Side:S

 ──イーグルは。

 訓練生の頃から、群を抜いて優秀な兵士だったと記憶している。どうして仲良くなったかは覚えていない。煙草も吸わないし、酒も女遊びもやらない真人間だったから尚更だ。

 ただ、同じ孤児院の出身で、なんとなく気が合ったのだと思う。


「シイハが女だったらなあ」

「うわ、キツ」


 大戦の最中。襲いくる敵軍を得物でガシャガシャと斬り捨てながら、イーグルは軽やかにそんなことを口走った。


「集中してくださいよ」


 右後方から現れた無機質な敵兵に銃口を向けられ、シイハがすかさず裏拳で伸す。数ヶ月余りも続いているこの革命戦争の戦地は、ようやく二人の所属する反乱軍が制圧しつつあった。


「どういう意味かも聞きたくない。怖い」


 敵兵の死体を積み上げ、硬い防壁をつくる。それを目掛けて弾丸の雨が容赦なく降り注ぎ、鉄の塊が抉れ、出涸らしの油が舞った。


「そのまんまの意味だよ。もう俺には、お前以上に仲良くなれるヤツなんかいない気がする」

「死体に隠れながら言われてもね」

「わかる。ダサすぎるよな」イーグルが自嘲気味に笑う。


 空が赤く焼けている。もうじき朝がくるのだろう。


「あいつら元気かな」


 あいつら、というのは、孤児院の子どもたちのことだ。志願兵になった時、支度金をすべて寄付したらしい。


「なるべく長く生きないと。俺の給金が途絶えたら、全員路頭に迷っちまう」


 それはもう、ここが己の死地で、決して生きては帰れないのだと達観したような科白だ。シイハは少し苛立った。ようやく勝利の兆しが見えてきたというのに、それすら目前の陽炎だというような。──はたまた、相方である自分が頼りないと言われたような気がして。


「結構粘ってると思いますよ」

「まあね」


 二人は軍の中では唯一、銃火器を必要としない兵士だった。シイハは持ち前の怪力と俊敏な脚でやり過ごし、イーグルは愛刀一本と使い古しの砥石でここまできた。二人の体力が尽きるか、この地を丸ごと吹き飛ばすような兵器がない限りはただの消耗戦である。

 消耗戦──……。


「なるべく、長く?」


 シイハが繰り返す。己らさえ耐え切れば、勝利は確定したようなものなのに、何故、そんなことを言うのか?


「イーグル、お前、なにか……」


 その瞬間、空が白く光った。

 目蓋の裏さえも焼き尽くすような眩い閃光が、熱いと思う間もなく降った。

 頭の中を、走馬灯が駆け巡る。真っ先に浮かんだのは訓練兵の頃、木漏れ日の下で煙草をふかしながら友と語り合った情景だ。


『俺たちの出身地であるマグノリアは、今や機械文明に手を出し、人間そのものが淘汰されつつあるんだ。意思を持ったロボットに、それを生んだ人間が滅ぼされるなんてな。だから俺らは内側から戦争を仕掛けて、国を取り戻す』

『そんな奴らと生身で戦って、勝てるんです?』

『戦地を丸ごと焼くような兵器でもなけりゃ、きっと負けないよ』──。


 馬鹿な。

 シイハは目を開いた。真っ白で眩しくて、ほとんど何も見えなかった。

 ただ、少しだけ影が揺れて見えたのは、イーグルが自分を庇うように覆いかぶさったからだと分かった。


***


 そう。

 だから目の前の男は、イーグルではない。


 守られたシイハですら身体のほとんどを失った熱線を直に受けて、生きていられるはずがないのだ。


 ならばコイツは誰だ。何者だ。

 懐かしい友を騙る、不届者は──。



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