第15話 同志
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あれからしばらくはソロダイブを繰り返し、たまに野里教官が鷹尾先輩を連れてきていた。まだ連携というほどの立ち回りはお互いに出来ていない。二人がそれぞれに相手を倒しているというレベルだ。
正直、鷹尾先輩のことはよく分からないけれど、ポツポツと話をするようにはなった。多分、僕みたいなタイプが元々嫌いだったみたいだけど、面と向かって『我慢する』と言われた時には、色々と通り越して笑ってしまった。根が真面目な人なんだろう。
B組を外れることはほぼ決定事項となったようだけど、本当に未練はないらしい。というか、周りとの考え方の違い、理想像の押し付けなどがプレッシャーだった。みたいなことを言っていた。
『誰かのためではなく、ただ私は自分のために自分を鍛えたい』という発言もあるし、鷹尾先輩マジ武人。ただ、ちょっと違和感。何と言うか……無理をしているというのも違うんだろうけど、彼女にはナニかがある……あるいは無い? 良く解らないけど違和感を覚える。
ま、それはともかくとして、あんまり班とか組とかに馴染まないタイプだったんだろうとは思う。
色々と動きがあり、少しスランプというか、ダンジョンダイブが惰性になっていたけれど、ひとまずは落ち着いた。野里教官の背後に、悪の秘密結社とかが無かったのが判明したのも良かった。いや、このダンジョン学園自体が秘密結社みたいなモンだけどさ。まぁそこはあまり言うまい。
そうこうしている間に、年度が変わり僕は中等部の二年生に。
何だかんだと言っていたけれど、僕は結局H組のままだ。カリキュラムは、中等部の義務教育的なモノ以外は白紙という潔さ。おかげで問題児扱いだよ。よく分からない学園の実験とやらに秘密裏に協力しているんだから、裏からそっと手を回すとかの配慮があっても良いと思うんだけど、そんな気配はない。くそ。
鷹尾先輩は事前の取り決め通りB組を外れた。H組ですらない。空白だそうだ。
どういう扱いになるのかはまだ詳しく聞いていないけど、それが発表された後、二年間同じ班で過ごした子たちですら、何も聞いてこなかったらしい。ちょっと寂しいと感じてしまうけど、それは僕のエゴなんだろう。鷹尾先輩の内心は分からないけど、表面上は動じていなかったよ。
……
…………
始業式が終わり、ヨウちゃんとサワくん、風見くんと久しぶりに会って話をした。
風見くんはダンジョンアイテムの研究・開発部門の専門課程へ進むことを決めた。上手くいけば中等部の二年生の間に飛び級できるようで、猛勉強している。しかも努力が苦になっていない。凄いことだ。応援している。
ヨウちゃんとサワくんは、相変わらずB組で探索者となるべく頑張っている。最近は班の皆とダンジョンに籠ってレベル上げに奔走しているとのこと。学園の許可を受け、自主的にダンジョンで野営して寝泊まりすることもあるようだ。ヨウちゃんやサワくんだけじゃなく、班の皆が全員そんな感じらしい。熱意が凄い。
鷹尾先輩もこういう班だったなら、上手く嚙み合ったのかも知れないね。言っても詮無きことだけど。
あと、最近はA・B組同士でも交流が増えたようで、御曹司の獅子堂とヨウちゃんが異性として意識し合っているようで、サワくんはソレが気に入らないらしい。まぁサワくん目線の情報だから、どこまで本当かが分からない。
話をする限り、ヨウちゃんはそういう恋愛モードのスイッチが入ってるのかな? 未だにお転婆ちゃんって感じだったんだけど……
「それで? 結局イノは何を目指すの?」
「え? 別に何を目指すとかないけど?」
ヨウちゃんのド直球を受けた。まぁ僕には前世の人生経験がある。小娘の曇りなき眼だって受け流せるわッ! ……何の自慢だよ。
「はぁぁ~。イノ、もっとよく考えた方が良いよ? せっかくダンジョン学園に入学できたんだからさぁ~このままH組だと、学園は中等部で卒業だって聞いたよ?」
「うん。知ってる。……というか、はじめから高校は地元に戻るつもりだったし……別にいまのままでも良いかなって」
これは成長と言えばいいのか停滞なのか……ヨウちゃん、自分の正しさだけが正しい訳じゃないんだよ?
