第10話 実習
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A・B組のダンジョンでの合同実習。
今回の参加生徒の総勢は八十名であり、教官や協力者を含めると百二十人を超える。
しかし、生徒からすると、合同とは言ってもあくまで課題は班ごとであり、班の編成はいつもの訓練時と同じメンバーでしかない。
元々、周囲から無駄にライバル関係を煽られ、拗らせている生徒も少なくないのに、A・B組で一堂に会する意味を大半の生徒は理解出来なかった。
しかし、具体的に実習が始まり、学園側の想定していただろうトラブル、課題の歪さなどをその身を持って体感する羽目になっていく。
「くッ! 課題をこなそうにも、魔物が居ないぞッ!」
「いつもの狩場は他の班で一杯だ。どうするんだよ!?」
「あぁ! そのゴブリンは私達の獲物だったのに!」
「早い者勝ちだろ!?」
「ポーションの原料集めも駄目だ……いつもの採取場所は粗方荒らされてる。ゲートに入り直さないと、ココはもう使えない……」
「おい! その安全地帯は俺たちの野営場所だぞ!?」
「知らないわよ。ダンジョンでの場所取りマークもせずに、バッカじゃないの?」
……
…………
「……(ヒヨッ子達の風物詩だな。懐かしいものだ)」
ちらほらと起きている各班の衝突を遠目に見ながら、野里は、割り振られた担当に支障を来さない程度に、自分の学生時代も同じような混乱があったことを思い出す。
「……ふん。くだらないな。ダンジョン内での場所取り合戦か。おい! 俺たちは一気に三階層まで先に行くぞ。雑魚どもに構うな」
「「はい!」」
……
…………
野里の役割。A組の獅子堂班の監視役。
獅子堂が、すんなりと自分たちの課題に取り組むならそれで良し。そうでないなら……野里が、その実力により獅子堂を制することになる。
「……(ふぅ。A組担当の原村教官とて元・探索者であり、今の獅子堂如きなら暴力で制圧するのは造作もない。ただ、獅子堂は自分の“力”をよく知っているからタチが悪い……)」
ダンジョン関連の施設建設、アイテムの調査や開発、ダンジョンテクノロジーの一般化、ダンジョン内でも稼働する重機を始めとした機器の製造などを手掛けるという、日本のダンジョン開発と共に育ち、今や世界規模となった獅光重工。
その創始者の名が
獅子堂武は一族の“権力”……即ち自身の“力”を良くも悪くも適切に理解し、活用する術を知っていた。
ただ粗暴なだけでなく、自分の行動が周囲にどう影響するのかということや、その後始末までをも計算に入れて動ける。そんな獅子堂は学園にとって厄介極まりない存在であり、教師や教官は誰も火中の栗を拾いには行かない。
それは生徒も同じ。内部進級で、知ってか知らずかの区別なく、獅子堂と衝突したことで家族の仕事にまで影響したという実例も少なくはない。
若輩ながら、高ランクの現役探索者である自分に、獅子堂のお守りが回ってくるのも仕方がない。……と、野里は理解はしていた。勿論納得はしていないが。
「(だが、思っていたよりちゃんと鍛えられている。【戦士】でクラスLv5はあるな。性格は攻撃的で粗暴な言動はあるが、剣と盾のオーソドックスなスタイルで、若干タンクよりのアタッカー。相手を引き付け、他のメンバーに仕留めさせることも出来るし、この階層のゴブリン相手なら、単独で三体程度を同時に相手取って撃破することも出来る……か)」
獅子堂班の戦闘を確認しながら、野里は探索者の卵としての獅子堂の評価を上方修正する。
既に三階層。ここからはゴブリンの兵種が増える。そして一度に現れる魔物の数が一気に増加し、魔物たち同士で連携した戦法をとってくることもある。
獅子堂班は、獅子堂の指示のもとで対チーム戦を展開し、三階層でも危な気なく魔物たちを圧倒していた。
