第3話 親和率

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 クタクタの身体を引きずって僕らに割り振られた二〇四号室へ。

 いや〜びっくりした。凄く普通の部屋。これは良い意味。もっと狭苦しい感じを想像していた。

 まず、ベッドが壁の両端にあり、学習机と本棚が備え付けられている。本棚の一部には備え付けとなっている小さめのテレビまである。

 部屋の真ん中にはカーテンの仕切りがあるけど、カーテンで仕切った上でも、僕の記憶にある学生向けのワンルームマンションくらいの広さがある。大型のクローゼット、ミニキッチン、トイレ、ユニットバスは共用だけど、これも想像したよりもずっと質が良い。ちなみに、寮には棟ごとに共用の大浴場もあるらしい。


「……俺の部屋よりもずっと良いな。ちょっと小さいけどそれぞれにテレビもあるぞ」

「……うん。詳しくは分からないけど、備え付けの物の質も良さそう」

「これ、仕切りのカーテン開くとかなりの広さだろ。いや、カーテンで仕切っても部屋としては十分だけどよ……」

「とりあえず、荷物片づけようか? 既にベッドの上に家から送った荷物があるけど……場所も固定なのかな?」

「まぁどっちでもいいぜ。お、右側のベッドは俺の荷物だな。なら、そっちがイノのベッドな」


 まだ言われていた十五時までは一時間近くあったので、各々で荷解きをすることに。



 ……

 …………



 おっと。学生証がブルブルしてる。


「なんか点滅してるけど、押せばいいのか?」

「……たぶん。メール機能でもあるのかな?」


 正直に言おう。ビビった。

 振動に加えて、学生証の端にある一部が点滅しており、そこをポチッと押すと……立体映像が出てきたんだ。

 寮長である犬塚先輩の上半身が、学校とかにある偉人の胸像みたいな感じで、学生証の上に映し出されている。……SFかよ。


『新寮生は一五時までに一階の食堂ホールへ集まってください。繰り返します。新寮生は……』


 もう一度、同じ場所をポチッとすると、録画的な立体映像は消えた。


「…………なぁ、コレもダンジョンテクノロジーか?」

「…………だろうね。コレ、もしかしたらリアルタイムのテレビ電話的な使い方も出来るのかな?」

「……知らないけど、出来そうだよな。今からそんな説明があるんだろうな……」


 意表を突かれた僕たちは、残っていた荷解きを置いて部屋を出た。いや、この学生証、思ってたよりも高機能だね。他にも色んな機能がありそう。


「お、風見たちも食堂ホールに行くのか?」

「なんだよ澤成、部屋にいたのかよ。お前、一人部屋になったんだろ? 良いよな〜」

「おいおい、逆だよ。広すぎて落ち着かない。俺はイノや風見とかと同室のが良かったよ」


 部屋を出たら、隣のサワくんとタイミングが合ったみたいで、一緒に食堂ホールへ向かうことに。


「いや、何でこんなに人数が居るのに、入寮日が今日だけなのかとか思ったけど、色々と説明とかが面倒くさいんだろうな」

「この学生証を使えば、別に集まらなくても良さそうだけどよ」

「まぁ、人数が多くて全体で集まれないから、小分けに集まれるようにしてるんじゃないの?」


 食堂ホールに付いたら、もう既にかなりの人数が集まっている。女子も混じっているから、八号棟の女子もこっちに集まっているみたい。というか、この食堂ホールめちゃくちゃデカい。千人くらいは入れそう。


「ヨウちゃん!」

「あ〜! サワ! イノと風見も! 」

「女子もこっちに集まるんだ?」

「え? 聞いてないの? 奇数の棟では女子側、偶数の棟は男子側に食堂兼の大ホールがあるんだって。食事は男女混合みたい」

「へぇ〜じゃあ割と女子と一緒になることも多いんだ?」

「あ、朝食は別みたい。昼食は希望制で、必ず男女混合になるのは基本夕食だけだってさ。先輩たちに教えてもらったんだ」


 ヨウちゃん、何気にコミュ力高いな。もう既に寮の先輩と交流しているのか。


 そんなこんなで同郷組で集まって雑談してたら、一五時になり、犬塚先輩ともう一人、先輩と思われる女子生徒がホールの端にある一段上になってる壇上に出てきた。恐らく女子棟側の寮長だろうね。


『あー、テストテスト。皆、聞こえるか?』


 声が学生証から聞こえる。特に操作してないのに……この学生証、もしかしなくてもプライバシーだだ漏れなんじゃ? 学園側としては監視の為だろうけど、ちょっと気になるよね。


