第17話 妬みの対象?

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 正式に『特殊実験室』が発足され、所属する二名も発表された。

 他の組と違い、具体的なカリキュラムや専門分野は公表されなかった上、学年違いの所属、管轄が本棟ということもあり、一部では話題になったそうだけど、学園の生徒数は多く、あくまでマイナーな話題止まりで済んだ。


 ただ、当然のことながら、ヨウちゃんたちの耳に入ることで、ちょっと面倒くさいコトになってる。


「イノ! どうなってるの! イノはH組じゃなかったの!?」

「鷹尾先輩って……獅子堂の幼馴染みじゃないか! イノは知ってたんだな!?」


 何だろ? 最近は物静かなメイ先輩と一緒にいることが多いから、一気にアレやコレやと捲し立てられると……ちょっとしんどいな。


「いや、黙ってたのは悪かったけど……守秘義務があったから、僕も言えなかったんだよ」

「教えてくれても良くない!? 友達だと思ってたのに!」


 話を聞けよ……って、あれ? ヨウちゃんってこんなキャラだっけ?

 ちらりと助けてのサインをサワくんに出す。何とかキャッチはしてくれたみたいだ。


「……ヨウちゃん。ひとまず落ち着いて話を聞こう。なぁイノ、それで『特殊実験室』っていうのはどんな所なんだよ?」


 先にサワくんが冷静になったか。偉いぞ。そしてありがとう。そのままヨウちゃんを抑えておいてくれたまえ。


「まだ何も決まっていないんだ。決まっていても、たぶん全部は言えないと思う。とりあえずはA・B組と同じように、ダンジョンダイブでレベル上げって感じじゃないかな?」


 野里教官や市川先生に言われたように、今は当たり障りない答えしか言えない。


「ダンジョンダイブって……イノ、レベル幾つなの?」

「ごめん、具体的なことは言えないんだ。ただ、メイ先輩と二人で五階層のフロアボス撃破に挑戦してるくらい?」

「……! 二人!? 班ですらないの!?」


 いや、だから所属は二人って公表されたじゃん。


「……何だよそれ。イノ、今までもダンジョンダイブしてたのかよ! 抜けがけじゃねーか! ズルいぞ!」


 サワくんもかよ! さっきはちょっと冷静になってたじゃん。しかも抜けがけって……どうしてそうなる。ん? いやまぁ……確かに抜けがけで間違いではないのか?


「……なんでイノが選ばれたの? 私たちだって努力してるし、ダンジョンダイブで結果も残してるのに。イノはH組で遊んでただけじゃない……! どうしてなの!?」


 キッという擬音が聞こえそうな鋭さで、ヨウちゃんが僕を睨む。何だか拗らせてるね。そんなに僕が選ばれたのが嫌なのか? どういう心境なんだか……自分を差し置いて、無能な下っ端と思ってた僕が大抜擢されてショック……みたいな感じか? 井ノ崎真の記憶でも、ヨウちゃんにはナチュラルに傲慢なところも見え隠れしてたしな。

 ヨウちゃんが神童なのは間違いない。まだ子供なんだし、全能感から傲慢にもなるっていうのも分からないでもない。それがいつまで許されるかってのはまた別の話だけど。


「なぜ僕が選ばれたかは言えないよ。でも、ヨウちゃんやサワくんの努力とは全く関係ない部分で選ばれたのは確かだから……ええと……偶然とか運……みたいな?」

「…………なら、鷹尾先輩は? 先輩も努力や才能と無関係で選ばれたの?」


 こだわるね。才能の塊みたいなヨウちゃんが、ここまで他人との差に執着するとは思わなかった。メイ先輩もそりゃ凄いけど、たぶん才能ならヨウちゃんの方が上だと思う。高等部を卒業する頃には、余裕でヨウちゃんの方が先を行ってる気もする。何というか、メイ先輩のは反復の積み重ね……紛れもなく努力の結果。ヨウちゃんのような“何でも出来る感”は流石にない。


「う~ん……メイ先輩は僕と別枠だよ。運とかタイミングがあったにせよ、恐らくメイ先輩だから選ばれたって感じ。先輩は周囲と軋轢はあったにせよ、紛れもなく努力の結果だと思う。ただ、メイ先輩と同じシュチエーションだったなら、ヨウちゃんやサワくんも選ばれていたかも知れないかな?」

「「…………」」


 どうして、ショックです! みたいな顔してるんだ二人とも? 知りたかったんじゃないの? 自分が選ばれなかったことがそんなにも?


