第16話 特殊実験室

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 以前にチラッと出た、この実験の詳しい話のこと。

 ようやく理事会の結論が出たようだ。

 なので、今日は本棟にある例の『ボスの執務室』だ。


「結局、あれから三ヶ月以上待たせる形になってすまなかったね。ようやく腰の重い理事会の承認を得ることが出来た」


 ボス……波賀村理事。どこかやつれたような印象がある。色々と大変だったのかも知れない。まぁ通常業務で普通に忙しかっただけかも知れないけど。


「実験計画の詳しい話ですか?」

「あぁ。それもある。だが、先に鷹尾さんの処遇に関してだ。中等部三年の時点でA・Bを外れるのは流石に無茶だったが、表向きには家庭の事情で話を合わせて貰った。既に年度が変わってしまったが、今年度より『特殊実験室』を立ち上げ、君たちをその第一期生として処理をすることになった」


 君たち? つまりメイ先輩だけじゃなくて僕もか。


「他に在籍する生徒はいるんですか? サンプルの生徒たち?」

「いや、それも考えていたのだが、理事会で調整がつかなかった。すまないが、今回は鷹尾芽郁、井ノ崎真の二名だけだ。担当教官は野里教官で、担任は市川となる。

 ゆくゆくは違うだろうが、いま動いているサンプルの生徒たちも、まだ君たち二人に遠く及ばないレベルなのでね。君たち……特に井ノ崎君だが、このまま野良ゲートからソロダイブをさせるのは逆に危険と判断した。ある程度は情報を公開し、正規のゲートからダンジョンダイブして貰うことになる。勿論、君たちに関しては、五人制の班単位申請は必要ない。野里教官か市川に申請すれば受理しておく」


 二人だけの特殊な組が出来たと。うーん。完全ソロダイブの道は残して欲しいんだけど。メイ先輩に呆気なくバレたし、やっぱり無理か。


「完全ソロダイブはなしですか?」

「条件次第だな。前にも聞いたが井ノ崎君。君は一体ナニを知っている? 実験計画の中で、誰も期待していなかった項目だが…………君は本当に超越者プレイヤーなのか?」


 さてどうするかな。共にダイブするメイ先輩にはいずれバレる。……なら、いまココでバレても同じか。本当に僕がプレイヤーなのかも分からないっちゃ分からないけど、後々に不味い状況でバレるよりは、先に情報を出しておく方が無難かな?


「期待はしてませんけど、一応約束してください。今から僕が話す内容はこの場だけ。あと、質問はオッケーですけど、僕にも分からないことがあります」


 波賀村理事に緊張が高まっている。プレイヤーの情報はソコまでのモノなの? そこまで期待されるとコッチも緊張する。


「……約束する。今この場に居る者以外に知られた際は、私が責任をとろう。鷹尾さん、野里教官、市川も……それで良いかな?」

「…………」


 皆が静かに頷く。う~ん……そこまで本気になられてもな。ちょっと引く。まだそんなに大した情報もないし。


「はぁ……そんな大層な情報はありませんからね。まず、僕がプレイヤーかどうかですが、正直わかりません。ただ、他の探索者と違うのは確かです。

 例えば……僕は転魂器やダンジョンの石板を使わずにクラスチェンジが出来ます。あと、任意のスキルを数個、クラス系統に関係なく引き継ぐ事ができ、今は【チェイサー】のクラスですが《白魔法ⅰ》が使えたりしますね。まぁコレが僕のソロでの継戦能力の秘密ですね」

「ち、ちょっと待ってくれ! それじゃ君は系統違いのクラスチェンジが出来るのか!? そ、その特徴はまさしく……」

「……でも、本当に分からないんです。過去のプレイヤーと特徴が同じでも、今の僕はまだレベル【九】ですよ。野里教官に軽く捻られる程度でしかありませんから……」


 期待されてもね。まだまだレベルが足りなさ過ぎだよ。幼気いたいけな子供なんだから、変な人体実験とかしないでね?


「続いてですけど、コレは他の方の意見が聞きたくて……野里教官、特異領域ダンジョンの外であるここで今、マナのコントロールは出来ますか?」

「……は? 出来るわけないだろう? ……いや、マナを多少感じる程度は出来るが……」


 そうか。じゃあコレも僕特有のモノか?