「イノ、ヨウちゃんはお前のことを心配してるんだよ。……ホラ、前に話したことあるだろ? A組の獅子堂ってヤツ。あいつ、年上の幼馴染がB組にいるらしいんだけど、今年はB組に名前が無かったらしくてさ、かなり荒れてたんだ」
ん? B組の年上。今年度でB組を外れる。どこかで聞いた話だね。知らんけど。
「……なんかさ、獅子堂はその幼馴染には全然敵わなくて、いつか見返してやるって頑張ってたんだよ。それなのに……何かそういうのを目の当たりにするとさ」
おやおや。ヨウちゃんは落ち込む獅子堂のことが気になると。サワくん情報は正しそうだ。でも、その八つ当たりを僕にされてもね。それに、僕はその幼馴染とは違う。元々探索者なんて目指してなかったでしょ? 少なくともヨウちゃん達の前では。
「その獅子堂のことは知らないけれど、ソレってどうなんだろ。幼馴染の子は、熱烈に望んで獅子堂の目標をやってたの? ライバルポジション的な?
でも、中等部でA・B組を外れるって、大怪我したとか家庭の事情とかじゃないなら、本人が希望しない限りそうならないんじゃないの? その幼馴染の子は、他にやりたいことが見つかったとかじゃないの?」
同じ夢を共有し、その夢に向かって邁進しているヨウちゃんやサワくんには通じないかな? たぶん、風見くんには通じていると思う。チラリと目が合ったら頷いていた。流石、心の友の風見くん。
「……なんでそんなコトいうの? 絶対、その幼馴染だってB組を外されてショックなハズだよ! あの獅子堂が目標にするような人なんだから、探索者になることを凄く望んでいたはずだよ!」
ヨウちゃん。君はこのゲーム的世界の主人公かも知れないけど、現実を生きる以上、そういうのがいつまでも許される訳じゃないってことを、近いうちに知ってくれたら嬉しい。
「イノ。俺たちA・B組がどんな思いで探索者を目指しているのか知らないクセに……そういうこと言うなよ。お前と違って、俺たちには目標があるんだ! その目標を目指す仲間が、理不尽にその道を閉ざされたんだぞ!」
「……ゴメン。でもさ、その獅子堂の幼馴染がどんな思いだったかを、誰かちゃんと聞いたことがあるの? B組を外れた後、話をした人がいるの?」
誰もいないだろ? 知らないだろ? だって、話どころか、会いにも行ってないんだから。
「……そ、それは……私は知らないけど、獅子堂や同じ班の子とかは話を聞いてるハズだよ! 何なら今から私が聞いてくるし!」
「あ! ちょっとヨウちゃん! ……イノ、何だよお前。ちょっとおかしいぞ?」
ヨウちゃんが駆け、その後をサワくんが追いかける。井ノ崎真の記憶にある、いつもの姿。でも、ちょっと今はほろ苦い。ゴメンよ、僕も八つ当たりだった。鷹尾先輩のこと、自分で思うよりも感情移入していたみたいだ。
「……なんかゴメンよ、風見くん」
「いや、別にいいぜ。どちらかと言えば俺もイノの言い分に共感してたからな。俺だって今はダンジョンアイテムの専門課程を目指しているけど、もしかしたら途中で別の道を目指すかも知れないしな。そんな時に、友達があんな感じだと……ちょっと嫌だ。ちゃんと話を聞けって言いたくなるぜ」
風見くんは大人だ。僕は前世というズルがあるけど、ズルなしで、風見くんのようには振舞えただろうか?
