第9話 A組、B組

:-:-:-:-:-:-:-:-:-:



「では、よろしくお願いしますね、野里教官」

「こちらこそ。原村教官。……それでA組は……獅子堂ししどうやその取り巻きたちはどうですか?」


「……ふぅぅ。相変わらず選民思想にドップリですよ。初等部の頃から変わりません。毎年毎年、同じような生徒が出てきますけど……獅子堂は親御さんのこともあり、ここ数年ではダントツでタチが悪いです……」

「はぁ。私も若輩者で経験も少ないですが……記録を見る限りでは、私が学園に在籍していた頃の悪ガキどもより、問題を起こしているように感じますね。……今回はB組の雰囲気が良いだけに、A組とは物理的に距離を置くよう配慮するしかないでしょう」

「何とか頼みます。お恥ずかしい話ですが、獅子堂は普段から、私や斎藤教官を舐めているので……野里教官のように現役の高ランク探索者が一緒だと心強いですよ」

「(頼られるコッチは堪らんがな……)」


 第二ダンジョン学園中等部一年のA組とB組の合同実習。


 A・B組に在籍する生徒たちは、このダンジョン学園が掲げる「探索者の養成」という目的を正しく体現している子供たちだ。


 謂わばダンジョン学園の花形であるこの二つの組は、外部メディアに向けても、学園内に向けても一括りで表現されることも多く、そのカリキュラムも共通している部分が多い。ただ、実態としてA組とB組では校舎ごと違うため、普段の訓練や授業などで、お互いが顔を合わせて関わる機会はほぼない。例外的に編入組の個々人が寮で交流を持つ程度だ。


 特に初等部からの内部進級組は、幼いころから学園都市内で常にA・B組として比較される対象であり、そうした関係性から、仮想の善きライバルとして発奮する生徒が多いのも確かだった。しかし、何事にも負の一面はあり、ときに自分を磨くのではなく、鬱屈した感情を相手へ向けてしまう生徒が出てくることもある。


 このように、お互いを比較対象とすることによる、有形無形の圧力が掛かるのは『学園側が意図的にA・B組のライバル関係を煽っているからだ』という噂まであるくらいだ。もちろん事実関係は不明。


 しかし、一部の歪んだライバル意識を持った生徒の相手をしなくてはならない現場の担当者からすると、例え意図的だったとしても、その場に限っては学園の意図など知ったことではない。


 しかし、現場の担当者の気持ちとは裏腹に、本格的にA・B組が一同に会する合同実習では、毎年のようにトラブルが報告されているという。



 ……

 …………

 ……………



「ねぇサワ。何だか委員長たち、ピリピリしてない?」


 ヨウは昔から周囲の気配に敏感だった。ダンジョンに潜り、少々の恐怖もありながら、魔物を倒してレベルアップしたことで、昔からの勘のようなモノがますます鋭くなっているのが自分でも解っていた。

 そして、その勘や気配の察知で、B組の委員長……だけではなく、内部進級組の様子がいつもと違うことを感じていた。


「……言われてみれば……何となく皆そわそわしてる? 編入組はそうでもないのに……」


 ヨウの疑問を補うように、サワの方でも違和感を察知する。


「内部進級組はさ、A組の事が気になるんだって」


 クラスメイトの美濃みの沙帆里さほりが二人に声をかける。訓練ではヨウやサワと同じ班であり、ヨウとは気も合うのか、B組の中では比較的仲が良い女子生徒だった。


「あ、ミノちゃん。えっと……A組が気になるって?」

「私ら編入組には分からない、独特のライバル関係? 因縁? そんなのがあるみたい、内部進級組のAとBにはさ。で、今回、そんなA組との初の合同実習ってことで、変な緊張があるっぽいよ」


「ヘェ〜何だか大変だねぇ〜。でも、今回の実習は別に競い合うような内容でもないよね?」

「どうなんだろうね。先輩とかに聞くと、AとBでかなりバッチバチにぶつかる事もあるってさ」



 ……

 …………

 ………………



「ハッ! お前たちBはあくまでオレ達の補欠だろーがッ!」

「くだらない! 親のコネでA組に居るだけのクセにッ! あ、だからキャンキャン吠えるんだな? 実力じゃ敵わないって自分が一番分かってるもんなぁ!」

「てめぇ……ブッ殺すぞッ!」

「ヤレるもんならヤってみろ!」


 一階層の半ばにある広場にてA組とB組が邂逅するが、その直後から、内部進級組の罵倒合戦。熱量の違うそれぞれの編入組は置き去りであり、その様子を遠巻きに眺めるに留まっている。


「え〜と? 品行方正な委員長もキレてるし……無茶苦茶仲悪いよね? まともに顔を合わすのって、初等部通じてほぼ初めてじゃなかったの? ミノちゃんは知ってる?」

「あ〜噂では聞いてた。A組の獅子堂ってヤツ、あの獅光しこう重工の創設者一族らしくて……アイツがB組にやたら攻撃的で、周りも逆らえないんだってさ。初等部の頃から問題ばかり起こしてて、悪い意味で有名らしいよ。っていうかアイツ、一八のA組だったんだ……」


 ガヤガヤギャーギャーと騒がしい内部進級組たちを横目に、ヨウは自身の鋭さを増した感覚で獅子堂を捉える。


「(でも、ここにいる生徒の中では頭一つ抜けて強いかな?)」


 ヨウが内心で獅子堂をそう評価した次の瞬間、背後から押し潰されるような圧を感じ、弾かれたように振り返る。


「「ッ!」」

「チッ!」


「そこまでだ! ヒヨっ子ども! ……全く、まだ顔合わせの段階だというのに煩わしい」


 圧を感じたのはヨウだけに限らず、一部の生徒たちによる喧騒は一気に静まる。騒ぎの中心である獅子堂もそれは同じだった。


「……現役の探索者か。ふん、面白い。レベル一桁や引退して腑抜けた教官どもとは違うな。だが、補欠のB組なんぞを担当している時点で底が知れる」

「(このガキィ……捻り潰してやろうか?)」


 圧の正体は野里が放ったスキル《威圧》。

 クラスに関係なく、レベル【一〇】で会得できる汎用スキルだ。効果は相手の注意を引きつつ、その動きを阻害することが可能で、格下相手にはほぼ成功判定となるが、レベルが同等、あるいは格上の相手には通じない。