 レベルが上がるたびに、特異領域ダンジョンの外でマナを扱えるような気がしてくる。


「まだ検証が必要ですが、僕はダンジョン以外でもマナを扱うことが出来そうです。今の感じだと……レベル【一五】くらいまで上げれば、もっとハッキリと検証が出来るかと……これはまだ可能性の話ですね」

「ダンジョン外でマナを……もしかするとスキルの使用もか?」

「……まだ可能性ですよ? でも、コレを突き詰めると、ダンジョン症候群に新たな発見があるかも知れません」


 そうだ。実際にダンジョンの外で、今も波賀村理事は《テラー》というパッシブスキルを使っているというか、勝手に発動しちゃってるわけだしね。外でもスキルを使うこと自体は可能な気もする。もしまともに外で《ディスペル》とか使えたら……なんて風に思ってしまう。奇跡の治療者。……イイ感じに権力者に使い潰されそうだけど。


「現時点でプレイヤーっぽい点は、こんなところですかね」

「「…………」」

「…………た、確かに検証が必要だな。まずはレベルを上げるのが先決ということか……」


 インベントリ、ステータスウインドウに関してはまだ伏せておく。解放されていない機能がありそうだし。

 実はレベル【九】になってからステータスウインドウに「ストア」という項目が出てきたけど、灰色の文字でまだ選択できない。恐らくアイテムショップ的なモノだとは思う。レベルによる開放なのか、一定の条件が必要なのかは分からない。


「それで? 完全ソロダイブはやはり無しですか?」

「……やはり完全ソロは禁止だ。そもそも完全ソロは野良ゲートの違法ダイブだからね。もし、便宜を図るとしても、少なくとも六階層をクリアできた後だ。知っているとは思うが、六階層からは難易度が一気に上がる。だが、そこを突破すれば理事会もとやかくは言わないだろう。二人共それで良いだろうか?」


 まぁ仕方ない。ソロダイブを繰り返しているとまたマンネリ化するかも知れないしね。

 あと、今の段階で早々に僕に死なれると困るというのも分かる。


「分かりました」

「……良いです。そもそも私はソロダイブに向かないので……」


 波賀村理事がひと息ついた。いや、ここでゴネるほどわからず屋ではないよ?


「あとは実験計画のことだが……先に言ってしまえば、そもそもは過去の反省からだ。ダンジョンが今のように安定的に管理出来るようになってまだ五十年ほど。それまでに様々な試行錯誤が……中には目を背けたくなるような非人道的なモノもあった。是非はともかく、それ等の実験データは時代の流れや社会的な批判と共に失われていった」

「いま、改めて再検証をしている?」

「……そうだ。勿論、実験に参加する生徒たちの安全や人権に配慮はしているが……時には逸脱する事も視野に入れているのも事実だ。君たちを“サンプル”と呼ぶのは、自戒の意味も込めている」


 薄々感じていたけど、結構な数の“壊れされたサンプル”も多いんじゃないかな? 恐らく、当時のモノを再現するようなヤバい実験とかも進行してそう。

 ダンジョンという謎の存在が身近にあり、ダンジョンブレイクという魔物の驚異もある。

 分からないではないけど、前世の記憶がある身としては、年端もいかない子供をそんな実験に使っている時点でイイ気分はしない。


「結局のところ、自分に関係のある部分以外は首を突っ込むな……という感じですかね?」

「ありていに言えばそうだ。だが、君たちを巻き込みたくないという気持ちがあるのは知っておいて欲しい。私が管轄していない実験も数多いが、ソレに私が口を挟むことは、あくまで理事会を通じてしか出来ない。つまり、君たちについても、他から口出しをされることも少ないということだ」


 まぁこの世界のダンジョン学園の在り方について、ポッと出の僕がとやかくは言えない。いまはプレイヤー疑惑のある子供に過ぎないしね。もっとも、大人になったところで、国家ぐるみの秘密結社みたな組織に個人で逆らうってのも現実的じゃない。基本は能力を隠す方向になるのかな。あるいは思いっきり組織に迎合するか。

 そこまでしてダンジョンの深層を目指すのもどうなんだろ? ……って気もちょっとする。


 もしこの世界に主人公的な存在がいるなら……仮にヨウちゃんやサワくんが学園の実験のことを知ったら、僕の心配なんてお構いなしに、ダンジョン学園の闇を暴く的なクエストが開始されるんだろうか? そんなどうでも良いことをつらつらと考えてしまう。



 ……

 …………

 ………………



 今日も今日とてダンジョンだ。

 野良ゲートからの違法ダイブは今日が最終日らしい。明日には正式に『特殊実験室』が発表され、僕とメイ先輩はそちらに所属する。


 メイ先輩は学園都市で家族と暮らしており、学園には通学で変わりなし。片や僕の方は寮を出ることになった。そもそも特殊実験室が本棟管轄のため、比較的本棟にアクセスし易い都市部のマンションに移された。


 一人暮らしになるけど、なんのことはない、教官やその家族が多く住む学園御用達のマンションであり、野里教官もそのマンションに住んでいる。普通に監視付きという訳だ。というか、両親にはその辺りの話を通しているのか?


