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第1話 後始末再び?1
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初めて五階層をクリアして六階層に到達した日。僕としては皇さん(模擬)に出会った日という方が印象深い。
聞いてはいたけど、実際に六階層に足を踏み入れた時は流石に驚いた。
六階層からは廃墟フィールド。
しかも古代とか中世じゃない。都市部の廃墟。コンクリートジャングル。なんだよこのチョイス。
電気やガスといったライフラインは当然停まっており、周囲は静かで暗い。草木に覆われたビル街。放置された自動車。めくれたアスファルト。途中で崩れた高架の高速道路。人の営みの残照があちこちに見受けられる。
まるで、ある日いきなり人間が消え、数十年が経過した世界のようだ。アフターワールドって感じ。そんな世界をゴブリンや獣系の魔物が跋扈している。
六階層から始まる廃墟フィールドは、実在の都市が元になっているらしく、それが十階層まで続く。この構成は他の国、世界中のダンジョンでも同じ。
アメリカならアメリカの都市、ドイツならドイツの都市が廃墟になっている。ちなみに、日本には四つの大規模ダンジョンがあるけれど、各ダンジョンで出てくる都市は違うという仕様。芸が細かいね。
廃墟フィールドを専門に研究する学者も多く、ダンジョン内の機器の製造番号や自動車の車種の調査、実際の住所と照らし合わせた測量などが盛んに行われているらしい。
結果、ダンジョンは今現在の都市を忠実に再現していることが判明している。つまり、いま僕らが踏み込んだ六階層は、この世界の二〇二二年の都市が廃墟と化したフィールドだ。本当に意味が分からない。壮大過ぎだろ。
忠実に都市を再現しているため、ダンジョン内の自分の部屋を訪れてみた! みたいな企画動画は鉄板らしい。ちょっと面白いかも? と思ってしまったのが悔しい。
あと、ある場所に物体を設置し、ダンジョン内でその物体の経年変化を確認するみたいな研究もあり、製造系の大手企業とかが大真面目に参入していたりもする。何というか逞しい。
ただ、この廃墟フィールドに限らず、ダンジョン内のオブジェクトは外へ持ち出すことは出来ない。持ち出せるのは、あくまでドロップアイテムや採取ポイントで取得した資源、宝箱の中身などだ。その辺の線引きは厳しく、小石一つ持ち出すことは不可能。ゲートを潜ると無くなっているという。一部のアイテムを除き、持ち帰れるのは想い出だけ。……と、旅行会社のコマーシャルみたいな仕様のようだ。
まぁ僕とメイ先輩のレベルだと、動画撮影だとか、研究だとか、廃墟フィールドの観光だとか……まだまだそんな余裕はない。そんなのを普通にこなせるのは、平均レベル十五以上の高ランクな探索者チーム。最低でも野里教官くらいにならないと、この廃墟フィールドを満喫はできないってこと。
恐らく、この廃墟フィールドが学園に在籍する間のメインフィールドになる。「ストア」の解放はまだ少し先になりそうだね。
……
…………
………………
「しばらくは安全地帯から離れられないですね」
「今は三体以下しか相手にするな。目当ての編成じゃない奴らからは全力で逃げろ。せめて鷹尾がレベル【一〇】になるまではな」
「……野里教官の時はどうでしたか?」
駅ビルの中にある安全地帯で優雅にティータイム……もとい作戦タイム。
とりあえず、ホブゴブリン単体を狙って一当たりした。流石に今の僕では一撃のもとに……という訳にはいかない。相手の武器によって違いはあるけど、メイ先輩であれば、一瞬のタメが取れるなら一撃必殺も可能。ただし、あくまでそれは一対一の場面を作れた場合。乱戦の中にホブゴブリンが混じっていると心許無い。
「私の場合は集団での攻略だったからな。五人編成の班が二つ。平均レベル【一〇】くらいだったはずだ。そもそも六階層の踏破は、高等部の卒業試験のようなモノだ。……ふっ。当時の仲間たちで、卒業後もそのままチーム組んでいたものだ」
野里教官がふと遠い目になる。昔の仲間。たぶんだけど、その仲間が全員揃うことはもうないんだろう。
「……十人のチーム。やはり二人ないし三人では厳しい……」
「まぁ当たり前だ。言っておくが、私はまだ参加しないぞ? 私が入るとお前たちのレベルアップが遅くなる。せめてレベル【一三】くらいになって貰わないとお互いに旨味がない」
チームやパーティ内メンバーのレベル差による経験値の減少。具体的な数値などはないにしても、その辺りも周知されている。
そして、この世界において、高レベルの探索者が低レベルの者を引っ張る……所謂パワーレベリング的な行動は何故かタブー視されているらしい。効率や安全性を考えると有用だと思うんだけど……その辺りは常識の範疇でもあり、探索者の間ではかなり忌避感が強いらしい。迂闊に根掘り葉掘り聞いてはいけない空気まである。
僕は体感的にゲームシステムを思い起こすけれど、何故かこの世界ではRPG……ロールプレイングゲームがさほど発展していない。某国民的ゲームである、ドラゴンがクエストな奴とか、ファンタジーでファイナルなディストピア的な世界観がフィーチャーされやすいゲーム等は世に出ていない。……前世の記憶がいい感じにバグってる。
かと思えば、赤い帽子とオーバーオールな中年配管工が、爬虫類的な魔王に攫われた、桃な姫を助けに行くアクションゲームはあったりする。前世の世界とこの世界はパラレルワールド的な感じなのかも知れない。
「とりあえず、今日のところは帰りますか? メイ先輩の【武者】のクラスLvを上げるなら五階層の周回、何ならボス戦を繰り返しても良いですし……無理に六階層に挑む必要は無いでしょう?」
僕の提案はおかしな所はなく、ダンジョン探索としてはごく常識的だったはず。
「はぁ……ツマラン奴だなぁ……」
「……イノ君。……挑戦しないの?」
いやいやいや、無謀なダイブは推奨しないとか言ってたじゃん。なに言っちゃってるのこの人。あと、メイ先輩、武人を通り越してちょっと脳筋入ってるから。いや……武人は脳筋で良いのか?
