第6話 黒い大人と

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 あれから数日。

 ストア製の防御用アクセサリー『影の護り』は、特異領域ダンジョンを出ても効果があることがバッチリ確認出来た。

 あくまでほんの触り程度しかできなかった、特異領域外でのマナの制御がアイテムの補正により、ダンジョン内と同じとまではいかないけど、割とスムーズに行えるようになった。

 具体的にはマナの感知をはじめ、《生活魔法》《白魔法ⅰ》などの魔法スキルの一部を使用可能になった。流石に攻性魔法の《ホーリー》が発動したときは焦った。ダンジョンが存在するブッ飛んだ世界だけど、それ以外は普通の文明社会&法治国家だ。魔法スキルなんて、銃をぶっ放すよりもヤバい。ますます社会的な排除対象に近付いていく。


 ただ、魔法スキルでも外では使えないものもあった。ダンジョンではお馴染みの《纏い影》も何故か外では不可だ。


 マナの消費量なのか、練度なのか、それとも初めから外で使えるスキルは決められているのか? この辺の線引はよく解らない。


 とりあえず、バッドステータスの回復魔法スキルである《ディスペル》が使えるから良しとする。


 今のところ、ダンジョン症候群——ストア製武具のペナルティと思われる諸々——を何とか出来る可能性は、僕の手持ちでコレくらいだ。


 あとは野里教官に見つからず波賀村理事にコンタクトを……と悶々としていたけど、市川先生に話をするとアッサリとOKが出た。しかも野里教官シャットアウトで無問題。教官……もしかして何かやらかしたのかな?


 ま、それはそれとして、久しぶりの本棟。

 来賓用の方は相変わらず一昔前の洋画の世界だね。実務部の裏方は普通のオフィスだけど。

 一応『特殊実験室』は本棟ここの管轄だけど、僕とメイちゃんが呼ばれることは少ない。元々生徒が出入りする場所ではないらしいし、迂闊に立ち入ってダンジョン症候群の迷惑なパッシブスキルを喰らうのも不味いだろう。


 今回だって、どういう話になるかは判らないので、まずは僕一人だ。ストア製の武具云々はともかく、パーティ登録のメリット等はまだ明かすべきでは無いだろう。


 ボスの執務室。傍らには市川先生……いや、この部屋に入ると執事と呼ぶのが相応しい。実態は理事と秘書というだけなんだろうけど。


「市川の方から定期的に報告は受けているが、こうして実際に会うのは久しぶりな気がするね」

「そうですね。これまでだって、別に会うと言っても、野里教官の報告についてくるだけでしたし」


 波賀村理事と対面。

 今ならよく解る。波賀村理事の中に、本人のモノ以外の……異物的なマナが感じられる。この異物的なマナが《テラー》の発動に一役買っているんだろう。


「一通りの世間話からの近況報告といきたいが……必要ないだろう? さっそくだが具体的な要件を聞こう」


 実務派だね。いや、単に僕の焦りに配慮してくれただけかも知れない。ちょっとソワソワしてしまっている自覚もある。そりゃ波賀村理事にもお見通しだっただろうね。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてさっそく本題……と行きたいのですが、まず前提として聞かせてください。ダンジョン症候群の原因は、本当に判明していないんですか?」


 波賀村理事の表情に変化はない。

 市川先生も傍らに控えているけど、実はこの人も普通に素で強くて、薄っすらと暗部的な印象で怖いんだよなぁ。


 たっぷりと間を置き、溜息と共に波賀村理事が口を開く。


「……発症のメカニズムに関してはおおよそ判明している。症状の違いについては不明瞭な部分も多いがね」


 やっぱりか。僕の予想通りなら、発症原因が解らないなんてことはない。


「発症者は“超越者プレイヤー”が残した品々を使用していた……で、間違いありませんか?」


 表情はそれ程に変わらないけど、波賀村理事からは追加で軽いため息が出た。別に驚きなどはない。僕が気付いたってことに気付いていたってことかな。


「……その通りだ。今でも機密扱いだが、古い関係者、探索者でも古株の中には察している者も居る。我々はその品々を『呪物じゅぶつ』と呼んで管理している。私は剣の呪物を使用していたよ」


 原因が判明してるなら使うなよ。……とは言えない。この世界のダンジョン探索に関して、ポッと出の僕がとやかく言う資格はないってのは変わらない。


「……日本のダンジョン探索が停滞したのは、秘密裏に呪物の使用に制限を掛けてからだ。勿論、裏事情の中では比較的“浅い”情報だがね」


 つまり、裏事情の“深い”部分では、未だに呪物の使用は継続されている……ってことも有り得るのか。怖いよ普通に。


「それで、井ノ崎君は何処でその情報を? 野里教官を遠ざけたのは何故かな?」


 圧を掛けてこないで。目も笑ってない。腹黒い大人、マジで怖いから。《テラー》の影響とか関係ない感じだし。

 市川先生が重心を微妙につま先側に移しているのも気付いてるからな。臨戦態勢やめろ。


「……プレイヤーとしての権能が一つ解放されました。レベルなのか、階層なのか、時間経過なのか……そこら辺は不明ですけど。とりあえず、この権能により“既存の武器を強化”することが出来たのですが……その武具は僕以外が使うとペナルティが発生するというヤツでしたよ」


