第2話 死の国
光が届かないと思われていた暗闇の先にあった物は、膨大な面積を誇る古い都市であった。
居住区や神殿らしきものは木材で建てられていて、その全てが素晴らしい職人による傑作なのはそういう知識がない彼女にも伝わるほどの美しさだった。
だが、それ以上に彼女の目を引いたのはその都市の住人たちの姿だった。
それは様々な姿の者どもが都市内を闊歩していたのだが、それらの姿は一言で表すと……怪物だった。
肉が朽ち始めている者、頭部が落ちている者、目が一つしかなない者や何かと融合して人の形をしていない者など、その都市の住人のほとんどが死体や妖怪といった空想上の存在であったのだ。
中には損傷の少ない者やほとんど人間と変わらない者もいたが、彼らも化け物のだろうと彼女は思った。
常識では考えられない異様な空間、死者が正者のごとく動き回る有り得ない都市。このような場所が現実に存在していいはずがない。そう考えると幼い彼女でもここが何処だか理解できてしまった。
「(……ここはお化けや死んだ人たちの国、死後の国なんだ)」
思ったより動揺していない自分自身に驚く彼女。
もしかしたら自分も死んでいるかもしれない、とも一瞬考えたが今の見た目が最後に覚えている生前の物と全く変わらないし、そもそも死んだ記憶もないので今考えたところで結論が出るわけでもないので後回しにした。
「(となると、やっぱり正解の道は反対側だったんだ。扉が閉まるまでにここを出ないと帰れなくなりそう……でも)」
ちらり、と奥にある神殿を見る。
この都市の中央に聳え立つ木造の神殿、彼女が生きている間でも見たことはないほどに巨大で立派な古代遺跡のような建築物に心が惹かれていた。
端的に言えば、中に入ってみたいと彼女は思っていた。
「(ささっと行って、ささっと帰ればいけそう? ……よし行こう!)」
好奇心は猫を殺すというけれど、そんな言葉を知るはずもない彼女は自身の欲望のままに突き進む。
まずは都市へ降りるために近くにある坂を下る。
長く緩やかな坂を下ると、すぐに時代劇にあるような木造の長屋が立ち並ぶ通りへと繋がっていた。
彼女はすぐに物陰へと身を潜めると、彼らの動きを観察する。
怪物の数は多く、まるで商店街に溢れる人波のように隠れて進む場所がほとんどない。
さて、どうしたものか、と彼女が頭を捻っていると、すぐ近くに人が倒れているのが見えた。
驚いて身を固める彼女だったが、よくよく見ればその倒れている女性の近くには酒瓶が転がっていて、盛大に寝息も立てているので酔っ払って寝ているだけということがすぐに分かった。
その酔っ払いの近く、彼女が持っていたと思われる可愛らしい狐のお面が土に塗れて転がっている。
土に汚れて心なしか泣いているようにも見えるそれを彼女は拾い上げ、表面についた汚れを払うとついでに被った。
正直顔を隠したところで何も変わらないのだが、これで何があっても大丈夫という根拠のない自信が彼女の中に沸々と湧きつつあった。
物陰に隠れ、彼女は神殿へと近づく。
コソコソと素早く移動する彼女であったが、神殿まであと少しと言う所で予想外の出来事が起きてしまう。
「クンクン……おかしいなぁ。生きてる人間の匂いがするぞぉ」
「然り。まさかまさか、生者が紛れ込んでおるのか?」
神殿の入り口、そこに立っていた二人に彼女の存在が気取られてしまったのだ。
いや、人と表記するのには語弊があるかもしれない。
何せその者どもは明らかに人間なのではないのだから。
それは巨大な狗であった。
彼女の倍近くある巨大な体格を持つ白い毛の狗たちが、神殿の前で人の言葉を話しているのだ。
彼らは鼻を鳴らし周囲を探ってはいるものの、彼女の場所までは特定できてはいないらしい。
「(困った。これじゃ入れない)」
近づけばきっと見つかってしまう。そう考える彼女。
別に入る必要もないし、さっさと帰ればいいのだが、もはやそんなことは関係なかった。
