第2話 後始末再び?2

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 サワくんからの頼みごと。

 要は佐久間さんの件について落とし前をつけろって騒いでいる連中が居て、その筆頭である堂上君と会って欲しいってことだった。


 今回の騒ぎ、サワくんは教官や先生にも相談したけれど、むしろ、僕と堂上君で決着を付けるなりなんなりすれば良いと突き放されたらしい。サワくんには、佐久間さんが怪我をするキッカケを作ったのは自分だという自責の念はあるけれど、教官たちの態度には流石に憤りを感じたようだ。ま、そりゃそうだ。


 堂上君もあの場にいた当事者の一人だし、会って話くらいはする。でも、肝心な要の“本当”の当事者である佐久間さん自身は一体どう思っているのやら。暴走するのはヨウちゃんや獅子堂だけにして欲しい。佐久間さんに対しての暴力の加害者である僕が言えたことじゃないけどさ。


 そんなこんなで数日後。

 僕は『特殊実験室』の野里教官と市川先生、あとメイ先輩にも報告の上で、堂上君に会いに行くことになった。

 学園内を走るオートな路面電車で、B組の八号校舎へ向かっている。案内役はサワくんと……ヨウちゃん。


 思うところはあるけど、表面上の付き合いくらいはするさ。実感は薄いけど、一応、前世ではひ孫がいる年代まで生きていた大人みたいだからね。僕は。


「いま聞いても仕方ないけど……堂上君は結局何て言っているの? あと、佐久間さんはこの事を知ってる?」

「堂上は『井ノ崎と話をさせて欲しい』とだけで内容は言わない。佐久間さんはこの騒ぎに気付いているけど、皆からは一線を引いてる。今日のことも知らない……はずだ」


 溜息交じりにサワくんが答える。何というか、かなり気疲れしている様子だ。大人たちがアテにならないから余計にだろう。


「……佐久間さんの件は別にイノが悪い訳じゃない。ただ私たちがバカだっただけ。それに、今の内に判って良かったとも思う。これが魔物相手の本番だったら……」


 横並びで座席に腰掛けているためか、正面を向きながらぼそりとヨウちゃんが呟く。何となく言葉に実感が籠っている。身に覚えがあるみたいだ。

 ヨウちゃんも、戦闘中は自信満々な感じでこっちの誘いにホイホイ乗ってきてたし……確かにあれが本番だったら不味かったとは思う。重傷を負わせた張本人である僕が口に出すわけにはいかないけどさ。


「なぁヨウちゃん。あれから佐久間さんに連絡はとれた?」

「ううん。今は誰からの連絡にも応じてくれないみたい」


 静かに首を振るヨウちゃん。質問をしたサワくんも期待はしてなかったみたいだけど、それでもちょっと落胆している。割と苦労性な感じだ。


 ちなみに、ヨウちゃんはアレから多少は大人しくなったようだけど、謹慎が明けた後も以前と同じようにB組での訓練や授業に参加している。ただ、サワくんの話では、ダンジョンでの訓練においては、これまでよりも集中して取り組むようになったらしい。


 今日だって、僕に会うなり改めて謝ってきた。『自分がバカだった』と。そして『前のようには出来ないかも知れないけど……私なりに頑張ってみる』ということらしい。


 良い傾向だ。


 サワくんと共に、ヨウちゃんにも頑張ってもらいたい。そんな風に思う……はずだった。


 その淀んだ暗いマナを感知してなければね。まるで変わってない。いや、むしろ悪化している。サワくんと違い、ヨウちゃんの反省は表面上の態度だけだ。


 君は君の道を征けば良いとは思うけど……ただ、明らかにそのマナはダメだと思うよ。何故か僕には解る。あの時の獅子堂も大概だったけど、いまのヨウちゃんの方が酷そうだ。


 どこに向かってるのか知らないけれど、目指す場所に辿り着くまでに何とか修正できることを祈ってる。


「……事前に内容が分からないし、堂上君の望む結果に繋がらなくても許してね?」

「当たり前だ。……何かあったら、俺が堂上を抑えるから」


 さてさて。堂上君は何を思うのかな? 僕としては、本当は佐久間さんに謝りたい。もちろん、彼女自身がそれを望むならだけど。流石にこっちの都合を押し付ける気は無い。


 学園内を走る路面電車はかなりスムーズだけど、それでも微かにリズミカルな振動はある。心躍らない用事が待っている時は、その振動が止まるのが心惜しいとさえ思う。だからと言って、そんな僕の願いが叶う筈も無く、遂に目的の停留場へ到着してしまう。僕の溜息も一緒にだ。