「……ふう。さて、おとなしくなった所で合同実習の説明を行う。B組は当然知っているだろうが、今回は現役のBランク探索者である野里教官が参加される。あまり手を煩わせないようにな。

 今回の実習では、第二〜四階層にて、五人一組の班ごとの集団戦と、ダンジョン内での野営訓練となる。ただし、その期間は各班ごとに設定された課題をクリア出来るまで続くので覚悟しておけ。

 ダンジョン内には、安全確保の為の教官やヘルプの探索者も配置されているが、助けを求めた時点でその班は失格となり、その場で実習は終了となる。しかし、失格だからといって、特段のペナルティはない。時には引くことも大事だという探索者の心得を忘れないようにな」


 A組の担当教官である原村が後を継いで場を仕切る。


「まず、班ごとに集まって指示を待て。リーダー登録の者にこちらから各班の課題を伝達する。その指示を受け取り次第、実習開始とする」


 このダンジョン学園では、五人一組の班が活動の基本であり、通常の訓練や授業でも班単位で行動することが多い。これは魔物との戦いにおいて、それぞれが役割を分担して効率化を図るという発想からきている。


 学園が推奨するのは、物理攻撃役アタッカー二名、盾役タンク一名、中〜遠距離の攻撃役アタッカーor補助役サポーター一名、回復役ヒーラー一名という班編成だ。しかし、この合同実習時点の編入組は、大半が【ルーキー】のままであり、役割がまだハッキリと定まっていない者も多い。


「なんかギスギスしてるけど……課題は班ごとに違うみたいだし、別にA組と競い合うこともないよね」

「甘いね、川神。向こうは獅子堂が強烈で、他は流されて従ってるみたいな空気もあるけど……B組の内部進級組の中にも、獅子堂ほどじゃないけどA組を嫌っている奴らもいる。……それこそ、相手の邪魔をしてやろうって思う位には」


 教官からの説明を聞き、ヨウが言葉を漏らすと、それに反応する声。


「えぇっと……もしかして堂上もそうなの?」

「まさか。俺はそこまでA組に興味はない。今は自分の【クラス】をどうするかで頭が一杯だ」


 ヨウたちと同じ班である堂上どうじょう伊織いおり

 訓練では班ごとで動くことになるため、最近では教官の指示がなくとも、班のメンバーで固まるのが自然な流れとなっていた。勿論、付近には残りのメンバーである、澤成樹、美濃沙帆里、佐久間さくま愛佳あいかもいる。


「堂上、そう言えば悩んでたね。やっぱり【剣士】から【シーフ】に?」

「あぁ。まだ少し迷いはあるけど……澤成みたいな“模範解答”を間近に見てると、俺には【剣士】や【戦士】系の戦い方が合ってない気がするからな。川神たち編入組が【ルーキー】からクラスチェンジする時、ついでに俺も……って考えてる」

「え? 俺って、そんな教科書通りの動き? 単純なのかな………?」

「いやいや、この場合の堂上のは褒め言葉でしょ?」

「私も堂上君には【剣士】が合ってない気がしてたし、良いんじゃないかな?」


 一度決めた【クラス】、例えしっくり来ない場合であっても、イノのようにステータスウインドウを呼び出し、気軽にクラスチェンジが出来る訳ではなく、五階層へ辿り着きフロアボスを倒すか、学園に使用申請を出してクラスチェンジの為の機器を使うこととなるが……中等部一年の段階では、現実的には学園で機器の使用許可を得るしかない。


 しかし、中等部一年においては、学園での機器の使用は編入組の【ルーキー】卒業が優先されているため、系統を変える為のクラスチェンジ申請では許可が下りにくいと言われている。なので、中等部一年の間は【ルーキー】を含む班単位で申請し、そのタイミングで系統替えのクラスチェンジも行うのが通例となっていた。


 メンバー同士で、堂上のクラスチェンジ後の班の戦法などで雑談をしていると、佐久間の学生証からメロディが流れる。


「あ、連絡です。たぶん、班の課題ですね」

「そういえば、今回のリーダー登録は佐久間さんだったね」


 いつもの教室にいるかのような弛緩した空気の中、届いた連絡を確認して佐久間の顔が曇る。


「うッ……。ごめんなさい。学生証、ダンジョン内では隠蔽設定にしないと減点なのを忘れていました。音が鳴ったので、教官のダメ出しメールも添付されてる……。

 ふぅ。き、気を取り直して……課題の内容は堂上君が考えるような懸念もあるので……念の為、他の班から離れた所でお伝えします」

「……悪い、俺もちょっと気を抜いてた。安全地帯とはいえここはダンジョンだった……とにかく、A組、特に獅子堂の班からは離れよう。いつも通り、俺と川神が先行、後ろは澤成で良いか?」


「はい……じゃなくて、リ、リーダーとして承認します。まずは二階層の北端近くの安全地帯を目指しましょう。かなり距離があるけれど……既に他の班も動き出したから、近場の安全地帯は切り捨てて、先に奥を目指します」


「賛成〜」

「私も」

「俺もだ」

「佐久間に任せる」


 A・B組の合同実習が始まる。



:-:-:-:-:-:-:-:-:-:

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る