どうしたものかと彼らを観察していると、急に視界の端から現れた若い日本武者のような格好をした男が大声で狗たちに話しかけるのが見えた。
「おい! 現世にて
「異彩承知! 兄者は他の醜女衆と雷の軍を、我は火の軍に招集をかける!!」
「応とも、遅れるなよ!」
狗たちは一際大きく吠えると左右へと別れそのまま走り去ってしまう。そしてどうやら今度はあの日本武者が狗たちの代わりに門番をするようだ。
ふむ、と彼女は顎に手を当てて考える。
「(さて、わんこがいなくなったのはいいけど、どうやったら中に入れそうかな?)」
何かないかとポケットを探ると、何か硬い物が指先に触れた。
取り出してみると、それは桃の種だった。しかも透明な袋に幾つも入っている。
「(…………そういえば昨日夕ご飯に桃が出て、庭に埋めようと種だけ集めて、そのまま寝ちゃったんだっけ。まあ、これでもないよりかはマシかな)」
何も考えず、袋ごとそれを武者へと放り投げる。
桃の種はゆるやかな放物線を描いて武者の頭部へと吸い込まれるように飛んでいく。
「何奴!?」
種が兜へと当たるかと思われたその寸前、種に気づいた武者はそれを片手で掴み取る。
やっぱり無理かと落胆していた彼女だったが、武者が自身が掴み取った物の正体に気づいた途端、見る見る彼の顔色が青くなっていくのがわかった。
「も、桃の種だと!? おのれ曲者が! どこだ、何処にいる!?」
慌てふためき、手に掴んだ桃の種を投げ捨てる。
そしてすぐさま腰に下げた日本刀を振り回すその男。
その顔からは冷や汗が溢れ、見るからに混乱しているように思える。
「(……思ったより効いてる。こわ)」
自分の予想より大幅に効果をもたらした桃の種に若干の恐怖を覚えつつも、特に深くは考えることはなかった。
まあいいや、と割り切って彼女は近くに落ちていた石を近くの壁へ向けて投げつけ、自身は頭を抱え身を低くして物陰に隠れた。
「!? そこか、曲者め!」
音に引き付けられ、隠れていた彼女を通り過ぎ、武者は誰もいない通りへと消えていく。
それを確認すると彼女は急いで神殿の中へと駆け抜けていった。
中に入ると、そこはまるで別の世界のようであった。
天井付近と思われる場所にテラテラと輝く太陽、まるで大自然の中にいると錯覚するほどに澄んだ空気、それらを受けて生き生きと大地に根を張る植物たち。
そう確かに神殿の内部に入ったはずなのに、そこ広がっていたのは神殿よりも明らかに広大な花畑であったのだ。
見間違いかと思いお面を側頭部にずらして見るが、風景に変化はない。
呆気に取られ、しばらく呆然としていた彼女であったが、ふと気がつけば花畑の奥、まるで人が通るために造られた道を進んだその先に神社らしき建築物が見えたのだ。
「…………」
少し悩み、進むことにする。
歩みながら花畑を観察すると、そこには宙には蝶や蜂、地面には百足や蟻などの昆虫の姿が確認できた。
あのような怪物や死体に満ちた都市にこんなにも生命に満ちた場所があることが信じられず、今まで自分が見てきたものは、いや、今見ているこの光景も夢か幻だったのではとすら考えてしまう。
しかし、死者の国でみた彼らはテレビで見たフィクションよりもはっきりと動いていたし、この草木特有の匂いや、今までずっと踏みしめている土の感触だって本物であると彼女は感じていた。
一体ここは何処なのか。何故彼女はここにいるのか。何一つ分からないが、この道に進む先に答えがあるような気がしていた。
長いような短いようなその道を歩き終え、彼女はついにその神社の中へと足を踏み入れる。
「……え?」
入った瞬間、空気が重くなったのを感じた。
死の国で感じた嫌な空気や、先の花畑の澄んだ空気とも違い、空気自体がまるで粘度を持った液体のようだと彼女は思った。
少し前に神事に参加した時も似たような空気を感じ取ったことはあったが、それでもこれほどの抵抗感を感じることはなかった。
