第24話 川神陽子

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 私には“光”が視える。


 物心ついた頃から、私にとっては当たり前のことで、他の人にはソレが視えないことに暫く気付かなかったのを覚えている。


 きらきらとした光の粒。

 それは天啓。

 体を動かすとき、光の粒がキラキラしてる部分に力を入れたら良いんだ。

 ときに光が流れる。

 そうしたら、その光の流れに沿って、手を、腕を、膝を、足首を動かす。それだけで、私には誰も追いつけない。


 細かい作業だって同じ。指や手首の動きを光が導いてくれる。

 勉強も同じ。光がキラキラする部分に思考を向けたら良いだけ。


 それだけで誰も私に敵わない。


 勿論、大人には敵わないこともあるし、年上の子にも負ける事はある。でも、そんな時に相手を視ると、全然キラキラしてない。私の方が光でいっぱい。


 いつの日か、この光が“才能”って呼ばれるモノじゃないかって考えるようになった。

 だって、光がない人はそれなり。光がある人は優秀。すごく判りやすい。


 幼馴染のイノには殆ど光がない。妹の花乃ちゃんの方は光で覆われてるくらいなのに。

 サワはその花乃ちゃんよりも凄い。私と同じくらい? ううん、そうじゃなかった。サワの光は変わらないけど、私の光は少しずつ輝きを増していったから。

 風見にも光があるけど、奥に仕舞われている感じ。単純に体を動かすとかじゃない。多分、研究者とか学者みたいな感じだ。


 そう。私には“光”が視える。

 だから、私には何でも出来た。両親が勧めた習い事なんかは、あっという間に一番になった。すぐに渇く。つまらない。


 続けたら?


 周りはそうは言うけど、いつまで経っても同じだよ。光を追うだけの作業。そんな作業を延々繰り返すなんて冗談じゃない。

 でも解ってた。渇くのが嫌だからと言って、常に新しいことに挑戦し続けることは出来ない。いつかは何かを選ばないといけない。

 どうせ同じような作業なら、せめて、うんと難易度が高いモノ。皆が憧れるモノが良い。それなら渇くまでに時間が掛かるでしょ?


 探索者は私にとって都合が良かった。

 誰もがなれる訳じゃない。ダンジョンという過酷な環境を往く、一握りの特殊な人たち。

 探索者だったら、渇くまでにかなりの時間を要するはず。それに渇いたらまた別のことをすれば良い。探索者ならそれくらいの我儘は許されるだろうし、次に何かをするにしても、その資金を稼ぐことも出来るだろうから。


 意外にも、イノにもダンジョン学園の編入資格があった。

 私の周りには光が相応しい。光のないイノは本来は私に相応しくない。でも、両親同士の、家族ぐるみの付き合いだし、妹の花乃ちゃんは、私の友に相応しいだけの光がある。イノはただのオマケ。そう思ってたんだけどな。ダンジョン学園の編入資格は光に関係ないみたい。


 そうかと思えば、サワや風見という、他の子達よりは光がある子が選ばれている。当然、私も選ばれた。サワよりも編入に必要な数値が低かったのは納得出来ない。


 でも、サワは私に相応しいから許す。私には少し劣るけど、やはりサワの光は綺麗だ。話をしていても心が踊る。一時のことだとしても、渇きを忘れられるのは嬉しい。


 ダンジョン学園では、周りを見れば光に溢れている。凄い。もしかすると、ここなら渇かないかも知れない。


 探索者になれるのはA・B組だけ。特別。当然私は選ばれた。この光が溢れる学園においても、私の光は一際輝いている。でも、流石というべきか、私よりも強い輝きもあれば、鋭い光もある。今まで見たことがない色の光だってあった。


 ここでなら……その願いは現実になった。


 獅子堂武。

 彼の光は凄い。輝き自体は私の方が上だけど、光が渦巻いている。彼は自らの意思で光の導きをある程度操作できた。本当の天才。そう思った。


 しかも、彼は私と同じ。光が視えていた。正確には、彼に視えているのは炎だそうだけど、その意味するところは同じ。


 初めて獅子堂と出会った実習。

 ひょんなことから班同士で共闘することになったけど、獅子堂と私は動きが似ていた。その時は、まさに同じと言っても過言じゃなかった。おかげで、戦闘中の位置取りが被って、少し危ない目にも遭ったけど。


 人とは違うモノが視えている者同士、私と獅子堂は意気投合した。

 もしかすると、コレが私の初恋だったのかも知れない。サワの時とは違うドキドキがあった。


 でも、獅子堂には想い人がいる。一つ年上の幼馴染みで、鷹尾芽郁さん。

 イノという私の幼馴染みとは違い、鷹尾先輩は刃のような鈍い光を持ってた。獅子堂には一振りの炎の剣に視えていたみたい。


 彼女なら仕方がない。そう思えるくらいの光。獅子堂が惹かれるのも解る気がしたよ。


 獅子堂は鷹尾先輩に真剣勝負で勝ちたいと願っていた。たぶん、男の意地みたいなモノなのかな? 彼女を超えてから、自分の想いを打ち明けたいって。酷いよね。それを私に言うなんてさ。


