第21話 プレイヤーの先輩

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 今日は本気仕様でダンジョン。五階層のフロアボスであるホブゴブリンを倒す。まぁ倒せないとしても、一体どれほどのモノなのかを確認するって感じ。


「既に二人ならホブゴブリン自体は倒せる。五階層のクリアは、周囲に強化ゴブリンが何体出るかによっての運次第といったところだろ。ボス部屋の扉は階層ゲートと同じで、潜ると別の空間に飛ばされる。飛ばされた先は巨大な密室のようになっており、そこでボスが待ち受けている。ボス部屋はゲート以外で行き来はできないが、帰還石を使っての撤退自体は可能だ」


 ボス戦でも撤退できるんだ。てっきり、ゲーム的な感覚で『○○からは逃げられない』ってなるのかと思ってたけど、大丈夫ってことか。これは助かる。勝てそうにない相手、しかも逃げられない。絶望しかないからね。


「相手の配置によっては、今日は様子見だけでも良さそうですね」

「……イノ君。そんな心持ちでは駄目……今日、五階層を超える」


 静かに闘志を燃やしているメイ先輩に怒られた。いや、気持ちは分かるけど、無理そうなら普通に撤退するから。玉砕に付き合わないよ?


「鷹尾の心意気は素晴らしい。だが、ダンジョンでは逃げられるなら逃げろが鉄則だ。死力を尽くして戦う必要はない。いや、死力を尽くさないとダメな時点で、そのダイブは失敗だ。ダンジョンの深層を目指すといっても、私は無謀な挑戦を推奨したりはしない。その辺りは学園の方針にも賛成だ。私が推すのは、冷静に確実に。ときに強引に……というくらいだ。……命を失えば、やり直しはできないからな」


 現役の探索者と言いながら、野里教官には共に活動するチームがない。本人に詳しくは聞いてはいない。でも、過去のダイブで仲間を失ったという噂なら耳にしたことがある。

 野里教官の指導、考え方に接していると、噂は本当なんだろうと思う。ダンジョンダイブにおいては、命を失わないことが前提だ。学園でもそう教えているけど、野里教官の言葉ほどに熱は感じない。


「……すみません。気が逸っていました」

「大丈夫だ。本気で心配はしていない。井ノ崎が鷹尾に同調していればブン殴っていたがな」


 なんで僕だと殴るんだよ。そこはメイ先輩に注意するところだろ。いや、メイ先輩を殴れとは言わないけどさ。


「まぁ良いですけど……太刀と槍はどうします?」

「……まだ打刀と脇差。あと少しレベルアップして訓練すれば、片手で太刀を扱えるかも知れないけど……今は使い慣れたバランスを崩したくない」


 レベルアップの恩恵か、メイ先輩は今や軽々と片手で打刀を扱っている。

 僕はよく知らなかったけど、そもそも日本刀は両手で扱う物で、実家の流派である鷹尾一刀流の中にも、片手で刃筋を立てたり、手の内を締める為の具体的な方法論は少なく、特に今のメイ先輩に有用なモノは無かったみたい。なので、メイ先輩は実家の流派の方々と共に、日々創意工夫と模索を続けているらしい。その結果、片手での刀の扱いにも慣れてきたようで、ゆくゆくは太刀を片手で振り回すことを目指しているとのこと。


 一方そのころ、僕は元気に鉈を振り回していたとさ。……稚拙だ。でも仕方ないじゃないか。今さらちゃんとした“技”を習ったところで、メイ先輩ほどモノになるわけでもないし。


