王都アズハールにて・8

 アリーシャにとって父は、強く優しく、憧れの人物であった。しかし、多くの民にとっての印象は、さほど良いものではない。

 父を支持する者は、民の八割を占める貧民を土台とする、貴族や富裕層である。あらゆる権利が剥奪され、人と看做みなされない貧民たちの不満は、今にも破裂しそうに膨らんでいた。


 ──ユーリィ。もといユーリは友人であり、現在は王宮の敵である。

 彼は義賊〝カシミア〟の頭であり、貧しい民の味方だ。間違ったことをしているとは思わない。間違っているのは、この王都なのだ。…………。

 

「いこう、


 先ほど名乗った偽名で、彼はアリーシャを呼んだ。


「今から?」

「時間が経つと俺たちの脱獄がバレて、身を洗われる。やるなら、今しかない」

「……そう、ね」


 ユーリの顔を真っ直ぐに見ていることができず、視線が宙をさまよう。


「うーむ、貴女は」


 そんな様子で、口を開いたのは旅人だった。確か、シイハといったか。

 ユーリから、事前に彼の話は聞いていた。ラヴィの集落の噺などを書いたばかりに、作戦に巻き込まれている可哀想な第三者である。


「納得しているんです? 王を殺すことに」


 見透かしているのか、それとも何も見ていないのか分からない、光を宿さない赤錆色の瞳がこちらを捉える。

 

「納得していようがいまいが、事実と結果は変わらない」ユーリが割って入った。

「覚悟を問うただけですよ。王殺しとは、つまり革命戦争だ。私は過去、そういった場面に立ち会ったことがある。たくさん人が傷ついて、死んでいくんだ」

「王の悪政で、どれだけ罪のない人間が犠牲になったと?」


 さあっ、と風が吹き抜けた。白い花弁が風に乗って舞う。


「サーラ。この王都の国花の名を冠する貴女がいったい、何者なのか。それがわからぬほど鈍感ではありません」

「…………!」


 この男の目は苦手だ。幾多の戦場を駆け抜けてきたような、達観した表情をするではないか。まるで、シャマールのような──。


「彼女が何者かわかっているなら尚更だ、シイハ。言葉がすぎるぞ」


 ユーリはアリーシャの肩を抱き、シイハの視線から逃がすようにくるりと背を向けた。


「……そうですね」


 もはや何も言うまい、とシイハも天を仰ぐ。


「──行くぞ」


 逆賊として名を馳せようとするその男は、腰に潜めていた曲刃の短剣を抜き、拳を夜空に突き上げた。その後ろ姿は、若き日のとある戦兵を彷彿とさせる。

 シイハはゆっくりと、目を伏せた。


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