「あ、ちなみに僕は都市部に引っ越すことになったんだ。あとA・B組……ヨウちゃんやサワくんとは、あまり接点を持つなと言われてるから、もう集まりには来れないと思う。風見くんには個別で連絡するよ」

「そっか。まぁ俺も今は勉強と実習で忙しいし、落ち着いたらまた会おうぜ」

「……ありがと。変な空気のままでゴメンよ。また連絡するね」


 ヨウちゃんとサワくんは放置して、風見くんとの一時の別れを噛みしめる。いや、普通に風見くんとは引き続き連絡取るけどね。

 正式発表の前、教官が『同年代のA・Bの連中からは『特殊実験室』に対して、やっかみや妬みといった感情を向けられるかも知れない』……なんてことを言ってたけど、こういう事なのかな。


「……なぁイノ。お前たちもダンジョンに来るんだよな?」


 サワくんや、その濁った瞳はダメだぞ?


「そうだね。本棟の真ん前、一番の正規ゲートからダイブすることになる。でも忠告しておくよ。“そんなコト”を考えるより、自分自身を鍛えた方が良いと思う。別に僕らが失敗しても、代わりにヨウちゃんやサワくんが選ばれることは、たぶんないから」


 そっちは主人公側なんだから、闇堕ちとか止めてよね。僕でこんな感じだから、もしかするとメイ先輩も面倒くさい事になってるのかな?


「……どうして? 鷹尾先輩やイノより優秀だったら良いんじゃないの? 少なくとも、獅子堂は絶対にイノたちより優秀だよ? どうして選ばれなかったのかな? それも運?」


 おいおい、ヨウちゃんもかよ。淀んでるよオーラが。


「運とタイミングだけだと思う。ただ、そう思わないならそれで良いよ。ただ、あんまり馬鹿なことは考えないで。二人が優秀なのは間違いないんだから、学園からペナルティを喰らうような真似は凄く勿体ないよ? ……ってことで、ヨウちゃんもサワくんも頑張って。僕はもう行くよ」


 風見くんにだけ軽く挨拶して僕は本棟に足を向けた。……一応忠告はしたけど、たぶんダンジョンで出会うよな、アレ。子供に刃物を持たせると危ないってのがよく分かる。



 ……

 …………

 ………………



「メイ先輩もでしたか?」

「……うん。獅子堂が家にまで来てた。昨日の時点で知ったみたい。ずっと、どうしてどうしてと鬱陶しかった」


 またメイ先輩が能面顔に。思い出すのも嫌なのか。


「ダンジョンで待ち伏せとかして来ませんかね? 僕の友人たちはそんな雰囲気でしたけど?」

「……獅子堂の性格なら必ず絡んでくる。だから、ゲートを変えたい」


 そっと野里教官を見る。首を振る。ダメか。


「はぁ。面倒くさいのは分かるが、正規のゲートを使う以上、ダイブ日時とゲート番号は公開される。しばらくすれば落ち着くから、それまでは我慢しろ。余りに酷いようなら、こちらから向こうの教官や担任に言うさ」

「……一応聞きますけど、ケンカを吹っかけられて、返り討ちにしたらマズいです?」

「ダメに決まってるだろ。ダンジョン内で加減の分からない生徒同士だと、刃傷沙汰を通り越して殺し合いになる。もしそんな時は素直に帰還石で戻れ。くれぐれも相手をするな。どちらかに教官が付いているなら指示仰げ。……まぁ私なら大怪我をしない程度のガス抜きは黙認するがな」


 ダンジョン内では『不干渉』が基本って聞いたんだけどね。ままならないものだ。あと、野里教官は常識的なことを言うクセに、自分はそんなのを守ってる感じがしない。説得力がない。


「……何故か獅子堂は『特殊実験室』をエリートコースだと勘違いしている。俺も俺もって言っていた。あの子、親の権力を平気で振るうから、迷惑を掛けるかも……」

「安心して下さい。獅光重工のお偉方もこの実験計画の概要は知っています。逆に御曹司を窘めるかと……御曹司が出来るのは、取り巻きを連れてダンジョンに現れるくらいでしょう」


