第7話 別の道

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 結論から言えば、僕は波賀村理事という強力な後ろ楯を得た。

 僕の《ディスペル》では、ダンジョン症候群である《テラー》を完全には解呪出来なかったのは事実。ただ、大幅に異物マナを減じることはできた。もっとも、彼がダンジョンに足を踏み入れば元の木阿弥っぽいけど。


 犬や猫などにはまだ効果が残っているものの、人に対しての《テラー》効果はほぼ消えた。少なくとも成人相手には。特に波賀村理事への負担もない。快癒というよりは、寛解って感じかな。


 驚いたのが、この結果に対して、市川先生が滂沱ぼうだの様で歓喜したことだ。

 聞けば、波賀村理事の事実上最後のダイブの際、市川先生は同じチームの一員だったらしい。その階層に対して、まだ力量が伴わなかった当時の市川先生を庇う為、危険性を認識した上で呪物を振るい……結果、波賀村理事は許容量を超えた侵蝕を受け、ダンジョン症候群を発症したという。


 当時の波賀村理事は五十代で孫が産まれたばかり。しかし、ダンジョン症候群により強制的に《テラー》を撒き散らす為、以降は孫をその手に抱くことは叶わず、家族との交流も画面越しが主となってしまったとのこと。

 市川先生は自らの未熟を悔い、責め、今の関係性に落ち着くまでにも、様々な葛藤や摩擦があったという。


 人に歴史ありというヤツだね。

 ただ、当時の市川先生も詳細を知らされぬまま、リーダーだった波賀村理事の指示で呪物を持たされていたらしいし、何とも言えない。単純な良い話にならないのは確かだ。

 とりあえず、まだ異物マナを認識は出来なかったけど、念の為に市川先生にも《ディスペル》しておいた。


 現在、波賀村理事は七十代、市川先生で五十代。

 呪物に頼るヤバさは身に沁みており、野里教官のようなダンジョンへの“特別な熱さ”からも遠く、権力欲もそこそこで異常な執着という程でもない。僕からすればパトロンとしては願ったりだ。これ以上を望むのは贅沢というもの。


 ただ、もののついでみたいな感じで、野里教官との決裂が確定しちゃった……いや、していたというべきかな。


 聞きたくない。巻き込まれたくない。……では逃げられなかった。いい笑顔した波賀村理事が後日丁寧に説明してくれたよ。くそ。


「結局、野里教官は別の派閥にもコナをかけていたってことですか? 別に不思議じゃないし、裏切られた感もないのは何故でしょうね」


 あの人ならやりかねない。そんな負の信頼。


「彼女の……野里教官のダンジョンへの執着は異常だ。君が表した狂信的とはまさに言い得て妙だな。しかし、彼女の厄介なところは、正常なフリも巧く、交渉や根回しにも尽力し、その上で巧妙に立ち回っていたことだ」

「……既に別の派閥が推す実験計画に食い込んでいます。こちらの実験計画もサンプルごと引き抜かれました」


 ホント何やってるのあの人。僕やメイちゃんで満足しとけよ。いや、満足できないからこの結果なんだろうけど。

 少し寂しい。ちょっとは相談してくれても良いじゃん。

 しかも、新たなサンプルにヨウちゃんと獅子堂を選ぶとはね。当て付けかよ。

 僕のストア解放云々での野里教官への諸々は杞憂に終わった……既に終わっていた。かなり以前から野里教官は動いており、僕達はとっくに見切られていたようだからね。


「残念ながら今回はこちらの負けだ。これ以上は追求出来ない。完全にしてやられたという訳だ。そして、皮肉にも彼女が食い込んだ一派は『呪物』の研究に力を入れている。何処で呪物のことを知ったのやら……機密度は高く、今の若い探索者には都市伝説のようなモノなのだが……。知ってしまったからには、呪物を使えない私の下では不満だったのだろうがね」


 野里教官はサンプルごと別派閥のもとへ。しかも、波賀村理事たちが気付いた時には既に手遅れという手際の良さ。やるね。

 ただ、呪物を手にする為に、僕のストアの解放と彼女の派閥乗り換え……タイミングが良いのか悪いのか。


 野里教官。貴女が本気で願うなら、パーティ登録でも、ストア製武具の提供でも、僕は応じたのにさ。


 波賀村理事によれば、学園内の派閥争いと言っても、流石に血で血を洗うような真似はしないし、直接的な妨害や敵対行為まではしないのが通例らしいけど……野里教官がヨウちゃんと獅子堂を選んだ以上、これまでの慣習を守るとは思えない。いずれ何処かでぶつかる気がする。


