


『……限界だ。分かっているな? まず、俺は一気に踏み込んで《スラッシュⅱ》の連撃を放つ。俺の得意戦法だ。恐らくプレイヤーである井ノ崎ではなく、そっちのお嬢ちゃんを狙う。今のうちに強化バフをかけ直して、防御系スキルも準備しろ。上手く行けば、初めの衝突を凌いでカウンターで終わる。寧ろソコが狙い目だ。一旦仕切り直して距離を取ると、俺は様子を見るために姿を消す。今の俺は不眠不休で活動できるからな。エリアをフルに活用した長期戦になるとお前らには不利だ。絶対にここで仕留め切れよ? いいな?」


 僕は静かに頷き、改めて《ディフェンス》《ヘイスト》を掛け直して《纏い影》を発動する。


「……イ、イノ君、本気で? 坂城さんと? こんなに意思疎通ができるのに……どうして?」


 メイちゃん。

 臨戦態勢ではあるけど流石に無理そうだね。当たり前か。ここは僕に任せて。


 僕が坂城さんを殺すよ。


 ふと、坂城さんのマナの質が変わった。

 ゆっくりと立ち上がる。その動きはまるで吊り上げられた人形のようだ。

 ああ、剣を抜いたね。あんなに人好きするような笑顔だったのにさ。もう表情も抜け落ちている。これがクエストモンスターである“プレイヤーの残照”か……さっきまでの、どこか軽妙さを感じる坂城さんはもう居ない。


 僕がそう認識した刹那、坂城さんのマナが弾け、事前のアドバイス通りに踏み込んできた。


 速い。


 本気の野里教官の上を行ってる。

 だけど……よーいドンで、しかもメイちゃん狙いの踏み込みと分かっているなら、フェイント込みでも十分に軌道が読めるよ。僕も既にプレイヤーモードになってる。なってしまってるから……くそ。


 流石にメイちゃんも反応。《甲冑》を全開で発動して一撃を凌ぐつもりのようだけど、動揺が隠せてない。マナが揺らいでる。

 大丈夫。僕が間に合ったから。

 彼が《スラッシュ》を発動するかしないかの刹那に割り込む。


 一閃。血飛沫。坂城さんの左腕を斬り飛ばす。


『……ッ!』


 どうだ? 鉈丸はよく斬れるだろ? ほらこっちだ。メイちゃんじゃない、僕が相手だよ。


 咄嗟の停滞。僅かな空白が場に生まれる。


 フレッシュゴーレムかフレッシュゾンビと言っていたけど、普通に赤い血が流れているのか。動き的に痛みは意に介してない。痛覚はないのかも知れない。


 自身のダメージと僕への脅威度からなのか、即座に逃げの姿勢。判断も早い。


 でもゴメン、既に遅い。

 もう僕は貴方の影を踏んだ。【シャドーストーカー】の《影踏み縛り》。

 その名の通りで、相手の影を踏んで動きを封じるスキル。

 レベル差があるからか、瞬間的にキャンセルされたけど……その一瞬で十分。


 僕は鉈丸を《纏い影》込みで投擲。


 反応は早かったけど……防御した右腕を切断しながら胸に直撃するのを確認。致命傷だ。


 終わり。


 もし坂城さんがストア製アイテムを装備していたら……?

 もし問答無用で不意に襲われていれば……?

 もし動きを事前に知らされていなかったら……?


 恐らく違う結果になってただろうね。僕達は勝てなかった。


『がはっ……! ……ごぼ…………!』


 血。命が溢れる。

 痛みは無くとも、機能は人間に準じていたのか。まともに呼吸もできず、膝を付いた。もう動けない。

 ただ、レベルなのか、魔物化の影響なのか、既に事切れてもおかしくない傷なのに、まだ生きている。


『……がッ……お、おい……思い……切りが……よ、良すぎ……だ……ろ……?』


 坂城さん。

 自我が戻ったのか?

 だとしても、悪いけどもう近付かないよ。今の僕が気を緩めることはない。

 ただ、貴方とはもう少し話がしたかったよ。


『……い、良い判……断……だ…………ド、ドロップ……た、た……のむ……ぞ……ま……ゆみ……に……』


 その瞳は完全に理性ある人のもの。その想いも。


 坂城さん。貴方とはほんの僅かな邂逅だったけどさ。ドロップアイテムが無くとも僕は彼女を探すよ。塩原真由美さんの近況をちゃんと確認する。その上で貴方の想いを伝えるから。


 現プレイヤーと元プレイヤー。

 静かな対峙。

 坂城さんの苦し気な呼吸も小さくなり、徐々に瞳の光が消えていく。


 絶命。命が溢れきった。もう取り戻せない。


 僕は彼をには、何も感じない。それが哀しい。ただ哀しい。

 坂城さん。僕は貴方を殺したくはなかったよ。何がクエストモンスターだ……ッ!


