王都アズハールにて・3

 ──一方。シイハが投獄されたのはいかにも適当な蛸部屋たこべやで、どうやら窃盗や詐欺などの軽犯罪者が、数日間の反省の為だけに放り込まれる檻のようだった。

 人員を割くのが勿体ないのか、それとも人手が足りないのか。付近には見張りの一人も立っていない。

 弱々しく揺れる松明の明かりが、湿った石の壁を照らしている。


 辺りを漂うのは、濃厚な香の匂いだ。風通しの悪い牢内に充満するおとこの汗の臭いと相まって、息が詰まりそうである。

 シイハは眉間に皺を寄せ、悪臭に唸りながら、首に巻いた麻布を鼻の辺りまでずり上げた。


「やあやあ、お兄さん。都の人じゃないよねー? いったい何やらかしたの!」


 空気を読まずに話しかけてきたのは、夜色の外套を纏った垂れ目の男だ。翠色の髪をフードの中にさらりと仕舞い、仮にも囚人とは思えぬほど、胸元や腕を金のアクセサリーで煌びやかに飾っている。遜色なくいうならば、のだ。


「窃盗?」男が続ける。

「困ってませんよ」

「んじゃ暴行?」

「私が手を出したら、暴行じゃなく殺傷になっちまいます」

「さては女関係だ! お兄さんカッコいいから結婚詐欺でもしたんでしょ!」

「あのね、」

「──知ってる。《廃墟の集落》、面白かったよ。前作の《蒼海の海月》もね」


 じろ、と眼球だけを動かして、シイハが彼を見遣る。それは間違いなく、事件の発端となった自著のタイトルだ。

 シイハのあからさまな反応を見てか、ほくろのある口元がにんまりと弧を描いた。


「連れの女の子は、ここよりずっと奥にある独居房に入れられてる。死刑囚が、残り少ない余生を楽しむところさ。アンタは二、三日経てば解放されるよ」

「……何が狙いです?」

「単刀直入に言おう。俺の目当ては、この王宮にある、お宝だ。それを盗み出す為に協力して欲しいのさ。こう見えて、腕っぷしが強くないもんで……何かあった時、守ってくれると嬉しいなあ、なんて」

「連れを助けるのとドロボーじゃ、だいぶ目的が違いますがね」

「俺は王宮内の地理に詳しい。独居房までお兄さんを案内できるし、安全な抜け道も知ってる。どう? 利害は一致してるでしょ」


 シイハが再び、二重の意味で唸る。それを肯定と取ったのか、男は「じゃ、今夜」と耳打ちした。


「他の奴らが寝静まったら早速、決行しよう。鍵は盗んである」


 大きく開いた胸元から、革紐に括った小さな鍵束を引っ張って見せる。と、見つからないよう直ぐに服の内側へ落とした。


「俺はユーリ。本当はユーリィって伸ばすんだけど、みんな短く呼ぶかな」

「……シイハです」

「詳しい話は、牢を出てからにしよう」

「そうですね。私も色々と訊きたいことが」


 シイハは、思い思いに短い牢屋生活を過ごす者どもを見て、夜まで長いな……と深い溜め息を吐いた。


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