『俺はこの八号棟、男子側の寮長で犬塚だ。女子側の寮長は横にいる斉木(さえき)になる。今から、新寮生に対してのオリエンテーションを始めるが……堅苦しいものじゃなく、学生証の使い方と寮のルールの確認、あとは新寮生同士の顔合わせくらいのものだ。移動や受付での疲れもあると思うから、今日は手短にしておくが、解らないことがあれば、寮の先輩や学園の庶務課宛に問い合わせをしてくれたら良い。悪いが寮長とは言いながら、俺も斉木もダンジョンに潜っていることが多くて、ずっと寮に居るわけじゃないんだ』


 という感じで、学生証の使い方を教わった。

 まず、一番重要なのは、この学生証を失うとこの学園では何も出来ないということ。

 寮室の鍵、身分証明、学園内の連絡事項の受け取り、各人との連絡ツールとしても使われている。あとは、学園内の買い物やダンジョンに潜った時のSOSの発信など、この学生証は学園生活の全てに関わると言っても過言じゃなかった。


 詳しい説明は授業や訓練で説明が或るらしいけど、学園都市内でのキャッシュレス決済的なやり取りもこの学生証を使うとのこと。


 あと、寮のルールは思いの外緩かった。門限はあってないようなもの。中等部の一年ではそこまでじゃ無いみたいだけど、ダンジョンに潜って日を跨ぐなんてことは日常茶飯事になるようだ。

 基本は異性の部屋への出入りは禁止されているけど、別に異性側の寮棟に立ち入るだけなら制限はない。恐らく、学生証での監視があるから、表立ってはうるさく言わないだけじゃないかな?



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 次の日、新入生へ気を使っているのか、入学式やオリエンテーションは午後からとなっていた。おかげでゆっくりと休めた。晩御飯も美味しかったし、大浴場も気持ち良かった。探索者としての授業という名の訓練さえなければ、素晴らしい施設だと思う。……訓練の日々が憂鬱だよ。


 入学式といっても、人数が多過ぎるため全体で集まることはない。各寮のホールで、学生証の不思議機能により学園長と生徒会長の挨拶が流れて終わりだった。昨日の録画的なヤツじゃなくて、今日はリアルタイムの映像のようだ。


 新入生だけでも三千人近い数。一クラス三十人としても、百のクラスがある計算。全体の数は、もはや学園というより都市という規模だ。学園内を移動するのにバスや路面電車が走っている。ちなみに、学園はダンジョンの研究施設という面もあり、普通に学生に混じって、企業の研究分野の大人もいるらしい。

 ……そして、このバスや電車、見た目は僕の知っている物だったけど、ダンジョンテクノロジーによるオートメーション化とメンテナンスフリーが実現されているという。


 学園内は学生以外の人達も多く、学園に隣接する形で都市化しているそうだ。本来は立ち入りを制限されるはずの敷地内でも、学園関係者の家族や許可を得た人達が日常生活を送っている。店だって多い。

 実はこの辺の情報は規制されているらしく、事前の学園案内には載っていなかったし、大っぴらに公開されていない様子。まぁ公然の秘密みたいで僕以外はあまり驚いてなかった。誰か教えてくれよ。


「とりあえず、僕は八一はちいちのE組」

「俺も同じくE組だ」

「えぇ! ここに来てバラけるの!? 私、八一のB組だよぉ!」

「ヨウちゃん、落ち着いて。俺もB組だから……」


 入学式の後、各自にクラスの情報が流れてきた。クラスは寮棟を元に分けられてるみたいで、僕は『八号棟の一年E組』だから、八一のE組という感じのようだ。というか、クラスが違うと校舎すら違うらしい。


 僕と風見くん、ヨウちゃんとサワくんで別れた。モブ系と主人公系。

 この学園ではクラスが分かれると、同じ中等部の一年といっても、カリキュラムはかなり違ってくるらしい。

 出来ればこのまま二人とは距離を置きたい。いや、ヨウちゃんもサワくんも嫌いじゃないけどね。ほら、もしゲーム的な世界だと、絶対にイベントというトラブルが付き物だからさ。


