第13話 サンプル
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「それで野里教官の担当する“サンプル”のミスで、他の生徒にバレたと?」
「申し訳ございませんでした。言い訳の余地なく、私の監督不行き届きです」
部屋の中は、少し昔のマフィア映画でしか観たことが無いような『ボスの執務室』みたいだった。
僕と鷹尾先輩はドア付近で立たされており、今は野里教官がデスクに腰掛けるボス……もとい「第二ダンジョン学園 特殊研究室 室長」に対しての謝罪劇場が展開されている。
「……元々杜撰な計画でしかありませんからね。自主練に熱心な生徒の全ての行動を把握することなど出来はしません。ただのアクシデントですよ」
「……それでも、やはりその責任は私にあります」
「それを言うなら、責任の所在は、計画を立案、実行の指示を出している我々にあります。……野里教官、貴女の謝罪は受け取りました。今は次の話に移りませんか?」
そう言いながら、こちらへ視線を向けた。
ダンディな紳士という風体である、
執事さん……恐らく秘書だろうけど、その方の勧めで僕等はソファに横並びで腰掛けることに。
「三二のB組、鷹尾芽郁さん。君はソロでのダイブを希望しているというが、それは本当かね?」
「……は、はい。出来るならお願いしたい……です」
何だろう? 確かにこの波賀村理事は偉い人みたいだけど、そんなに緊張するほどか?
鷹尾先輩も野里教官もガチガチだ。まぁ理由も分からないではないけどさ。この理事、柔和な感じだけど酷いことをする。思わずイライラしてしまう。野里教官はともかく、鷹尾先輩……子供相手に何てことしやがる。
「鷹尾さんは既にB組でのカリキュラムがあるが、それでもソロダイブを希望する理由を教えてほしい」
「え、えっと……いまはレベル【七】です。訓練をしたいのですが、他の班員と意見が合わず、ダイブ出来ない事が多いので……」
中等部も高等部もダンジョンダイブは班単位での許可制。他の人と意見が合わなければダイブが出来ないという事もあるだろうね。
「中等部二年、直に三年となるが……今の時点でレベル【七】とは素晴らしい。他の班員と意見が合わないのも辛いことだろう。……しかし、やはり君のソロでのダイブは認められない」
柔和な表情ではあるけれど、断固とした意思を感じる。ただの紳士的な好々爺という訳でもないのは当然か。
鷹尾先輩にも波賀村理事の意思は伝わっているようだね。
「……ッ! じ、じゃあなぜ彼はソロダイブが許されているのですか? しかもH組でしょう。彼に出来るなら私にも出来るのでは!?」
「鷹尾、少し落ち着け」
教官が押さえに回るとはね。鷹尾先輩って割と激情家なのかな? あ、このコーヒー美味い。
「野里教官、構いませんよ。鷹尾さん、彼……井ノ崎君は特別です。そもそも初めからソロダイブありきの生徒であり、我々のとある実験に付き合ってもらっているのです」
へぇ。そうなんだ。知らなかったよ。平然と嘘付くんだね。
「お、おい! 井ノ崎!」
「あ、口に出てた。すみませんね。初めて聞いたものですから……つい」
どうでも良くなってきた。こんな茶番。それよりもとっとと止めて欲しい。ソレを。
「それで野里教官。詳しい説明をすると言ってましたけど、それはいつから始まるんです? 別に僕は今の処遇に不満はありませんし、話がないなら帰りたいんですけど?」
「お、お前! 何てことを言うんだ! 理事に謝罪しろ! す、すみません、波賀村理事、躾のなってない奴で……私の責任です」
野里教官だけじゃなくて、何故か鷹尾先輩まで焦っている。そりゃそうか。こんな脅しを食らっていたら神妙にもなるだろうね。
「ほほ。構いませんよ。活きが良い生徒は嫌いではないです。それに、確かに説明をしていないのはこちらの都合ですから……井ノ崎君は自分の参加している実験のことが知りたいようだし、そちらの話をしましょうか。どうせなら鷹尾さんも聞いて行きなさい。それで判断すればよろしい」
「まぁ説明してくれるなら話は聞きます。でもその前に、なぜ理事は特異領域外で《スキル》を使用出来るんですか? いちいち不愉快なので止めてもらえません? 子供相手に大人げないと思わないんですか?」
そう。このジジイは《テラー》とかいう、バッドステータス付与のスキルをずっと使ってる。もしかしたらスキルじゃなくて、何らかのダンジョンアイテムかも知れないけどさ。
教官や鷹尾さんの過度な緊張はこれが原因だろう。
この部屋に入った瞬間、僕のステータスウインドウが勝手に発動したのも何か関係があると思う。こんなのは、教官に連れられて行った二回目のダンジョンダイブ以来初めてだ。
前世の記憶なりがあっても、僕だって今は子供の身だ。鷹尾先輩だってそう。ガキんちょをこんなにも直接的に脅しつける奴が理事だなんてね。恥ずかしくないのか?