「獅子堂さん。今回の実習、渡されているマップ範囲外を自分たちで踏破しろという、学園側の意図を感じます」
「…………ほう? 続けろ」
「学園から渡されているマップの範囲内で課題をこなそうとすると、どうしても他の班と場所の取り合いになります。今まで散々A・B組の対立を煽った上でこの処置。まるで班ごとの衝突を誘発しているようです。しかし、学園側が、今の時期から、ダンジョン内での探索者同士の対人訓練をメインにするとは思えません」
「……確かに。ふん。学園が俺を止めないのも、獅光重工の名におもねる以外に意図があったのかもな。…………よし。俺たちは他の班と接触を避け、マップの範囲外を探索する方針で行くぞ! Bは勿論だが、他の班にも遅れは取るなよ!」
獅子堂は、自分が踊らされていることも、ある程度は理解していた。その上で好き勝手にやっていたとも言える。
自分より優秀な者がB組に所属しており、個人的にムカついていたこと、教官たちがガキである自分に謙ること、学園の安全第一な訓練方針が気に入らないこと……周囲に対して、感情的に八つ当たりをしている自覚もあるが、周囲は自分を許すしかないということも知っている。勝手な思いである事も承知の上で、そんな環境に空虚さを感じてもいた。
だが、ダンジョンの探索、魔物との戦闘に関しては、周りが思うより獅子堂武はずっと真面目であり、チームリーダーとしての責任感も持ち合わせていた。
「(チームの者も嫌々従っている風でもない。獅子堂はリーダーとしては優秀なようだな)」
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「ここにはまだ、他の班は来ていないようですね」
「A・B関係なく、あちこちで班同士が揉めてたな」
二階層から三階層へ通じる階層ゲート部屋……を通り過ぎた先の魔物が近寄りにくい場所——通称安全地帯——に佐久間班が到着していた。
「それで佐久間さん。結局、私達の課題って?」
「えぇ。説明しますね。実は課題自体は単純で『ゴブリンリーダーの魔石を三つ集める』『岩陰ハーブとマナの水をポーション(小)換算で三つ分集める』というだけでした」
「魔石に関しては、ゴブリンリーダーが出現する三階層へ行けってことだな。ポーションの素材集めは、二階層でしろってことか? ……かなり混み合っていたから競争率高そうだな」
「え? 三階層の素材採取のポイントは? 魔石のついでに出来ないかな?」
「いや、ヨウちゃん。まだ三階層のマップはほとんど公開されてないだろ?」
「…………いや。そうだ。川神の言うとおりだ。何もわざわざ混み合ってる場所で活動しなくても良い。二階層だって未公開部分の方が広いはずだ。佐久間、課題の説明事項に『活動は公開マップの範囲のみ』という文言はあるか?」
「……いいえ、ありません。ただ課題が書いてあるだけ」
「なら決まりでしょ? そもそもAとBで八十人だよ? 班が十六個もある時点で、このマップの範囲だけじゃ早い者勝ちになるのは目に見えてる。なのに、スタートが一緒じゃないって事は、そういうことなんじゃないの?」
正解かどうかは別として、佐久間班も今回の実習の歪さに気付く。
「……じゃあ、まずはここを拠点にして、三階層でゴブリンリーダー狩りをしましょう。その過程で、少しずつマップの範囲外を探索していくという方針でどうですか?」
「「賛成」」
……
…………
………………
三階層。
佐久間班が目的とするゴブリンリーダーは、通常種よりも体が一回り大きく、行動を共にする周りのゴブリンたちの指揮を執る、まさに集団戦の要とも言える存在だが、単体で見るとその戦闘能力は、通常種よりも体の大きさ分パワーアップしたという程度。
ある程度経験のある探索者は、ゴブリンリーダーより、むしろ遠距離攻撃を仕掛けてくる、ゴブリンメイジやゴブリンアーチャーの存在を危険視している。