もしかしてここは自分が気軽に足を踏み入れていい場所ではないのではないか、と今更ながらの考えが脳裏をよぎるが、ここまできて帰るなど逆に失礼だと思い、彼女は進む。
まず手水社に寄って手と口、ついでに汚れた足の裏を洗って、奥へと進む。
「…………あれ?」
違和感を覚え足下に目をやると、埃一つない綺麗な石畳が映る。
じーっとそれを見つめ、ようやく自身の抱いた違和感の正体に気づく。
綺麗すぎるのだ。
通常屋外にあるものは雨風に晒される宿命にあるというのに、この石畳には小石や砂すらも落ちていないのはやはりおかしい。
風化していたり、どこかから運ばれた砂などで汚れていて然るべきだというのに、彼女の足の裏から伝わってくる感覚は冷たい石の感触だけ。
いくら掃除が行き届いていたとしても、例え一時間に一度掃除を繰り返すしていたとしても、その数分後にはどこかしら汚れているはずなのに、目の届く範囲には汚れている場所は一箇所も見受けられない。
ふと、彼女の脳内に嫌な考えがよぎる。
もしかしたら彼女が来る前までずっと誰かがこの場所を掃除し続けていたのではないか?
それは彼女には見えないだけで、今もずっとこの場所にいるのではないか?
死者が蔓延る都市の更に奥に存在するこの場所、今まで存在を信じてはいなかった幽霊がいても不思議ではない。
そう考えると少し怖いとも思ったが、入ってしまったのはどうしようもないので先に進む。
石畳を進み、彼女はとある社殿の前にたどり着く。
木で出来た階段を登り、障子の取手に手をかける。
しかし、いざ開けようと思ったところで、彼女の気持ちに迷いが生じた。
「(……ここまで来てはみたけれど、流石に勝手に入るのは失礼じゃないかな?)」
今更と言えば今更なのだが、そう思うと少しこの扉を開けるのを戸惑ってしまう。
そう悩んでいた彼女だったが、次の瞬間には扉は開いていた。
「……え?」
彼女の手は障子に添えるように腕を伸ばした姿勢のままであった。
そう、彼女自身が扉を開けたわけではなく、扉が勝手に横へと動いたのだ。
混乱する彼女に追い打ちをかけるように、奥から女性の声が響く。
「そんな所で立っていても暇でしょう? さあ、早く中にお入りなさい」
母のように優しい声。
おそらくこの声の主が障子を開けたのだろうと彼女は察することができた。
少し迷ったものの、彼女は中へ入ることにした。
招かれた以上入るのが礼儀だと考えたのだ。
障子の奥は木版が敷かれた広い一室となっていて、数メートル間隔で建てられた赤く大きな柱が天井を支えている。
その際奥、床を一段上に上げ簾が架けられたその場所に、女性らしき影が見えた。
女性らしき影は優しく彼女に語り掛ける。
「幼いのによくぞここまで入ってこれましたね。疲れたでしょう。さあ、お座りなさい」
その女性がいる場所から少し手前に座布団がひいてあるのが見える。
おそらくはあそこに座れということなのだろうと彼女は思った。
特に断る理由もないので、言われたとおりにその座布団に腰を下ろす。
「本当ならお茶菓子の一つや二つくらいはご馳走したかったのだけど、規定があるから出すわけにはいかないの。ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。不思議とおなかもすいてないですし」
「ふふ……そうね、当然よね。幼いと言ってもまだ生者、きっと本能で食べたらいけないってわかっているのね」
彼女の返答を聞き、クスクスと突如笑い出す女。
意味が分からず彼女は首を傾げる。
「いいのよわからなくて、あなたにはまだ早いわ。……そうねまずいくつか聞きたい事があるのだけど、答えられるかしら?」
こくり、と首を縦に振る彼女。
いい子ね、と向こうの女は嬉しそうに話を続ける。
「あなたは最初は黄泉比良坂……何もない荒地に出たと思うのだけど、あなたはそこにいて何も感じなかったかしら?」
