第一章 学校
第1話
「実にいい夜だ。月がよく見える……そうは思わないかい?」
僕は屋敷の最も豪華に整えられた部屋の中で一級品のワインが入ったワイングラスを掲げて告げる。
「は、はい……」
月光に照らされ、淡く光るワインを数度ワイングラスで回した後、口にゆっくりと含む。
それと同時に広がる芳醇な香りと舌を舐める柔らかな味わい。繊細な味わいが僕を満足させる。
ふむ。美味しい。
しかし、よく貴族たちがやっているような意味の良くわからない洒落た感想は出てこないな。
ワインの感想とか意味不明だからな……濡れた犬とか意味がわからない……ポエムかよ……。
「さて、聡明な君なら何故私がここにいるかわかるだろう?」
僕は自分の顔を隠す仮面ごしに鋭い視線を向ける。
今、僕の前で震えながら土下座している男に。
「は……はい……」
男は震える言葉で頷く。
「わかっているのならば構わない」
僕は横柄に頷いて、再びワインを口に含む。
「そろそろ僕も帰るとしようか……」
僕は机の上に飲みきったワインを置く。
「……もう辞めた方がいい……妻も子もなくした。お前から奪えるものはもうほとんど残されていない。次に支払う対価は自分の命となるぞ?」
闇へと。僕は闇へとその姿を消す。
14歳。
10歳のときに一人前のアレイスターの男として認められてから四年。
僕は順調に、暗殺者として成長を続けていた。
■■■■■
「ハァハァハァ」
エルピスがいなくなった部屋の中で、男は息を荒らげる。
頭の中にこびりついて離れない死神の姿。
まだ歳幼い、とても小さな体躯をしたまだあどけない少年。
しかし、そんな少年の纏っている殺気も覇気も正気の沙汰ではなかった。この世のどんな存在よりも威厳に満ちていた。
月光に照らされ、ワインを嗜む漆黒に覆われし仮面の少年の姿はどんな芸術品よりも、どんな光景よりも美しかった。
屈辱。
これ以上ないまでの屈辱を味わった。家族が殺された。
しかし、反骨心は芽生えない。恐怖で……そんな感情など湧き上がっても来ない。
ただ、ひれ伏すことしか出来ない。
「これが……アレイスター家」
カスカスの声で男はつぶやく。
一部の最上位貴族、王族でなければ知らない辺境の地を領地とする底辺貴族であるアレイスター家の本当の姿。建国のときからずっと闇として全てを葬り去ってきた死神の一族。
その噂も聞いていた。幾度も依頼を出した。
だが、その刃を向けられたことなど今日の今日までなかった。
刃を向けられ、ようやく気づいた。あの一族の恐怖に。
「あぁ……」
もはや彼の魂はたった一人の少年に跪いていた。
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