「……ほう。君は解るのか? やはり君をサンプルとして選んだのは正解だったようだ」
「いや、そんなのはいいから、早くスキルを解いてくれません?」
イライラが募る。何故か僕にはコイツのスキルが効かない。ステータス画面に『《テラー》を無効化しました』の文字がずっと流れてる。スキルの効果は無くても、この文字がずっとチラチラしてるのも鬱陶しい。
いや、別に僕のことはどうでも良い。そんなことより、
「……済まないが、これは任意でオンオフが出来ない。我慢してもらうしかない」
は? 何だソレ?
……
…………
………………
話を聞くに、この波賀村理事は伝説の探索者として有名らしい。何でも、日本では初めて二十階層を超えた探索者チームのリーダーを努め、先達として後進の指導にも余念が無かったという。
ある時、ダンジョン内で何らかの事故に遭い、探索者を引退してダンジョン学園の運営にまわったとのこと。
「で、その事故の後遺症として、その迷惑なスキルを垂れ流すことになったと?」
「井ノ崎! 失礼だろうが!」
「いや、野里教官。良いんだ。井ノ崎君の言うことは事実だ。……私は二十三階層である魔物を倒して……以来このような体質になった。今はまだマシな方だが、特異領域内、ダンジョンではこの比ではない。この学園の中枢に居る者は、皆なんらかの後遺症…“ダンジョン症候群”を持っている。この本棟は、そういう連中を隔離するという意味もある」
なるほどね。野里教官が言っていた本棟に立ち入る意味っていうのはこの事か。確かに一般の生徒が知らなくて良い情報だろう。
ダンジョン内では、怪我や命の危険の他、こんな後遺症を負うリスクもあるということか。
勝手にイライラしてしまったのは悪かったかも知れないけど……だからと言ってやることは変わらないや。
「……そちらの事情は分かりました。これまでの失礼を謝罪します。……それはそれとして……なら手早く僕がサンプルとして参加している一連の実験? のことを教えて貰えますか? あきらかにこの部屋に長居するのは鷹尾先輩にとって害でしかないでしょう?」
僕にとってはこっちが本題だ。悪いけど波賀村理事の事情なんてオマケに過ぎない。そりゃ大変だなぁ〜とは思うけどさ。それよりも、そんな事情でダメージを負う羽目となってる鷹尾先輩の方が余程気になるよ。冷静であろうとしているけど、まだ震えている。
「君が参加している実験計画は、野里教官が伝えている通り『ダンジョンの深層を踏破できる探索者の育成』がメインなのは間違いない。恐らく、学園が主導であることは伏せられていたと思うが……」
「ええ。教官の背後にいるのは、学園とは対立する別組織じゃないかと勘繰っていましたよ。まぁ途中から、学園の設備をこれだけ好き勝手に利用している以上、学園側にも関与している人たちが居るだろうと思い直していましたけど」
「……お前、ちゃんと理解していたのか?」
驚くようなことではないでしょ。というか、僕はあんな雑なやり取りで騙される奴と思われていたのか……そりゃ今は見た目はガキんちょだけどさ。いや、違うか。実のところ、前世の記憶はあるけど、感性だとか考え方もちょっと年若くなってる気はする。
「それで、波賀村理事の話ぶりでは、メイン以外にも目的があったということですか?」
「そうだ。解り易いのを並べると……
“
完全なソロダイブでのダンジョン内活動の影響を調べることが一つ。
親和率の高さが及ぼすダンジョンの影響を調べることが一つ。
……という具合だ。
実はまだまだ実験内容はあるが、今はこれ以上を伝えることは出来ない。そもそもまだ君は他の実験計画に参加していない段階だからね」
なるほど。やはり完全なソロダイブも実験の範疇か。レベルアップが早いのは、僕が特別なのではなく、ダンジョンのボーナス仕様で間違いないようだね。あと、ダンジョン症候群とやらを治療するとか、その原因を調べるというのも計画に織り込まれている気がする。