「まぁ野里教官の動向には注意するとして、僕とメイちゃんはどうなります? このままダイブを続けても?」

「もちろんだ。今後、必要があれば市川が教官としても対応することになる。私のダンジョン症候群がほぼ寛解した事も含めて、こちらにも多少の手札はある。君たちを要らぬ争いに巻き込まないように注力するつもりだ。そこは信じて欲しい」


 汚いな〜大人って。信じるもなにも、僕らには波賀村理事たちを信じる以外に何も出来ないのは解ってるだろうに。

 いたいけな子供を精一杯守って欲しいものだね。


「川神陽子、獅子堂武の両名は所属していた班が再編されるどさくさで引き抜かれたようですね。恐らく、来年度には新たな『特殊実験室』が立ち上がることになるでしょう。既に理事会に素案が提出されています」


 静かに状況を説明する市川先生。

 あーやだやだ。メイちゃんはもう獅子堂に思うところは無いかも知れないけど、僕はヨウちゃんに関わりたくない。友好度の高さが妙に怖い。彼女の僕へのは、絶対に『友好』ではないだろ。

 はぁ。せめて「サワくんの足を引っ張るな」という約束は守られたんだと納得するさ。


「サワくん……八二のB組の澤成樹は?」

「別の生徒たちと班を再編することになりますね。この時期にはよくある話ですし……悪い影響だけでもありませんよ」


 再編か。佐久間さんと堂上君、それにヨウちゃんが抜けるわけだし当たり前か。あと、獅子堂の班も何人か転科したらしい。……別に僕だけが悪い訳じゃないけど、なんかゴメン。


「とりあえず、僕達はレベルアップに励みます。恐らく、一年足らずで六階層はクリア出来そうですが……正規のゲートを使う以上、卒業までは抑えておく方が良いですか?」

「……その辺りは他の派閥の動き次第だな。中には学園の基本ルールを変革しようとする一派もいる。私自身はあまり性急な改革を是とはしていないが……私の方が少数派となりつつあるからね」


 波賀村理事、出来るなら現状維持で頑張ってくれ。学園にいる間は、これ以上対人戦の経験は要らないからさ。


 流石に、僕は誰も『殺し』たくはない。



 ……

 …………

 ………………



 さて、今日も今日とてダンジョンだ。

 ……とは言いながら、メイちゃんとの擦り合せがメインだけど。


「……野里教官が武を……」

「……らしいです。しかも、ペナルティありな鉈丸みたいな武器を使わせる気かも知れません」


 ちょっとショックを受けるかな? なんて考えてたけど、メイちゃんの答えはシンプル。


「……それが教官や武の征く道ならそれで良い」


 メイちゃんマジ武人。天晴あっぱれだよ。


「は、はは。メイちゃんはブレませんね。僕、野里教官のことでちょっと凹んでたのに……」

「……自分の思い通りにならないからって、相手を責めるのは傲慢。……班の皆を責めていた、イノ君と出会う前の私のように」


 そう言えばそんな話もあったっけ。僕は伝聞だけど。


「……私はうまく行かないことを周りの所為にしていた。周りに合わせる努力もしなかった。その努力の仕方が分からないって言い訳していた。比べるのも失礼だけど、教官や武の選択は、あの時の私よりもずっとちゃんとしてるだろうし、考えた末のこと。でも……ちょっと上手く言えないけど、教官については……寂しいとも感じる」

「…………」


 メイちゃんは他者の選択を尊重できる。これは凄いことだと思う。

 前世というズルがあるのに、彼女に言われるまで気付かなかった……というか、自分の感情を優先して、相手のことをまるで考えてなかった。ダメダメだ。

 切り替えよう。

 野里教官、獅子堂、そしてヨウちゃん。違う道だけどエールを送るよ。

 そうだ。相手の選択が気に入らないからと言っても、変えられないモノは仕方ない。自分の受け取り方次第。

 君たちは君たちの道を征け。僕は僕の道を征く。

 まったく。メイちゃん様々だね。


「メイちゃん。打刀と脇差も強化しましょう。そして、それを使って六階層でレベル上げ。様子見はなしで」

「……え? 良いのかな? 私はアレほどの業物に相応しい使い手じゃない……」


 知るか。道具は道具。使ってこそだ。勿体ぶるのは止め。

 妖刀だろうが神器だろうが、使える物は何でも使う。じゃないとダンジョンの深層には辿り着けない。

 嫌なことがあった時、何かに没頭するのも良いでしょ?


