第1話 ダンジョン学園へ1

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「イノ! おはよう!」

「おはよう、ヨウちゃん」


 集団登校の集合場所でお互いに挨拶を交わす。

 彼女は川神かわかみ陽子ようこ

 友達からはヨウちゃんと呼ばれているし、僕もそう呼んでいる。

 ボブカットにツリ目で、第一印象としては勝ち気な印象を与える小学六年生女子だ。実際の性格も活発で割と見た目と一致する感じ。


 ご近所さん同士、井ノ崎家と川神家は家族ぐるみでの交流がある。所謂幼馴染みというヤツだ。こういう設定に対しても『ゲームや漫画の世界か?』という疑念が絶えない。

 ヨウちゃんは活動的な性格だけど、その容姿は美少女の片鱗がある。というか、今でも十分に可愛い。それに対して、僕こと井ノ崎真は実に平凡だ。性格的にもおとなしい感じだし、中肉中背で無個性な顔。まぁ体格についてはまだまだ成長の余地はあるけど、今から主人公的なイケメンになるとは思えない。

 もし僕がゲームの登場人物だとしても、「はい・いいえ」しかセリフがないような、プレイヤーの分身的な主人公とか、脇役・モブキャラだと思う。容姿的には。


 ヨウちゃんの方は、主人公やヒロイン、重要キャラ感が滲み出ている。


 実は僕には井ノ崎真の記憶も鮮明にある。でも、違和感も凄い。ノンストップで映画を何本も観させられたかのようで、まるで自分の記憶のようには感じないんだ。

 そんな所為もあってか、日々の小さな出来事すら、この世界に対しての疑念となっている。まだ自分の立ち位置が分からないので、慎重に井ノ崎真をロールプレイしている感じで気も休まらない。


「イノはもう決めたの?」

「……うん、行くことにしたよ。ヨウちゃんみたいに楽しみではないけど……」


 これは僕たちの間での一番のホットトピックスである、中学の進路についての話。


 この世界で、探索者は人気商売。テレビや動画配信もダンジョン絡みが一番の人気らしい。

 また、ダンジョンを資源と考えた時、より深層で、他国に先んじて未知の物質やレアな不思議アイテムを持ち帰ることが、国家としての威信を示すことになるという。

 謂わばダンジョンの踏破率がそのまま国家の力量であり、代理戦争の様相となっている。素人の小学生が数日調べただけで分かったことであり、これがこの世界での常識的な価値観だろう。

 なので、優秀な探索者を育てるのは国家規模のプロジェクトにもなっている。適性のある若者が、探索者を養成する学園へ行くのも常識の範疇だそうだ。ちなみに学費などは全て公費で賄われる。太っ腹だね。


 で、僕とヨウちゃんはその探索者としての適性……ダンジョンとの親和率とやらが平均値を大きく上回っているらしい。


 ただ、だからといって僕たちが特別という訳でもない。本当に特別なのは、小学校入学前の適性検査で選ばれる子供たちだ。

 その選ばれる子供たちの条件とは、ダンジョンとの親和率が一〇〇%超えと言われている。……この数値は、ダンジョンでのレベルアップのし易さに関わってくるらしいけど、公然の秘密的な扱いとなっており、ネットでは情報が規制されている。ただし、探索者なら皆知っている話だそうだ。


 それで、この親和率一〇〇%超えの子供達は、選択の余地なく強制的に探索者の養成学園へ行くことになる。一応の名目としては『本人や家族の意向』となっているが、そんなのを信じている人はいない。入学率も一〇〇%だし。国からの手厚いサポートに金銭的な補償や特権的対応。個人が逆らえないのも無理はない。


 一方で、中学からの編入組は「入学しても良いよ」程度の扱いとなる。学費や寮費は無料だけど、それ以外の特権的対応はない。なので、入学しないという選択肢も与えられている。

 とは言いながらも、仮に探索者に成れなくても、国立の探索者養成学園に在席していたというのはかなりオイシイらしく、適性のある子はだいたいが編入の道を選ぶ。というか、本人が嫌がろうが、親が説得してでも行かせるのが現実だ。……僕が、井ノ崎真がこれに当て嵌まる。


