第12話 呆気なくバレる

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 早いもので冬休み。

 ダンジョン学園に夏休みはなく、その分とまではいかないけれど、冬休みが少し長い。全寮制である編入組は待ちにまった長期の休みであり、里帰りする生徒がほとんどだ。

 ちなみに内部進級組は、初等部に入学する時点で、大多数が学園都市に家族で移住してきているとのこと。……というかほぼ強制らしい。


 帰省する生徒に対して、ダンジョン学園は守秘義務を課せており、学園都市内の施設、学園のカリキュラムなどについての口外は禁止されている。……あまり実効力はないみたいだけど。


「お兄ちゃん、もう探索者になれないんだ……」

「いや、そんな深刻そうにされても、初めから探索者になる気は無かったぞ?」


 妹の花乃かのは探索者という職業やダンジョン学園への憧れがあるようだ。もっとも、自分がじゃなくて観る方がメインだけど。


「いやぁウワサには聞いていたが、入学の時点で適性を色々と調べられていたとは……。親としては少しホッとしたような、残念なような……」

「お父さん! なに言ってるんですか! のんびり屋の真には探索者なんて危険なコトは向いてませんよ!」


 久しぶりの我が家。とは言っても、僕の自我は小学六年生の途中からであり、あんまり我が家という実感はない。ただ、そうは言っても、僕の帰省を喜んでくれる人たちに対しては、僕だって暖かい気持ちにはなるよ。あり合わせだけど、ちゃんと井ノ崎真としての記憶や感情だってある。

 ……時々、元々の井ノ崎真が何処へ行ったのか……ということを考えると、漠然とした恐怖を感じる。自分じゃどうすることもできないことだけど。


 まぁそんなこんなで、十二月の上旬から家でダラダラしてたら、年明け早々に叩き出された。家族なので遠慮もない。くそ。


 ご近所であるヨウちゃんやサワくん、風見くんまでもが、正月明けで学園に戻ったのを聞いたらしく、両親から『お前も戻れ』と鶴の一声。


 はいはい、戻りますよ。でも両親たちは知らないだろうけど、ダンジョンでの活動時間はヨウちゃんたちよりずっと長いんだよ。ちょっとくらいダラダラしても良いじゃん。まぁ口に出しては言えないけどさ。



 ……

 …………



「はぁ……結局することも無いし、ダンジョンか……」


 別に良いんだけどね。

 最近は少しマンネリ気味なんだよ。

 既にレベルは【八】。A・B組が中等部三年で到達する基準に達してしまった。更に【シーフ:Lvmax】で再度クラスチェンジ、今は回復や強化バフ系魔法で継戦能力を高める為に【白魔道士:Lv8】となっている。こちらもLvmaxが見えて来た。


 初めて四階層に踏み込んだ時なんかは、油断から囲まれてボコボコにされたし、慣れてきてからも死にそうになったことだってある。そんなこんなで、ボス部屋にはまだ踏み込んでいないけど、今ではなんとか五階層でも活動出来るようになった。


 ……ここ最近は、作業感が強くてダルい。とは言いつつ、ここまで来たら五階層のボスもソロでクリアしたいという気持ちも出てきている。【白魔道士】のクラスLvが上限に達したら、【シーフ】の二次職である【チェイサー】へクラスチェンジして五階層のボスに挑む。


 ……と、思っていたんだけど。


 帰省して一ヶ月近くダラダラしてたら『何でダンジョンダイブしてるんだろ?』と、ふと“我に返る”ことが増えちゃった。


 確かに僕はこの世界の他の人たちと少し違う。でも、だからといって、ダンジョンの最深部を目指す必要はなくない? いや、実は今でも“ダンジョンに呼ばれている感じ”はしているんだけどさ。


 ただ、別にダンジョンダイブをしなくても、特にペナルティがある訳でも無いっていうのが、今回の帰省でハッキリした。


 むしろ、今ではヨウちゃんやサワくんの方がダンジョンに籠もっているみたいだし、風見くんも工房に通い詰めらしい。もしかすると、何かしらストーリーに動きがあったのかも知れないけど……最近は皆と連絡を取り合う頻度も少なくなった。それぞれの進路で頑張っている感じで、僕は置いていかれている。


 今のままで良いんだろうか?



