第19話 VS 幼馴染2

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 ヨウちゃんの絶叫により、獅子堂がこちらを振り向く。

 おいおい、その隙は致命的じゃないかな。メイ先輩が反撃オッケーだったらアウトだよ。


「くっ! 川神!?」


 獅子堂はメイ先輩と一旦距離をとり、僕を睨む。


「貴様! 川神に何をした!?」

「いや、普通に反撃しただけ」


 既に獅子堂以外は戦意を失っている。いや、獅子堂だけが未だに気炎を吐いていると言うべきか。


「……獅子堂……いや、たける。もう止めよう。こんなの意味ない……」

「芽郁……! くそッ! なぜ俺はお前に勝てないんだッ!?」


 良かった。ヨウちゃんほど周りが見えてない訳でもないのか。流石に自分とメイ先輩との力量差には気付いているみたいだ。そのまま引き下がってくれれば尚良いんだけど。


「……さて、バカ騒ぎは終わりだ。この件を学園に報告すればお前たちは終わりだが、正直なところ、私は今のお前たちに興味はない。適当に自分たちで治療したあと、魔物にやられたとでも言っておけ。ただし、次に特殊実験室の訓練を妨害するなら容赦はせんぞ」


 パンパンと手を叩き、野里教官が事態の収拾に入る。

 獅子堂達からすると寛大な処置だろうね。多分、教官からすると後々の事務手続きが面倒だからだろうけど。それに、仮に野里教官が黙っていても、普通に学園にはバレてる気もする。


「…………嫌だ。俺は引き下がらない」

「……し、獅子堂さん……もう無理ですよ……」


 まだ駄々をこねるのか。取り巻きの子が泣きそうになってるだろ。あのヨウちゃんでも引き下がったんだぞ。……いや《治癒功》っていうのか? スキルで回復しながら、コッチをメッチャ睨んで今にも飛び掛かってきそうだけど。


「……教官。武をブチのめしても?」

「…………はぁ。頼むからちゃんと加減はしろよ」


 メイ先輩の反撃の許可。往生しろよ、獅子堂。


「……武。掛かってこい。終わらせる」

「め、芽郁……! どうしてお前は! 俺をそんな顔でしか見ないんだッ!? くそッ!」


 多分それは、君自身の普段からの言動の所為だと思うよ。

 メイ先輩のことが好きなら、歪んだ対抗心を捨てて素直にそう言えば良いのに。コイツも拗らせてるな。

 はじめましての僕でも気付くくらいなんだから、周りの子たちもちゃんと言ってやれば良いのに。……ま、子供とは言え男女の機微はデリケートな問題か。


「……昔から一方的に挑んでくる。私の都合もお構いなしに。そんな奴に良い感情があるとでも? 私を目標とするのは別に構わない。でも、勝手な理想像を私に押し付けるのは止めて」


 メイ先輩。獅子堂に通じないのを分かってて、それでも言ってるんだろうね。


「……俺はお前を超えるッ!」


 ほらね。全然響いてない。まぁ言葉を重ねても分かり合えないなんて、ありふれた話だ。たとえ世界が違っても、人の有り様なんて変わらないだろうさ。ただ、それが良いか悪いかは別の話だけど。


「…………チッ」


 メイ先輩の暗黒面。乙女が舌打ちはやめようね。


「《オーラブレイド》ッ!!」

「…………」


 獅子堂が一気に踏み込む。今までと同じで、メイ先輩は《甲冑》を維持したまま、左の前腕で受け流す。

 違うのは、いつの間にか抜刀して、右手で打刀をだらりと構えていること。

 両手で振るわなければ大丈夫と判断しているのか、獅子堂はメイ先輩の左手を封じている間は、盾で軽くカバーするだけで打刀への注意は薄い。

 そんな意識の間隙を縫ってか、メイ先輩が片手で打刀を振るう。普段からするとかなり遅いスピード。当然獅子堂は盾で受ける止める構え。……それはメイ先輩の誘いだよ。盾と打刀が接した瞬間、詰みだ。