「そうなんだ! じゃあ中学もイノとは一緒だね!」

「……あと、サワくんも編入するって言ってたよ」

「サワも!? うわッ! めっちゃテンション上がる! 一人じゃなくて良かったぁ〜」


 ちなみにサワくん(イケメン)というのは、もう一人の幼馴染み。

 後から引っ越してきたから、付き合い自体は小学二年生からだ。まぁこの年齢での五年の付き合いは十分に幼馴染みってるだろう。


 編入について、ヨウちゃんは前向きだけど、個人的には探索者の養成学園なんて真っ平御免だ。学園モノがベースの世界だとしたら、明らかに地雷の匂いしかしない。


 特殊な学園。

 中学からの編入。

 前向きな主人公&ヒロイン(暫定)。

 主人公&ヒロインの幼馴染はモブ。

 

 内部進級のエリート組との確執、ヒロインを巡って幼馴染みがトラブルを起こす……この辺りはイベントとして鉄板だろう。僕みたいなモブがしゃしゃり出ると、碌なコトにならない気がする。


「俺のこと呼んだ?」

「あ! サワも編入決めたんだって!?」

「えぇ〜もう知ってるの? 出来ればヨウちゃんには直接伝えたかったのになぁ。……イノ、言ってただろ?」

「あ、ゴ、ゴメン。忘れてたよ……」


 爽やか少年(イケメン)の澤成さわなりいつき

 コイツだ。

 ヨウちゃんの存在だけならともかく、サワくんの存在がますます怪しい。

 サワくんは、見た目は爽やかな優男風だけど、その性格は熱血系という、主人公向きなタイプだ。少なくとも、モブや脇役で納まるような器じゃない。


 どう考えたってヨウちゃんとサワくんは重要キャラ側だろう。若干、天才肌のヨウちゃんが主人公っぽい気がしている。


 じゃあ僕は?


 序盤で退場するサワくんの当て馬キャラ?

 追放キャラで、実は……な、どんでん返し系なタイプ?

 ヨウちゃんに横恋慕する悪役キャラ?

 サワくんの親友ポジション?


 それとも、ここは普通に現実で、ゲームなんかのフィクション世界とは無関係なのかも知れない。

 まぁダンジョンはあるけど、生活自体が現実なのは分かっている。怪我だってするし、死人が生き返ったりもしないしね。

 

「えー!? みんな中学は別なのッ!?」

「当たり前じゃん! 探索者の学園だぜ! 行けるならソッチに行くだろ!」

「すげぇよな! もし有名になったらサインくれよな!」

「ヨウちゃんだったらアイドル探索者目指せるよねー!」

「それを言うならサワくんでしょ!」


「高ランクの探索者になったら、みんな私と友達だって自慢してイイからネッ!」

「ハハッ。俺はインタビューとかで皆のことも言うよ!」


 はぁ。

 小学生からすると探索者は憧れの対象だ。テンションが上がるのも無理はない。

 確かにこの世界では花形の職業だし、稼ぐお金も桁が違う。芽が出ないパッとしない低ランクの探索者であっても、最低でも一流企業の一般職程度の収入があるらしい。

 でも、どれだけ綺麗事を並べても、その実態は、ダンジョンで魔物と戦うという、頭のネジがぶっ飛んだ仕事だ。

 当然のことながら、大怪我で引退を余儀なくされたり、後遺症で日常生活もままならなくなったり、ダンジョンから戻れない……つまり死んでしまう探索者だって多い。


 流石に国家規模のプロジェクトなのか、探索者にネガティブな印象を大っぴらに発言しにくい空気もある。いや、これは魔物の脅威に晒されてきたこの世界の歴史がそうさせているのかも知れない。その辺りは、まだまだこの世界の新参者である僕には判断がつかない。


 その後も、僕たちの登校班では、学校に着くまでキャッキャウフフと探索者談義が花を咲かせていた。



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「なぁ。ちょっと聞いたけど、イノも編入するのか?」

「……うん。不本意ながらね。父さんも母さんも『探索者にならなくても後々に有利になるから行け』って、そればっかりだよ」

「はぁ……同じだわ〜俺のところは主に母ちゃんがソレばっかり。言いたいことは分かるけど、今の時点で就職に有利、コネが出来るとか言われても実感が湧かねぇよな〜」


 ヨウちゃんとサワくんは二組で、僕は三組という感じで別クラス。僕のモブ率が高まる要素だね。

 ただ、井ノ崎真にはクラスメイトにも親しい友達がいる。いや、記憶を確認するだけでも、実はヨウちゃんやサワくんには気後れしていたようだから、井ノ崎真にとってはこっちの友達の方が親しみがあったようだ。