「まぁ僕は難しいことは分かりませんが、結局のところ、波賀村理事のようなダンジョン症候群について、親和率との関連性は見つかったんですか?」
「……いや、現時点ではあまり関連性はない。親和率が極めて高くても、特に問題がない者も多い。特定の魔物を倒すというのも違った。私のようなダンジョン症候群の原因や治療法は不明なままだ」
何だか嘘の匂いがする。もうとっくにダンジョン症候群の原因とかは判明してそうだ。治療法がないっていうのは本当みたいだけど。
「……す、すみません。少しよろしいですか?」
「ん? あぁ構わないよ」
鷹尾先輩のターン。かなり顔色悪そうだけど大丈夫かな? 震えも治まってないし。
「……ありがとうございます。気になることは色々あるのですが……今のお話では、A・B組のカリキュラムでは、深層を踏破できないと学園側は考えているのですか?」
そりゃ気になるか。B組は探索者の養成だと言われているのに、実は裏では深層を踏破できないと言われていたら心外だろう。
「決してそうではないが、そうでもあるとも言える。残念だが今の学園は『安全に、効率的に、既存の階層で成果をあげる』という方針であることは間違いない。国からもソレを期待されている。
しかし、だからと言って全員がそうであるとは考えていない。ここに居る野里教官もその一人だ。ダンジョンの深層へ到達する。未踏破エリアを踏破する。その気概を持ち、そして資質がある。そのような生徒に対して、特殊なカリキュラムを課すこともあるというだけだ」
いやいや、それじゃ余計に酷い。鷹尾先輩に『お前には気概も資質もない』と言っているようなモノでしょ。
「……私にはその資格がないとおっしゃるのですか?」
「そうではない。ただ、今の段階で君はB組のカリキュラムに組み込まれている。この実験はあくまでも小規模で行っている段階だ。当然のことながら取りこぼしはあるし、基本的に初めから優秀な人材は実験には選ばれていない」
おいおい、今度は僕がダメージだよ。何だよ優秀じゃないって。まぁ解っているから良いけどね。実際、井ノ崎真の成長限界は低かったし。学園の選定は概ねはちゃんと適性に沿っていると思う。
それに、どうせ潰れても気にならない所から選んでいるんだろう。内部進級の生え抜きの生徒をこんな実験で使い潰す訳にはいかないはずだ。
「優秀なら選ばれない……。なら、実験に選ばれた彼は結果を出せているんですか? 私が変わりに実験に参加することで、より良い結果が出せるとしたら?」
鷹尾先輩。この子は一体なんなんだ? ヨウちゃんやサワくんとはまた少し違う、ダンジョン……とは違うけど、何らかの執着のようなモノを感じる。そこまでソロダイブしたいの?
「波賀村理事。この鷹尾、調べたところかなり優秀です。恐らく現時点では三年を含めても中等部の中ではトップクラスでしょう。早々に潰れることはないかと思いますが……それに、知られてしまった以上はある程度協力を仰ぐ方が得策かと……」
「私も鷹尾さんのデータは確認させてもらった。優秀なのは間違いないだろう。しかし……」
「あの~話の途中で申し訳ないんですけど、ちょっと良いです? そもそも、鷹尾先輩は何故そこまでソロダイブに拘るんです?」
波賀村理事に要求する際の酷く切羽詰まった鷹尾さんの横顔が印象的だった。一転、その瞳が僕をとらえた時には感情が抜け落ちていたけど。落差が酷い。僕とは話をする価値がないとでも言いたげだ。
「……私は別にソロダイブに拘っているのではなく、自身のダンジョンでの成長を求めているだけ。今の班、カリキュラムでは物足りないから」
全てが嘘ではないけど、本当のことでもない。……って感じかな?