「……《発勁衝》……!」

「ガハッ!!?」


 メイ先輩のマナが爆ぜた。


 獅子堂は盾ごと数メートル吹き飛ぶ。

 盾を構えていた左腕は、脱臼か骨折コースだろうね。

 武器を通じて発勁を通す。……と言う武技スキルらしい。詳しくは知らないけど、メイ先輩の元々の素養もあってか、近接戦闘ではかなりの威力を発揮している。ただ、発動後に隙がある為、乱戦では使い難いとボヤいていたのを覚えている。


 メイ先輩も今やレベル【八】。しかも二次職にクラスチェンジ後。

 そもそも獅子堂たちとはレベルとクラスで差があった。集団での立ち回りによっては、いい勝負になっただろうけど……一対一ではちょっと差が大きかったようだね。


「……終わり。もうこれ以上は相手しない。……私はイノ君と同じ道を征く。武は武の道を征けば良い」

「……がッ……く、くそ、何だいまのは……認めない。こんな結果、お、俺は認めないぞ! め、芽郁! 決着はついてないぞ……ッ!」


 コイツまだ言うか。

 ストーカー的な偏執を感じるね。イケメンじゃなかったら通報案件だぞ。いやまぁ、実家大金持ちのイケメンでも、駄目なモノは駄目だけどさ。メイ先輩が少しでもなびいているなら、ナシよりのアリってところだけど、いまは無理そうだね。ビジュアル的にはワイルド系のイケメンと大和撫子な美少女って感じで様になるけど。


「……ウ、ウソだ。獅子堂がやられるなんて……あ、あれだけの“光”を……も、持って挑んだのに……」


 ヨウちゃん。君も大概だね。獅子堂への実らない恋心がそうさせるのかな? こっちはこっちでサワくんもご愁傷さまだ。あと、さっきからブツブツ言ってる光ってなんなの?


「もういいだろう!! ……いや、獅子堂の悪足掻きは放っておくとして……他の連中はどうだ! まだ続けるのかッ!?」

「「………………」」


 野里教官の一喝。

 獅子堂とヨウちゃん以外は、それぞれに目を合せてそっと俯く。三人ほど意識がないけど、もうお開きってことでファイナルアンサーでしょ。


 未だに喚く獅子堂と、ヨロヨロと獅子堂の元へ向かうヨウちゃんは放置して、僕はサワくんの元へ。流石に心配だ。掌底モドキの一撃の後、ピクリともしてない。


 周囲に気付かれないように、マナを隠蔽しながらサワくんに《ヒール》を使う。すぐに血色は良くなったし、呼吸も安定している。後はちゃんとした診察を受けて貰おう。

 顎を投石で打ち据えた佐久間さんの方は、同じ班のヒーラーが回復させているから大丈夫だろう。それに堂上君が未だに僕を警戒してるから、近付かないに越したことはない。

 ……ヤバい。今になって罪悪感が凄い。中学生に大怪我させて平然としてた自分に不安が募る。いや、もちろんはじめに手を出してきたのは向こうだけど、ここまでしなくても良かったよな……この場でいまさら『ゴメンゴメン』とも言えない。


 と、とりあえず、メイ先輩だ。


「メイ先輩、お疲れ様でした」

「……イノ君の方こそ。私は実質獅子堂の相手だけだったし……」


 それを言うなら、僕の方も軽い実戦訓練みたいなモノで大したことじゃない。結果に対してはアレだけど。

 それにメイ先輩の獅子堂からの精神的ダメージの方が大きそうだ。あ、僕もヨウちゃんの変わりようにはショックだったか。


「それで教官。コレ……事態の収拾はどうします?」

「……やはり知らん顔も出来んよなぁ……学園……いや、波賀村理事に話を付ける。まずは市川先生と話を詰めることになるが……コイツらには口止めし、沙汰を待ってもらう。獅子堂についても波賀村理事に丸投げが妥当だろう」