「はいはい。安全策安全策。まずはレベルアップが先でしょ?」
「……イノ君。自分のときはすぐに悪ノリするくせに……」
うぐっ。というか、今のはメイ先輩のボケ的なツッコミだったのか? 相変わらず間合いがよく分からない……。
「まぁ今回は井ノ崎の言い分が正しいな。……ツマラナイ案ではあるがな。とりあえず今日のところは戻るか。帰還石が勿体ないから、五階層の石板で戻るぞ」
「ツマラナイ案で悪かったですね。さっさと階層ゲートへ戻りましょ」
「……私も安全策はツマラナイと思うよ」
こいつら……そんなこと言うなら「ストア」の武器を貸さないからな。まぁまだまだ先の話で、今のところは何の保障もないけどさ。
……
…………
………………
結局、メイ先輩がレベル【一〇】に到達するまでは五階層で粘る事になった。
A・B組より高頻度、少人数でのダイブの為、多少レベルアップは早いとは言っても、やはりそれなりの時間が掛かると見越している。本来の学園の課程でも、一学年で一〜二レベル上げるペースみたいだし。
正規ゲートの利用は、野里教官の付き添いが必須だったけれど、五階層のボスを倒したことにより理事会からオッケーが出たみたいで、僕とメイ先輩だけでのダイブも解禁となった。当然、野良ゲートを利用しての完全ソロダイブはダメなままだけど。
僕らのお守りから開放された野里教官は、空いた時間で色々と調べ物をしているらしい。出来るなら、なるべく怖い敵を作らないようにして欲しいと願うばかり。
ある日『セカイハアイニミチテイマス』とか言いながら、完全に洗脳済みな感じで現れたりしないでよ? マジで。
僕とメイ先輩は、そんな教官の暗躍をよそにレベルアップ作業の日々を過ごしている。ちなみに僕は一旦【シャドウストーカー】はお休み。【白魔道士Ⅱ】へクラスチェンジして《白魔法ⅱ》の会得を目指している。
野里教官の話では、レベル【一〇】の壁を超えるのに手こずる人が多いそうだ。でも、あくまで当事者の体感ではあるけれど、レベル【一〇】の壁を越えれば、以降は比較的レベルアップしやすくなるとのこと。まぁ僕は聞いていたよりはあっさりとレベル【一〇】に到達したけど、まだよく分からない。
レベルの壁を超えても、次は十五階層が壁となり、ソコを超えないとレベル【二〇】への到達は難しいという設定のようだ。
魔物を倒してもレベルが上がらなくなる。
階層を進めようにもレベル的に厳しい。
そのシビアなバランスを変えるのが、「ストア」の品々らしい。あくまで皇さん(模擬)情報だけど。
まず、目先のことに注力するとして、僕とメイ先輩は三日に一度くらいのペースでダイブを繰り返していたんだけど……
そんなある日、学生証にサワくんから連絡が入った。
サワくんたちの謹慎自体は割とすぐに解けたらしいけど、僕達『特殊実験室』への接触は、念の為に緩く制限されたままのはず。
学生証の立体映像的なメールによると、連絡自体は教官や先生の許可を得ているらしく、一度会って話がしたいとのこと。
サワくんに会うのは特に問題ない。いや、僕だって会って話はしたいさ。でも、な〜んか嫌な予感がする。
……
…………
「サワくん、久しぶり……と言う程でもないかな?」
「そうだな。ただ、そっちも忙しそうだけど、こっちもバタバタしてたから……久しぶりに感じる」
サワくんのマナは安定している。名前の通り、どこか樹木を連想させるような、どっしりとした気配がする。まだまだ若木ではあるようだけど。
ただし、そんなマナの性質とは別に、今のサワくんは少しソワソワしている。僕への話の内容故のことなんだろうね。流石にそれくらいは察する。
しばらくの間、当たり障りのないダンジョンの話。学園の座学の話。風見くんやヨウちゃんの近況の話。
基本は僕が体験談を話して、サワくんが時折感想や質問を挟む感じが多かった。もちろん、これはこれで楽しく過ごせたんだけど……性格的にも割とハッキリしてるサワくんが、ここまで言い淀むなんてね。