「嫌だなぁ……。そりゃ佐久間さんの怪我は確かに僕が悪いけど」

「ううん。本当に悪いのは、自分勝手な拘りを捨てられなかった私と獅子堂。サワも含めて、他の子たちは引っ張られただけだから……堂上には何度も伝えたんだけどさ……」


 ヨウちゃん。それは甘いよ。

 そりゃヨウちゃんは表面上では殊勝な気持ちでそう言えるかも知れない。でも、その言い分を認めてしまうと、君たちを止められなかった堂上君にも非があることになるよ。当然、佐久間さん自身にもね。


 意識的かは知らないけれど、堂上君は“誰か”をワルモノにしたいんじゃないのかな? まぁ後は本人へ直接に聞くけどさ。


「堂上は先に着いている。訓練室で待ってるってさ」


 さらりとサワくんが発する。待ち合わせは訓練室……って、おいおい。それ完全に殺る気マンマンだよね? なに平然としてんの? サワくん、少しは疑問を持てよ。


 モダンな建築物の本棟とは違い、八号のA・B組用校舎は、容量こそ大きそうだけど、普通の学校と同じような造り。ただ、訓練用なのかグラウンドの大きさと数は普通じゃない。あと、体育館的な建物も見えるだけで三つはある。いちいちスケールがデカい。


 聞いた話だと、今から訪れる訓練室は特別で、入口を封鎖したゲートが設置されており、特異領域ダンジョン内と同等の動きが可能になっているらしい。……はは。やっぱり、コレは完全に殺る気だよね?


 ま、まぁ当然のことながら、そんな特殊な訓練室は生徒だけでおいそれと使用の許可なんて下りる筈もない。……だったのに、何故か今回はすんなりと許可が下りたそうだ。


 オカシイだろ!? なんでだよ! だからサワくんはちゃんと疑問を持てよッ!


 まったく何だよこれは?

 波賀村理事たちのパワーゲームの影響か?


 少し小さめのグラウンド、その隅に半地下構造で設置されている特別な訓練室……別名「井ノ崎ゼッタイ殺す部屋」に到着。三名様のご案内で〜す! ってか? まったくやってられないよ。


 訓練室の扉を開けて目に入るのは、完全にダンジョン内装備を身に纏った堂上君。流石に得物は抜いてないようだけど。


「なッ!? 堂上! どういうつもりだ!」


 いやいや。コレは普通に予想出来たよね? むしろ驚いてるサワくんにビックリだわ。実はポンコツなの? あるいは鈍感系主人公か?


「ねぇ堂上。私が言えた義理じゃないけど……本気?」


 僕の前に出て、静かにマナを練るヨウちゃん。

 そうか。訓練室ここは既に特異領域ダンジョンの中と同じか。


 どこか重厚感のある、暗く淀んだマナがヨウちゃんの体内で渦巻く。


 マナの性質はともかく、単純な練度は以前の比じゃない。この短期間で凄いね。ヨウちゃんはやっぱり天才系主人公っぽい。その才能は適切に、健全な事に活かしてもらいたいと思う。


