Ep.2 砂上の都に花は降りて
王都アズハールにて
乾いた土が、じわじわと広がる赤黒い血に染まって汚泥となっていく。そこには、折り重なるようにして息絶えた、数十体の小さな骸が山を築いていた。
惨状を作り上げたのは手にした翡翠刃の長槍であるが、それを操ったのは紛れもなく自分自身。──男・シャマールは声も出ぬまま、呆然と立ち尽くした。
「嗚呼、」
……嫌な予感は、すぎるほどに的中していた。
廃墟の広場にはまだ新しい焚き火の跡と、打ち棄てられた荷馬車が冒険譚の記述通りに
しかしそこに、捜していた妹の姿はない。あったのは大量の白骨と、彼女が身につけていた服。そして、十九の誕生日に贈ったサーラの花の髪飾りだった。
ひとりの犠牲も出さず、負傷者もいなかったのは、本作戦の指揮官である己の裁量の賜物ではない。はたまた、敵が弱すぎたからでもない。
相手がほとんど無抵抗だったからだ。それどころか、こちらと対話する意思があるようにも見えた。……いや、それは愚考か。
「ピィ──!」
鷹が鳴いて、男は顔を上げた。空から投げ落とされた伝書を受け取ってみれば、留守を任せた部下のサインが走っていた。
《無線が通じないのは何故でしょうか? ともかく、直ぐに戻られよ──》
「〝アリーシャ姫が誘拐された〟……?」
***
「シイハ。どれい、ってなに?」
唐突にそんなことを訊かれたもので、シイハは咥えたばかりの煙草をぽろりと床に落とした。きらきらとしたユイの赤い瞳は、何か面白いことを期待している。
「…………は?」
「ここにきた日、通りすがりの人がわたしを見て『毛色の珍しいどれいだ』って言ったの」
二人がここ、王都アズハールに到着したのは三日ほど前のことだ。砂地が大半を占める熱砂大陸の華やかな城下町は、親しみをこめて〈砂上の都〉とも呼ばれている。
雨はほとんど降らず、カラリとした気候で過ごしやすい。なだらかな傾斜の下部から、坂上の立派な王宮へと心地よく吹き抜ける乾いた風は、家々の軒下に咲く国花・サーラの白い花弁を踊らせる。
──仕方なく着の身、着のまま入都したもので、当時ユイは汚れた襤褸に裸足という可哀想な風体であった。
バザールの衣装屋で赤すぐり色のポンチョとシルクのワンピースを仕立て、装いをごっそり取り換えたのはその数時間後。足元はヒールのないサンダルで、先から見える可愛らしい小さな爪には化粧が施されている。
「わたしはシイハのどれい、なの?」
リボンを巻いた二本のおさげを揺らし、どこか嬉しそうに跳ねる。言葉の意味を勘違いしているらしい。
「そんなわけないでしょうが。奴隷っていうのは──」
「金で買われ、家畜同然に扱われる人間のことだ」
シイハとユイがほぼ同時に声のした方を振り向くと、長身の男が大勢の部下を引き連れて立っている。褐色の肌に、獅子のような鋭い金色の双眸。精悍な顔つきで彫りが深く、額に垂れる一房の銀髪が影を落とす。
「この冒険譚は貴殿が書いたものか?」
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