また、一〜二階層の粗末な棍棒ではなく、三階層からは錆の浮いた粗悪品とはいえ、金属製の武器を持ったゴブリン集団と相対しなくてはならない。
ダンジョンのフィールド自体も、一〜二階層の洞窟型から、平原や森といった、開放感のある広大なフィールドにガラッと切り替わる。その為『二階層まではチュートリアルで、三階層からが本番』などとも言われてた。
「澤成! そのまま前衛を押さえてくれ! 廻り込んでアーチャーを仕留める!」
「任せてくれ!」
ウォーハンマーを振るうゴブリンウォーリア、槍を装備したゴブリンソルジャー。
その二体と僅かな時間差でぶつかったサワは、大振りなハンマーの一撃を体ごと躱し、突き出された槍は角度をつけて盾で受け流す。
この接触で致命的な一撃は狙わず、反撃はすれ違いざまの軽い刺突のみ。若干ソルジャーの動きを阻害する程度。
すぐさま横からハンマーの二撃目が迫るが、サワは攻撃を読んでおり、ハンマーが到達するより早く踏み込んで、ウォーリアに盾ごと体当たりをぶちかます。
直後、サワの背中を狙おうと、向きを変えたソルジャーの頭部が弾ける。
佐久間の《アロー》だ。
サワは体当たりから動きを止めず、そのまま仰向けに倒れたウォーリアに剣を突き立てとどめを刺す。
前衛の攻防の間にも後方から矢が飛んでくるのは危険極まりない。大元であるアーチャーを倒すため、堂上が駆けるが、遠距離攻撃の有用さを知るゴブリンリーダーもまた、敵を阻もうと立ち塞がる。その姿をチラリと見やるが、堂上の狙いはあくまでアーチャーのみ。
ゴブリンリーダーを無視するかのように、その横を駆け抜けようとするが、当然の如くリーダーからの一撃を招く。ただ、リーダーがその一撃を放つ事は出来ない。堂上に気を取られ、逆に接近を許してしまったヨウの渾身の拳をその身に受ける結果となった。
とても拳によるとは思えない衝撃音が響き、ゴブリンリーダーは体ごと吹き飛んで地面を数回転する。傍から見ていても分かる、正しい意味での“必殺”の一撃。
リーダーが倒され、堂上とヨウのどちらに攻撃をするかを迷ってしまったアーチャーだったが、その迷いが堂上の肉薄を許し、《スラッシュ》で斬り伏せられる。
各々が伏兵や新たな敵がいないことの確認のために周囲を警戒している間に、ゴブリンたちは光の粒へと変わり、ドロップアイテムが数点残される。
「ふう。やっぱりフィールドによってかなり戦い方が変わるな。これまで、三階層でも比較的狭い場所でしか訓練してなかったから……」
「だね。二階層の洞窟型に慣れてたから……開放型フィールドだと、ちょっと固まり過ぎなのかな? 少し初動が遅れる感じ。今回、私なんて出る幕なかったしさ。もう少しそれぞれに距離を取った方が良い?」
「だだっ広い平原エリアだと、多少距離を広げても大差ない気もするけど……。そもそもミノはヒーラー志望なんだから、今回の動きでも問題はないだろ?」
「……なぁ。反省会も良いけど、とりあえず先にドロップ品を回収しないか? リーダーが魔石をドロップしたみたいだ」
「ホントだ! いきなりとは幸先が良いね。やっぱり私の一撃のお陰かな〜」
「……川神さん。いつも思うけれど《オーラフィスト》とか使ってません? レベル【三】の【ルーキー】の威力じゃないと思う……」
ゴブリンリーダー以外、ソルジャー、ウォーリア、アーチャーの四体編成チームを退けた佐久間班が、各々に反省会をしている中、ドロップアイテムに課題であるゴブリンリーダーの魔石があることに堂上が気付いた。
この時、佐久間班は全員が『この調子なら割と早く集められそう』と考えていたが、それが間違いであったと後悔するまで……時間はそう掛からなかった。
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