 いつの間にか、渇きを覚えない日々にも慣れた。ううん。渇きがない事にも気付かなくなってたんだ。たぶん、充実してるっていうのは、こういう事を言うんだと……そう思ったの。


 光に溢れた同年代の子たちと過ごす。これが私の望んでいた普通なんだ。ふと気付いたら、嬉しくて涙を流してたこともある。


 中等部の二年に上がるとき、獅子堂が荒れた。

 あの鷹尾先輩がB組から外れた。つまり、探索者の道が閉ざされたってこと。信じられない。あれだけの光を持つ人を外すなんて。

 特に大怪我をしたとかはない。表向きは家庭の事情だけど、家族ぐるみで付き合いのある獅子堂はそんなのを信じてない。


 獅子堂が荒れているとき、何故か光を持たないイノに腹がたった。コイツは自分の無能をまるで嘆いてない。

 ダンジョン学園まで来て、日々を浪費している。学園に対して消極的だった風見ですら、自身の光を活かす道を歩いているのに。

 何故こんな無能がのほほんと過ごし、獅子堂が苦しむんだ? イライラする。


 直接問い質すも、逆に問いを返された。光が無い癖に口応えするなんて!

 鷹尾先輩の望み? 思い? 光の無いお前に言われたくない。

 結局、八つ当たりだ。それは解っている。でも、この時もイノに違和感はあった。

 あれはダンジョン学園に来て、本当の組が決まった後くらい。あの時くらいから、イノの印象がブレる。何故か“視えない”。光を持たないのは知っていたけど、視えない訳じゃなかったはずなのに……


 どういうこと? 『特殊実験室』? 二人だけが所属? 鷹尾先輩と……イノ? なんで? イノには光が無いのに?


 今度のイライラは、前みたいな間接的なモノじゃない。直接イノに対してだ。

 光が無い分際で……私に何も言わないなんて!

 鷹尾先輩なら良い。でも、イノは違うでしょ? ねぇ、サワもそう思うよね?


 イノの分際で……光に愛された私が、お情けとは言え、身近に接してあげてた恩を忘れたわけ? 私のことを無視するなんてね。


 ダンジョンでも同じことが言えるのかな?


 ダンジョンの中では、更にハッキリ光が視える。

 相変わらず鋭い光。鷹尾先輩は流石だね。

 対して、イノも相変わらずで光が無い。あれで鷹尾先輩と肩を並べる? 冗談でしょ?


 獅子堂の光が今日は更に強い。鷹尾先輩を超えるため……少し胸が痛い。でも、獅子堂の想いを叶えてあげたい気持ちも本当。

 サワの光はいつもよりも輝きが薄い。教官相手だから? それともイノが相手だから? これだから光が視えない奴は。あんなのを友人と思ってる時点でどうかと思う。光を持つ者に相応しいのは、同じく光を持つ者なのにさ。


 ほら、今だって光が私を導いてくれる。無防備なイノの胸元に光が流れていくよ。この光を辿ればそれで終わり。デカい口叩いてんのに! 無様だね! イノ!


 あれ? なんで?

 ちゃんと光の流れを辿ったのに?

 どうして鷹尾先輩がここに居るの?

 

 あ! 逃げなきゃ!


 えっと……あれ? イノは? どこに行ったの?


 あ、居た。えーと……光は? あれ? 光の流れが視えない?


 サワ! ダメだよ! その動きは光が通ってない! ほら! やっぱり! なんでなの!? イノにやられるなんて!

 あぁ!? 佐久間さん! なんで避けられないかなッ!?

 ほらッ! ミノちゃんは回復急いで!

 堂上はなんでイノに当たらないの!? 動かないと!


 サワ! やったのッ!?

 アレ? サワ、違う! 真横にイノが居るからッ!


 あれ? まただ。光の流れが視えない?


 イノが獅子堂の方へ行こうとしてる。

 えーと。ダメ。イノ、今は獅子堂が鷹尾先輩を超えるところなんだから!


 さっきのはやっぱり勘違い。

 ほら! 光の流れが今度こそハッキリ視える! イノ、これで終わりだね!


 くッ! なんで!? 光の導きの通りだったのに!

 次は!? さっさと出てよッ! 光! 遅いじゃない!


 コレもダメ!? いや……そうか! 今までのはオトリ。これが本命の光!

 イノッ! 私の左手を掴んでるけど……ここは私の間合いだよッ!


 ……

 …………なんでよ。何で通じないの? 光の流れのままに動いたのに。

 あれ? イノ? 両手にマナが……ぎゃぁぁぁッ!? 痛いぃぃぃッッッッ!!!?


 なんでなんでなんで!!?

 イノが私に! どうしてこんな酷いことするのッ!?


 イノッ! なんで私を無視するの!? イノのクセにッ! コッチを向けッ!


