第8話 それぞれに

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 秋を過ぎ、冬の前。

 学園において長期休暇は冬季休みのみ。

 寮生たちは帰省を前にして心が逸る時期。

 それとは違う意味で心が穏やかでない者もいる。


「ヨウちゃんも?」


 八二のB組、佐久間班に所属していた澤成樹。サワ。

 彼の班は既に佐久間、堂上の二名がC組への転科が決定しており、班が再編されることも早くに決まっていた。しかし、同郷の幼馴染でもある川神陽子……ヨウとの別離はサワの中で想定していなかった事態。


「……うん。イノが所属する『特殊実験室』みたいな所に来年度から正式に所属することになった。獅子堂と共に。半分はペナルティみたいなモノなんだってさ。結局、佐久間さんと堂上、獅子堂の班の一人が転科になる。あと、獅子堂班の別の一人は、学園自体を辞めることになったみたいだし……」

「そ、それは……確かにそうだけど……」


 そこまでの事をしてしまったという後悔はある。でも、何もヨウや獅子堂だけが悪い訳でもない。そんな想いと、ヨウとの別離のショックが混ざる。


「そ、それなら俺にも責任はある!」

「……違うんだ。サワには言ったことあるでしょ? 私には“光”が視えるって話。アレだよ。実は獅子堂にも似たようなモノが視えてる。それもあって、私達が選ばれたっていうのもあるみたい。もしかすると、名目はどうでも良かったのかも……」


 なぜ俺は呼ばれない? イノの時だって……ふと暗い気持ちがよぎる。しかし、今のサワには暗い炎が定着することはない。


「……仕方ない……か。何だか、イノの時よりもショックだ。ヨウちゃんもだけど、獅子堂ともなかなか会えなくなるのか……」

「ゴメンね。でも今回の件、学園側の思惑はあるだろうけど、私には丁度良かったんだ。このままイノに置いていかれるのは嫌。追い付いて……いや、追い抜いてみせる。負けっ放しは性に合わないから!」


 あの一件以来、どことなく陰が差す表情。そんな中で久しぶりの彼女の笑顔にサワは少し心躍る。しかし、まだ彼には視えていない。ヨウの笑顔の奥にある、ドロドロとして昏いマナ。


「……俺もだ。探索者になって、イノと肩を並べてダイブする。負けてられない。獅子堂にも、ヨウちゃんにも」

「これからどうなるかは分からないけど……お互いに頑張ろうね」



 ……

 …………



 とは言ったものの、サワには自発的に頑張ろうにも、そのすべが失われつつある。

 まず佐久間班は解散状態で、通常のカリキュラム以外でダンジョンダイブが出来ない。本格的な班の再編も来年度となる見込み。ヨウや獅子堂のように学園側から個別に声が掛かる訳でもない。

 逸る気持ちはあるも、その気持ちの持って行き場が無くて焦る。さてどうするか?


「それで、なんで俺のところに来るんだよ? こっちは勉強で忙しいんだ」

「いや、そんなこと言うなよ風見。ダイブ中なのかイノにも連絡つかなくてさ〜話を聞いてくれよ〜」


 持つべきものは友。それも寮の隣室というシチュエーション。一方の友、風見の迷惑は全く考慮されていないが……

 そんな風見の迷惑を顧みず、サワはつらつらとこれまでの経緯を話す。一応、ペナルティに関しては守秘義務を課せられていたが、もはやサワの頭から抜け落ちている。



 ……

 …………



「……それで、結局ヨウちゃんまで別になってさぁ……」

「……いやいや、ちょっと待てよ。なにお前ら? そんな事になってたのか? イノに勝手に嫉妬して、襲撃したはいいけど返り討ちって……ダサ過ぎるだろ? 二年になってすぐの謹慎と入院って、それが理由かよ。澤成、お前何やってたわけ? 言い出しっぺは川神だったかも知れないけど、お前も普通に止めろよ」


 友の至極真っ当な指摘。心が改めて抉られる。分かってはいるつもりだったが、こうして客観的な話を聞くと、どれだけ考えても、あの時の自分はどうかしていたという結論にしかならない。穴があったら入りたい。サワの本音。


「……い、いやまぁ、そうなんだけどな……」

「挙げ句の果てに、川神は獅子堂って奴とお手々つないでサヨウナラってか? バカの極みだな。澤成、お前ってソコまで残念な奴だったのかよ……」

「……そ、そこまで言うかよ……俺だって、自分がバカなのが身に沁みたさ……でも、どんなにバカでも、イノとの約束を放棄はしない。探索者になって未知の階層に辿り着くんだ!」