「……それで、本題であるサワくんの話は?」
「あ、あぁ。……そうだよな。じ、実はな、ちょっと頼みがあって……」
頼み。
たぶん、サワくん自身の頼みじゃないだろうね。誰かからの頼まれごとかな。
「……あの時……俺たちがイノたちを待ち伏せして……俺たちの班のリーダー、佐久間さんって言う女子なんだけどさ。……彼女は、ほら、イノにさ……」
「……僕が投石をまともに喰らわせた。あの佐久間さん?」
佐久間さんの件か。
心が痛む。やり過ぎた自覚はある。事前に獅子堂班の一人に同じことをして、回避行動が取れない実例を見ていた。なのに僕は、佐久間さんが躱せないことを承知で……明確に顎を狙って一撃を投じた。
「彼女が?」
「あ、彼女自身がどうとかじゃないんだ。い、いや、まぁ結局は彼女のことなんだけどさ…………」
内部進級組。ダンジョン学園初等部からの生え抜きの佐久間愛佳さん。
中等部一年の頃から、サワくんやヨウちゃんとは同じ班。
後衛アタッカーであることと、指揮能力が班の中で高かった為、班長……リーダーを務めていたそうだ。
そんな佐久間さんだったけれど、あの一件で心が折れたらしい。
僕は知らなかったけれど、ダンジョンの親和率はこういう時には効果を発揮しないみたい。つまり、怪我への恐怖心とかだ。
ダンジョンの中で、ゴブリンを生きたまま解体しようがPTSDを発症することはない。でも、だからと言って、危険信号でもある「恐怖」を感じない訳ではないという話。
振り返ると、僕はその辺りもぶっ壊れている気がする。……ダメだ。余り深く考えると、またトリップしそう。今は考えるな。
「……佐久間さんがB組を外れることになったの?」
「あ、あぁ。でも、イノの所為じゃないから! 俺達がルールを破った結果なのは分かってる! ……ただ、一部というか、内部進級の奴らがザワついてるのも確かなんだ」
サワくん曰く、佐久間さんは攻撃を受けそうになると身が竦んでしまい、ダンジョンでの戦闘行為は危険と判断された。結果、戦闘以外のダンジョン内活動を目的としたC組へ転科というか、移籍することで調整中らしい。
「……騒いでる連中に対して、教官や先生も我関せずの姿勢だし、俺やヨウちゃんで諫めていたんだけどさ………」
「……抑えが効かなくなりそう?」
学園側は生徒同士の諍いは放置か。もしかすると何らかの意図があるのかな。知らんけど。
というか、ヨウちゃんも抑えにまわっているのか。あの時の淀んだマナからすると、むしろ率先して扇動しそうな雰囲気だったけどな。
「佐久間さん自身は何も言わないけれど、一番付き合いの長い堂上……あの時は佐久間さんの前にいた奴なんだけど……そいつが、一度イノと話をさせろって言ってるんだ……」
堂上君か。
多分だけど、彼はあのバカ騒ぎには反対していた気がする。途中からは明らかに戦意を放棄していたけれど、今になって振り返れば、最初から積極性は無かったようにも思える。
「はぁ……あの場に居た当事者なら、別に話をするのは良いけど……。一応あの件は『申請と違う階層へ立ち入った』ということでの処分でしょ? 騒いでる他の連中も実情を知ってるの?」
「俺たちと獅子堂の組ではみんな知ってるよ。俺やヨウちゃん、獅子堂の暴走が原因だってことも。でも、内部進級の連中は仲間意識が強くてさ……どうしても、佐久間さんを被害者として見てる。……加害者はイノじゃなくて、俺たちなのにさ…」
なるほどね。後始末再びか。
あの時の行動について、反省はしても後悔はない。僕は降りかかる火の粉を払っただけだ。もちろん、結果に対して罪悪感は抱いているけど、仮に同じ状況になっても、僕は似たような行動をとると思う。
……そうは言っても、前途有望な子供の進路を歪めてしまったこと自体は、全くもって不本意ではある。あ、ヨウちゃんや獅子堂については別枠。あいつらは自業自得の範疇。当然サワくんもだけどさ。
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