推し活ってどうするんだろうね?
相内充希
推し活ってどうするんだろうね?
ゴールデンウィーク直前の放課後の教室。
ようやくグループ課題のまとめを終えた青葉
「山形さん、終わったけど」
大和の呼びかけに彩弓は顔を上げると、「どれどれ」と机においた用紙を覗き込む。
「うん、いいんじゃないかな。お疲れさん」
そう言って「もうサボらないでよ」と彩弓がへニャリと笑うと、大和は適当に返事をしつつ伸びをして、彼女の手元のスマホをチラッと見た。
「熱心に何見てたの?」
彼女がイヤホンをつけてたので、おそらく動画か何かだろう。大和としても、本音を言えば特に気になったわけではない。しかしグループリーダーとはいえ、最後まで律儀に大和に付き合ってくれた彩弓には、一応何か話しかけたほうがいいような気がしたのだ。
大和と彩弓は、高ニで初めてクラスメイトになった以外特に接点はなく、今回の課題ではじめて最低限の会話をした位の仲だ。特に好きでも嫌いでもない、ただのクラスメイト。正直互いの名前も、今回グループが一緒になったことでやっと覚えたのかもしれない。
彩弓は大和の問いかけに一瞬目をぱちくりとさせた後、大きく笑ってスマホの画面を大和に見せてきた。
「最近ハマってる動画なの。見て見て、かっこいいんだよ。RENってコンビなんだけどね」
そう言って音声付きで流れたのは、二人の男女が踊っている動画だ。いわゆる踊ってみた、とかいうやつだ。女声ボーカルのポップな曲に合わせて踊るそれを見て、今度は大和のほうが目を瞬かせた。
踊る二人は顔を隠すためか、女性は白い普通のマスクを、男性の方は口元以外を覆う大きな仮面をかぶっていた。
「へえ……。えっと、山形さん、ダンス好きなの?」
「好き。見るの専門だけどね、運動音痴だから。体育でも苦労してるんだよぉ。こんな風に踊れたら気持ちいいだろうなぁ。特にこの動画が一番好きなの」
またもや「かっこいい」とうっとり動画を眺める彩弓は、かすかに耳を赤くした大和に気づいていない。大和は軽く自分の頬を指でかいた。
「かっこいいって、顔も見えてないじゃん。すっげぇ不細工かもよ?」
多分若いだろうくらいしかわからない見た目だ。大和の意見は至極当然だったが、振り返った彩弓は、大和の言葉にカチンとしたように頬を膨らませた。
「顔は別にいいの。踊りがかっこいいんだから! ほらほら、こっちの女の子レネちゃんっていうんだけどね、レネちゃんは華奢なのに動きがダイナミックだし、男の子はまぁくんっていうんだけど、背が高いし、レネちゃんのサポートとか軽々するし、何より踊りうまいし、めちゃくちゃかっこいいの! ほらここ! 今のターン見た? すごいでしょ?」
プンッと効果音が付きそうな顔の彩弓のすねた顔は、例えるなら頬袋に好物を詰めたリスのようだ。彼女が小柄なので余計にそう感じるのかもしれない。大和は吹き出しそうなのをどうにかこらえ、「ごめんごめん」と謝った。
「いや、悪かったよ。人の推しを貶める気はなかったんだ。ルール違反だったよな。ごめん」
そう言って改めて画面を見ると、彩弓も膨れるのをやめて改めてスマホに目を戻した。
「俺、この曲のほうが好きだけどな。ガッチャンの曲でしょ。暁の風の中でだったよね」
「えっ? 青葉君知ってるの? この人まだ、あまり曲出してないよね」
その答えで、彼女もこのクリエイターのファンだとわかり、大和は心の中でにんまりした。
「知ってる。最初はボーカロイドオンリーだったけど、最近マーガレットってボーカル入ったじゃない」
マーガレットは、ガッチャンと最近コンビを組んでいる、今この曲を歌っている歌い手だ。
「マーガレット、よくない? 女の子だけど、声のどすが聞いてて」
「どすって……」
女の子への褒め言葉ではないような……と呟かれ、慌てて大和は手を振った。
「いやいやいや、褒めてるから。迫力あってかっこいいじゃん。バラードもポップもいけるし、いいコンビ組んだなと思ってたんだよ」
そう言って大和がくマーガレットが参加している曲のタイトルを上げていくと、褒めているのが本心だと理解したらしい彩弓がにっこり笑った。