「なら、インベントリに入れっぱなしにしておきます。もし戦闘中に入れ替えが必要なら合図をお願いしますね」

「……うん。ありがとう」

「よし、ならそろそろ行くか。同行はするが、命の危険が無い限りは手も口も出さんから、私に頼ろうとするなよ? あくまで井ノ崎と鷹尾の二人でクリアを目指せ」


 では行きますか。

 僕らは安全地帯を出て、ボス部屋へ向かう。



 ……

 …………

 ………………



 そうなんだよな。今日は五階層のボスに挑むためにダンジョンに来た筈だった。本気仕様でさ。

 ボス部屋の扉の前で装備の最終確認をして、扉……つまりボス部屋へ通じるゲートを三人揃って潜ったのも確かだ。


 なのに、いま僕は一人だ。


 確実に五階層のボス部屋ではないだろう。

 かなり広い部屋。ダンジョン内のように明かりはあるけど周囲は薄暗く、天井に至っては暗くてよく見えない。割と高さもあるみたいだ。

 僕は部屋の中心らしい場所に出現したようで、足元の床には『これが原因だろ!』とツッコミたくなる、典型的な魔法陣的な幾何学模様が彫られている。今は消えているけど、さっきまではこの魔法陣の一部がほのかに光っていた。はいはい、どうせ転送後のエフェクトだろ。


 今までゲートは何度も潜ってきたけど、勿論こんなのは初めてだ。話にも聞いたことがない。公表されてないだけで、このような現象は把握されてるのかも知れないけど。


 全力で《気配感知(中)》を展開してみても、感知範囲に魔物の類は居ない。とりあえずは安全そうだ。でも、正面には如何にも怪しいという感じの巨大石像があるんだよね。近づくと急に動き出して、敵判定に変わるヤツな気がしてならない。


 インベントリから帰還石を取り出し、いつもの様にマナを込めるけど反応もない。ボス部屋からでも脱出できるってさっき聞いたばかりなんだけどな。全然使えないじゃん。


「……はぁ。じっとしてても始まらないか……」


 気は進まないけど、他に目ぼしい物もない。正面に見える石像の元へ向かう。それにしてもデカいな。二十メートル位はありそうだ。


 石像は男性を模しているようだけど、ローブを纏い、頭からフードを被っている為、目元は影だけ。口元も長い髭に覆われており、人相はほぼ分からない作りだ。


 剣の切っ先を垂直に地面に刺し、両手を柄の上で組んでいる。勝手なイメージだけど、中世の騎士とかの銅像でありそうなポーズだ。


 アレが動き出して、剣を振り回すとなると……今の僕では有効な攻撃手段はない。逃げ回るのが精一杯だろうね。いや、動いて欲しくはないよ。フリじゃない。ホントだから。頼むよ?


 特にトラップの発動や妨害等もなく、無事に石像の足元まできたけど、特に石像が動く気配はない。


 ここまで来ると流石に圧迫感が凄いし、もし動いたら蹴飛ばされて終わり……なんてことを考えてビクビクしてたんだけど、石像の足元には更に怪しげな石碑のような物があった。高さは二メートルほどで横幅は一メートルくらいかな。この石碑も大きいけど、巨大石像を見た後だとそれ程の驚きはない。


 石碑には何らかの文字が書かれているけど、当然の如く僕には読めない。日本語や英語でないのは確かだ。ダンジョン語か? なんかそんな研究をしている人たちも居るっていうのは聞いたことがある。


「この石碑にめり込んでる水晶……転魂器か?」


 石碑の真ん中辺りに、ソフトボールより一回り大きい位の水晶が埋め込まれている。以前に見た転魂器のように、大量のマナが渦巻いてるのが分かる。まぁ順当に考えて、この水晶が何らかのスイッチなんだろうね。