おかしいね。野里教官みたいに僕まで勘で判断するようになるとは。
でも、最近は少し不思議な感じがしている。
「僕は他のメンバー……“サンプル”を知りませんけど、鷹尾先輩の目的がダンジョン内での成長というなら、同じレベル帯のサンプルとチームを組んだら良いのでは? 完全ソロダイブの実験結果なんて、ある程度は既に根拠があるでしょう?」
「……おい、井ノ崎。お前はどこまで知っている? ……いや、そもそもお前は何者だ? どうして波賀村理事の前で平然としていられる?」
あれ? 何だか野里教官が不穏だよ。波賀村理事の《テラー》の影響でイライラしているのかも知れないけど……間合いを外せないような至近距離で殺気立つのは止めて欲しい。悪いけど、インベントリが使える以上、ダンジョンの外でこの距離なら僕が勝つよ。いつまでも舐められるのもどうかと思うし……ちょっと脅かすか。
「……クッ!」
相変わらず勘が良い。僕の反撃の意図……インベントリから短剣を出す前に察知するとはね。野里教官は咄嗟にソファを飛び越えて僕から距離を取った。
……ちょっとした脅しのつもりだったんだけど……やり過ぎた気もする。ま、まぁこのままいくか。
「野里教官。今のは貴女が不用意です。すまないね、井ノ崎君。……それにしても、君は本当にレベル【五】の【ルーキー】なのかい? いま、何をしようとしたかは具体的には分からないが、もし彼女が飛びのかなければ……」
「下手をすれば大怪我をしていたかも知れませんね。流石に教官がそんなのんびり屋さんじゃないのは知っていますし、そういう結果になるとも思っていませんでしたけどね」
僕は事更にわざとらしく、気取ってコーヒーを飲む。
いや、本当はそんなに余裕もないんだけどね。インベントリを利用して不意はつけても、正攻法だと厳しい。まったく敵わない。野里教官は素でも普通に強い。……後でやり返されるのが怖い。鷹尾先輩とは別の意味で震える。(酷い目に)遭いたくなくて震える。
「それで? 鷹尾さんを実験に参加させる云々はどうするんですか?」
「……野里教官。貴女が担当する“サンプル”で該当者は居ますか?」
「……該当者はコイツくらいです。他の“サンプル”はまだA・Bに追い付いてもいません」
野里教官、僕に一杯食わされたのがそんなに悔しかったのか、メチャクチャ睨んでくる。しょうがないでしょ? そもそもソッチが暴力に訴えようとしたからじゃん。加減をちょっと間違えたのは悪かったけどさ。脅かすだけだったのに、大袈裟に超反応する教官も悪いんだよ。うん。責任転嫁だ。分かってる。
「どうだろう、井ノ崎君。一度、鷹尾さんと組んでダンジョンダイブを頼めないか?」
「心情的には嫌ですけど……そもそも僕はソロでの戦法しか知りません。ヒーラーや遠距離アタッカーならともかく、鷹尾先輩は物理アタッカーで【剣士】とかでしょう? 二人で組むにしてもバランス悪くないですか? それに、二人でダイブしたら完全ソロのレベルアップの短縮という恩恵が貰えないじゃないですか」
野里教官だけじゃなく、鷹尾さんからの視線も強くなった。今日は女難の日だね。
「……井ノ崎君。先ほどの野里教官のセリフではないが、君は一体どこまで知っているんだ?」
あれ? 女性陣だけじゃなく、波賀村理事に秘書さんまで圧が強くなってるよ?
え? 完全ソロのボーナスってそこまでの秘密だったの?
嘘だろ……『俺、また何かやっちゃいました?』……ってヤツを素でやらかしたの?
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