……
…………
嫌なとこがあっても、嬉しいことがあっても、今日も今日とてダンジョンだ。
「どうしたの?」
苦手なはずの僕に対して、鷹尾先輩に気を遣わせるとは。野里教官もちょっとビックリしてるじゃないか。
「いや、ちょっと勝手に凹んでるだけですよ」
「ああそう。……気を付けてね」
し、塩対応ぉぅ。既にコッチすら向いてない。いつもは面白がってたけど、凹んでる時には効くぅ。
「ええと。鷹尾先輩。つかぬことを聞きますが……獅子堂って知ってます?」
「…………」
あれ? フリーズした? ……かと思ったらギギギだよ。その、ゆっくりと首だけコッチに向けるのヤメテ。怖いから。
「……どうして獅子堂のことを?」
「え、ええとですね。僕の同郷の知り合いが八一…今は八二か。まぁB組にいるんですけど、同じく八二のA組とも交流があって、それで獅子堂のことを聞きました。……獅子堂の年上の幼馴染って、鷹尾先輩ですよね?」
「…………………………」
鷹尾先輩の圧が強い……知らぬ間にこっちも手汗かいてる。は、早く何か言ってくれ。
「…………そう。そんな繋がりが。確かに獅子堂は家族同士が知り合いで、昔から一緒に居ることが多かった。学園都市に来てからも、家が近所で割と交流はあった。……それで、その獅子堂がどうしたの?」
「い、いや、鷹尾先輩がB組を外れたってことで、かなり荒れてたって聞いたんで……そ、それだけですよ」
何となく、なんとな~くだけど……鷹尾先輩は獅子堂のことにあまり触れて欲しくないみたいだ。メチャクチャ視線が強い。ビームでも出るのかってくらい。
「……あの子、私に負けたくないって、いつも張り合ってきてた。でも、私からすると獅子堂の方が凄い。あの子は周りの人たちを引っ張っていく力がある。私は同じ班員の子たちとも分かり合えなかったのに……」
「お互い、無いモノねだりって感じですかね? 多分、獅子堂は鷹尾先輩の“強さ”みたいなモノに憧れてたんじゃ?」
「……私の強さ。君が言うと嫌味に聞こえる。私よりも強い。年下なのに。本格的な訓練も中等部からなのに……」
あれ? 僕ちょっと良いこと言わなかった? 何で負けず嫌いモードになってんのこの人? 助けて野里教官!
「はぁ、まったく。井ノ崎は川神と同郷だったな。獅子堂が荒れて、川神たちもゴチャゴチャしていたアレか?」
「そうそう。ソレソレ。一応、川神さん……ヨウちゃんとは幼馴染なんですよ。獅子堂と鷹尾先輩のことで、何故か僕がアレコレ言われましたよ。このままH組でどうする、何か目標を持て! ……みたいな?」
「……井ノ崎君、目標はないの?」
お、鷹尾先輩が反応した。この人の気になるポイントが分からない。
「特にないですね。アレがしたいコレがしたいっていうのは。強いて言えば、野里教官と同類と思われるのは嫌ですが……ダンジョンの最深部へ到達したいっていうのはありますけど」
「ふん。お前のことは気に入らんが、その目標だけは共感してやる」
いや、だからアンタと一緒にされるのは嫌なの。このダンジョン狂いめ。
「……ダンジョンの最深部。ソコを目指すために訓練を?」
「え? え、えぇ。結果としてはそうなりますね。鷹尾先輩ほどではないですけど、強くなっていくのが面白かったりもしますけどね」
「……! ……ソレは良いこと。強くなる、自分を高める、その結果がダンジョンの踏破。…………うん。私もその道を征く」
何だ? 急に鷹尾先輩がやる気になってる。
「……井ノ崎君。私も決めた。ダンジョンの最深部を目指す。そうだ、ただ自分を鍛えるだけじゃない。ナニかを成し遂げる為の目標があれば……その過程として強さが……」
チラッと野里教官を見るけど、教官も鷹尾先輩のやる気スイッチに困惑してるみたいだ。外人さんの『ワタシ、ワカリマセン』のジェスチャーをしてる。
「……今から井ノ崎君は同じ道を征く同志。私のことは芽郁と呼んでくれていい」
い、意味がわからない。何が鷹尾先輩改めて、メイ先輩の琴線に触れたんだ?