 ……

 ………… 

 ………………



 ゴブリンリーダーの首を斬り飛ばす。

 すると、その合間を縫って矢が飛来する。咄嗟に首無しリーダーを盾にして矢を防ぐ。肉盾を貫通する勢いの矢だ。その上で続け様に二の矢三の矢が飛んでくる。盾を掲げながらアーチャーとの距離を詰めるけど、途中でゴブリンリーダーが光の粒となって消えてしまう。


 瞬間、光の粒の向こうに居るアーチャーと目が合う。その顔は嫌らしく歪んでおり、明らかに“盾”が消えるタイミングを読んでいたようだ。


「……《ホーリー》」


 ボソッと呟くと、矢を放つより先にアーチャーの右肩が光の矢によって爆ぜる。残念、少し外れた。僕は動きを止めず、流れるように握り込んでいた石をぶん投げる。


「ギャブッ!?」


 呆気にとられていたアーチャーの頭部が陥没した。今度こそ致命傷だろ。それを確認しつつ、左手で短剣を振るいながら横に飛んで地面を転がる。すると、一瞬前にいた場所で四つ足の獣が血塗れでもがいていた。


「……! …………!!」


 ウルフタイガーという、狼なのか猫科の獣なのかよく分からない魔物だ。咄嗟の一撃が上手く喉を斬り裂いたようだ。ただし、僕の左肩も爪で引っ掻かれたようで、少し肉を持っていかれた。アドレナリンの効果なのか、痛みはそれほど感じない。まぁ治すから良いけど。


「……割と深い傷だな。《ヒール》」


 暖かい光が患部に集束する。まず血が止まり、徐々に抉られた肉が再生していく。いつ見てもあまり気持ち良いモノではないね。


 五階層。

 四階層から引き続き、出てくる魔物たちの数が増えてはいるけれど、今の僕はソロでも何とか対処出来ている。いや、勝てそうな集団としか戦わないってだけか。


 今は、短剣を主体とした《気配隠蔽(小)》からの奇襲、投石と《ホーリー》による中〜遠距離攻撃で戦法を組み立てている。戦闘の後も《ヒール》《手当》などで回復する事も可能だし、インベントリにはポーションや帰還石、野営装備、大量の食料や水、投石用の石も準備している。


「……安定して戦えるようになったけど、果たしてボスに通じるのやら……」


 一応、野里教官にはレベル【五】になったと報告をして《偽装》もそれに合わせるように使っている。

 教官とボス戦に臨むか、一度ソロで挑戦してみるか……どうしたものか? どちらにせよ、今は心が躍る感じにはならない。


 とりあえず、今日はここまでにしておこう。



 ……

 …………

 ………………



 ゲートを潜り、学園の自然公園の茂みの奥に戻ってきた。

 当然のことながらこのゲートは管理されていない野良であり、利用は禁じられている。それに人目に付くような場所でもない。周囲に人は居ないはずだった。


「…………あ」

「……(めっちゃ目が合ってるんだけど)」


 ゲートから出てきたら、目の前に普通に人が居た。見た感じは同年代の女子生徒。えっと、どうしよう? 野里教官に丸投げするか?


「え、えーと。ここで何を?」

「…………訓練。そういう君は?」


 そりゃソッチも聞くよね。


「く、訓練かな?」

「…………」


 苦しい。苦しいよ、言い訳が。


「……野良ゲートから出てきたね」

「そ、そうみたいですね」


 じっと見つめられてる。不審者を見る眼だよね。当たり前か。


「……君、何年の何組?」

「(ここはまだ特異領域だから、いっそのこと脱兎の如く逃げるか?)」


 頭の中で色々と考えてしまう。でも仕方ない。見つかってしまったのはもうどうしようもないか。


「えっと……八一のH組。そういう君は?」

「三二のB組」

「あ、先輩なんだ。しかもB組。いや、訓練って言うくらいだから当たり前か」


 恐らく、野良ゲートを見つけて、そのゲート付近の特異領域を利用して訓練をしていたんだろう。理由が解っても全く嬉しくない。


「それで、何をしていたの?」



 ……

 …………



 所々にフィクションを加えながら、掻い摘んで経緯を説明した。勿論、野里教官には連絡済みで、暫くすると飛んできた。

 女子生徒の名は鷹尾たかお芽郁めい

 B組の二年生。本人曰く『普通』らしいけれど、クラスやレベルとかじゃなくて、何かしらの武道でかなりの使い手だと思う。特異領域内だからよく解る。


「……という訳で、コソッとダンジョンダイブしてます。はい……」

「【ルーキー】のソロで三階層? 信じられない」

「その辺りのコイツの異常性はとりあえず措いておく。とりあえず、この件については極秘事項でな……」


 流石の野里教官も勢いが弱いね。まぁ僕の不注意だから、後で僕にはメチャクチャ怒ると思うけど……


「ダンジョンダイブをソロで出来るなら、私もお願いしたい。班単位だと、どうしても他の子とペースが合わない」

「そう言われてもな……悪いがA・Bの生徒はコッチのカリキュラムは対象外だ。それに鷹尾は内部進級の生え抜きだろ? 流石に無理だ。……個人的には賛成したいとは思うが……」