「へへっ、そっかぁ。通じる友達いなかったから、なんか嬉しいな」
「そうなんだ?」
「うん。すっごく嬉しい」
子供のようににっこり笑って頷いた彩弓に誘われ、課題を出したその足で駅前のファストフード店に行った。
「さすがに腹減ったわ」
「それ、おやつというより一食分じゃない?」
普通にLセットを頼んだ大和のトレーに、彩弓が目を丸くするが、そういう彼女のトレーもパンケーキとカフェラテで、まあまあのボリュームだ。
「育ち盛りだからな」
「青葉君、結構大きいよね?」
「そうでもない。今172だし」
「そうなの? もっと大きく見えるね。猫背なのがもったいないけど」
「ああ、それ姉ちゃんにもよく言われる。背筋伸ばせば男前度が三割アップだって。余計なお世話じゃね?」
兄弟の話に下の子らしい表情になった大和に、彩弓がふにゃっと笑う。
「青葉君、お姉ちゃんいるんだ。いいなぁ、私もお姉ちゃんほしかったよ」
「姉貴なんてうるさいだけだぜ? 山形さんは? 一人っ子?」
「中学生の弟がいる。全然姉扱いしてくれないの。生意気なのぉ。ううっ、私もうるさいだけって思われてるのかも」
そう言いつつ、きっと仲がいいのだろう。彩弓の楽しそうな顔に、大和も
「俺は弟が欲しかったな」
と、話を合わせて、バーガーの最後の一口を頬張った。
(ん? 女子と二人で飯食うのって初めてじゃないか?)
ちらりとそんなことに気づくも、別にデートじゃないしと気にしないことにする。事実、目の前の相手はまったく気にしていないのだから。
そのまま彩弓のREN愛を聞き、大和がガッチャンの好きなところを上げ、あっという間に時間が過ぎた。
「こういう素人さんへの推し活って難しいよね。アイドルとかならグッズ買ったりもできるけど、せいぜいこういやって愛を語ることしかできないんだもん」
「語るだけでも十分だと思うけどね。なんなら応援コメントも入れれば本人にも届くだろうし。入れてないの?」
「入れてない」
「なんで?」
素朴な疑問に、なぜか彩弓の顔が真っ赤になる。大和が首をかしげて答えを待っていると、彼女がようやく口を開いた。
「だって、痛いファンがいるって引かれたら嫌じゃない。コメントだってかっこいい! とかしか書けないし?」
ボキャブラリー足りないんだよと泣き真似をするので、大和もついふざけて「よしよし」とエア頭なでなでをした。
「いいんじゃね? 短くても通じるし、多分喜ばれるよ」
「そうかな」
「俺はそう思う。――えっと、そろそろ帰ろうか」
大和は彩弓の満面の笑みに突然どぎまぎし、時計を見るふりをして帰る提案をする。実際外も薄暗くなってきた。
「山形さん、家どっち。バス? 電車?」
普段から姉に「女の子はちゃんと守れや、こら」と言われていることを思い出し、自然とそう尋ねたのだが、彩弓は虚を突かれたような顔をして少し頬を染めた。
「電車。ヒガシ町のほうだよ。青葉君は?」
「俺は歩き。結構近所なんだ」
じゃあ送る必要もないなという大和に、彩弓が口の中で(無自覚天然王子って噂、本当だったんだ)といった言葉は聞こえない。
二人はもとから友達だったかのように、普通に手を振って別れた。
***
その後、青葉家。
「姉ちゃん、新作の振り付けするぞ!」
「何よ、やまくん。昨日までもうやらないって文句言ってたくせに」
「気が変わった。せっかく連休だし、新しいの撮りたくなった」
「ほんと? やった。実はもう曲選んであったんだ」
そんな会話が交わされていたり――。
一方山形家では。
「
「だから前からそう言ったじゃん、バカあゆ」
「バカじゃありません。お姉ちゃんです。でも今日は嬉しかったから許しちゃう」
なんて会話が交わされていたり――。
互いが互いの推しであることを知らないまま、いずれコラボをすることになるのだけれど、今はまだ、お互い知る由もなかった――。
Fin
推し活ってどうするんだろうね? 相内充希 @mituki_aiuchi
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