 市川先生が冷静に指摘するけど……こっちはそのダンジョンでの待ち伏せが嫌だって言ってるんだけどな。まぁ権力による変な圧力はなさそうだけどさ。


「……とりあえず、今日は鷹尾のクラスチェンジだろ。とっととダンジョンに行くぞ。その為に事前に申請してたんだろうが」


 正規ゲートからの正式なダンジョンダイブの始まり。

 でも、テンションは上がらない。



 …… 

 …………



 さて、気を取り直して、今日も今日とてダンジョンだ。

 市川先生が転魂器を速攻で使用申請してくれていた。本来はこんなにスムーズにはいかないそうで、今回は初回ボーナスみたいなものらしい。ビバ権力。使う場合は助かる。


 今回はメイ先輩のクラスチェンジと習熟訓練がメインなので、一階層の安全地帯に来ている。


 転魂器。

 クラスチェンジを可能とするダンジョンアイテムだ。五階層ごとのフロアボスから、低確率でドロップするらしい。ドロップした場合は、学園が強制的に買い上げることになっており、他で売るのは重罪となる。買い上げ金額はかなりの額のため、探索者から特に不満はないらしい。転魂器を狙って、延々と五階層のホブゴブリンを狩る探索者もいるとのこと。

 見た目は本当にただの水晶玉だけど、ダンジョン内でそれを目にすると、尋常じゃないマナを感じる。偽物が流通しないのも分かるね。これはすぐにバレる。


「ほら、鷹尾。使い方は分かるだろ?」


 そんな転魂器を教官がメイ先輩にフワッと投げる。優しい投げ方だね……って、そうじゃない。何してんのこの人。さっき高価な品だって説明したのアンタだろ。


「……教官。無造作に投げないで下さい。……使い方は知ってますので、早速使いますよ」

「堅苦しい奴だなぁ〜」


 やれやれみたいにこっち見るな。僕はそっち側じゃない。メイ先輩と同意見だよ。

 流石にメイ先輩もちょっとイラッとしてる。いいよ、今のは怒るところだ。


 転魂器を手にしたメイ先輩が目を瞑り、転魂器に向けてマナを集中させる。すると、ボンヤリと水晶玉に光が灯る。輝かしい感じではなく、優しく暖かい光だ。


「……【武者】【重剣士】【魔剣士】の三つです」


 本当に出たよ【武者】。どんなクラスなのやら。……と、思っていたら、僕のステータスウインドウにnew!マークが出た。クラスの説明か。

 僕自身が該当しなくても、見聞きしたら項目が増えるのか? いや、それなら教官の【獣戦士】も出てくるはずだけど欄にない。どういう判定なんだか。


 【武者】

 刀系武器に補正(中)

 槍系、弓系、剣系武器に補正(小)


 説明欄が出たのは良いけど、あまり詳しい説明ではない。僕自身のクラスチェンジの時に出た説明欄より簡略化されてる感じだ。


「……刀系の武器補正があるようなので【武者】でいきます。……イノ君もそれで良い?」


 お、僕にも意見を聞いてくれるのか。同志効果だね。


「はい。メイ先輩の選択で構いません。クラスの特徴を聞く限り、今とそんなに戦闘スタイルも変わらないでしょうし……」

「……うん。ありがとう。【武者】を選択します」


 転魂器の暖かい光が、メイ先輩の胸辺りに吸い込まれていく。厳かな心持ちになるね。

 一方、僕のクラスチェンジはウインドウで選ぶだけで、こんな光の演出とかないし、セレモニー感がない。いや、別に便利だから今のままで良いんだけどさ。


「………………」

「どうですか?」


 光が収まった後、メイ先輩は軽くジャンプしたり、手をニギニギしたり、ストレッチしてる。


「……うん。全体的に少しパワーアップしてる。多分、片手で打刀を振り回しても問題ない威力が出せる。……もしかすると、太刀でも大丈夫かも?」


 太刀というのは日本刀の一種で、馬上で使うのを想定されていた、反りが大きく、刃の長さがおよそ二尺(六十センチ)以上のモノを言うらしい。メイ先輩に教えてもらった。受け売りってやつだ。


「よし。無事にクラスチェンジできたな。とりあえず、一階層のゴブリンで慣らし運転といくか」


 教官の掛け声で、さっそく哀れなゴブリンを探しに行くことに。



 ……

 …………



 本来は公式に公開されていない人気のない通路を行くと、粗末な棍棒持ちのゴブリンがいた。ようやくか。既にこちらにも気付いており、神妙な感じで待ち受けている。

 あれ? 一階層のゴブリンって、こんな感じだったっけ? もっと落ち着きなく一直線に襲ってきていたような……?


