第2話 ダンジョン学園へ2

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 途中参加だったこともあり、あっという間に僕の小学六年生は終わりを告げ、第二ダンジョン学園への編入となった。

 僕達の小学校からは四人だけど、これは結構多い方らしい。年や学校によっては一人も居ないこともあるし、これまでは年に一人、編入するかしないかという感じだったみたい。

 同じ学校から一気に四人というのは、近隣の学校でもないみたいだし、例もないらしい。悪目立ちしそうで嫌だ。


「忘れ物はないか? もしあったらすぐに送るから、向こうについたら連絡するんだぞ」

「うん。ほとんど母さんが準備してくれてたし、先に送った荷物と合わせて、もう忘れ物はないと思う。でも、連絡はちゃんとするよ」


「……お兄ちゃんが探索者になるなんて、未だに信じられない」

「別に探索者になるのが決まった訳じゃないよ。学園に行くってだけ。早ければ一年生の段階で見切りをつけられて戻ってくるさ」


「真、まとまった休みの時は帰って来るのよ? こっちからは面会とか行けないんだから……」

「うん。でも、年間カリキュラムを見たけど、早くても年末になると思う」

「ホントに大丈夫かしら……真は割とぼんやりしてるから……」


 駅の構内、改札前。両親と妹。家族……井ノ崎家の人達としばしの別れの儀式。僕の方に実感がないとはいえ、紛れもなく家族だし、善良で好ましい人達だ。本音を言えば、この家族と共に実家でぬくぬくと暮らしていたかった。


「じゃあ、待ち合わせの時間もあるし、そろそろ行くよ」

「あれ? ヨウちゃんやサワくんとは一緒じゃないのか?」

「……うん。今だから言うけど、あの二人とは温度差があるから……今日は風見くんと一緒に行くんだ」

「う〜ん……そりゃお兄ちゃんとあの二人だと、キャラの強さが違い過ぎだしね」

花乃かの! そんなこと言わないの!」

「……はは(全くもって花乃の言うとおりだ)、まぁ無理しない程度に頑張ってくるよ。それじゃ、行ってきます」

「じゃあ、行ってらっしゃ〜い!」

「体に気を付けるのよ」

「無理はするなよ」


 口々に別れの言葉を吐き出し、名残惜しいけど僕は踵を返して改札を抜ける。もうこうなったらふり返らない。家族の視線を背中に浴びながら、風見くんとの待ち合わせ場所に向かう。


