王都アズハールにて・14

 ◇◇◇


 遅い。遅すぎる。

 王の間より一段下の庭園で、吉報を待っていた王は苛立った。

 勇猛なシャマール、そして魔術師ライラ。あの二人が、流浪の旅人と賊輩になど敗れるはずはない。ラヴィが敵になったとて、アレはまだ。ならば、普通の小娘と何ら変わらぬ。


「やはりわしが出るべきだったか」


 サイラスは立ち上がる。ライラの、王の手を煩わせるほどではない、という進言を鵜呑みにしたのは早計だったか。

 美しい花の都は今や暗く、鼠どもの連ねる篝火が忌々しくゆらめいている。王宮の床に泥がつくのも、時間の問題であろう。


「──陛下」


 と、待ち侘びた人物が背後から現れた。振り返れば彼は、ゆっくりとこちらに歩み寄る。


「ライラ。戻ったな」

「お待たせいたしました」


 相変わらず、何を考えているのか表情には出ない。妾が産んだ闇の子だ。地の底から士官へ這い上がったそれの、感情が死んでいるのか、意図的に殺しているのかは分からない。

 しかし、ほんの少しだけ。今この瞬間、纏う空気が柔和になったような気がした。


「首尾はどうだ」

「滞りなく」


 上手くいっているらしい。サイラスは安堵し、口元を弛めた。当然といえば当然だが、妙な胸騒ぎには終止符を打てそうだ。

 ざっ、ざっ、とライラが歩く。眼下に広がる暗い都を見据え、王の横を擦れ擦れで通り過ぎる。


「勝ちましたよ、

「何?」耳を疑った。


 振り向こうと身体を捻ると、胃の底から湧き上がる鉄の味に嘔吐する。視界がバチバチと火花を散らし、月に照らされ、かつて存在が闇に葬られた息子の蒼白な顔が点滅した。

 その手には、ひと握りの筋肉の塊があった。どく、どくと拍動し、その度に鮮血を降らせる。やがてそれは力無く弱り、動かなくなった。

 サイラスの左胸には、それが収まっていたはずの空洞がある。伽藍堂。そこに転がるのは、両の意味で心のない王だった。


「王は死んだ──」


 ライラは重みのない、ガラクタのような心臓をぐしゃりと握り潰した。

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