「……川神。澤成も。まずは落ち着けよ。これは、お前らが思っているような事じゃない。説明するから」


 サワくんやヨウちゃんのリアクションに比べると、堂上君は極めて平静だ。佐久間さんの仇をとる! ……みたいなテンションじゃないのは確かだね。


「まず……俺は堂上伊織。八二のB組で川神や澤成と同じ班だ。今日は無理を言って悪いな」

「改めて、僕は井ノ崎真。実は一年の時、ゴブリン解体ショーで堂上君と佐久間さんがサポートしてくれてたよ」


 かなりの距離を保ったままだけど、お互いに自己紹介。


「そうなのか? ……実は数が多くて覚えていない……悪い」

「別に気にしないから。それを言うなら、今回は僕が謝る方でしょ?」


 堂上君。今の所は特に敵意も害意も感じない。彼は極めて冷静。落ち着いている。


「……あの場にいなかった奴らが騒いでいるけど、俺は井ノ崎だけが悪いとは思っていない。だから、別に謝ってもらう筋合いでもない。佐久間とは、初等部から班も同じだったし、ペアの訓練で組むことも多かったから……そりゃ、今回のC組への転科にも思うところはあるけど……」


 堂上君のマナは凪いでいる。本当に僕が思っていたような“そういうこと”ではないみたい。

 なら、この訓練室とそのダンジョン装備は何の為だろ?


「なぁ。まずは何も聞かずに、あの時、佐久間の顎を砕いた投石……もう一度やってくれないか? 俺の後ろに佐久間がいると仮定してさ」


 そう言いながら、堂上君はマナを練り構える。武器の有無以外はあの時と同じ。まるで後ろにいる佐久間さんを庇うように立つ。


 サワくんとヨウちゃんに緊張が走るけど、僕は手で制す。


 この行為にどんな意味があるのか僕には分からない。でも、それを彼が望むなら付き合う。話がしたいなんて言いながら、どうせ仇討ち的な襲撃だろう。……なんて風に勝手に想像していた詫びも込めて。


 当時とは【クラス】が違うけど、レベルは同じだし、まぁそこまで大きな差はないと思う。

 あとは可能な限り、あの時と同じような呼吸、動作を再現する。


 僕は後衛を見つけた。堂上君がそれに気付いて前に出る。それを確認した上で、振りかぶりながら、石をインベントリより取り出し、佐久間さんに狙いを定め、マナを込めて……投じる。


 過去の一連の動作、その流れをなぞるように。


 僕の手を離れた石が、佐久間さん(仮)を目指す。その顎を打ち砕く為に。


「……ぐッ!!」


 でも、結果はあの時と違った。


 投石に反応して、一歩を踏み出した上で伸ばされた腕。

 投じられた石は過去の軌道を辿らず、マナを纏った堂上君の右前腕に弾かれ、宙を舞う。

 ほんの少しの静寂の後、離れた場所でかつりと石が落ちた音がする。


「……は、はは。なんだ、やっぱり防げたのか……」


 強化していたとは言え、レベル差もあるし堂上君は腕にダメージがあるはず。でも、特に気にした風でもない。自分の中で何かを噛み締めているみたい。今の一連の流れで、彼の中で腑に落ちるものがあったのか?


「お、おい。堂上、腕は大丈夫なのかよ……? かなりの勢いだったけど……」


 おっと、空気を読めないポンコツ(暫定)のサワくん。余韻も何もあったもんじゃない。もう少し待ってよ。まだ堂上君がナニかを思う時間でしょ。


「…………腕は痛いに決まってるだろ。でも大丈夫だ。これでスッキリしたよ」

「……あの時、動けなかった自分に?」


 問う。ヨウちゃんには、彼の行為の意味が解ったみたいだ。

 堂上君は、咄嗟に動けなかったあの時の自分のことが許せなかったのかな?


「ケリをつけられた。これでハッキリもした。俺は探索者に向いていない」


 真相は何だかよく分からないまま。だけど、堂上君が良い顔してるのは分かったよ。



 ……

 …………



 ヨウちゃんが《治癒功》で堂上君の腕を回復させているその間、ぽつりぽつりと彼が語る。


 曰く、あの時、僕の敵意を前にして「後衛を護る」という自分の役割を果たせなかったこと。

 佐久間さんが血塗れで倒れ伏した姿を見て、咄嗟に「自分じゃなくて良かった」と思ってしまったこと。

 あと、佐久間さん程ではないけど、攻撃を前に身が竦んでしまうのは自分も同じ。今はまだ誤魔化せているだけということ。

 そんな諸々が積み重なって、自分が許せなかったということ。


 そう。彼ははじめから誰かをワルモノになんてしていなかった。堂上君はずっと自分を責めていた。


「……他の騒いでいる奴らはまだ知らないんだ。一方的にやられる側に立つ恐怖を。でも、良いか悪いかはまだ分からないけど、俺や佐久間はその恐怖を知ってしまった。もう無理だ。獅子堂や川神、澤成も。お前らみたいな奴しか探索者を目指せないんだと思う」