 人混みの中を掻き分けて駅構内のチェーンのファストフード店に到着。既に風見くんは居た。


「ゴメン。待たせた?」

「いや、今来たところだ。……って、デートかよ」

「はは。デートだとしても、行き先には不満があるね。デートプランを変更したいよ」

「まったくだぜ。ちなみに澤成と川神は、かなり早い新幹線で一緒に出発したみたいだ。わざわざグループReINEに自撮りまで送ってきてた」

「やる気満々だね……あ、ホントだ。チェックしてなかったよ。何というかこの画像、イケイケなカップルさんだね」


「……なぁ、イノは川神のことが好きじゃなかったのかよ。そんなんで良いのか?」


 風見くんにそんな話を振られた。

 確かに井ノ崎真は川神陽子に淡い恋心を抱いていたと思う。ヨウちゃんの記憶を手繰ると、少し胸がキュッとなって暖かい。

 でも、ハッキリとは覚えてないけど、ダンジョンのない現代日本を生きた一人の男の人生を追体験? した後だ。流石に小中学生への恋心はない。

 そうさ! 僕は断じてロリコンじゃない! ……落ち着け。


 あの記憶が妄想だったとしても、今の井ノ崎真を形成しているのは、あっちの世界の人格だと思う。肉体に引きずられているのか、精神性は子供返りしている気はするけど……


「う〜ん……そりゃ今でも可愛いなぁって思っているけど……もうそれどころじゃないでしょ?」

「……それもそうか。そう言えば、俺も四組の白浜のことが好きだったけど、ダンジョン学園に行く事になってからは、何かあんまり気にしてなかったわ」

「お互い淡い片思いが終わったね」

「嫌な終わり方だぜ。知らない内に気にしなくなるなんてよ」


 やっぱりあのキラキラしたヨウちゃんやサワくんより、僕は風見くんのが好きだね。何となく気が合う。


 新幹線の時間までと言わず、僕と風見くんはダンジョン学園に到着するまでずっと、愚痴、不満、不安なんてのを言い合ってた。話自体は楽しかったけど、内容は酷いものさ。



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「イノや風見も一緒に来れば良かったのになぁ〜」

「しょうがないよ。家族との都合だってあるし」

「そっか。でも、憧れてたダンジョン学園なんだし、この想いを共有したかったのに……」

「……あの二人は、あんまり乗り気じゃないみたいだけど……」

「そんなことないよ! だって探索者だよ!? ダンジョン学園だよ!? テンション上がるじゃん!」


 新幹線内の川神少女と澤成少年。

 傍から見ていると、若いカップルが一緒に遊びに行くような印象を受けるだろう。周りも微笑ましい気持ちで二人を何気なく見守っていた、そんな時、二人の会話が他の乗客の耳にも入る。


「あ〜君達はダンジョン学園へ行くのかい?」

「え? え、えぇそうです。編入の為に向かってるところなんです」

「そうか! そりゃ凄い! おじさんの知り合いも探索者をやってるんだが、過酷だが国や人のためになる素晴らしい仕事だ! 頑張ってくれよ!」


 バンバンと澤成の肩を叩き、中年のおじさんは去っていく。

 ふと周りを見渡すと、他の乗客も二人を見ていた。そして、その視線は概ね好意的で暖かい。ざわざわと『偉いわね』『きっと立派になる』なんて声も聞こえてくる。


「(……声が大きかったみたい、ゴメンねサワ)」

「(いやいいよ。……でも、ああ言う風に言われると、確かにテンション上がる)」


 二人の瞳に改めて火が宿る。


 学園で優秀な成績を残して探索者になる。いや、なるだけじゃない。まだ見ぬ未踏破深層への到達、未発見のアイテムの獲得、未知の魔物の討伐……必ず高ランクの探索者に登り詰める。


「……ヨウちゃん、頑張ろうね」

「……うん!」


 この時、二人の想いは確かに重なっていた。



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 はいはい。ダンジョン学園に到着しましたよっと。


 学園はその敷地の一部がダンジョンの特異領域……レベルアップの恩恵を受けられる場所が含まれるため、基本的に一般人は立ち入りを許されない。

 立ち入りが許された場合でも、必ず『免責事項の誓約書』にサインが必要となる。要は『怪我したり死んだりしても自己責任だ』というヤツ。今回は生徒としての編入のため、諸々の必要書類は送付済み。後は証明書と引き換えに許可証代わりの学生証を受け取るだけのはずだったんだけど……。


 人が多い。

 入学のしおりには、確か毎年三千人近くが入学……いや、学園だから入園なのか? まぁどうでもいいけど。それだけの人が入ってくるとは書いてあった。ぶっちゃけ、受付の数に比べて人が多過ぎだよ。

 まぁこの三千人が、一年後には二千人位になっているという恐ろしい統計もチラッと見た。もちろん、腰掛けや箔付けでの入学が二割くらいと言われているから、何らかの家庭の事情での退学がほとんどで、死亡や大怪我で退園するのは極少数らしい。…………あ、極少数でも居るんだね。


「めちゃくちゃ混んでるな」

「仕方ないよ。もともと分かってたことだし。でも、この混雑を考えると、ヨウちゃんやサワくんの判断は間違ってなかったね」

「くそ〜もう少し早めに出るんだったな」



 ……

 …………

 ………………



「次の方どうぞ」

「はい。……ええっと、これが諸々の証明書です」


 待つこと一時間。ようやく順番が回ってきた。

 衣類など嵩張る荷物は寮の方に送付済みだけど、身の回りの物を入れてきたリュックはかなりの重さだ。小学六年生というか、中学一年生の身体ではかなり疲れる。この時点で既に消耗しちゃってるよ。


「ありがとうございます。え〜、お名前はイノサキマコトさんで間違いないですね? 必要書類などは全て受理されており、再審査が必要な物もありません。では、こちらが『学生証』となります」

「あ、ありがとうございます」


 首掛け用のチェーン付きで、学生証と言うには物々しい金属板を渡される。


「学園内では、ほぼ全てにおいてその学生証……カードキーが必要となりますので、基本は肌身放さず携行して下さい。もし紛失や盗難があれば、即座に報告と紛失届をご提出下さい。詳しい使い方などは、寮の方で新入生向けの説明会を行いますので、こちらの受付は以上となります。……ようこそ第二ダンジョン学園へ」