 静寂。場が止まる。これで完全に終わりだ。


「……イ、イノ君……こ、殺したの……?」

「うん。これは僕の役割だったから……」


 嫌だ。こんな役割いらない。なんでだよ。言われなくてもダンジョンの深層を目指すさ。でも、せめてもっとお手軽なクエストにしてくれよ。


「メイちゃん。これが僕の異常性。坂城さんを殺しても『仕方ないか、クエストだし』くらいにしか思ってない。魔物だったとしても、元々はヒトだった相手を殺した。それなのに、そのこと自体に何も感じなかった自分が怖い」

「……イノ君」


 ごめん。こんなことを言われてもメイちゃんも困るよね。あの時と同じになっちゃったね。


 気を取り直そう。

 坂城さんに近付き、そっと血濡れの体に触れる。

 まだ温かい。

 目を閉じ、僕なりに静かに彼を弔う。


 彼はどんな人だったんだろう?

 僕と同じく前世の記憶もあったのかな?

 この世界ではどんな風に過ごしていたんだろう?


 塩原真由美さん。彼が愛しく想っていた大事な人。その彼女を遺して逝くのは辛かったんだろうな。

 

 しばらくそうしていたら、やがてゆっくりと、物言わぬ坂城さんの全身が、光の粒になって消えていく。本当に魔物と同じだ。

 宙に舞う光の粒を眺めていた。

 しばらくはそのまま。

 決して長くはない時間が経過したあと、不意に、彼の使っていた剣がその場に残されていることに気付く。斬り飛ばした左腕の方をみると、そちらにも一振りの剣。

 これが坂城さんの……“プレイヤーの残照”のドロップアイテムか。


『おめでとうございます。クエスト、“プレイヤーの残照”をクリアしました。クリア報酬はインベントリをご確認下さい。それでは良いダイブを!』


 手抜きな感じのテキストメッセージ。だけど、今はこれで丁度いい。ファンファーレとか鳴らされると、もっとイライラしてたね。まぁテキストメッセージだけでも十分にムカついてるけどさ。


「とりあえず、帰還石で戻りましょうか?」

「……そ、そうだね。ゴメンね。私、役に立たなかった……」


 別に構わないよ。メイちゃんは何も悪くない。いきなりの殺し合いだったし、仕方ないさ。こんなクエストを寄越してくるシステムが、ダンジョンが悪いんだ。


 鉈丸と坂城さんの二振りの剣を回収して帰還石を発動させる。今度は特に問題もなく発動した。



 ……

 …………

 ………………



「……結局、あのクエスト? と言うのは何だったの?」


 僕も分からないんだけどね。

 ちなみに“プレイヤーの残照”の報酬は「良質な魔石」「マナポーション(大)」「身代わり石」の三つ。メインは「身代わり石」だろう。一度だけ致命的な攻撃の身代わりになってくれるという、名前そのままな効果。メイちゃんに持っていて貰う。


「正直なところ、僕にも分かりません。ダンジョンのシステムとしか言いようがないと思います」

「……坂城さん。あの人は元プレイヤーで、ダンジョンで亡くなった。そして魔物になった。ねぇ、もしかしてイノ君も……あんな風になっちゃうの?」


 当然の疑問。僕だって知りたい。


「それも分かりません。でも、同じくプレイヤーだった坂城さんが“ああ”なった以上、僕もダンジョンで死ねば……クエストモンスターとして延々とプレイヤーと戦い続けることになるのかも。まったく、悪趣味ですよね」

「……い、嫌だ! イノ君があんな風になるのは嫌……!」


 そりゃ僕だって嫌だよ。死後の世界がアレだと救いが無い。もしかすると、坂城さんが言っていたように、今の僕とは連続性のない、コピーされた存在になるのかも知れないけどさ。確認のしようもない。死んでからのお楽しみってか? イヤ過ぎるだろ。