黄泉比良坂と聞いて首をかしげた彼女だったが、その直後に言いなおされた言葉で彼女が最初に目を覚ましたあの場所だと理解できた。
「ええっと、最初は暗くて気持ち悪い場所だったけど、少し休憩したら慣れたのかも」
「ふふ、そうなの、
懐かれているという言葉に疑問を覚えたけれど、そういえば着けたままだったな、と彼女は側頭部につけた仮面に触れながら話す。
「ここ入り口のところに酔っ払って寝てた女の人の近くに落ちてました」
「酔っ払って? ……ああ、きっと
やはりこれはあの人の物だったのかな? と彼女は思った。
まあ普通に考えて落ちていた近くにいたあの女性のものだと考えるのが普通であるが、正直なところどうでも良かったので考えなかっただけだが。
「あとはそうね……。どうやって来たかなんて無粋なことは聞かないわ。あなたはここに来た。それがただの偶然であったとしても、それだけでここに来れるほど黄泉は優しくないわ。あなたがここに来たのは運命なのでしょう。なら、黄泉を統べる
ちょいちょい、と女がこちらへと手で招く姿が見える。
彼女は素直にそれに従い、簾の前へと近づく。
「
簾の向こうから二つの物品が差し出される。
彼女の身長を大きく超える日本刀と、三つの勾玉がついたブレスレットである。
思わず受けとってしまった彼女だったが、それよりもまず聞きたいことがあった。
「あの、どうして私の名前を知ってるんですか?」
「ふふ、そうね。教えてあげてもいいのだけれど、もう時間切れみたい」
「時間切れ?」
意味がわからず首をかしげていると、背後から誰かが階段を上る音が聞こえてくる。
振り返ってみれば、障子の向こうに人の影が見える。
その影の人物は階段を上り終えると、すぐさま片膝をつき、こちらというよりか簾の向こうにいる女性に向けて話しかけはじめた。
「姫、お伝えしたいことがございます」
「そのままで構いません。何がありましたか?」
「はい。どうやら何者かがこの黄泉の国内に侵入した形跡がみられます。賊の狙いは不明なれど、狛犬や警備兵にその存在を一切気取られないことからかなりの手練だと思われます。黄泉の国の居住区画並びに神域街道は既に捜索を完了しており、残るはこの神殿のみ。もしや賊の狙いは姫様の命なのではと思い参上仕りました。何か異変などはございませんでしたでしょうか?」
声からして、恐らくは老人なのではないかと彼女は思う。
そして、彼が言う侵入者とは間違いなく彼女自身のことであると理解できた。
はてさてどうしたものかと何気なく女性の方に顔を向けると、女性はくすくすと小さく笑っているのがわかった。
それはどうやら彼にも伝わったようで、困惑気味に女性に尋ねる。
「姫様? いかがされましたか?」
「ふふ、いえ。黄泉の手錬がそろいもそろってこんな小さな女の子に翻弄されていると思うと、可笑しくて笑いを堪えられませんでした。翁、あなたも入ってこの子に挨拶の一つでもしたらどうです?」
「まさか……。失礼いたします」
老人は少し考え、勢い良く障子を開く。
影だけだった姿からようやくその姿を彼女たちの前へと晒す老人。
それは長い白ひげを蓄え、緑色を基調とした和服に身を包んだ高齢の老人であった。
しかし、その外見とは裏腹に僅かに見える素肌には生き生きとした肉体が垣間見え、更には腰に刀を下げていることから只者ではないことが伺えた。
そんな老人であったが、侵入者、彼女の姿を目にした途端、その険しい表情から一転、困惑したような表情を浮かべて、こう言い放った。
「まさか、このようなことが。まだ幼い生者が、
そう、彼が驚愕していたのは侵入者の姿だった。
小さな手足、可愛らしい寝巻き、何処からどう見てもただの子供。一般常識に当てはめるのならば幼稚園に通っているような年齢の子供がたった一人でこの場所までたどり着いたことが信じられないらしい。