「さて。明日からは正式なダンジョンダイブとなるが……他の生徒たちとダンジョン内で遭遇する際の注意事項だ。鷹尾は当然知っているが、よく考えると井ノ崎は知らんだろう?」

「ええ。マナーとかルール的なことは全く知りませんね」


 そりゃ初めから違法ダイブだし。そもそもダンジョン内でまともに誰かと遭遇することがない。


「細かいことは鷹尾に聞け。大まかには『不干渉』だが、助けを求められたら、可能な限り対応するというのが基本ルールだ。

 採取場所や魔物については早い者勝ちで、野営をする場合の場所取りは赤い旗を立ててマークする。マークを外したり、無視するのは御法度だ。

 あと、今は生徒同士だが、ダンジョン内での探索者同士のトラブルも基本は両成敗だが……巨大な密室である以上、自分の身は自分で守るのが一番だな。……探索者の中には、他のチームに助けを求めて、駆け付けた相手を襲うといった不埒者もいる」


 ダンジョン内は治外法権と考えていた方が良さそう。色々と悪さも出来るだろうしね。少なくとも、すぐに逃げられる準備は常に必要かな。


「そもそもの話、ダンジョン内で他の生徒と遭遇することは多いんですか?」

「……高等部含めてだから、割と出会う」


 うわ。メイ先輩が露骨に能面になった。これはかなり嫌な時の顔だね。あまり良い思い出が無さそうだ。


「まぁ出来るだけ遭遇しない為には、六階層より先に進むことでしょ。生徒用のゲートではそうなりますよね?」

「そうだな。六階層から先というより、六階層自体も生徒の立ち入りはほぼ禁じられている。高等部の一部のみだ」


 まだまだ先は長そう。しばらくは五階層でチマチマレベルアップ作業になるだろう。フロアボスにも挑戦したいし。


「ちなみに、二人だけで五階層のフロアボスはいけそうですか?」

「……まだ厳しいな。鷹尾は一度クラスチェンジした方が良いだろう。そもそも、班の平均レベル【七】が目安と言われている。私はレベル【一二】でソロ撃破を達成した」


 初めてのクラスチェンジアイテムに辿り着くためには、条件が厳しくない?

 僕がレベル【九】【チェイサー】で、メイ先輩がレベル【七】【剣士】。まずはメイ先輩のクラスチェンジか。僕もあと一つはレベルアップしてからの方が良さそうだね。


「六階層には、五階層のフロアボスが普通にウロついてるんですよね?」

「……あぁ。憎たらしいことにな」


 ホントに憎々しげだ。

 聞くところによると、死亡事故は六階層がダントツに多いらしい。……教官も色々とあったのかも知れない。


「……私のクラスチェンジの転魂器、申請は大丈夫なのですか?」

「ん? あぁそれは大丈夫だ。流石に今すぐは無理だが、特殊実験室が正式に発足する、明日以降なら特に問題ないと聞いている。恐らく鷹尾は【武者】【魔剣士】あたりが候補だと思うぞ」


 【武者】て……どちらかと言うと【戦士】系の上位クラスっぽいけど。まぁクラスチェンジの法則はよく分からない。元々の素質とか言われるとさっぱりだ。別にコンプリートを目指したりはしないので、そこまで詳しく調べる気もない。


「あ、そういえば教官の【獣戦士】はどの時点で出たんですか?」

「確かレベル【一〇】を超えた後だな。レベル【九】の時点では無かったはずだ。しかし、特殊クラスは人によっても違うから参考にはならん。レベル【一】の時点で特殊クラスだった例もあると聞くからな。私の【獣戦士】は他に例もあり、専用というほどレアでもないが、条件などは分からないらしい」


 なるほど。まぁその辺はヨウちゃんやサワくんの動向をチェックすればある程度は解るかも知れない。獅子堂とかも特殊なクラスに目覚めそうだし。



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