「……イノも風見も、クラスが分かれてもこのメンバーで集まろうね!」

「あ、うん。もちろん」

「別に良いけど、正直、それどころじゃなくなるんじゃね?」

「風見、そう言うなって。どうせ夕食のときに一緒になるんだからさ。ヨウちゃんをいじめるなよ」


 内心で『イベントキャラと離れられてラッキー』とか思ってゴメンナサイ。



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「ここだね、八一のE組。まさか建物ごと別だとはね」

「この学園、めちゃくちゃ広いよなぁ。寮からバスで一五分って」


 ヨウちゃん達と別れて僕達はクラス……というかE組の校舎に到着。当然ながら、八棟の寮生と一緒の道程だ。

 他のクラスとは立地というか、建物ごと別になっているとは驚いた。他の子とも話をしたら、ここはE組とF組の校舎っぽい。休み時間にちょっと隣のD組へ……ということは基本出来ない感じだね。

 中は思ったより普通の教室だ。でも、八棟からの寮生だけじゃ席が埋まらない気がする。


「お、集まってるな。とりあえず、学生証に示された席に着いてくれ」


 いつの間にか教壇に二十代半ばくらいの女性が立っている。全然気付かなかった。他の生徒も同じみたいで驚いている。……隠密さんですか?


 恐らくは先生と思われる、この隠密女性の指示に従い、学生証から浮き上がっている席を探して着席する。

 残念ながら風見くんとは席が離れた。いくら同郷とはいえ、そこまでベッタリではないか。


「え〜みんな席に着いたな。まずは自己紹介だ。私はこのE組を担当する、野里のざとすみだ。

 君達はこの第二ダンジョン学園の中等部一年として本日入学した。知っているとは思うが、ここでは普通のお勉強は二の次だ。もちろん蔑ろにはしないがね。

 何を措いても、ここではダンジョンが第一だ。ダンジョンへ順応し、探索者となることを目指すのがこの学園の存在理由だからな。

 今日のところは、親和率の再測定と、この八のE・F組校舎の施設案内で終わりだが、明日からは早速に探索者としての訓練に入る。明日の予定は学生証に送るので、各自で確認して置くように。……ここまでで何か質問はあるか?」


 シンと静まりかえる教室。そんな中で一人の生徒が手を上げた。


「よし、君は確か……三枝さえぐさだったな」

「……はい。先生、机がかなり余っているみたいですけど、他にもこのクラスの生徒が居るんですか?」


 おぉ気になることを聞いてくれた。三枝さんか、ありがとう。


「あぁ。ここに居る君達は本日入学した、いわば編入組だ。残りは内部進級組の席だな。後日に合流する予定となる」

「……ありがとうございます」

「……他、質問はあるか?」



 ……

 …………



 三枝さんが先陣を切ってくれたからか、その後もチラホラと質問が出ていた。

 質問タイムが終わった後は生徒側の自己紹介タイム。まずは僕を含めてみんな、当たり障りがない無難な印象を受けた。特にクセの強い生徒はいないようで良かった。


 明日から合流する内部進級組。内部進級は所謂エリート組と思っていたけど、編入組と同じカリキュラムなのか? それとも、ダンジョンに行く時の保護者的な立ち位置かな?

 年間カリキュラムを見る限りでは、中等部の一年からでもガンガンダンジョンに行かされそうな気配がしている。


「次は親和率の再測定だ。ここへ来ている以上、やった事はあるだろう。先生に向かって左端の前の席から順番にこの機器に手を当てるんだ。……ほれほれ一番目」


 先生はタブレット端末のような機器を教壇にセットし、呼ばれた一番目の生徒が慌てながら前に出る。


 親和率七一%

 親和率八六%

 親和率六九%

 親和率九〇%

 親和率七七%

 親和率九五%

 ……

 …………

 ………………


 皆の親和率を機器が測定していく。以前に測ったのは“僕”になる前で、確か七二%だった気がする。ヨウちゃんの九八%、サワくんの一〇五%のインパクトが強かったのはハッキリと覚えている。ちなみに風見くんは七六%だ。


 このダンジョンとの親和率の一般の平均値は四二%で、親和率が五〇%を下回る人は、ダンジョンに入ると徐々に身体が蝕まれていくため、そもそもダンジョンへ潜ることが許可されない。

 学園の編入条件は六〇%以上。親和率は成長や経験で増えることはあるらしいけど、減ることはほぼないそうだ。幼少期に一〇〇%を超える人材は学園が取り込むけれど、成長による親和率一〇〇%超えは、探索者であれば珍しくはないとも聞く。


「次。……次だ、井ノ崎」

「あ、は、はい」


 危ない。ぼやっとしてた。慌てて教壇へ向かい、タブレットに右手を押し付ける。


 親和率九一%


 あれ? 増えてる。何で?

 一瞬、先生の眼に力が入った気が……


「……次、塩崎」

「はい」


 まぁ良いか。九〇%台は他にも何人か居たし、別にそれほど特別と言うわけでもないだろ。



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