 時間経過でナニかが発動するとかも考えられるけど、ただ待つのもな。メイ先輩達の方も心配だし、出来るなら早く戻りたい。


「……やるか」


 そっと水晶に手を触れる。即座に逃げられるようにへっぴり腰だけど。

 深呼吸をして覚悟を決め、体内でマナを練り上げ、ゆっくりと水晶に向けてマナを放出した。

 メイ先輩のクラスチェンジの時のような、どこか暖かみのある光ではなく、LED照明のごとく、青白くて眼を刺すような無機質な光が水晶から発せられる。

 ふと頭の中に『目が~ッ!?』っていうアニメシーンが浮かんだけど……なんだこれ? 前世の記憶か? どうでも良い記憶ばかり鮮明で困る。

 まぁその後しばらくはその状態が続き、徐々に光は収束していき、そのまま水晶は元の状態へ。

 え? これだけ? 特に石像にも石碑にも変化はない。と思っていたら、


『……ここへ来たという事は、君も“プレイヤー”だな』


 真後ろから声が聞こえた。


 瞬間、僕は《纏い影》で全身を包みながら横へ飛ぶ。着地と同時に走り、更に距離をとってから振り返って声の主を確認する。


『五階層のボスへ挑む前に【チェイサー】か。なかなか慎重さがあるようだ』

「…………」


 石碑の前方約五メートル。つまり、さっきまでの僕の立ち位置の真後ろに、立体映像のような半透明な人影が出現している。さっきまではこんなのは居なかったし、気配も無かった。いや、今でも気配はない。視覚に写るだけ。ほぼ間違いなくあの水晶の光の結果だろう。


『警戒するのは当然だが、俺は見ての通り映像だ。君に危害を加えることは出来ない。信じないだろうが』

「……一体何者なんだ? 僕をプレイヤーと呼んだ?」


 相手の言い分が正しいかは分からないけれど、この部屋から脱出する為には、あの立体映像とコミュニケーションを取らないとダメなんだろうね。ゲームのイベント的には。魔物相手では平然としていられるのに、こういう時は心臓がバクバクしてる。


『まず自己紹介だ。俺の名はすめらぎ恭一郎きょういちろう

 正確には皇恭一郎の模擬人格。このダンジョンなんてモノが存在する、狂った世界に迷い込んだ“プレイヤー”だ。俺が反応したということは、君もプレイヤーだろう? ダンジョンのない世界から来たんじゃないのか?』


 おぅ。想像以上に重大なイベントのような気がしてきた。


「……リアルタイムで僕が見えている?」

『違う。俺はあくまでも皇恭一郎の模擬人格だ。オリジナルの俺に繋がっている訳ではなく、オリジナルが取るであろう行動をシミュレートしているだけだ』


 よく分からない。この世界の今の年代の科学技術水準を超えている。明らかにダンジョンテクノロジーが用いられているだろう。分からないことは諦めてスルーだな。

 警戒しつつ、少し立体映像の方へ距離を詰める。


「一体この部屋は何ですか? 僕は五階層のボス部屋のゲートを潜ったはずですが?」

『オリジナルの俺が、いつか来る後輩プレイヤーのために用意した部屋だ。皇と近似値のマナ反応を持つ者をプレイヤーと仮定し、その者が五階層ボス部屋のゲートを潜った際にここへ飛ばすように設定してある。ダンジョンシステムへのハッキング……正確にクラッキングだが……そう言えば通じるか?』


 なんだよダンジョンシステムへのクラッキングって。このダンジョンというシステムを解明して逆利用しているのか? スルー推奨か。

 とりあえず、これは想定外の出来事ではなく、僕がここへ来たのは一応の理由があったということだろう。いまはソレだけで納得しておく。


「それで、後輩プレイヤーをここへ呼んで何をするのが目的ですか?」


 警戒はしたまま、質問を重ねる。


『簡単に言えば、ダンジョンについてのレクチャーだ。ただし、俺は皇が五十階層を超えた時点で作られた模擬人格であり、答えられる事はそう多くない』


 いきなりブッ込んで来たな。五十階層かよ。アメリカの三十八階層とかが最高階層じゃなかったか? あくまで公式記録では。この日本でもヤバい実験とかしているくらいだから、他国だって全ての情報を公表している訳もないだろうし、公表された情報は参考程度だと思うけど。