 インベントリではなく、生徒に支給されている謎テクノロジーのアイテムボックス的な収納袋から、『鉈丸』をゆっくりと出してテーブルに置く。

 妖しい業物。

 ダンジョン外でも存在感があるね。僕だって、自分の得物じゃないならあまり関わりたくない。それ程に妖しい雰囲気があり、気圧される。


「……ほう、逸品だな。確かに呪物と似た雰囲気がある……」

「波賀村理事、念の為にお手を触れなきよう……」


 流石の元探索者。頭のネジが外れてるのは変わらないのかもね。

 気負いなく手を伸ばそうとした波賀村理事を執事……市川先生が制止する。

 そりゃそうだ。懲りろよ。元々ストア製武器使って“そう”なったって、いま自分で言ったところじゃん。


「この武器は呪物? と呼ばれるモノと同じだと思うんですが……こんなモノを見せられると、野里教官が引き下がらないと思いましてね。ペナルティがあったとしても……」

「むぅ。確かに。彼女なら嬉々として手を伸ばすだろう。かつての私達のように。それに、彼女は彼女で“イロイロ”と動いているからな……」


 野里教官、やはり何かやらかしてるのか? まぁソコは深く聞くまい。巻き込まれたくない。


「……ええと。なので野里教官を抑えて欲しいのと……以前にお伝えしていた、波賀村理事へスキルの使用の件……《ディスペル》ですね」


 波賀村理事はさほど。でも、冷静沈着な市川先生がピクリと反応を見せた。主の身に関することは気になるのかな。


「……ダンジョン外でスキルの使用が?」

「はい。先程伝えた解放された権能により、僕のマナを底上げすることもできました。外でのスキル使用は実証済みです。ただ、これまでにもダンジョン症候群に対して《ディスペル》は実施しているでしょうから、あくまで気休めのお試し程度ですけど……」


 僕には視えている。波賀村理事の中にある異物マナが。

 この異物に効果を発揮するスキル。《ディスペル》が正解かは分からない。正解だとしても、レベル【一〇】でしかない僕の力量や練度で効果があるのやら……



 ……

 …………



 波賀村理事への《ディスペル》の使用を試すとこになったけど、まずは準備があるらしい。市川先生が各所に連絡し、その準備が整うのを待つことに。


 聞くところによると、ダンジョン症候群に対して、特異領域内で魔法スキルによる治療や解呪は幾度となく検証されてきたとのこと。まぁ当たり前だろうね。


 結果、治癒系のスキルが弾かれるような反応があり、何故か当人にかなりの負担を強いることになったらしい。

 しかも、ほぼ全てのケースで、誤差レベルの解呪効果しか認められず、とても『成功した』とは言い難い結果が残されたそうだ。


「井ノ崎君。君のことは理事会に報告はしている。しかし、それはあくまでサンプルの一人としてだ。“超越者プレイヤー”関係の情報はまだ私で留めている。……言いたいことは分かるかね?」


 此の期に及んでまで、ちょいちょい脅かすのやめてよね。

 要は便宜を図って欲しければ、それなりの結果・利益を出せってことでしょ? 大人が子供に言い聞かせる言葉かよ。


「逆に言わせてもらえれば、僕の方も波賀村理事以外の方に相談しても良いんですよ? ……まぁ現実的じゃないのは分かってますけど。出来るなら、お互いに望むモノを与え合える関係が続くことを願っていますよ。ホントに。少なくとも波賀村理事は、呪物がバラ撒かれるのを良しとはしないんでしょう?」

「ふふ。言うじゃないか。他の生徒が言えば、ただ背伸びをしたがっている印象しかないが……。君は、私と自分の立場を正しく理解した上で発言しているね?」


 当たり前だろ。ただの中学生が、この秘密結社みたいな学園の理事に楯突けるワケねぇだろ。結果は出すからちゃんと守って。マジで。

 波賀村理事は立場もあるし守る物も多い。非情な判断も出来るかも知れない。それでも、今回の件については野里教官よりは話が通じるし、動きも読みやすい。


 彼女はこういう時は駄目だ。損得勘定や合理的な選択、社会通念上の倫理を超え、自らのルールで物事を判断すると思う。一種の狂信者だ。動きが読めない……いや、ストア製の武器やアイテムを前にすると、確実にソレを得るために動くだろうね。どんな手を使っても。そういう負の信頼感が教官にはある。


 僕としては、野里教官のパーティ登録もやぶさかではなかったんだけど……如何せん、向こうからの友好度が低すぎ……はぁ。ちょっと凹む。僕、野里教官のこと割と好きだったのに。