 受付のお姉さん……もう何人何十人と受付しているのに、笑顔が眩しい。このお姉さんはプロだね。

 とりあえず後ろの人の邪魔にならないように列から離れる。まだ風見くんの受付が終わってないので離れた場所でしばらく待つ。


「おーい! イノ〜!」


 あ、ヨウちゃんだ。もう受付を済ませて寮の方で荷物を置いてきたみたいだ。もちろん、その横にはサワくんも居る。


「ヨウちゃんにサワくん。流石に早いね。僕なんかようやく受付が終わったところなのに……」

「イノたちが遅いんだよ。たぶん、今並んでる人たちが最後だ。もうすぐ全員が集まるから、あんまりウロウロするなって、寮長の人が言ってたから」

「寮長?」

「あぁ。三年の先輩だよ。後ですぐに挨拶すると思う」

「あ、そうだ。寮の部屋割はどうだったの? 同じ棟だった?」

「流石に私は女子棟で別だったけど、全員八号棟なのは同じ!」

「よかった。後は部屋割りか……サワくんは?」

「俺は個室というか、同室者不在の部屋だった。何でも同室予定の子が、編入をドタキャンしたらしい。その子の荷物だけ置いてある状態だった」


 基本二人部屋の寮で、同室者不在の個室対応ときたか……やっぱりサワくんには主人公とか重要キャラ疑惑があるね。学園内ではあんまり近づかない方が良いかな?


「僕はまだ風見くんの受付を待ってるけど?」

「そっか。じゃあ、私達はちょっと探検してくる! 行こ、サワ!」

「あ、ちょっとヨウちゃん! 待ってよ! ……ゴメン、俺も行ってくる」

「うん、気を付けてね」


 駆けていくヨウちゃんをサワくんが追いかける。いや〜様になってるね。この後、イベント的に、上級生とか内部進級のエリート生徒とかとトラブルにならないことを祈る。



 ……

 …………



「イノ、悪いな。ようやく終わったぜ」

「おつかれ。さっきヨウちゃんとサワくんに会ったよ。寮は皆同じ棟だってさ」

「あ、何か受付の人も言ってたわ。同郷の同級生は珍しいから、仲良く頑張ってだってよ。八号棟だろ? 行こうぜ。もうクタクタだぜ」

「……まだ説明会みたいなのがあるらしいよ」

「マジかよ〜やっぱりもう少し早く出るんだった……」



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 寮が立ち並ぶエリアに入ると、早速学生証……カードキーの提示を求められた。カードリーダーで情報を読み取り、何らかの確認をされる。

 そのまま、案内の通り行くと、僕らがしばらく生活することとなる、学生寮八号棟に辿り着く。


 寮に入ったらすぐに寮長を名乗る、犬塚先輩に声を掛けられた。


「ようこそ八号棟へ。俺が寮長の犬塚だ。といっても三年だから、一年間だけだけどな。君達はイノサキにカザミで間違いないな?」

「あ、はいそうです。井ノ崎真です」

「えっと、風見楓太です」

「よし、一応ルールだから学生証を確認するから出してくれ」


 そう言われて、二人共に学生証を差し出す。今度はカードリーダーじゃなくて、ボールペンのようなモノで学生証の左上にある窪みを押す。


「……よし。これで確認が取れた。部屋だけど、二人は同郷だから、学園も気を回して同室にしてくれてるみたいだ。二○四号室だな。同じく同郷のサワナリは隣の二○三号室だ」

「あ、あの、犬塚先輩。そのボールペンみたいなのは?」

「お、これが気になるのか? これはダンジョンテクノロジーを用いた携帯型の鑑定機だ。これで読み取ったデータが俺の脳内シナプスに転送され、諸々の確認が出来る。人相手にも使えるらしいが、寮長の権限では学生証の読み取りだけだから、安心してくれ」


 わぉ。いきなり不思議テクノロジー。

 一般社会でもダンジョンテクノロジーを活用したモノは溢れてるらしいけど、見る限りは僕の記憶にある現代日本と変わらなかった。

 脳内に直接情報を送る? しかもこんな小さな携帯機器で? やっぱり、ここは僕が知っている日本……というか、世界ではないみたい。


「おい! やったなイノ、同室だってよ!」

「あ、う、うん。良かった。風見くんが同室で。サワくんも何だかんだ言っても隣で良かったよ」


「はは。とりあえず、部屋の鍵もその学生証で開くから、荷物を置いてくるといい。一五時に一階の食堂ホールで新寮生の顔合わせと説明会をするから来てくれ。一五分前には、学生証に連絡がいくようになってるけど、あまりウロウロはしないでくれよ」


 この学生証、メール機能まであるのか? ディスプレイ的なモノはないけど?



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