「……私の方も、祖父母を通して、獅子堂家に話をして貰います」


 ヨウちゃんに慰められながらも、まだ戦意を滾らせている獅子堂。

 メイ先輩はそんな獅子堂をいつもの……嫌い=能面顔……じゃなくて、どこか哀しげに見つめている。幼馴染と“分かり合えないこと”が改めてハッキリしてしまい、辛いのかもね。


「……くそッ! こんなハズじゃない! 俺は芽郁を超えるんだ……! じゃないと、お、俺は……!」


 獅子堂は獅子堂の方で心穏やかではないみたい。

 はぁ。どうして好きな子と競い合うんだか……いや、獅子堂の本当の詳細な心の内は知らないけど、メイ先輩のことが好きなのは確かでしょ。

 好きな子に意地悪したくなるってヤツの駄目な感じの延長線か? それとも、メイ先輩を超えたら告白するとか願掛けしてたのか? 想いを成就させるのに条件付けするとか……呪詛師かよ。知らんけど。


「メイ先輩への初恋を拗らせちゃったんですかね?」

「だろうな。幼いうちから御曹司御曹司と、周囲にもてはやされて拗れたんじゃないのか? まぁ要はただのヘタレだろ。好きなら好きとハッキリ言っておけば、鷹尾くらいなら付き合えただろうに」

「……その言い草、酷くないですか? 人のことを軽い女みたいに……」


 獅子堂の慟哭を聞きながら、僕らはどうでも良い話に興じる。分かってる。現実逃避だよ。



 ……

 …………

 ………………



 結局、騒ぎを起こした佐久間班(リーダーはヨウちゃんでもサワくんでも無かった)と獅子堂班は謹慎処分となった。


 ただし、表向きには『申請以外の階層へ立ち入った』という名目での処分。

 そりゃ他の生徒たちに、ダンジョン内でケンカを吹っ掛けて返り討ちにあった……なんて発表できる訳もない。でも、波賀村理事に聞くと今回のような生徒同士のダンジョン内でのケンカというか抗争は度々あるみたいだ。


 未成年の生徒同士が刃物を使っての衝突。一般社会なら大問題だ。

 ある程度は大目に見られるといっても、学園都市内でも問題なのは変わらないため、その都度、揉み消しに奔走する人たちがいるそうだ。お疲れ様です。


 処分が決定した後も、獅子堂は家族を巻き込んで駄々を捏ねてたみたいだけど、個人の感情を優先して、獅子堂家が波賀村理事……学園と対立するはずもなく、獅子堂家は当人を諌める形となった。

 ちなみに、メイ先輩と獅子堂武はあくまで両家同士の話ではあるけど、実質婚約状態だったそうだ。メイ先輩は今回初めてそのことを知り、しばらくは家族に対しても例の能面顔が続いていたという。許婚いいなずけ扱いが、獅子堂が拗らせる要因の一つだったのかも知れない。真相は誰にも解らないけどさ。


「まったく……。提出書類は多いし、A・B組の教官や教師たちにはあれやこれやとお小言を貰うしで散々だったぞ」

「そりゃゴーサイン出した張本人だし、大人として責任はとらないとダメでしょ?」

「……私たちは教官の指示に従ったまで……」

「……くっ! お前ら……!」


 諸々の手続きやら、事情聴取やらで、ここしばらくは僕たちもダンジョンダイブが滞っている。仕方がないと割り切っているけど。

 今回の一件が何にどう作用したのかは分からないけれど、メイ先輩が持っていた、獅子堂への嫌悪感や苦手意識は失せたそうだ。


『道を違えた者に対して、いつまでも負の感情を抱くのは不毛』


 なんてことを言っていた。メイ先輩、相変わらずよく分からない。潔いとも言えるけど、先輩からの嫌悪感が無くなったとしても、バッサリ切られた獅子堂からすれば余計に傷つきそう。