「僕はただダンジョンの深層を目指せれば良いんですよ。これは自惚れじゃなく、近い将来にダンジョンの最高階層の更新だって出来ます。……かつてのプレイヤー、皇さんのように余計なコトに足を引っ張られなければ。あくまでこれは僕の妄想ですけど……事情を知る方々は、呪物をバラ撒かれたコトに心当たりがあるのでは? 皇さんに仕返しをされても仕方ないと……納得もしているのでは?」


 皇さん(模擬)からの情報になるけど、遅くとも一九八〇年にはオリジナルの皇さんはダンジョンへと姿を消していたはず。今から四十二年前だ。流石に直接の関係者たちは一線を退くか、既に鬼籍に入っているだろうけど……それでも今の関係者だって、皇さんへの扱いを知っているんじゃないかな?


 もう……僕には非道な人体実験の被験者となった皇さんしか想像できない。これが僕の妄想だと言うなら、是非ともちゃんと否定して欲しい。あるいは僕が信じられるようなカバーストーリーを聞かせて欲しい。


「……君は何処まで……? いや、今は言うまい。確かにかつての“超越者プレイヤー”への当初の扱いは過酷だったと聞いている。しかし、後に和解し、共にダンジョンの管理……学園や探索者協会の運営の礎を築いたとも伝えられている。彼が残した数々の武具も初めからリスクの説明はあった。リスクを承知で受け取った者が大半だっただけだ。……そのリスクは想像より厳しいモノだったが、それは私を含む使用者側の欲に目が眩んだ選択の結果に過ぎない」


 はは。僕と皇さんは違う。それに今は僕も子供だ。でも、『和解』なんてふわっとした言葉を信じるほど、頭お花畑と思われてるのは心外だよ。

 マジで波賀村理事以外の権力者に話を持っていこうかな?


 僕が心の中で波賀村理事への評価を下方修正していたら、執務室の内線が鳴った。準備が出来たらしい。準備と言っても、いざという時の為の医師や救急対応の段取りらしいけど。


「波賀村理事、即応できる体制が整いました」

「ああ。ありがとう。……さて、井ノ崎君。気休めのお試し程度という、ダンジョン外での《ディスペル》の実演をお願いしようか」


 少し緊張するな。でも、波賀村理事だってそれほど期待はしていないだろ。むしろ市川先生の方がそわそわしている程だ。かなり分かり難いけど。


「効果が無くてもガッカリしないで下さいよ? ……とりあえず、波賀村理事は胸が見えるように服を脱いで下さい。僕が感じる異物的なマナは心臓付近に集中しています。これも気休めですけど、ソコを中心にスキルを発動させますから」


 あれ? なんで圧を掛けてくるの?


「……君には何が視えているか……特級ヒーラーでもそのような事を指摘した者は居ないんだがね」


 はぁ? それは多分当たり前でしょ?

 俺、また何かやっちゃいました? ……っていうのとは違うぞ。


「あのですね、それはそうでしょ。まだ“外”だから落ち着いてますけど、ダンジョンの中だとこの《テラー》はかなり強力に作用するのでは? そんな状態で、対象者のマナを詳細に感知・観測なんてできるわけないでしょうに。今だからできてるんですよ。別に特級ヒーラーを超えるマナ感知が可能なわけじゃない。謂わば特性の違い。僕はプレイヤーという特殊な括りにいるのは確かでしょうけど、他を圧倒する程の能力はまだありません。そこは勘違いせず、正当に評価してもらいたいですね。かつての皇さんの幻影によって、僕を過大評価するのは、お互いが不幸になりますよ?」


 ちゃんと見ろ。そして過度な期待はするな。勝手な期待で拷問とかされたら洒落にならん。僕は一度でも一線を超えたら『和解』はしないぞ。殺るか殺られるかだ。

 いや、そもそも衝突しないに越したことはないけどね。誤解があるならまず話し合おう。お願い。いきなり踏み潰しに来ないでね?


「……確かにそうだな。まさか君の方からそんな意見が出るとは……」

「僕は自分の力や特性をひけらかしたい訳じゃないけど、隠すことで、勝手に期待される危険性もちゃんと認識してます。必要な情報は出しますし、意見も言います。少なくとも、野里教官のような狂信的なナニかはありませんから、まずは自分の身の安全を考えますよ。まぁどうしようもなくなれば、その時はその時ですけど。そうなれば、何となくの『和解』なんてモノは存在しませんからね?」


 余りに舐められるのもね。でも、言いたい事は解るでしょ?


「心に留めておこう。井ノ崎君とはちゃんと話が通じるから助かるな。ありがたいことだ。野里教官にも見習って欲しいところだがね」

「……お願いしますよ、ホントに。僕は普通に泳がせてくれるなら、普通にちゃんと泳ぎますから。あと、野里教官の諸々は巻き込まれたくないので聞きたくないです」


 野里教官、何をやらかしてるんだか……



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