「は、はぁ。それじゃあ、メイ先輩と呼びます。僕のこともイノで良いです。友達はそう呼びますから……」
「……! 分かった。イノ君。これからよろしく」
何故か手汗びっちょりのまま握手。何だコレ? よく分からん。
とりあえず、少しは打ち解けてくれたのか?
……
…………
………………
急にやる気になったメイ先輩だけど、連携の際の動きまで良くなった。何というか、視野が拡がった感じで、僕の動きをちゃんと確認しながら動いている。
いや、つまり今まではコッチの動きを全く見てなかったってコトなんだけどさ。コレがメイ先輩曰くの『同志』効果か?
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……
…………
………………
鷹尾芽郁。
彼女は就学前の検査での選別にて、ダンジョン学園の初等部への入学と、家族の学園都市への引っ越しを打診される。国家機関からの圧力ということもあり、断れる筈もなく家族は受け入れたが、両親はすぐにという訳にもいかず、まずは祖父母と共に学園都市へ。
そして、学園側の要望もあり、祖父母は鷹尾流という古武道の道場を開いた。ダンジョン学園支部といったところ。
学園都市には探索者も多く在住しており、鷹尾流の道場の門戸を叩く者は多かった。
鷹尾芽郁は、当時から利発な子ではあったが、自分が学園に選別された所為で家族がバラバラになったという負い目を持っていたという。
できるだけ周りに迷惑を掛けず、祖父母にも負担を掛けず、道場に来る人達とも仲良く……と、子供ながらに周りに気を遣って生きていた。
初等部の二年。ようやく両親の仕事の都合の目途が立ち、学園都市内での仕事の調整も上手くいき、さぁこれから家族で暮らせる……というときに、不幸にも両親は事故で他界。永遠に家族が揃っての団欒は失われる。
悲しみに暮れる日々の中、彼女は没頭する。強くなることに。恐らくそれは幼い心の逃避であり、家族の団欒という二度とないモノに対しての代償行為の一つだったのかも知れない。
幸か不幸か、鷹尾芽郁には素養もあり、剣術をはじめとした古武術の腕はメキメキと上達していく。そして、祖父母や道場に通う大人たちも彼女を誉め讃えた。彼女が哀しみを紛らわせていることを承知の上で。
そして、いかにダンジョン学園と言えど、初等部の子供をいきなりダンジョンへ放り込んで魔物の相手をさせる訳でもない。訓練は基本的に対人。座学にも力を入れている。
道場での修練が実を結んだということもあり、彼女は同年代からは飛び抜けてしまう。孤立。戦う術は周りから頭抜けはしたが、同年代の子と共有するモノを余りにも彼女は持たなかった。
それでも鷹尾芽郁は訓練、修練に時間を費やす。それ以外にすることが思いつかない。何も考えられない。
失われた家族の団欒を求めた代償行為は、哀しいかな、彼女の孤立をどんどん深めてしまう。
結局、彼女自身も周囲とのズレには気付いていたが、その時には、もうどうすれば良いのかが解からない。
強くはなったが、目的も指針もない。元々はただの逃避であり、本来の彼女が強さを求めていた訳でもない。
強くなって何をする? それが彼女には無いまま。
ダンジョンの深層を目指すというのは、ただの理由付け。イノの言葉に相乗りしただけ。彼女自身が求めている訳でもない。強さを求める体裁を整えたかっただけ。
鷹尾芽郁の心は
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