第8話

 ゆっくりと僕は歩いて騎士に近づいていく。


 一歩。二歩。三歩。四歩。五歩。

 

 騎士はまだ動かない。


 僕は騎士のすぐ目の前まで止まる。

 もはや騎士の間合いはとうに過ぎ去り、すでに短剣の間合いへと入っている。


「はい」

 

 僕は平然と短剣を騎士の首元へと当てる。


「これで僕の勝ち。今僕が持っているの鉄の短剣だったら今この場で殺されているよ?」

 

 何気ない僕の言葉。それにようやく騎士は反応する。

 僕の勝利宣言なんかガン無視で騎士は全力で木剣を振るった。

 

 ガンッ

 

 騎士の木剣と僕の木製の短剣がぶつかり合う。

 僕は騎士の一撃を受け流し、後方へと下がる。流石に魔法で強化していない状態で騎士とまともなフィジカル勝負をすれば負ける。


「ハァハァハァ」

 

 騎士は息を大きく切らせながら、木剣を構える。


「ちゃんと勝っただろ?俺。あの時、俺はその気になれば殺せたよ?」


「な、何をした!魔法は禁止だと言ったはずだろッ!」


「魔法なんて使っていないよ?」


「馬鹿なッ!」

 

 騎士は信じられないと言わんばかりに叫ぶ。


「魔法反応は感知しなかったはずだ。そうだよね?」

 

 僕は少し離れたところで見ていた騎士たちに視線を向ける。


「あ、あぁ。そうだな。魔法反応は感じられなかった。……一体どうしたんだ?あんなに近くにまで近づかれて何もしないのは……」

 

 回りで見ていた騎士たちも困惑の表情を浮かべている。

 

「……いつ、近づいた?どうやって近づいた?」


「普通に歩いて近づいていた、ぞ?」

 

 僕と戦った騎士の疑問の声に周りの騎士たちはそう答える。


「馬鹿な……」


「そういう技術があるんだよ。相手に気配を感じさせないようにするね。別にそんなに珍しいものではないでしょ?」


「だが……自分の目の前にまで来ていて気づかないことなど……」


「大雨の中、自分の目の前に落ちてきた雨粒一つ一つにわざわざ気を使う?僕が使ったのはそういう技術。勝ったんだから満点でいいよね?ちゃっちゃと終わらせてしまいたいんだけど?」

 

 史上最高峰の暗殺者の技術である。

 反応出来なくて当然なのだ。


「あ、あぁ……うん。それで構わない……不正は感知出来なかった……出来なかったんだよな?」

 

 騎士の人は確認のため他の騎士たちへと視線を向ける。


「あぁ」


「まぁ、うん」


「見れなかったな……」


 そして、他の騎士たちは口々にそう告げた。


「そういうことだ。不正がなく、俺を倒した以上お前は満点での通過だ」


「ありがとうございます」


 僕は武技試験の会場から離れた。

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