 あぁ! 獅子堂! そ、そんな……獅子堂が……鷹尾先輩はそこまでの光なの?

 くッ! イノッ! い、いや、いまは獅子堂のところへ……


 どうして? どうしてなの? 獅子堂の光も、私の光も……鷹尾先輩に劣るわけじゃない筈なのに……



 ……

 …………

 ………………



 私はイノに負けた。

 あの時は、あり得ない状況を前に頭がバカになっていた。

 客観的に見たら完敗もいいところ。

 しかも、イノは全く本気じゃなかった。光を追うのに夢中でよく見えてなかったけど、鷹尾先輩も手加減した状態で獅子堂を完封していた。


 何が“光”だ。


 自分が情けない。あれだけ内心で馬鹿にしていたイノに完膚無きまでにやられて、まだ思っている。


『でも、イノには“光”がないから……』


 だから何?


 光があろうが無かろうが、結果は出た。

 獅子堂はまだ解る。鷹尾先輩が相手だ。

 でも、私は?

 光を持たないイノに……ボロ負け。

 冷静になって考えると、あの光の流れ、導き、道筋は、全てイノに読まれていた。いや、完全に誘われていた。

 それをいい気になってなぞるだけ。

 イノからすれば、私はさぞかし哀れな道化に見えただろう。

 光が無くても、イノには同じことが出来たんだ。


 謹慎処分は良かった。一人で色々と考えることが出来る。


 イノとの一戦を振り返ると怖い。

 今回はイノが相手。しかも手加減された。それでも、私は拳を砕かれ、手首を折られ、当たり前に痛かった。

 でも、これがダンジョンの魔物相手だったら?

 私は光の導きのままに行動して………………死ぬ。

 

 怖い。


 これまでは光の導きに失敗は無かったのに。

 今は光に従って行動するのが怖い。

 別に学園で落ちこぼれるのなんてどうでも良いけど、ダンジョンは違う。命を掛ける場所。

 ダンジョンの中で、私はもう一度、光と共に行動出来る? 無理だ。絶対に嫌だ。


 一人で延々と、ぐるぐると、悶々と考える。


 寮長から連絡があった。

 教官たちの許可を得て、イノが私に会いに来るらしい。今更どの面下げてイノに会えるというの?


 だって、私はまだ、


『イノが居なければ、光を信じていられたのに』


 なんて風に思ってる。情けない。私はこんなにも駄目な奴だったの? これじゃ今まで馬鹿にしてきた連中と変わらないじゃない。


 学園の決定である以上、イノに会う。


 まともにイノの……というより、人の顔を見るのは久しぶりな気がする。今までは、ほとんど光しか視てなかったから。


 相変わらずイノには光が殆ど無い。いや視えないだけ? もうどっちでもいいか。


 自分で思うよりも、私は嫌な奴だったみたい。一応は見舞いという形のイノに卑屈な嫌味を吐く。なのに嫌味を返されて傷付く。そんな資格ないのに。

 嫌な奴である私に対して、イノの見切りは早かった。でも、そんな彼を引き止めてしまうのは何故? 自分でも分からない。

 イノ、不甲斐ない私のことはもういい。でも、獅子堂を悪く言わないで。私は、鷹尾先輩を越えようと、必死で藻掻いてる獅子堂の姿を知ってるんだ……


 イノが“私”を語る。


 なんで? イノは知ってたの? どうして?

 嫌だ、聞きたくない。

 ちょっと待ってよ。私にだって言いたいことはあるよッ!

 なんで聞いてくれないの!?

 ねぇ! 待ってよ!?


 イノは私の話を聞かない。拒絶。いや、より酷い。無関心だ。もう私に興味がないみたい。悔しい。更に彼は言う。


『私や獅子堂がしてきた事と同じ』


 何も言い返せない。

 イノには光がないクセに……虚しい負け惜しみ。彼はそもそも光に興味がないし、頼る必要もない。私と違って。


 無機質な瞳。

 そんな目で私を視ないで。

 ねぇ、イノには何が視えているの?

 今更図々しいけど教えてよ?

 もうイノの瞳に私は映らないの?


 サワの足を引っ張るな?

 ダンジョンの深層を目指す者だけがイノの同志?

 サワもダンジョンの深層を目指す?

 私の主人公ごっこに付き合えない?


 はは。そうか。もう私、主人公じゃないんだ。

 何でも出来るヨウちゃんはもう居ないんだね。



 …… 

 …………


 

 でもね、イノ。

 私にだって意地はあるんだ。

 勝手な逆恨みと思ってくれて良いよ。

 光の無いイノなんかにさ、ここまで虚仮こけにされて、元・天才としてはやっぱり許せない。ちっぽけなプライドだけどさ。


 ねぇイノ。


 私をちゃんと視てよ?

 無視するなんて酷いよ。

 今度は私が、イノが振り向かざるを得ないように、思い知らせてやるね。


 絶対にだ。


 私が渇くまで、ずっと一緒に遊ぼうよ。



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