「…………堂上」


 あの一件の謹慎処分中の段階で、堂上君もC組への転科を希望していたそうだ。騒いでいるクラスメイト達を刺激しないように、その辺りはこっそりと教官や先生に相談していたとのこと。良かった。生徒の諍いに無関心な教師たちは居なかったんだね。


 今日だって、実は訓練室に教官は配置されている。何故か隠れてるけど。流石にこの特別な訓練室を、生徒だけで使わせる程の杜撰な管理はしていないみたい。


 僕もちょっと被害妄想を抱いちゃったよ。もしかすると、学園の派閥争いの煽りだったんじゃないか……とかさ。


「騒いでる連中には俺から言っておくよ。内部進級の繋がりだからな……澤成には迷惑を掛けたけど、俺から言えば少しは収まるとは思う。さっきので踏ん切りがついたし……井ノ崎も悪かったな」

「まぁ僕の方に直接の実害はないから別にいいよ。ただ、出来るなら佐久間さんに謝罪だけは伝えて欲しい。あの時は障害を排除するという一点だけで、同じ学園の生徒相手という認識がなかったんだ。冷静じゃなかったんだと思う。佐久間さんをあそこまで傷つける必要はなかったのに……ごめんなさい」


 嘘だ。いや、佐久間さんを傷付けた謝罪の気持ちは本当。でも、あの時の僕は至って冷静だった。


 冷静に、効率的に、一切の遠慮もなく、佐久間さんを傷付けた。そして、サワくんを殴り、ヨウちゃんの腕を折った。獅子堂班の二人に対しても同じ。彼らに暴力を振るうことを躊躇うことはなかった。


 やはり“僕”はおかしい。

 普段は前世の人格が主だけど、どこか操作されイジられてる感が拭えない。元々の“井ノ崎真”とも、前世の人格とも違う。まったく別の性質がある。更に“ソレ”をあまり気にしないっていう僕もいる。客観的に考えるとどうかしてる。


「……分かった。井ノ崎からの謝罪は伝える。……ただ、勝手な話だけどよ……俺も佐久間も、これ以上は関わりたくないんだ。本当に悪いと思うなら……俺達の前に、もう姿を見せないでくれ」

「ど、堂上! そんな言い方は!」


 サワくん。気持ちはありがたいけど、それは仕方ないことだよ。


「いいよ。当然のことだ。さっきの投石の再現のこともあったんだろうけど……本当は、今の言葉を僕にぶつけるのが今日の“話”だったんでしょ?」

「……すまない。俺は自分のことが許せない。でも、それでも……佐久間をあんな目に遭わせた奴に、良い感情もない……!」


 ぐっと歯を食いしばりながら、自分の気持ちを苦し気に吐き出す。

 堂上君、君はすごい奴だよ。もっと感情的に僕を罵ってもいいのに。

 そもそもの原因を作った獅子堂やヨウちゃん、サワくんについても、堂上君はちゃんと感情を飲み込んでいる。本当にすごいことだと思う。大人でも出来ない人が多いことだよ。


「いいんだ。僕はそれだけのことをした自覚はある。佐久間さんや堂上君の進路を歪めてしまった負い目も。もう堂上君たちの前に姿を出さない。少なくとも、自分の意志では。サワくんもヨウちゃんも、これで良いでしょ?」

「……イノ、お前……」

「イノがそれで良いなら。そもそもの原因である私に……何かを言う資格はないよ」


 さて。後は堂上君たちの時間だ。

 僕はもう一度、堂上君に頭を下げる。そして、頭を上げると同時に、彼に背を向けて一人訓練室を出る。



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