 正しい情報かは確認しようがないけれど、この皇さん(模擬)との会話は有益かもね。《纏い影》は維持したまま、更に近付く。

 見た感じは四十代後半から五十代前半といったところか。映像が床から三十センチほど浮いているので正確には分からないけれど、日本人にしては長身だ。百八十センチ以上は確実にある。


「どういった事をレクチャーして貰えます?」

『基本は聞かれたことだ。だが、絶対に伝達することが三つある。聞く気になったようなので話す。まず一つ目は「この世界へ来た方法も、帰り方も分からない」ということ』


 いきなりかよ。聞こうとしたことが一つ減ったね。


『二つ目は「日本のダンジョン学園の創設に関わっているプレイヤーは皇、つまり俺」ということ。三つ目は「出来れば深層部へ来てくれ」ということ。以上だ』

「…………」


 この皇さん(模擬)のオリジナルが、野里教官から聞いた日本の元祖“超越者プレイヤー”か。後輩プレイヤーの為とかいうから、何となくそうだとは思っていたけど。


「色々と聞きたいことがありますけど、まず三つ目の「深層部へ来てくれ」とはどういう意味ですか?」

『そのままの意味だ。俺には判断が付かんが、オリジナルの皇は未だにダンジョンを攻略中のはずだ。少なくとも五十階層を超えた先へ行っている。同じプレイヤーにダンジョン攻略を手伝って欲しいという意味の伝言だ』


 え? 学園の創設に関るプレイヤーが現れたのは、一九四五年のはずじゃあ。


「シンプルに皇さんは何歳?」

『普通に年齢を数えると百歳を超えている。体感年齢ならもっとだ。しかし、俺の見た目とオリジナルで大きな差はないだろう。オリジナルが今もダンジョン内で生きているなら、似たような姿のはずだ』


 んなアホな。プレイヤーは歳をとらないのか? いや、僕は去年から身長は伸びているし、日常的にも爪や髪も伸びる。僕の年齢だと成長だろうけど、成長するってことは老化もするはず。歳をとらないなんてことはないだろ。


『先に答えておく。別にプレイヤーだから不老という訳ではない。ダンジョンの中だからだ。ダンジョンの中では時間の概念が外と違う。階層が進むたびに外との時間差が大きくなり、ダンジョン内では肉体的な老化もほぼ止まる。何故か生理現象はそのままだがな。オリジナルの皇が確認したところ、三十五階層が分岐点だ。その先からは、ダンジョン内で一ヶ月を過ごしても、外では三日程度しか経過しない。プレイヤー以外でもだ』


 えーと。思ったよりヤバい仕様な気がする。

 三十五階層から先はダンジョン内でどれだけ長い時間が経過しても肉体年齢は変化しない。で、外に出ても大して時間は経過しない。いや、肉体より先に精神に異常をきたしそう。まぁ三十五階層までそう簡単に行けないけどさ。


「ちなみに貴方が創られたのは何年?」

『一九八〇年だ。ダンジョン学園や探索者協会の運営が軌道に乗ったのを見届けて、オリジナルの皇はダンジョンに姿を消した』


 何だよソレ。えーと、ダンジョン内の三十日が外では三日として、ざっくり十倍の差。今のこの世界では二〇二二年だから、ダンジョンの外で四十二年は経過していることになる。単純計算すると……四百二十年はダンジョン内で過ごしていることになる……って、冗談でしょ?


「いやいやいや。オリジナルの皇さんは何を食べて生きてるの? 生理現象はそのままでしょ?」

『そうだな。ここへ来るってことは五階層すらクリアしていない状態だったな。ステータスウインドウの「ストア」が開放されると、魔石などを対価として諸々を購入することが出来るようになる。いや、そもそも君は本当にプレイヤーか? 俺はあくまで皇と近似値のマナに反応しているだけだからなぁ……』


 いきなり情報が多いな。

 今日は五階層のフロアボスに挑むはずだったのに……野里教官はどうでも良いけど、メイ先輩は大丈夫かな?



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