 学園の敷地でも、ダンジョンゲートが発生するエリアというのは、基本都市化されていない辺鄙な場所だ。

 この鷹尾先輩、そんな場所まで来て自主練するくらいなんだから、ダンジョンへの意欲は強いんだろう。ソロでのダンジョンダイブを希望している。


 実はダイブ自体は、中等部であっても比較的ルールが緩やかだ。班単位で三日前までの申請、学生証を持参、その時点でのカリキュラムによる階層制限……と言った具合。

 中等部二年の終盤ということで、班単位なら、鷹尾先輩はボス部屋以外の五階層まで許可されると思う。勿論ソロだと許可は下りない。ソロでのダイブは、レベル【一〇】の壁を突破した高等部二年生でようやく解禁されるらしいからね。


「……でも…………なら……」

「それは…………無理で…………」


 かなり食い下がっているようだ。

 大変だね教官も……なんて風に知らん顔してたら、いきなり頭を叩かれた。


「痛ッ!…… 何をするんですか、いきなり」

「いや、原因であるお前が全然反省していない風だったからな」


 その通り。全く反省などしていない。

 個人的にはありがたかったけれど、元々は緩いルールで放置していたのはソッチだし、こんな事が起きることを想定しておくのもソッチの役目でしょ?


「……くっ。言わせておけば……」

「あ、声に出てましたね。煽るつもりはなかったんですけど……」

「教官。私にもソロダイブの許可を下さい」


 鷹尾先輩。見た目は健康的で清楚なお嬢様といった感じなのに、グイグイくるね。諦めない。


「あー! 分かった分かった。鷹尾のことも話をしてみる。当然だが口外は禁止だ。それに結果がどうなるかまでは保証できん。あと井ノ崎! お前にも詳しい事情を説明しておくから来い! 何を帰ろうとしている!」


 あれ、僕も行くの?


「あー別に僕はいいですよー。鷹尾先輩に便宜をはかる相談でしょー?」

「このッ! ……お前だって薄々は気付いているだろうに。気にはならんのか?」


 組織的な背景のことか。ダンジョンがマンネリ化してから、そういうのにも興味が失せてたんだけどな。まぁ説明があるなら聞くさ。……それが本当の事かは別の問題だろうし。



 ……

 …………

 ………………



 で、プリプリする教官に連れられて来たのが、学園の本棟。

 他の校舎とは少し趣が違う。聞けば、学園が管理する中で一番大きなダンジョンゲートの真ん前に建てられた、一番古い校舎らしい。


 今は生徒が立ち入ることは少なく、比較的立場のある教官や教師のみが出入りする、謂わばこの学園の中枢やら権威を象徴する建物となっており、来賓を招くのにも使われるらしい。


 僕は、学園のやり方に反対する組織みたいなのがあって、学園の有志一同も積極的に関与しており、野里教官はソコに属するエージェント的な感じ……みたいに思っていた。

 でも、どうやら学園内の派閥違いみたいな感じで、全くの別組織が暗躍しているとかではないらしいね。


「……本棟に立ち入ると言うことがどういう事か、鷹尾は理解しているな?」

「……はい。それは勿論。……教官、コレはそこまでの大事だったんですか?」

「そうだ。ただの思い付きなどで無いのは確かだ」


 鷹尾先輩に教官まで、かなり緊張している? 本棟に立ち入るってそこまでの事なの?


「あの、僕にはサッパリなんですけど?」

「……井ノ崎。後で詳しく説明はしてやるが、この本棟は学園の中枢であり、今から会うのはこの学園の重鎮の方だ。頼むから大人しくしておいてくれ」


 おぅ。思ったよりも大変そうだ。いつも僕には不遜な教官が、こんな顔色になるとはね。


 本棟の外観は重厚感とエレガントさが入り混じった欧風モダンなイメージ。他の校舎や寮が機能一点張りな分、余計にそう感じる。迎賓館として使われるのも納得だよ。

 ただ、僕達は正面入口ではなく、外門の脇に建てられた警備用の小屋へ。

 何でも、この小屋から敷地内の地下通路に入るみたい。秘密結社かよ……と思ったけど、景観を守るために、関係者は地下通路を通って本棟に入るのが普通だそうだ。いちいち正面のバカデカい門を開閉するのも無駄と判断されたようだ。デザインと実用性、両立は難しいね。


 実用一点張りな地下通路とエレベーターを駆使し、野里教官が目的とする部屋に到着。


 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。



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