 漠然とした探索者への夢。

 学園に来てからも、環境の変化についていくのに必死で、つい目先のことばかり。

 そんな時に『特殊実験室』の発表。

 自分では認めたくないと思いつつ、サワはイノを下に見ていたのも一つの事実。そして、そんなイノに先を越されていたことに心が乱れる。結果、バカな暴走を引き起こして今に至っている。

 しかし、病院でイノと話をした時、自分の中にあった漠然とした探索者の夢は消え、ハッキリと、目指すべき姿として夢が再構築されたのが解った。サワはその夢を諦めない。


「いや違うから。今はお前のバカさ加減の話だろ? イノとの約束やら探索者の夢とか知らん。澤成、お前本当に頭大丈夫か?」

「ぐっ。……風見、何か俺への当たりがキツくないか?」


 当然と言わんばかりの風見。

 机の上だけに限らず、部屋の中には所狭しと並べられた参考書に問題集、ダンジョン関連の資料など。コレが目に入らないか? 無言でそう訴える。


「……い、いや、悪かったよ。でも、俺だって……どうしたら良いのか……分からなくて……」

「……はぁ……とにかく、澤成の班は解散扱いで、いまは正規のカリキュラム以外でダイブ出来なくて訓練が滞ってる。さて、どうしようってことだろ?」


 文句や不満を言いながら、風見はサワの状況を整理していく。


「そもそも、どう足掻いたって班が再編される来年度までは、ダンジョンでの訓練時間が他より少なくなるのは仕方ないだろ? なら、ダンジョン以外で訓練しろよ。俺は詳しくないけど、教官の中には、個別に教えてくれたりする人もいるんだろ? なんなら、都市部にある道場みたいな所に通うとか?」

「……俺もそれは考えたんだけど……そんなことをしてて、ヨウちゃんに追い付けるのかなって……イノにはただでさえ差をつけられてるし……」


 なんだかんだと人の良い風見も、今のサワのウジウジ加減には閉口する。ただ、元々はこんな性格ではないことも知っており、今は色々とダメージを受けているというのも分かるため、流石にこれ以上は辛辣なツッコミもしにくい。しかし、風見は風見で、サワにとっとと出て行って欲しいのも事実。


「あのなぁ。イノの方は知らないけど、川神が天才肌なのは分ってただろ。コッチが十の努力で達成するところを、アイツは二とか三の労力で軽々超えていく。そんな奴と同じことして追い付くとか追い抜くとか無理じゃねえか? そもそもイノとか川神とか、相手を想定してる時点で気にし過ぎだろ。単純な基本の反復とか、今までのおさらい的な訓練とか……まずは自分が腐らずに続けられることをしろよ。元はと言えば、自分のバカさ加減が招いたことじゃねえか」


 熱を入れたようでも、結局は当たり障りのないことを口にする風見。正直なところ、俺に聞くな。というのが彼の心境に一番近い。


 そもそも身近な相手をライバル視し過ぎとも思う。


 風見はダンジョンアイテム関連の勉強をしているが、勉強は自らの知識や経験、発想にプラスとなることを吸収しているというイメージでしかない。確かに試験という、具体的な結果を求められることもあるが……彼にとっての学びとは、決して特定の誰かと競うものではない。そういう考えが根底にあるので、サワが吐露する「誰かに負けたくない」という気持ち自体がよく解らない。風見からすれば、相手がどうとかよりも、結局はいまの自分に出来る事をするだけのこと。


「……そ、それもそうだよな。探索者になるとか言いながら……人のことを気にし過ぎ……自分が腐らずに……か。なら、気分転換も兼ねて都市部の道場とか通ってみようかな?」

「おう。良いんじゃないか?(コイツ、俺の適当な話に乗ってくるなんて……マジでポンコツだな。逆に安心するぜ)」


 この日、サワは学園の許可を得て、都市部のとある道場の門を叩く。

 そこでは、自身を周りと比べることなく、愚直に基礎の反復訓練を続けることになるが……このサワの努力が、鷹尾芽郁の心を砕くことになるのは、まだまだ先の話。



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 少し時は遡り……

 野里が別の派閥と共に本格的に表にでる。新たな『特殊実験室』が立ち上がることが確定した頃。 


 この実験計画のサンプルとして、ヨウと獅子堂が選ばれたのには当然理由がある。


 まずはヨウたちが視覚化して認識している“光”や“炎”といった、まるでダンジョン内の《スキル》のような特殊な資質。限定的な未来予知なのか、他者の才能を感知する能力なのか、未だに不明瞭な点があるが、調べるに値すると判断された。


 次に、波賀村理事の派閥との対立からの選択。元々は野里が望んで持ち掛けたこととは言え、云わば計画の現場責任者を引き抜くという当て擦りの面が強い。選ばれたサンプルが、相手側のサンプルと因縁があるとなれば……波賀村理事側への強い対抗心が見て取れるというもの。