 風見かざみ楓太ふうたくん。

 呼び名はそのまま風見くんだ。なんでも、風見という名字がお気に入りらしい。

 ちょっとぽっちゃりな男子で、僕と同じくらいのモブ感にすごく親近感がある。

 井ノ崎真として過ごす中で、実は風見くんと一緒にいる時が一番心和む。


「やっぱり風見くんも編入するんだ……一応調べたんだけど、地方出身者同士は寮の部屋も配慮してくれるらしいから……もしかしたら同室になったりするかもね」

「……最近聞いた中じゃ一番マシな話だわ。それにしても、何で澤成や川神はあんなに嬉しがってるんだか……。しんどい訓練とかばっかりだろ? ダンジョン学園って……」


 ダンジョン学園。

 僕達が行く予定の学園の正式名称は「国立第二探索者養成課程指導学園」だそうだ。

 でも、誰も正式名称では呼ばない。普通に第二ダンジョン学園とか言われている。

 ちなみに第二というのは、ダンジョンの名前から来ている。学園は基本的にダンジョンの特異領域に接する形で建てられており『日本国第二ダンジョン イの三十六』という名前のダンジョンに接しているため、学園もソレに習って呼ばれている。

 ちなみに、ダンジョン学園は小中高の一貫教育だ。入学には一定以上のダンジョンへの適性と学力試験があるけど、学力はオマケ。勉強についてはダンジョン学園独自の裏ワザがあるという。

 なんでも、ダンジョンの特異領域内で、レベルアップの恩恵を受けた状態で勉強すると……ただの凡人も秀才へと早変わりするらしい。

 もちろん、特異領域を出るとレベルアップの恩恵は失われるけど、経験や知識が失われることはない。つまり勉強やトレーニングの効果は領域外へ持ち出せる。


 親たちは、皆がみんな、自分の子供を探索者にしたいわけじゃない。多くの親御さんがダンジョン学園への入学や編入を望むのは、この裏ワザ勉強法を知っているからだという。

 国が仕掛けた、より多くの探索者を生み出すためのエサに過ぎないことも解った上で、親たちは子供に学力を伸ばして欲しいと願っている。……僕の両親もこれだ。僕が探索者というか、荒事全般に向いてないのは承知の上で、ダンジョン学園へ行くことをほぼ強制されたね。たぶん、風見くんの親御さんも同じような感じだろう。


 今現在、この日本には四つの大きなダンジョンが確認されており、それぞれに学園が引っ付いている形。

 小規模のダンジョンは、大金持ちや企業などが一般人に知られないように管理している……という、都市伝説みたいな噂まであるけど、信じるかどうかはアナタ次第だ。


 編入組に関しては、余程の数の超過が発生しない限りは、地理的に一番近いダンジョン学園に行くことになっている。

 学園では、小中学生は基本的に全寮制なので、初めは同じ地方出身者で固まるように配慮してくれるらしい。

 井ノ崎真はともかく、僕には曲がりなりにも社会人として生きていた記憶がある。流石にコミュ障ではないし、井ノ崎真の人間関係にも実感がないので、あまり気にはしていない。でも、普通の子供たちにはありがたい配慮だろう。

 ……ヨウちゃんやサワくんは、そんな配慮なしでも馴染みそうだけど……


「あの二人は、探索者になることを本気で目指してるみたいだからね。Aランクになるって息巻いてるよ」

「おめでたいよなぁ〜。いや、あの二人ならやれそうな気もするけど……こっちにも同じテンションを押し付けてきてしんどいんだよな……」

「あ、それは分かる。僕は適性があった事がホントに嫌なんだけど、ヨウちゃんたちと居ると、あんまり言えないんだよね」

「だよな。そりゃ探索者に憧れはあるけど、いざ自分がダンジョンに行くってなるとなぁ……普通に怖いし」


 風見くんはモブな雰囲気だけじゃなく、その考えも僕と似通っている。

 僕も配信やニュースとかで観たけど、あくまで一視聴者としてなら、ダンジョン内の映像は凄かった。CGとかじゃない、リアルな魔物との戦闘に不思議空間であるダンジョンの探索、現実にはあり得ないような絶景スポットに特殊なアイテムやらドロップ品の数々……冒険している感が凄い。そりゃ子供たちが探索者に憧れる気も分かる気がする。


 でも、配信や公共の電波で流れるのは、あくまで綺麗な部分だけなのは解っている。

 ダンジョンが死亡者の多い職場だというのはどうしたって変わらない。子供たちをそんな所に送り込む訓練をさせるなんてね。この世界の常識や価値観に馴染んでいない僕からすると狂気の沙汰だ。

 まぁどうしたって、この世界の価値観に逆らうことは出来ないけどさ。


 そんな感じで、井ノ崎真は中学からはダンジョン学園に編入することになったんだ。



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