第5話

彼は僕が散策していた辺りを見ると、件の白い玉を摘んだ。

そうして辺りを見回すと、身軽に杉の葉に覆われた場所へぴょんと飛んだ。


後ろを潰して履いたスニーカーのまま、ひょいひょい小枝と杉葉の群れの上を歩く。運動神経が大変に良い青年なのか、僕が歩くのも苦労する場所を何なく人周りした。


「木の幹にめり込んでるのもあった、これは威力あるんじゃないかな」


そう言うと太い杉の木を背に指を指した。


「あそこ。撃つとしたらあそこの窓からが濃厚。間近で撃ってるなら玉が跳ね返って来て自分が怪我するかもだからやんないと思う。それに結構でかい音がすると思うよ。発砲音。人に見られたら大変だからさ、」



真夜中とかに撃ってんじゃね?

人に見つかんない様に。




そう言って、摘んだ玉を僕の方へ差し出した。

僕はそれを受け取った。

掌に二個の白い玉。

彼の言葉が頭の中でぐるぐる回った。


僕は彼が指差した方向を見つめた。



僕は彼にお礼を言い、別れた。

彼は僕に特に深く説明を求めることも無かった。

事情を説明することも無く、僕は「もしかしたら」の手掛かりを掴むことが出来た。


次に鴉たちに会えたなら、伝えなければ。

ただ証拠は無い。

かもしれない、というだけで。


その後に、僕は墓地の周辺をできる限り見回った。

結果として白い玉は連なる墓石の脇にも大量に散らばっていた。

墓石のいくつかに同じ大きさの跡が有るのも確認した。


青年が指差した例の窓から撃っているのだろうか。

僕は二つの白い玉をポケットに入れ、帰宅した。


僕はそれから鴉に会える日を待った。

何しろ、僕自身から会いに行くことが出来ないのだ。

待つしかない。

同時に、翌日の予定と猫の薬の時間を考慮しつつ、深夜に起床し、電気は点けずに窓から墓地を眺める手段を数回取ってみた。収穫は無かったが。


しかし、それから数週間経っても、僕はあの鴉たちに会うことが出来なかった。

鴉は相変わらず杉の林にいるのだが、あの時の白い鴉を目にすることは無かった。


とうとう僕は鴉に再度会うことも出来ずに、引っ越しの前日を迎えた。


◇◇◇


引っ越しを明日に控えた僕は、鴉たちは自らで探し当てたのでは無いかと思い始めていた。僕に頼みはしたが、解決しろとは言わなかった所から察すると、自分達で調べ上げてしまったのでは無いかと、それならば再び僕を呼び出す必要も無い。


僕にとって、鴉たちと話をした事は、夢でも幻でも無い。

僕の大事な猫を一緒に探してくれた恩を、返したかった。

今夜会えなければ、もう会えないかも知れない。

僕はもう二度とこの家には来るつもりは無いからだ。


その日の夕方、辺りが橙色に染まった頃。

僕は猫に薬を飲ませていた時だった。


大きな音がしたのだ。

何かが破裂するような音が二回。

その後に鴉たちの鳴き声が激しくなった。

僕は窓を開けて、猫が出ないように網戸にした。


証拠を見つけ出すことは出来ない。

模造銃の現物を見ることは叶わないし、撃たれた玉が見える筈もない。

でも僕は、あの日に近所の青年が告げた仮説が当たっているのでは無いかと思った。


その晩、猫を抱きしめ布団に潜り込んだ僕は、目を閉じ何度も何度も頭の中で鴉たちを呼んだ。


お願いだ。

お願いだ。

会わせて欲しい。

伝えたいことがあるんだ。

どうしても伝えなければいけないことが。


夢か現か、僕は夕焼けの野原の真ん中に立っていた。

目の前に、小さな三体の黒い鴉が横たわっていた。

鴉は近くで見るとかなり大きいので、僕の目の前の三体の鴉はまだ子供なのでは無いだろうか。

生ぬるい風が吹き初め、ますます周囲は夕焼け色に染まるから、まるで焼けているようだった。僕は悲しくて涙が出た。


三体の鴉はきっと殺されたと言っていた鴉の骸なのだと思った。


顔面と腹部から血を流したもの。

顔面の原型がないもの。

首から血を流しているもの。

風で黒い羽が揺れている、血のこびりついた黒い羽が。


僕は膝を着いて、両手で顔を覆った。

嗚咽と涙が流れて止まらなかった。

命を失った三体の鴉をこれ以上見ていられなかった。


ぐずぐずと膝を着いたままの姿勢から正座になり、僕は地面に伏せた。


弱者は殺しても構わない。

そんな人間の本性が橙の野原に充満している気がした。


ごめんな。

ごめんな。

僕は、


伝えなければならない、僕は顔を上げた。

すると先ほどの景色から一転、目の前には僕が起床と共に、猫を連れて引っ越す家屋があった。その家屋の屋根の上にびっしりと黒い鴉が佇んでいた。玄関口の真上には真っ白い鴉が居た。



◇続







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