美しき夜の歌・2
◇◇◇
「これ、ここでいいの?」
積み上がった木箱が一、二、三段。それを小さな少女が軽々と持ち上げ、ぴょこぴょこと指定された場所へ運搬している。
「ああ、それはそっち。右の角っちょに置いといて。そんで、そっちのは──ふっ、」
彼女は屈強な男たちを尻目に、その倍ほどもの速度で次々に力仕事をこなしていく。唖然だ。普段は肩を揺らして偉そうにしているリーダー格の髭面も、言葉を失っている。
その様子がなんとも可笑しくて、深い紺色の羽織を纏った青年は思わず吹き出した。
鮮やかな群青の髪に、切れ長の瞳。ゆったりとした和装のシルエットの内側には、それなりに引き締まった身体を隠している。
「ふふ。あははっ、おもろいなあ! アンタいったい何モンやの? ちっこいクセにえらい怪力やねぇ。うちの男どもが、全くの木偶になってしもうとるわ」
「でく……?」
「よう働く子は、たんとおまんま食わせたる。──と。そこのアンタも、そろそろ休んでええよ」
ご飯にしましょ、と木箱の裏に声をかけると、そこに座っていた銀髪の少女は顔を上げ、裁縫の手を止めた。
「はい……ありがとうございます。でも、もう少しだけ。何かしていないと、どうにも落ち着かなくて」
アリーシャは針と糸を手に、嫋やかに微笑んだ。何に使うのか知れない、破れた布をコツコツと繕っている。此処にきた三日前よりはだいぶ顔色がよくなったが、まだ少し無理をしているように見えた。
「こちらもお願いします!」
若い船員がテーブルクロスや、布の類を容赦なく追加する。
「気持ちはわかるけど、なにより身体が資本やから。此処にいる以上、衣食住の充実は絶対……ってなわけで、否が応でもご飯にするで!」
「「「応ッ!」」」
どん、どんっ、どんっ!
男たちが散ったタイミングを計ってか、誰かがこちらへと向かってくる。その足取りは重く、覚束ないようで、生まれたての怪獣のように荒々しかった。
「……ん?」
青年が振り返る。二人の少女も振り返る。
――「……なん、ですか」
柱の影から覗く、褪せた金髪。その下の錆び色の瞳が、じとりとこちらを見ていた。しかし、怪訝な表情は徐々に緩み、どこか安堵したように膝をつく。
「シイハ!」「シイハさん!」
「……ユイ。二人とも、無事で何よりです」
自身に駆け寄る小さな白兎に頷いて、シイハは、そこに足りない垂れ眉の男を脳裏によぎらせた。しかし、深くは追求せず思考を閉じることにする。今は考えても仕方がない。
シイハを追ってきたのか、死角から赤髪の少女がひょいと現れた。ユイを見て、次にシイハを見て。最後にアリーシャを見る。そしてまた、その視線はユイに戻った。
「…………え、そっちなの?」
随分と面食らったようだが、見つめられたユイには意図がわからず、首を傾げる。アリーシャはくす、と小さく笑って、シイハは溜め息を吐いた。
「面倒くさいので突っ込みませんが、要らぬ心配をかけさせないで頂きたい。こう見えて
「よかったじゃん、要らぬ心配で。あたしはアンタのヘキの方が心配だけど」
「……心配されてる。シイハ、どこか痛いの?」ユイが不安そうに、シイハの服を引っ張った。
「勘違いしないでください」シイハはぴしゃりと言い放ち、大丈夫、と立ちあがる。
「この子は旅のツレ。そちらの女性はワケアリです」
「ふうん。──だってさ、キャプテン」
少女は、茶番劇をにこにこと見物している紺色の青年に話を振った。
「まあ、楽しそうでええんやないの」
呑気である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます