第2話 旧暦二月をめがけて微睡む。
『良いニュースと悪いニュース。あなたはどちらから聞きますか』
そんな話を彼女としたことを、ふと思い出す。
彼女は悪い方から。理由は「後味悪く終わるのが嫌だから」。
だけど、私は良い方からだった。良いことを後回しなんて、我慢できない。ショートケーキもイチゴから食べるもの。
それはともかく、今回の彼女からの連絡も良いことと悪いことが含まれていた。
「見知らぬ駅に来てしまった。終電も終わって、もう電車もない。GPSもおかしくて、どこに居るのか分からない。助けて」
彼女からのSOS。
……どこに良い知らせがあるかって?もう恋人ではない私を頼ってくれた。それが私には良いニュース。だって、私が彼女にとって一番ってことでしょ?
「……落ち着いて。大丈夫、私が側に居るから」
ウキウキ気分を抑え込み、心配そうに彼女を励ます。
どうやら、彼女はあの有名な異世界の駅に着いたみたいだった。幾人もの人がうっかり寝過ごし辿り着いてしまったという怪しげな駅。どれも、真偽がハッキリしなくて、作り話だったと言われる都市伝説のひとつだけど、彼女はそういう嘘はつかない。それに、別れたばかりの元カノにつくような嘘でもないだろう。
「ねぇ、どうしたら良い?」
もう泣き出しそうな彼女の声。やっぱり嘘ではないと思う。
……でも、それなら。それなら、私はどうすればいいの?
スーッと背筋が冷えた気がした。慌ててネットで検索するが、解決手段が分からない。
「ヤバい……電池切れそう……」
彼女のか細い声。……それが途切れると、もう彼女と会えない気がして。
「びっくりするほどユートピア!」
気づくと私は大声をあげていた。どうしてだかは分からない。多分、怖いときにはこうすると良いと誰かに聞いたのだと思う。
電話の向こうで彼女が息を呑む音が聴こえた。だけど、私はもう止まれなかった。
狂ったように叫びながら、着ている服を破り裂く。羽化する蝶のように美しくありたいのに、カブト虫みたいに無様だった。
下着まですべて千切り捨てた私は、今度は臀部をまるで布団をはたくように、景気よく叩き始めた。真っ暗な部屋の中で、暖かいお日様の香りを思い浮かべる。
「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」
奇声をあげながら、ベッドに飛び乗り、飛び降りを繰り返しているうちに、両隣の住民が壁をドラム代わりにして、セッションへ参加し始めた。
みんな、私たちのことを応援してくれている……!
私は嬉しくなって、さらに声を張り上げた。
「びっくりするほど!ユートピアっ!」
いつの間にか、彼女も電話の向こうで叫んでいる。
こんな夜中に外で全裸になってしまったら、風邪をひかないだろうか……。
そう不安になった瞬間、私は足を滑らせて、頭から床に落ちた――。
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