「所詮は道具。前にも言ったけど、多分、ダンジョンではストア製武器を使うのが当たり前なんだと思う。僕はもう躊躇しない。メイちゃんが使わないって言っても、勝手に強化する。強化した刀を前にすればメイちゃんは目が眩むでしょうしね」

「……そ、それはもう言わないで……でも、うん。分かったよ。確かにイノ君の言うとおり。私たちに躊躇できるほどの余裕なんてない」


 DP:60


 残ってるDPを15ずつ使い『普通の打刀』『普通の脇差』を強化する。これで残りのDPは30。

 二振りの刀は、太刀の時と同じく、神聖さを醸し出す清い業物へと変貌を遂げた。名称についても吹っ切れたのか『鷹尾芽郁の打刀』『鷹尾芽郁の脇差』という潔い名付け。ついでに保留にしてあった太刀も勿論『鷹尾芽郁の太刀』だ。


「人のことは言えませんけど、何故にこの名を?」

「……この刀たちは、既に元の刀とは別物。そして、もう私以外が使うことはない。そうでしょう? それともイノ君は、この刀を別の誰かに与えて、その人と深層を目指す?」


 ここでも真っ直ぐな瞳。恐れ入ったよ。これもメイちゃんの覚悟か。


「いいえ。この先、仮にパーティメンバー……同志が増えることがあっても、この刀たちをメイちゃん以外が使うことはありません」

「……ありがとう。理由は知らないけれど、イノ君は『他人』を信じてない。でも、野里教官のことは割と信じてたよね? だからショックだった。違う? 見てて、私はイノ君に、鷹尾芽郁が同志だと認めさせるよ……きっと」


 メイちゃんは熱い人。知ってた。でも、それ以上に熱かった、熱苦しいほどにね。見た目は清楚系和風美人なのに、中身熱血系って……最高かよ。


 確かに僕は前世の記憶……というか、フラッシュバックみたいなものの影響もあって、他人と言うより、そもそも自分のことを信じていない。


 ただ、それでも今は……メイちゃんのことを同志だと思ってはいる。君が僕に認めさせるまでもなくね。

 それくらいには、僕の中でメイちゃんの存在は大きくなってるよ。

 例え君が別の道を見つけても、その選択を尊重して祝福するから。



 ……

 …………



 六階層の廃墟エリア。

 ストア製武器の試し斬りを兼ねた探索。


「……やはり全然違う。これなら六階層もすぐに踏破出来そう」


 もはやホブゴブリンを複数同時に相手しても危な気なく倒せる。……というかメイちゃんは出会い頭の一合で斬り伏せるのが基本みたいになっている。二の太刀要らず。流石に僕はまだそこまででは無い。


「ホブゴブリンをかなり早いペースで倒せてるからか、僕の【白魔道士Ⅱ】はもうクラスLvmaxに到達したみたいです」

「……あ、本当だ。それにしてもこのステータス画面、すごく便利だね。私も【武者:Lv9】になったけど、すぐに分かると効率的だしモチベーションも上がる」


 パーティ登録済みのメンバーは、ステータスウインドウを任意で呼び出す、インベントリの使用、ステータスの閲覧、自分のクラスチェンジに関しての操作……などが出来るようになる。メイちゃんも絶賛活用中だ。


 ただ、パーティ登録の後、暫くしてから「クエスト」という欄がステータス画面に出てきたのが気になっている。


 具体的な時期は、野里教官の離反を僕が認識した辺りだと思う。特にアナウンス的なモノもないし、ヘルプ欄にも詳細はない。


 クエストって、ゲーム的な“あの”クエストだろうな……特定の魔物倒したり、お使い的に色々な場所に行ったり、指示されたアイテム集めたり……とか?

 コレがプレイヤーとしての機能解放なら、野里教官の離反もイベントだったのか? それともパーティ登録メンバーとの本格的な行動がトリガーだったのか? 謎だ。


「このステータス……というか、プレイヤー独自の機能ですけど、もしかすると便利なだけで済まない可能性もあります。今更だし、同志であるメイちゃんにいちいち言うことじゃないかも知れないけど……先にゴメンナサイしておきます」

「……ふふ。全然ゴメンナサイな感じがしないけど?」


 一応メイちゃんに謝っておく。本気のヤツは彼女が望まないだろうから、あくまで軽くだけど。

 新たに出てきたこのクエスト。これが大筋の進行に関係ないフリークエスト的なモノなら別に良い。でも、クエスト失敗でペナルティが発生するとか、クリア必須な強制的なモノとかだと……メイちゃんにも迷惑をかけることになる。


 フリじゃないからね、ホント。頼むよ?



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