何を驚くことがあるのだろう。とあまり状況を理解していない彼女。難しいことを理解できないのは幼稚園児らしいといえばらしいのだが、ここまでの行動を振り返るにこの子を並みの子供に当てはめて考えるのは間違いだろう。
「ふふ、流石の翁も驚きを隠せないようですね。ええそうです。この子はたった一人でここまで足を踏み入れたのです。触れれば生気を失う黄泉の瘴気に耐え、黄泉の住人の姿に恐れることなく、桃の種や姿隠しの獣面などの道具を駆使して私の元までやって来た。正に過去の英雄と比肩しうる偉業でしょう」
「然り、まさか現代にこのような強者……いえ、強者になりうる才覚を持った子が生まれるなど思いもしませんでしたな。姫様としては、彼女を配下になさるおつもりですかな?」
「わかりますか? ええ、この子の才能は冥府に属する者ならば誰もが欲しがるものです。他に取られる前に先に印をつけておくのは必要でしょう」
「なるほど、それで姫様の護身刀と勾玉をお渡しに……しかし、刀はともかく勾玉は幼い子供にはちと荷が重過ぎだと思われます。縁勾玉は紛れもなく神器、身につけているだけでもどのような影響を齎すか、この火雷守ほのいかづちのかみとしての経験を持ってしても計り知れませんぞ」
「確かに普通の子供ならば良くない影響を与えるでしょう。けれどこの子は聡そうですし、元々の才覚を考えるならばこれは少しばかり成長の促す程度にしかならないでしょうね」
「ですが――」
当の本人を差し置いて彼女の未来について話し合う二人。
所々理解できない内容もあるが、その前後の単語から今持ってるこの勾玉が一番貴重で尚且つ持っていると危ないものであるということは理解できた。
これがそんなに危ない物なのだろうかと、信じきれずにそれを見つめる。
上下右左から眺めて、最後にはそれを身に着けて天にかざして見てみる。
青や赤、白や黒、そして黄色と五つの色の勾玉と無色の珠が紡がれた子供の目から見てもとても綺麗なブレスレットであるのはわかる。
何が危ないのか理解できずに首を傾げる。
「……なんと、勾玉を身に着けても何の影響も受けていないとは。此奴、本当に只の女子おなごか? 鬼や獣混じりかどこぞの陰陽師の生まれ変わりではないのかのう?」
「いいえ、この子は本当に只の子供よ。ただ少しだけ他の子より適性があるだけの小さな子供。だからこそ、誰かが導かないといけないの」
「ですが、このままこの子を黄泉に留め置くわけにはいきますまい。導くと言っても一体誰が?」
「それは後々考えましょうか。もう時間みたいですし」
「これは!?」
翁と呼ばれた老人が驚いた様子でこちらを見ている。
不思議に思い自分の体を見直せば、なんということか、彼女自身の体が透け始めているではないか。
同時に視界がうっすらと霧がかかったかのように、周囲の風景が白み始める。
「元より彼女の体はここにはありません。彼女の精神だけがこの黄泉の国へと迷い込んでしまっていただけ。ですから、こうして体が目覚めてしまえば精神は肉体へ引き戻される。もし精神だけの彼女がこちらで死亡したり、黄泉の食べ物を口になどしていればそうはならなかったのでしょうけど……。やはり生者 現うつつに生きるべきですね。目が覚めてしまえばどこまでここのことを覚えているかはわかりませんが、きっと近いうち必ずまた会えると信じていますよ。巳雷」
優しい声が響く。
その声が響くたびに、彼女の視界は霞んでゆく。
ふらふらと、確かに自分は木の床に座っていたはずなのに、まるで雲の上にいるかのような不安定な感覚を感じ、女が名前を告げたその瞬間、彼女はまるで足元が消え去ったかのような浮遊感が彼女を襲い、彼女の意識は闇へと溶けていった
夢視る少女の怪異奇譚 夜坂夜谷 @nonono-hiiragi
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