美しき夜の歌・1

 ぼやけた視界が、徐々に輪郭を取り戻す。赤や黄のガラスを纏ったモダンなモザイクランプが、天井で不規則に揺れていた。


「──ん」


 シイハが身体を起こすと、錆びた関節部がいやに軋んで音を立てた。潮の匂いと、湿気が肌にまとわりつく感覚。

 小さな個室の固いベッド。床には、投げ置かれた自身の大きな鞄がある。木を削っただけのごつごつとした丸椅子には、手付かずの包帯や薬が出番を待って整列していた。


「助かった、のか」


 ……と、いうか。何が起こって、どうなった挙げ句に此処にいるのか。

 革命戦争に巻き込まれ、よくない煙を吸って気を失ったところまでは記憶を追えた。……ひどい悪夢を見ていた。


「目、覚めた?」


 と。薄い木のドアの向こうから、くぐもった少女の声が聞こえた。


「……。はい」

「入るね」


 阿吽の呼吸で、ガチャ、と遠慮なしにドアが開く。活発そうな赤髪の少女がちらりと顔を覗かせ、シイハが起きていることを確認したあとで、果物や飲み水の乗ったカゴを持って入ってきた。


 美しい紅玉のかんざしに吊られた月のモチーフが、きらりと揺れる。


「ここは海の上で、船の中。アンタは気絶したまま運び込まれて、三日三晩くらい寝てたかな。静かすぎて、死んでんのかと思ったわよ」

「それはどうも」


 訊く前に答えてくれてどうも、だ。手間が省けた。


「でも不幸中の不幸というか、泣きっ面に蜂というか、なんというかなんだけど。この辺りの海には、恐ろしい魔物が出るの。無事に港に着くといいね。祈っててよ」

「何故今、そんなことを――」

「ところで、アタシもアンタに色々訊きたいな」

「無視かよ」


 少女は軽やかにベッドサイドの小物を床に移動させて、丸椅子に腰掛けた。カゴの中の赤い果実をひょいっと掴むと、懐から小さなナイフを取り出して、器用にくるくると回しながら皮を剥きはじめる。


「その身体はなに?」


 シイハは少女の所作から目を離し、自身の身体に視線を落とした。普段は衣服ですっぽりと隠している不恰好な姿が、治療の為か、惜しげもなく外気に晒されている。

 男性を模した胴体からは、四肢となる鈍色の金属が伸び、無数の銅線が繋がって雑に留まっている。潮風に当てられた関節部のネジは無残なもので、思わず舌打ちをする程度には錆びていた。


「見ての通りです」


 特に動揺する素振りも見せず、シイハは淡々と言った。

 手の施しようがなかったのだと、床に置かれた包帯や、その他色々な医薬品が膝をついている。


「ふうん、機械にしちゃリアルだね。乏しいけど、ちゃんと表情もあるし」

「私は人間です」

「そっかそっか」


 少女は剥き終わった果実を綺麗に皮の上に並べて、シイハに差し出す。花や星の形に切ってあった。飾り切りというやつだ。


「お腹空かない? コレ、美味しいよ」

「……この船の中にいるのは、私だけですか?」

「まわりくどいなあ」


 少女は眉を寄せる。


「アンタの他には女の子がいたね。今頃、うちのキャプテンに可愛がられてるんじゃないかな。終わる頃には歩けないくらいあちこち痛くて、ただじゃ済まないか──」


 言い終わる頃には、すでに衣服と足音が廊下に消えていた。


「はっやい……」


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