 でも、今更だけど僕には経験がある。前世を経て“井ノ崎真”になったんだから……“次”の可能性だってある。コレは“僕”が選べることじゃないのは確かだ。


「メイちゃん、ありがとう。今から心配しても仕方ないことでしょうけどね。誰だって死にたくないのは当たり前だし……」

「…………」


 今回のこと、メイちゃんにはショックだったみたいだ。しばらくは休んだ方が良いかな? もし、ダイブを止めると言い出しても……それはそれで仕方ないだろう。


「メイちゃん。僕は坂城さんの伝言を果たします。塩原真由美さんを探す。だから、少しの間はダイブはお休みでも良いです?」

「……そ、それは! …………ううん。ゴメン、お休みで良いよ。……でも、私はダンジョンの深層を諦めたりしないからね?」


 うん。わかったよ。でも、無理はしないで。



 ……

 …………



 そんなこんなで、市川先生に相談。

 波賀村理事への《ディスペル》が功を奏したのか、あれ以来、市川先生は僕にとても好意的だ。ちょっとしたお願いなら聞いてくれる程には。なので、おねだりすることに。


「……坂城仁に塩原真由美ですか?」

「はい。詳しくは改めて報告書に纏めますけど、とりあえず、坂城さんもプレイヤーだったようです。既にダンジョンで死亡しているのは知ってます。今回、彼の遺品とも云うべき品をダンジョンで手に入れ、その過程で塩原さんの名前を知りました。もし良ければ遺品をお渡ししようかと……」


 あれ? いつもは『それくらいなら任せて下さい』と笑顔で聞いてくれるのに……何やら難しい顔。


「井ノ崎君。その情報はプレイヤーとしてダンジョンで知ったのですね? 彼のチームのことは知らない?」

「え、ええ。僕が知ったのは坂城さんと塩原さんだけで、チームのことは知りません。あ、坂城さんが十五階層で亡くなったというのも知ってます」


 何だ? チーム? この分だと、市川先生は坂城さんか塩原さんを直接知っているのか?


「私はオカルトの類は信じませんが、何やら因縁じみたものを感じざるを得ませんね。井ノ崎君。坂城君と塩原さんは確かに同じチームで、学生の頃から恋人同士だったと記憶しています。彼らは学園卒業後も同じメンバーで活動し、野里班と呼ばれていました。……リーダーは野里澄さんですよ」


 はぁ? よりによって野里教官のチームかよ。


「……六年前、他のチームと共同で十五階層超えに挑み、十一名中の五名がダンジョン内で死亡。一人が帰還後に病院で亡くなりました。一度のダイブ事故においては、近年では一番犠牲者が多い死亡事故となりました」

「帰還した人達も全員が無事だったわけではない?」


「はい。生存した五名も重症を負っていました。ああ、塩原さんは命を取り留めています。彼女を含めて、野里教官以外は探索者を引退する結果になりました。あの事故が野里教官の狂気を加速させた一因なのは間違いないでしょう」


 塩原真由美さんは生きているのか。野里教官のことも少し気になるけど、今はいらない。後だ。


「それで……塩原さんが今どうされているのか、調べられませんか? もし、事故のことを思い出して嫌だとか、吹っ切れて新たな人生を歩んでいるとかなら……無理にとは言いませんけど……」

「調べるまでもありません。彼女は、塩原教官はこの学園に居ます。学園の救護部門、ヒーラーの教官として働いていますよ」


 学園の教官か。

 どうなんだろう? 坂城さんの件を伝えるのは……


「坂城さんのことを伝えるというのは……?」

「流石に個人の問題ですからね。しかし、こちらでそれとなく話をしておきましょう。井ノ崎君がいきなり訪ねていくよりは良いでしょう」

「ありがとうございます。もし、野里教官絡みとかで面倒くさそうなら、別に構いませんからね?」


 野里教官。

 彼女のかつてのチームにもプレイヤーが居たのか。まぁ、だからどうした。というだけに過ぎない。でも少し考えてしまう。

 もし坂城さんのプレイヤーとしての目覚めがもう少し早かったら……

 もし野里教官がパーティ登録をしていれば……

 そんな余計なタラレバまで考えてしまう。坂城さんの時と同じだ。考えても仕方ないんだけどさ。


 恋人同士で同じく探索者。坂城さんは、少なくとも塩原さんのことはパーティ登録していたんじゃないのかな? そうだとすれば、彼女はプレイヤーのことを多少は知っているかも知れない。


 メイちゃんのこともあるし……プレイヤーの“パーティメンバー”からの話を聞いてみたい。塩原さんは一体どんな風に感じていたんだろう? プレイヤーのこと、パーティ登録のこと。

 いや、もちろん坂城さんのことが第一。あくまでついでなんだけどさ。


 会ってくれないかなぁ……



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