 学園内の派閥争いと聞けばスケールが小さいと感じるかも知れない。だが、ダンジョンの管理や探索者の育成は、国家が関与する一大事業であり、その事業を担う組織内のことと聞けば、苛烈な争いがあってもおかしくはない。


 とはいえ、過去はともかく現在においては、例え重大な計画であっても、強制的にサンプルを従えるようなことは“少なく”はなっている。

 ヨウと獅子堂に対しても、本人たちの意思確認が一応はなされた。野里澄その人によって。


「ふん。お前らにとっては好機だ。特に獅子堂はな」


 不敵な笑みを浮かべ、挑発的に獅子堂を名指しする。

 獅子堂自身も理解はしていた。この話は断れない……と。しかし、だからと言って唯々諾々と従う気もない。


「聞くだけは聞こう。しかし、そもそも何故アンタが俺たちの前に現れた? アンタはあの二人の教官だろ? そんなに簡単に裏切るのか?」

「裏切るとは心外だな。私はダンジョンの深層を目指しているだけだ。今のままではダンジョンの深層に届かない。だから別の手段をとっただけだ。少なくとも、波賀村理事の派閥よりも、コッチの方が“イイモノ”を手に入れられるからな」


 ガキに何を言われようとも。そんな思いが見え隠れするが、野里は淡々と獅子堂の問いに応じる。


「それにだ。鷹尾はともかくとして井ノ崎。問題はアイツだ。アイツは毛色が違い過ぎる。どこか超然として……死んだ仲間に似ているのも気に入らない。アイツが深層へ辿り着くとしても、その方法は私の好みじゃないのは確かだ。……私はなぁ、特別なナニかで深層へ行くんじゃない。血を吐くような努力をし、脳が焼き切れるほどの工夫や試行錯誤、自分の限界を薄皮一枚ずつ超えて……その上で深層に辿り着くことを目指しているんだよ。ただ強いだけ、ただ運が良いだけ、ただ特別なだけ。そんな奴らには興味はない。喜べ。川神と獅子堂は、私が直々に“凡人代表”として選んでやったんだよ」


 瞳には狂気が宿り、顔には嫌らしい笑みが張り付いている。


「……俺たちには、アンタが言う特別なナニかとやらはないと?」

「当然だ。お前らの持つオカルトな才能など、ダンジョンの中では誤差みたいなモノだ。だが、井ノ崎は違う。明確に違うナニかを持っている。ダンジョンを汚す輩さ」


 既に獅子堂は理解していた。目の前にいる野里澄という人物。彼女を理解するということは、自らも彼女と同じになるということ。獅子堂はきっぱりと理解を拒む。その上で、野里澄の手を取る。


「俺のような凡人でも、アンタらの実験計画に参加することで芽郁を超えることができると?」

「ありていに言えばそうだ。少なくとも、学園のカリキュラムに乗っかかるだけで、鷹尾に追いつけるはずもないと……お前は知っているだろう?」


 獅子堂は知っている。自らの未熟を。そして、横にいる川神陽子の才覚も。戦闘スタイルの差はあれど、獅子堂は自分が川神に勝てないことを知っている。


 しかし、あの時の彼女は、自らの利点を十全に発揮する形で井ノ崎へ挑み、あっけなく敗れたという。レベル差以上の差があったという川神自身の言葉も聞いた。


 恐らく、芽郁であっても井ノ崎には勝てない。それほどの差があったはずだ。その芽郁にすら完敗する自分では、川神の二の舞以下かも知れない……獅子堂は彼我の実力差を理解していた。


「俺は芽郁を超える。そして井ノ崎もな。そのために必要とあればアンタらの手を取る」

「良い判断だ。だが、この判断を良くも悪くも後悔させてやるよ。その上でお前に、鷹尾や井ノ崎を超える可能性を用意してやろう」


「(待っていろ芽郁。俺はお前を振り向かせてやる!)」


 ここにイノが居れば、全力で獅子堂を止めたかも知れない。それほどまでに、獅子堂のマナは“綺麗なまま”だった。女性陣、野里とヨウの、粘着質で重さを感じるほどの昏いマナを感じた後なら猶更。


「……それで野里教官。獅子堂だけで、私には何もないんですか?」


 昏いマナを瞳に宿したヨウが問う。


「なんだぁ? わざわざ誘って欲しいのか? 川神、お前は既に“コッチ側”だろう?」


 野里の笑みが深くなる。満面の笑み。


「あは! 私、野里教官のこと嫌いです。イノを超えるついでに、何処かで潰しますね?」


 そのセリフ、宿すマナとは一線を画す、陽の光のもとで咲く花のような笑顔。



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