「まぁ今回、謀らずとも同年代の学園生徒の力量を知ることが出来たわけですけど……獅子堂やヨウちゃんは中等部の生徒の中ではどの程度なんですか?」

「そうだな……中等部二年ということを加味すれば、かなり上位の方だとは思う。去年の鷹尾よりも少し落ちる程度じゃないか?」

「……獅子堂とは戦い慣れているから……でも、イノ君がヨウちゃんと呼んでいた……川神さん? は、去年の私では抑えられなかったと思う」


 メイ先輩は二年生の終わり頃の時点で、三年生を含めた中等部全体で個人としてはトップレベルだったそうだ。そのメイ先輩がヨウちゃんをかなり高く評価している。でも、恐らくそれは戦闘スタイルの差で、噛み合うか噛み合わないかも大きい。


 足を止めて打ち合うことが多いメイ先輩と、スピードを活かした一撃離脱や連撃が主体のヨウちゃんでは、一対一ではかなり相性が悪い。

 クラスチェンジ前、《甲冑》を会得していない状態だったら、ヨウちゃんがメイ先輩を圧倒していたかも知れない。まぁそれぐらい、ヨウちゃんには天性のセンスを感じた。武道に関して素人の僕でもね。


「……あれで学園の上位層。想像だけですけど、六階層の強化ゴブリンチームへ挑むのはやはり厳しいですか?」

「そうだな。卒業後、即戦力として階層を次々に突破できるとは思えない。何かキッカケが無ければ、学園のカリキュラムに疑問も持たんだろうしな。それを考えると、今回、あいつ等にとっては良い刺激だったのかも知れん。少なくとも、獅子堂は鷹尾のストーカーを諦めんだろう。となると、獅子堂にご執心らしい川神も……」


 野里教官もブレない。

 ダンジョンの深層を踏破できる人材が出てくるなら、その経過は問わないんだろう。

 まぁ今となっては僕もそっちよりかな。

 ヨウちゃんとサワくん。緩い闇堕ちイベントはコレで終わりにして、今後は王道を行って欲しい。獅子堂は知らん。嘘。がんばって欲しいとは思う。


「……獅子堂は、私への拘りを捨てるともっと伸びる。いまの戦闘スタイルは獅子堂には合っていない気がする」

「確かに。アイツは攻撃か防御のどちらかにもっと偏った方が良いだろう。恐らく憧れである鷹尾のスタイル……足を止めての打ち合いに拘っているんだろうが、鷹尾ほどに技がない分、中途半端にまとまってしまっている。周囲の状況変化への柔軟性などは、鷹尾よりも優れているだろうに……勿体ないことだ」


 思いのほか、野里教官は獅子堂を評価している。どうせなら本人にちゃんと言ってやればいいのに。


「野里教官、直接教えてやらないんですか?」

「はん! アイツは人の話を聞くような奴じゃないだろ。それに、こういうのは自分で気付かないと意味がないんだよ!」

「……イノ君。武門の道を征く者に、口先だけの助言は響かない……」


 くっ。メイ先輩にまで“残念なヤツ”扱いされるとは……


「はぁ。僕には武道の素養はありませんからね。その辺りは分かりませんよ」

「……むしろ、私はイノ君がどうしてあれだけ動けるかが分からない」

「私も常々疑問には思っていた。井ノ崎は特に武道の心得もなく、スポーツなどで体を鍛えていた訳でもない。なのに、ダンジョンに入って、いきなり魔物たちと平然と戦えるのは一体何故なんだ?」


 そりゃ答えは一つでしょ。


「それは、僕がプレイヤーだからとしか言えませんね」

「…………」

「…………」


 外したか。

 野里教官はどうでも良いけど、メイ先輩の能面顔は堪えるね……



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