「ふん。運が良いのか悪いのか……まさか一階層で“強化ゴブリン”とはな。……おい、アレは六階層以降で出てくるゴブリンだ。偶にこうやって低階層にも紛れているイヤらしい奴だ。鷹尾なら一対一で負けるような相手じゃないが、見た目で油断するなよ」


 確かに見た目は普通のゴブリンだ。でも、違う。コイツは何らかの“技”を持っているつわものだ。

 メイ先輩も察するところがあったのか、ゴブリン相手とは思えない程にマナを練っている。


「ギ、ガンギャ」


 落ち着いた声。いつも聞くゴブリンの鳴き声じゃない。

 ゴブリンが棍棒を構えながら、ジリジリとすり足で近付いてくる。

 メイ先輩も抜刀して正眼の構え、こちらもすり足で間合いを潰していく。


「…………」

「…………」


 メイ先輩の間合いギリギリでゴブリンの足が止まる。


 刹那、


「ギガッ!!」

「しッ!!」


 一瞬の交差を制したのはメイ先輩。

 肩口からの袈裟斬り。血飛沫。身体の中ほどまで刃が喰い込んでいる。

 メイ先輩の斬撃は速かったけれど、ゴブリンも伊達ではなく、斬撃を受けながらも棍棒で突きを放ち、メイ先輩の右肩を掠っていた。

 ゆっくりと崩れるように前へ。喰い込んでいた刃がズルリと外れ、兵が倒れ伏す。

 

 残心。


 ゴブリンが光の粒へと還っていくのを眺め、ようやく終わり。

 

「……コイツ、私の斬撃を見てから戦法を変えた。敵わないことを知り、死を覚悟の上で一矢報いた。敵ながら見事な奴」


 しんとした空気の中、メイ先輩の呟く声が響く。


「……教官。コイツが雑魚として出てくるんですか?」

「ああそうだ。六階層以降はそんな場所だ。普通のゴブリンが、全部コイツに切り替わる。生半可な鍛え方では切り抜けられない。

 ……これが学園の限界だ。正直、今のA・B組が高等部を卒業したとしても、果たして二十階層へ辿り着けるか……。少なくとも私達では無理だった。

 天才だの期待の星だの持ち上げられても、結局は二十階層を超えるどころか、十五階層すら超えられなかった」


 野里教官の拳に力が入る。

 教官は諦めていない。でも、だからこそ、今の学園のやり方に憤りを感じているのかも知れない。


「……あぁ、なんかスッキリしました」


 僕はそう呟き、メイ先輩のもとに。


「……スッキリ?」


 メイ先輩の肩にそっと触れる。


「《ヒール》……えぇスッキリしました。さっき話をしていた友人たち……そんなのに時間を取られたり、悩んだりするのがバカバカしくなったんです」


 暖かい光がメイ先輩の傷を癒やす。


「ほう。それが系統を超えたスキルの継承か。本当に白魔法を使うとはな」

「……教官。もし教官が学園の中等部に戻れたら……どうしますか?」


 僕の質問の意図が解ったみたいだ。久しぶりに野里教官の嫌な笑顔を見る羽目になったけど。くそ、ニヤニヤしやがって。


「ふん。決まっている。生温いお遊び訓練をしている暇はない! ぬるま湯に浸かりながらのサル山の大将ゴッコも要らん! ただただ深層を目指すのみだ!」


 目が覚めた。

 僕はプレイヤーで他の人と違うと思っていたけど、それでも全然足りない。

 ダンジョンはそんなに甘いものじゃなかった。

 恐らく、プレイヤーの“特別”を活用しないと駄目な難易度設定な気がする。

 他の生徒、探索者と比べるのも止めだ。


「メイ先輩は?」

「……当然のこと。同志イノ君が征く道は、私の道でもある。どんぐりの背比べは終わり。ただ前と上を見るのみ」


 心強いね。



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